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第33話 リグアのいちばん長い日5


 警察署へと向かう道のりは今のところ順調だった。副隊長とマイカ、随伴の歩兵二人の計四人は繁華街を西へと進んでいく。


 最後の爆発から一時間ほど経ったこともあり、人々はようやく平静を取り戻し始めているが、御世辞にも落ち着いているとは言い難い。


「あ、おい、あんた親衛隊なんだろ!」


 市民の一人が一団の元に駆け寄ってくる。


「一体何が起きたんだ!? ここに居て、大丈夫なのか!?」


「安心してください。現在親衛隊や警察が共同で警戒に当たっていますし――」


 きぃぃぃいいんと、上空を駆け抜けていく影を見上げながら副隊長は説得する。


「あのように、既にユニタリ空軍も来ています。落ちついて指定の避難所、或いは地下緊急シェルターに避難してください」


 もう何度目になるか分からないやり取りだが、落ち着き払った副隊長の態度が奏してか、こうすることで皆安心して踵を返していった。


「流石に、あの後で軽々しく安心してくれ、などというのは虫が良いかもしれんがな」


 副隊長がそう独り言ちたのを、マイカは聞き逃さなかった。


 そのとき、マイカの元へ通信が入る。レイジンに居るマクセン博士からだった。


『もしもし?』

 

 外へ音声を発すること無く、声に対応した電子データのみを送ってマクセンと通話する。周りの隊員からは何もしていなようにしか見えないが、マクセンの持つ受話器からはマイカの声が再生されることになる。マイカはこの行為を「腹話術」と呼ぶことにしていた。


『ニュースを見た。そっちは大変らしいな』


『私は大丈夫です。現在安全だと言うリグア警察署へ向かっています』


『ああ、こっちも場所を追ってる。だが、あの坊主の挙動がどうもおかしい。どうなってる?』


『ケイジ君は現在、レイミール・ヴィリア氏と行動を共にしています』


 沈黙ののち、ため息がマイカの脳内に鳴り響いた。


『止めてください、しーぴーゆーに直接吹きかけられているようで不快です』


『そうか、それは失礼。それじゃあやはり、今坊主は傍に居ないんだな?』


『既に一時間近く姿を観測出来てません。ケイジ君は無事なんですか?』


『それを聞きたいのはこっちだったんだが……まあ衛星追尾によればまだ動きは活発だ、死んでねえとは思うが……』


 その言葉にほっとするマイカ。機械の身体ではそのような行動はとれないが、しかし脳内で吐いた「ほっ」という電子的な吐息が、回線を通ってマクセンの元に届いたようだ。


『……ほっとするのはまだ早いんじゃねえか。調べた限りじゃあそこでうろついてる連中、ろくな奴らじゃねえぞ。帝国の無能工作員共だったらどれだけ楽だったことか』


『その可能性には私も思い当っていました。帝国がこのような回りくどい手段を取る必要性など、ありせんから』


 そう言ってマイカは、ケイジへの狙撃を基にした推測を披露する。マクセンはそれを聞きううむと唸った。


『……いいかよく聞け、その周りを動いてるのは恐らく、アイガ――』


「動くな」


 マイカは久方ぶりに――覚醒したあの日にケイジに胸を触られたあのとき以来に、驚いた。


 高感度のマイクや赤外線の感知も可能なカメラなどのセンサー類、それによる周囲への警戒を掻い潜って、いつの間にか周囲を黒服の集団に囲まれていたからだ。


 全員はフルフェイスのヘルメットを被り、その顔も表情もうかがい知れない。ただ、こちらに向けられたアサルトライフルのみが、彼らが堅気の人間では無いことを知らせていた。


