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第36話 リグアのいちばん長い日8


 車に乗った際に施された目隠しを外されたマイカは、そこが建物の一室であることを即座に理解した。木製の扉、白い壁、天井には蛍光灯。ここに至るまでにエレベーターを使ったことから、恐らくビルの中だろうし、加速度センサーを信じるならば上層階だ。


 部屋に連れ込まれたのはマイカのみで、親衛隊員たちはここには居ない。マイカのほかには2人の男。ケイジが見ればその格好が、リグア中央通りに現れた帝国工作員たちと同じであると気付けただろう。


 だがマイカはそれを知らなかった。そしてマクセンの言葉もあったことから、彼らの正体について半ば確信に近い答えを持っていた。


 椅子に座らされ、手を後ろ手にロープで結ばれながらも周囲を観察していると件のマクセンから通信が入ってくる。


『おう、俺だ。そっちの状況は?』


『部屋に運び込まれました。随分と丁寧に対応されていますよ。それで博士、ここはどこなんですか?』


『リグアの商工会議ビルってところだ。街の西方、市の経済の中心って所か。フロアまでは分からねえが』


『重力加速度およびジャイロセンサーからして、かなり高層階に居ると推測は出来ます』


 首を動かさず、眼球だけをぐるりと回して当たりを見渡す。


『周囲には戦闘服を着た人間が2人、何れも中肉中背、手には武器などは持っていません』


その背格好からその三人の筋力を推定しているところで、咎める声が飛んでくる。


『アホなことを考えるなよ、お前のボディの脆さじゃ格闘戦は無理だし、それに向こうがアイガだとしたら、杖を持っているぞ』


 マイカは黒服をもう一度見やる。服に膨らみなどは見当たらないが、マクセンの言葉を信じるならば目立たない場所に隠しているのだろう。


『……魔法を使えるということですか』


『それもリミッターなしの無制限仕様だ。街中で公安員が持っているような玩具とは訳が違うぞ』


『ならば、このまま座して待てと?』


 部屋に入ってきた工作兵の格好をした男が、マイカに猿ぐつわを咬ませる。呼吸も声帯も必要としないマイカは無抵抗にそれを受け入れつつ、通信を続ける。


『ああ、今坊主がそこへ向かってる』


『ケイジ君が……?』


 猿ぐつわを咬まされ、手を後ろ手に縛られつつも動じていなかったマイカが、その言葉にピクリと眉を動かした。


『繋ぐぞ』


 暫くの沈黙ののち、息切れ交じりの声が聞こえて来た。 


『おい、マイカか!?』


『はい、私です』


『無事なんだな?』


『はい、それよりもこれは罠ですから、ケイジ君は来ないで下さい』


 淡々とした声に、一瞬言葉に詰まるケイジ。


『……何アホなこと言ってるんだ』


『私は真剣です』


 数瞬、ケイジのぜえぜえという声だけが聞こえて来る。


『……もう遅えよ、そっち向かってるから』


『ロボットが持ち主を護ることがあっても、持ち主がロボットのために命を危険に晒す道理がありますか。私は大丈夫ですから、事態が解決するまで……』


『解決しようがねえことは知ってるだろ。相手は大統領直下の組織だぞ、このまま待っててどうにかなるような問題じゃない……それに、持ち主だなんだ、って問題じゃないだろ。少なくとも俺はそんな理屈で動いてない』


『でも、知能も平均的で腕っぷしも弱く、特に特別な力も無いケイジくんが一人でどうしようっていうんですか』


『……お前、タイミング間違えてたら俺の心バキボキに折れてたぞ』


 息切れの中に溜息を交えながらも、ケイジは笑った。


『……力のことなら心配しなくて良い、当てが出来た』


 ケイジの話す内容を聞いて、マイカは純粋に驚く。先ほど眉を動かしたことを反省して、目を見開きはしなかったが。


『マジで、大丈夫なんですか』


『マジで大丈夫だから……それよりエルレシアは?』


 固い意志を感じたマイカは説得を諦め、状況説明に戻る。


『警察署に向かう途中、二手に分かれました。向こうがどうなっているのかは分かりません』


『なんだって? エルレシアもそこに居るんじゃないのか? 俺はそこにいると伝えられているんだが』


『少なくともこの室内には居ません……あ、今来ました』 


 マイカは今しがた開かれたドアの向こうに連れられたエルレシアを見て、それをケイジに伝えた。


『様子は! 無事なのか?』


 エルレシアは、マイカを攫った連中と同じフルフェイスのヘルメットを被った黒服の人間によって担がれている。


『見たところ、外傷は有りませんが……意識が無いようです、体温もかなり低くなってます』


 引きずられるようにとなりの椅子に座らされるエルレシアの様子をつぶさに伝えるマイカ。


『クソッ、今すぐ行く!』


 その言葉を最後に通話は切られた。マイカは隣に座るエルレシアを見やる。


 彼女は、死んだように眠っている。


――――


 リグア商工会議ビル前では、帝国の工作員と同じ格好をした人々が待ち構えていた。


 それを見た時は一瞬面食らったが、服装など幾らでも真似が出来る。アイガが具体的にどれほどの組織なのかは知らないが、大統領直下の特殊部隊なら敵国の情報くらい手に入れていてもおかしくない。


