第37話 リグアのいちばん長い日9
吹き飛ばされ、背中を強かに叩きつけたまま動かなくなるフルフェイス。凍り付く他の工作員二人を睨んで叫ぶ。
「動くな! 銃を捨てろ!」
言われるまでもなく二人は固まっていたが、うろたえながらも銃をそっと床に置く。その様子からもやはり、連中は俺が魔法を使えないと知っていた、いや、思っていたということだ。
(胸糞悪い話だ)
心中そう吐き捨てる。
「一歩下がって……伏せろ」
指示に従いうつ伏せになる二人の方へ杖を向けながら、俺はマイカにさっと近寄る。
「マイカ!」
手を何重にも縛り付けている縄を、腰にあったナイフでなんとか切る。
「ケイジ君、私は良いのでエルレシア氏の方を――」
「言われなくても!」
最後まで聞き取る前に俺はエルレシアに駆け寄り、同じようにナイフで縄を断ち切る。
「エルレシアさん! 大丈夫ですか!?」
肩を揺すり、耳元で大きな声で言葉を掛ける。だが頭は抵抗もなくぐりんぐりんと揺れるだけで、反応は無い。それはまるで本当に――。
(……あれ?)
その時、エルレシアの意識が無いのとは別のところに、一瞬違和感を抱く。一体何に引っかかったんだ――。
その正体が分かる前に、俺は顔面に強い衝撃を受けた。
「ぶごっ!?」
脳が揺さぶられ、視界がぶれる。そのままぐじゃりと冷たいリノリウムの床に倒れ伏す。
混乱した俺の頭上から、憤怒の声が聞こえる。
「……ッ、貴様、何故魔法を……!」
変声された状態でも分かる、そいつは憤っていた。
脳震とうか、急な吐き気に意識が朦朧とする。だが必死に言葉を返す。
「……んなこと、一々教えてやるかよ馬鹿」
頭を動かして前方を見る。地面に伏した状態でも、追撃は来ない。右手に握りしめ続けた大杖が、相手に向き続けているせいに違いなかった。
「ぐっ……!」
フルフェイスはよろめきながらも立ち上がる、エルレシアの首に銀色の棒を向ける。ナイフでは無く、杖であった。
「最後の警告だ……これ以上不用意な真似をしてみろ、この女の首を吹き飛ばす」
俺はそれを眺めながら、心の中で叫んだ。
(――やらかした!)
――――
「……これが?」
マクセンの言葉を聞きながら、俺は手に持った銀色の電話機を眺めた。
『そう、それがコアとなる。大杖にそのコアを触れさせた状態で、魔法を放ってみろ』
俺は言われるがまま、右手に持った電話機を杖に触れさせる。
「触れさせたけど、このまま念じればいいんすか……」
『ああ』
一分信、九割九部疑くらいの心持で、取りあえずマクセンの言に従ってみる。自分の頭上、3メートルくらいを見て、小さな花火をイメージする。
「――出ろ」
パン! という小気味よい音と共に、空中で火の玉が弾ける。それは俺が思い描いてた花火のような鮮やかな色では無かったが、確かに俺の意志に応じて発生していた。
「お、おお」
出せた、その事実暫くの間受け止められず、火球が消え、煙が吹き流された後もぼうっと空中を眺めてしまう。
『出来たようだな』
したり顔、ならぬしたり声のマクセン。慌ててレイミールが問いただす。
「ま、マクセン博士! どうやって――いや、どうしてこのようなものを? こうなる事態を予見していたんですか!?」
『どうだろうな、まあ技術屋の勘ってやつだ。元々表から見えるほどこの国が小奇麗なわけじゃねえってことは知ってたしな。それに坊主、お前にはあのロボット――マイカを護ってもらわなきゃ困るんだよ。だから自衛用にそれを渡したってわけだ』
リグアに行く前、これを持っていくように言われたのはそういうことだったのか!