「――すまんお嬢さん、不覚を取った」


 ホールドアップしながらそう詫びる副隊長だったが、マイカは責める気にはなれなかった。彼女さえ気付けなかったのだから、生身の人間がそうそう気づける訳がない。


『どうした? 何があった』


『黒い服の不審な一団に囲まれました。銃を向けられてます』


 その言葉に、電話の向こうのマクセンが息を呑むのをマイカは聞いた。


「全員その男に倣って手を上げろ。抵抗出来ると思うな」


 指揮を取ってると思しき人間がそう話す。ボイスチェンジャーを通しているのか、年齢も性別も分からないぐじゃぐじゃとした声だ。


 指示に従うマイカ。すると隊員が近づいてきて、マイカの手をぐるぐると縛った。周囲の親衛隊員も銃を奪われ、同様に縛られた。


 リーダー各の人間は全員の拘束を確認すると手をスッと上げた。すると曲がり角から白いワンボックスがぬっと出てくる。


「全員乗せろ。ポイントデルタまで連れて行く」


 指示に従い、彼らは引っ越し業者のようなてきぱきとした手際でマイカたちを車に乗せていった。


 ワンボックスのドアが閉められる瞬間、マイカはリーダー格が誰かと連絡を取っているのを聞いた。


「こちらP98W、ターゲット確保。フェイズ3完了、これよりフェイズ4へ移行する――」


 それが何なのか理解する前に、バタンとドアは閉められた。


――――


 20人ほどの工作員を捕縛し終えたレイミールのところへ走りよる。工作員たちは殆ど皆気絶しているが、唯一隊長格の男だけは意識があるようだ。


「素性吐く気、ある?」


 レイミールのその言葉に、無言で首を横に振る隊長。あの力を目の当たりにした後で、大した胆力だった。


「それじゃ、眠ってて……」


「待ってください。一つだけ聞きたいことがあるんです」


 俺はそれを制止し、横たわる男に向け質問をぶつけた。


「……何故あの時、俺を狙撃しようとしたんですか? あんたたちの目的は、俺を生きて連れていくことじゃなかったんですか?」


 それがずっとどこか引っかかっていた。なぜ生きて俺を連れていかなきゃいけないはずの工作員たちが、俺を狙撃しようとしたんだ?


 その疑問に、隊長は。


「……なにを言っている?」


「――っ! とぼけるなよ!」


 思わず手に力が籠るが、レイミールに肩を叩かれた。彼女は一言、「落ち着きなよ」と言って、そして手刀で隊長の意識を奪った。それを見て、俺は思わず悪態を吐く。


「落ち着けなんて、言いますけど……こっちは命を狙われたんですよ? そんな簡単に……」


「多分だけどね、こいつらは本当に、あの狙撃のことに関してはあまりよく分かっていないんだと思う」


 その言葉にレイミールの顔を思わず見る。彼女は何か考えるように空を向いていた。


「ユニタリの内部に、帝国と繋がってる人間が居るかもしれない」


「……え?」


 突然の言葉に俺はギョッとする。それは冗談にしてはあまりにも唐突で、そして面白くなかった。


 だがレイミールの表情は至って真剣だ。


「普通、杖を持ってる人間に対してあんなにも不用心に近づきはしない。だからあいつらは、君があの大杖を持っていても使えない・・・・ことを知っていたんだと思う。そんな感じのことも言ってたしね」


「けど、それだけじゃ――」「ないよ、勿論」


 レイミールは俺の待ったを遮った。


「狙撃をした、或いはその指示出しをしたのも、ユニタリの人間である可能性が高い」


「な!? それって、ユニタリが俺の命を狙ったってことですか!?」


 それは違う、と首を横に振るレイミール。じゃあ、一体どういうことなんだ?


「あれを撃ったのは、多分私が銃弾を止められると知ってたから。だからはなから命を奪うつもりは無かったと思う。けれど、私が魔法をそんな風に使えるって知ってるのはかなり限られた人だけ……それこそ、帝国の人間なんかは知らないと思うわ。少なくとも『他の人間に向かってる弾丸まで止められる』なんてことは、ね」