 ドアの前に立っていた二人のうちの一人が、俺を頭からつま先まで見、そして俺が持つ大杖に目を向けた後、聞いて来た。


「ヤナイ・ケイジだな?」


 その言葉に頷くと、ビルの中へと誘導される。


 一階は受付を兼ねたエントランスホールのようになっており、胡散臭い格好の人間が物騒な武器を持ってたむろっていること以外は特段指摘出来ることも無い。


 そのままホール中央にあるエレベーターで、一気に上層階に駆け上がって行く。その間もぴったりと工作員にはマークされる。背後を武装した男に付きまとわれるのは決していい気分では無い。


 最上階に着く。後ろを常に取られ肩身の狭い思いをしながら、「連絡室」というプレートが張られた部屋に押し込まれた。


「――マイカ、エルレシア!」


 思わず叫んだ。その部屋には椅子が二つ、それぞれマイカとエルレシアが座っていた、いや、座らされていた。二人とも猿ぐつわを咬まされ、エルレシアの方なんて意識を失っているようだった。


「お、おい! エルレシアに何を!」


 隣に立つフルフェイスのヘルメットを被った黒服に向け、俺は叫んだ。


「抵抗が激しかったから少し大人しくなってもらっただけだ。命に別状はない」


 ボイスチェンジャーを通した、性別も年齢も分からない歪められた声がそう告げた。そうは言うが、彼女は死んだように眠っている。もともと生気が希薄、というか存在しないマイカとは違い、彼女のそれは本当に死んでしまったかのようだ。


「……もし何かあったなら、許さねえぞ」


 大杖をギュッと握る。それをちらと首を動かして黒服は確認したが、特段それに反応することはない。


「こちらとしても、貴方に気を揉んでもらうことは本意では無い。同意の上で、我々大ヴェイバルの元へと移動してもらいたい」


「同意の上……? これが脅しじゃなくてなんだっていうんだ」


 ケイジはそう言いながら周囲を見回した。中央に立つフルフェイスのヘルメットを被った黒服以外に、左右に二人、帝国工作員と同じ格好をした男が立っている。彼らは手にアサルトライフルを携えているが、それがただの火器であるかどうかは分からなかった。


 部屋は窓の無い密室、男たちの背にはモニターや放送機器が並んでいる。モニターにはビル各所の監視カメラにより撮られている映像が映し出されている。


「それほどまでに余裕が無いということだ。我々は弱い立場にある。長年ユニタリとの争いに敗れ続け、威光と国力は衰退の一途。国土の西半は未開と言っても良い。我々が人々の生命を守り、再び過去の栄光を取り戻すためには、貴方のような優者の知恵を再び借りる他ない」


 俺が何の専門知識も持たない単なる私大生だということは、あえて口に出さなかった。


「そのためだったら、戦火を開き、市民を巻き込むことも躊躇しないと? 矛盾にも程があるだろ」


 思ったことをありのままに吐き捨てるが、相手は微塵も動揺を見せない。


「そうしなくては、我々20億の帝国民の明日は無いのだ。昨年、大陸中央のナイロジア地方では飢饉が起き、数万の人が餓死した。衛生環境も劣悪で、現状ではその改善には15年かかると言われている。すべては優者に係る情報を封鎖してきた、ユニタリの独善に依る。そのような国家に、貴方は与するのか?」


 フルフェイスの向こう側の視線が、こちらを貫く。


「頼む。その杖を携え、我らが大ヴェイバル帝国へ」


「……断ると言ったら?」


 暫しの沈黙ののち、眼前の相手は首を振る。


「拒絶は認められない」 


 その一言の後、フルフェイスは一瞬でエルレシアの後ろに回り、そして腰から銀色に光るナイフを取り出した。


「今すぐ同意していただきたい。でなければ、この女の命は無い」


 抜かれたナイフは、エルレシアの首元に当てられる。


「……止めろ、その娘に手を出すな」


「ならば同行して頂きたい」


 俺は答えない。沈黙に包まれる室内。


 痺れを切らしたように、フルフェイスは言った。


「……なんのつもりだ? 時間稼ぎならば無意味だぞ。レイミール・ヴィリアがこのリグアに帰還したとしても、この女の命を奪う」


「だから、やめろって言ってるだろ!」


 俺は大杖を持って、それをナイフを持つ黒服へ向けた。


「……動くなよ、動けば魔法を――」


「――放ってみるか?」


 挑発するようなその声色は、ボイスチェンジャーを通していても分かる、高をくくっている人間のものに相違なかった。魔法など、発せられる訳がないと。




 だから俺は、相手の頭を目がけて力の限り叫んだ。


 イメージするのは突風。全てを、消し飛ばしてしまうような。


「――吹っ飛べよ!!」


 瞬間、室内の風が不気味に揺らめくのを肌で感じる。そして同時に。


「ガッ――!?」


 フルフェイスのヘルメットを被った人間は、思いっきり背後に在った通信設備へと叩きつけられた。

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