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第34話 リグアのいちばん長い日6


 ミケイラ達がユニタリの公安に拘束されてから、既に3時間が経過しようとしていた。リグア商工会議所のビルにて、彼ら帝国特務大使団は軟禁状態にあった。


 トイレとクラッカーなどのささやかな食事くらいは許されていたが、それ以外は大使同士の会話も含め、全て禁じられている。


 ユニタリの外交官らが退出した分余計広々としている会議室の中で、彼らは沈黙と共に過ごすしかなかった。


 一体、どうなったのだろう。ミケイラは何度目になるか分からない問いかけを心中で発した。


 外を見る。既に爆発音が響かなくなって久しくなる頃合いだ。空には見たこと無い形のヘリや戦闘機が飛んでいるから、制空権はユニタリ側にあるのだろう。


「……いい加減、テレビくらい見させてくれてもいいんじゃないか」


 大使の誰かが疲れた顔でそう求めるが、公安員ににべもなく却下される。


 既に傾き始めた太陽を眩しそうに見つめながら、ミケイラは嘆息した。


 ユニタリ側はこの事件が帝国によるものだと疑い、彼女たちを拘束した。しかしいくらなんでも拘束するタイミングが早すぎる、そのようにミケイラは感じていた。


 彼ら公安員が押し入ってきたのは、爆発から10分も経たないタイミングだった。いくら領空侵犯を受けていたとはいえ、大使団の拘束という重大事の決断をそんなにスピーディーに行えるだろうか。


 更に言えば、もし帝国によるものだったとしても、それは明らかにタカ派の暴走によるものだ。間違ってもここにいる大使団の派閥は関与していない……。


(……はず)


 そう信じるしかなかった。


 では何故拘束したのか。もし実行犯と大使団に繋がりがあるのだと公安側が踏んでいるのならば、拘束するだけでは無く情報を聞き出そうとするのではないか。しかし彼らはそのようなそぶりを見せない。


 理由は一体……。しばし考えて、ミケイラは二種の可能性に思い当る。


 一つ目は、彼女らが表に出ることが不都合であるということだ。ユニタリにおいて帝国側に対する偏見がかなり強いことはミケイラが肌身をもって味わったことである。もしそれが自然発生したものでなく、ユニタリ政府により造り出された環境なのだとしたら、大使団の存在は帝国政情の多様性を明らかにするもので、ユニタリによるプロパガンダと衝突してしまうのかもしれない。


 二つ目……何故公安側が、彼らに情報を聞き出そうとしないのか。それは、大使団が何も情報を持っていないということを知っているということだろう。すると公安側は大使団とテロの無関係性を知っていることになる。するとこの拘束は、テロの危機から大使団を護るため……そこまで考えミケイラは首をふるふると振った。そんな虫の良い話なわけがない。


 或いは……ミケイラはもう一つ、最悪の可能性に思い当る。


(聞くまでもなく、向こうは全てを既に知っている……?)


 このテロの主体と、ユニタリが通じている可能性だ。


 それは恐ろしい可能性だ。はたしてどの段階からが彼らの計画の内だったのか、それすらも今のミケイラには分からない。


 しかしもしそうだとすると、この拘束の目的ははっきりする。


(私たちに、濡れ衣を着せるつもり……?)


 ミケイラはギリリと歯ぎしりした。だがタイミングと手際、その両面を考えるとあり得なくもない可能性である。


 一体どこから……ひょっとすると、和平の申し出の時点からユニタリの計画の内だったのかもしれない。


 となると。ミケイラはゾッとした。一体私たちは、どれほど深く、このユニタリが張った蜘蛛の巣に囚われてしまっているのだろう。


 ――いずれにせよ、ここに閉じこもっている限りは彼女たちの状況が好転し得ないのは明らかだった。


 ミケイラはスッと手を上げる。


「……お手洗いに行きたいんですが」


 その言葉に、室内を警戒する公安の一人がインカムを弄り外部と何やらをやりとりする。


「付いて来てください」


 その言葉に従い、彼女は公安に見守られながら部屋の外へ出た。


―――― 


 トイレへと向かう途中、彼女は自分をマークする公安員の背格好を見た。中肉中背、色白の男性だ。身体は鍛えているのだろうが、身体的特徴はヒト属の物。鍛えても限界がある。


 ……やってしまうか。


 ミケイラの中に危険な閃きが過る。外見や立ち振る舞いから、彼女は思慮深く、冷静な人物であると思われがちだが、その内面が芯まで全てそうであるという訳では無い。


 頭頂部にある、うっすらと膨らんだ突起。それは彼女の祖先から伝えられた、その血族の表象。


 彼女は、オーガと呼ばれる一族の子孫であった。


 ユニタリ国内同様、帝国においても亜人と人間の混血は進んでいる。しかしユニタリにおいては学術的、政治的に一切の区分が消滅したのに対し、帝国では未だに差別的、排他的な感情が残っているのが事実だ。


 先代皇帝の時代、ようやくそういった古典的差別が排されはしたが、それは結果の平等というより、機会の平等を重んじる方向への変化だった。


 あらゆる種族が入り混じった弱肉強食の世界。出身性別を問わず、優秀な者こそがのし上がれる世界。それがあったからこそミケイラのような亜人でもこの若さで重要ポストに就けたのだ。


 だが、それでも身体的な特徴というものは歴然として存在し続けて居る。鬼の一族は筋組織が平均的なヒト属の数倍発達しており、その力たるや、ヒト属の成人男性は鬼族の赤ん坊にすら握力で劣ると言われている。


 当然、成人したミケイラもその例に漏れない。恐らく彼女が今本気を出して動けば、彼女をマークする男の一人や二人は4メートルほど弾き飛ばすことが出来るだろう。

 

 だが、それはあまりにも短絡的過ぎる。


 このビルに一体何人の公安員が居る? それに彼らが丸腰であるはずもない。銃火器……ともすれば杖を持っている可能性すらある。それに幾ら不当な拘束を受けているとはいえ、相手国の公務員をブッ飛ばす行為が好意的に評価されるわけもない。それに部屋に残った大使団はどうなる? 全員を連れて、ここから脱出することができるというのか。


 そういった行為を自制してこれたからこそ、彼女の今のポストがあるのだ。先輩であるラクシムにはその本性を見破られ、「隠れ脳筋」などと呼ばれているが。


 結局ミケイラは何もできないまま、あたりを見回すことしかできない。


(……大会議室、連絡室、公開展示場……) 


 せめて、そのフロアにある部屋の名前だけでも覚えておく。それが何かに繋がることを信じて。

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