 その言葉の意味を、必死で咀嚼する。つまり……。


「つまり、レイミールさんの力を詳しく知る人間が、帝国に内通してるって……?」


「あるいは、帝国の内通者が知らない間に私に近づいてきてたか……どちらかは分からないけど、可能性は高い」


 なんということだろう。まさかこの騒ぎに、帝国以外の勢力が関わっているだなんて。すると話は、想像以上にややこしくなってくる。


「けれど、一体なんだってそんなこと……ユニタリに恨みでもあるのか?」


 俺の言葉に、彼女はハッとした表情を浮かべる。


「恨み……? いや、まさか……でも」


「……レイミールさん?」


 俺の言葉も聞こえていない様子で、レイミールはなにやらブツブツと言い始める。その表情には先ほどまでの余裕は無く、何か思いつめているようだ。


 だが彼女の思考を邪魔するように、無線の受信を伝える音が鳴る。


「ちっ……ごめん、出るね」


 そう言いながら無線に出るレイミール。


「はい……え? それ、本気で……? ……なんですって!? どうなってるの、親衛隊は!?」


 困惑を浮かべたかと思ったら、突然無線機に向かって怒鳴りつける。一体、何が起きたと言うのだろう。


「そんな……そんなの、相手の思う壺じゃない……」


 しかし段々と意気消沈していく彼女。最後に、「……優者に伝えます」、そう言って通信を切った。


 通信を終えた後も、彼女は暫く黙って空中を見つめるばかりだった。一体何を伝えられたと言うんだ。


 俺は勇気を持って訊ねた。


「一体何が起きたんですか?」


 重々しく、レイミールの口が開かれる。


「……マイカさんとエルレシアさんが、帝国工作員に拘束されたらしいの」


「な!?」


 思わず叫んだ。せめて俺だけは落ち着いて聞こう、そんな心づもりは一瞬で霧散していた。


「そんな、だって親衛隊が付いていたんじゃ!」


「人ごみに紛れて襲われたそう。周囲に民間人も居たから、下手に抵抗できなかったって……」


「そんな……」


 俺は空を見上げた。冬ということもあって、まだ昼の2時ごろだが日は傾き、空は白く霞がかってきている。


 マイカとエルレシアが、攫われた。


 状況から考えて、どう考えても俺を連れ去るために捕まえられた人質だ。すると連中は、彼女たちと俺の関係性についても詳しいということになる。


 そいつの正体、今はそれはどうでもいい。それよりも二人の安全の確保だ。


「何か、要求とかないんですか……?」


「……リグア市商工会議ビルの最上階に、杖を持って優者一人で来いって。3時間以内に来なければ、人質の命の保障は出来ないと」


「……早く行かなくちゃ!」


 俺は叫んだ。それは空元気で、本当はなんの覚悟もできちゃいない。けれど、動かなければマイカとエルレシアの身が危ない、それだけは確かな事実なのだ。俺が動かなくて、何になるっていうんだ。


 けれど、レイミールは言った。


「……ダメなの」


「ダメ? どういうことですか!」


「……ジーハンに居た帝国陸軍が、私の故郷に兵を向けてる」


「故郷って……国境沿いの?」


 レイミールは頷く。


「私が今すぐにリグアを出てそこに向かわなければ、一斉にその場所を攻撃すると宣告してきたの。私がリグアの工作員にこれ以上手を出しても、同じだと」


 レイミールをこの場所から引きはがそうとしているのだ。理由は簡単だ、俺を一人にしようとしている。


「そんな、けど、それじゃあマイカとエルレシアが……!」

 

 そこまで言い掛け、俺は改めて自分の身分を再確認させられた。周りから祭り上げられ、杖まで渡され、こんなご立派な鎧まで着せられて。なのに俺は何もできない。無力な男。ここに来てまで他人の力に頼り、その支えが無くなろうとした途端、自分勝手に喚く。


 だが、どうしろというのだ。


「……今から全速力で、帝国軍の元へ向かって、現地の軍を制圧して帰ってくれば、3時間以内に間に合うかも」


 その言葉に一瞬喜びかけるが、直ぐに肝が冷えた。彼女の声は氷のように冷たかった。


「それって……相手の軍を殲滅するってことですか」


 震える声で尋ねる。


「私も、軍人だから。この国を護るためなら、やるべきことはやるつもり」


 そう話すレイミールの表情は能面のように無感情だった。いや、そうであろうと取り繕うとしているのだ。


 俺はどこかで、レイミールのことを非人間的な存在だと思っていた。それは初めてあった日、砂漠で彼女が帝国軍を一瞬で粉砕したのを目の当たりにしたせいかもしれない。


 だが……今日一日接した彼女は。笑って、怒って、喜んで、悲しんで。俺と全く変わらない人間、普通の気さくな女性だった。


 彼女は、きっと言葉通り国境沿いに展開している帝国軍を一網打尽に出来るのだろう。だが出来るかどうかとやるかどうかは全くの別問題だ。それは俺が悩んできたことと逆の話である。


 彼女がその行為を望んでいないことは明らかだった。


 だが、このまま座して待っていれば事態が解決するわけでもない。時間はこの異世界ティオスにおいても刻一刻と流れ、不可逆に進んでいく。


「……一体、どうすれば……」


 その時、鳴り響くリズミカルな電子音。スマートフォンのスピーカーとは違う、どこか頭の中に直接響いてくるような音。


 俺はハッとした。


 今まで存在を忘れていた、懐に隠していた銀色の延べ棒状の物体。


 マクセン博士からの”電話”が掛かってきた。

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