だが、なんだか礼を言うのは違う気がした。だから俺は拗ねたような気持ちになりながら疑問をひねり出した。
「……どうしてマイカに何かあって、あなたが困るんですか」
『あ? ……異世界のロボットだぞ、色々気になるだろうが。それにこっちもそれなりに投資してるんだ。最早お前だけのものだとは言わせねえぞ』
それは尤もらしいようでもある、が、言葉を発する前の一瞬の間は逡巡する人間のそれであった。
「……前に、優者になって相応の力を手に入れたら色々話してくれると言ってましたよね。そのときに教えてもらいます」
マクセンはため息を交えながらも、「仕方ねえな」と肯んじた。
『ともかく、その電話機……モバイルコアは最低限の自衛用だ。普通の人間が単体で杖として使うには性能が低すぎる。必ず大杖とセットで使えよ。大杖にある大量の魔導金とモバイル・コアの演算性能、二つを合わせて初めて実用に耐える』
銀色の電話機、改めモバイルコアを俺はしげしげと眺める。確かに、言われてみればその色合いは大杖やメルドーが持っていた杖と同じだ。
「一応、単体でも使えるって? じゃあ俺は……とっくの昔にあなたから杖を貰ってたとですか――!?」
『生身の人間が持ったって、精々そよ風吹かせる程度の魔法しか使えねえよ』
そうは言うが騙されたような気分だ。マクセンと言う男は、人が良いようで、やはりどこか悪い。そんな気持ちが顔に出ていたのか、レイミールにたしなめられた。
「そんなに怖い顔しないで。博士は君と、マイカちゃんを護るためにそれを渡してくれたんだから。敵を欺くにはまず味方から、とも言うしね」
『そうそう』
気の抜けた同意の声に、こんな状況下なのに気勢もそがれてしまう。
「……分かりましたよ、レイミールさんがそこまで言うなら」
と言いながら俺はとんでもないことに気付いてしまう。
「……って、おい! なにレイミールさんが居る前で、マイカの話堂々としてんだよ!」
マイカがロボットだと覚られるな、口うるさくこちらに何度も忠告して来たのはアンタじゃないか!
『あ? だってお前がレイミールにもう話したんじゃねえのか』
レイミールはそう言われ、頬をぽりぽりと掻いた。
「あー、博士、あれは私たちが勝手に感づいただけの話だったし……」
そういった後俺に向き直り。
「その、私もどっちかというと博士側の人間だから、大丈夫」
「そうなん、ですか」
どこか釈然としない。いったいあの博士は何者なのか、レイミールとはどういう関係なのか。ヒントばかり与えられて答えが無い状況にもやもやとした気持ちを抱えるが、仕方がない。
「……とにかく、この騒ぎが落ち着いたら絶対に全て話してもらいますからね」
『……ああ、だからお前も俺の指示に従えよ、絶対生きて帰ってこい』
――――
そう言われてマクセンから出された指示は以下の通り。
1.敵に対してギリギリまで、魔法を使えることを覚られるな。
2.相手が油断し、こちらに最大限譲歩してくるまで下手に出ろ。
3.一番こちらが優位に立ったタイミングで魔法を使え。但しその様子は、可能な限り多くの目に留まるようにする。
4.魔法は相手を刺激しないような手段で用いろ。特殊部隊相手で、どんな反撃をしてくるか分からないため。
『お前を殺して、都合の良い替え玉を用意するくらいのことは平気でやってくるだろうな。命を最優先にして、プライドだの理想だのは護れたら儲けもんくらいに思っておけ』
――そう、指示を貰っていたのに……!
俺は歯噛みしてしまう。何をしているのか、エルレシアの喉元に突きつけられたナイフを見て、頭に血が上り魔法を放ってしまった。その結果がこれだ。
膠着状態。そんな言葉を使えば聞こえはいいが、俺が魔法を使えることが明らかとなった分、警戒心を帯びたのが見て取れる。
これでマクセンの作戦は全て不意になってしまった訳だが……こちらを睨むマイカの目が怖い。
しかしこうなってしまったものは仕方ない。俺は地に伏したまま、杖だけは離さない。
「お前ら……アイガなんだろ?」
その言葉に、なんの反応も返さないフルフェイス。
「一体何のつもりなんだよ……大統領は何を考えている? 何故こんなテロを起こした? 何故帝国とつながりを持った?」
答えが返ってくることは期待していなかった。だが。
「……なんのことか分からんな」
あからさまにとぼけるその言葉に逆上し、再び先ほどと同じ突風の魔法を起こそうとする。だが。
「ハッ!」
フルフェイスが瞬間杖を横に薙ぐ。それだけで空気の乱れが収まり、何も起こらない。
その結果に呆然としていると、嘲るようにフルフェイスがのたまう。
「カウンターすら知らぬとは、それでは魔法を使えぬに等しい。おい、立ち上がれ」
カウンター? それが何を意味するか分からなかったが、フルフェイスのその言葉に、伏せていた二人がのそのそといった様子で立ち上がる。
「お、おい、動くなって言っただろ!」
「聞く必要はない、こいつはカウンターを当てられん」
フルフェイスのその言葉に安堵したのか、二人は安心したように立ち上がり、銃を拾う。
「おいやめろ、でないと――」
「やめるのはお前の方だ」
次の瞬間、杖とは違う方に持っていたナイフをフルフェイスは一閃。
ばさり、とエルレシアの金色の髪が切り落とされ、床にはらはらと積もった。
「次に下手な真似をすれば、今度は耳を削ぐぞ」