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第32話 リグアのいちばん長い日4

「話が違うではないか――!」


 軍服ばかりが行きかう指令室の中、目立つ背広を着込んだ男が脇目も振らず叫んでいた。


「隊長のレイミール・ヴィリアはジーハンの防衛に就く、そう聞いていたから、今次の作戦を決行するに至ったのだろう! それが何故、レイミールがリグアに居るのだ!?」


 作戦機2機撃墜、巡航ミサイル全弾破壊。そのような報告が上がってくる度に男は歯噛みした。


 彼の名はレジン。タカ派、原帝派の急先鋒の帝国議員にして、今回の動乱の首謀者である。


 彼は国境沿いの帝国陸軍基地に陣取り、今次の急襲作戦の一挙手一投足を把握せんとしていた。


 開始直後は極めて上機嫌であった。手筈通りリグア市内に侵入する工作員、圧倒的な速度で瞬時にジーハンを包囲する帝国陸軍。計画は上手くいく、その確信があった。


 だが、全てはレイミール・ヴィリアの存在により一挙に崩れようとしている。リグア市内の空からの陽動は完全に止められ、次は陸に奴の目が向くのは明らかだ。そうなれば優者の奪還は、確実に不可能となるだろう。


 すべてはリグアが空からの攻撃に対し脆弱であるという前提の下での作戦。それがレイミール単騎により全てひっくり返されたのだ。


 報告に来た士官を下がらせると、レジンは机をドンと叩いた。


「レイミールめ……!」


「レジン殿、どうすれば……」


 隣に座り青ざめる若い男――彼も背広を着ている――をレジンは怒鳴りつけた。


「うろたえるなランパード! レイミールの視線を、別の場所に向けさせなくては……!」


 報告によれば、優者とレイミールは現在行動を共にしているという。それでは到底、通常装備の工作員程度で両者を引き離し優者を確保することなど出来ない。どうすればレイミールを引き離すことが出来る……?


 その時に鳴る電話。苛立ち交じりに受話器を取るレジン。


「私だ――ああ、貴方か。今こちらは立て込んでいるのだが」


 相手は、レジンに対し継続的に情報を提供してくれたユニタリの内通者だった。


『優者殿とレイミールのことでしょう、それでしたら耳寄りな情報があります』


 電話の向こうの人物が教える場所に、レジンは眉を顰める。


「――何? そこに兵を向けさせる?」


『ええ……そうすればレイミールは一目散に駆けつけるでしょう。今後の行動を踏まえると我々にとってもレイミールは邪魔、彼女には退いてもらいたいのですよ』


 男の言うことが事実だとすれば、リグアにおける作戦行動は格段に楽になるだろう。


 ――だが、果たしてこの男の言葉を掛け値なしとして受け取って良いのだろうか。


「しかし、何故あなたは……ユニタリを売るのだ?」


 レイミールに関する情報の齟齬から、猜疑の念を深めるレジン。しかしそれを受け流すように男は笑った。


『以前にも言ったでしょう。私はユニタリが憎い。あの政府から受けた弾圧を、恥辱と悲嘆の歴史を許すことが出来ない、それだけですよ』


 では、よろしく頼む。それだけ言って通話を切る相手。


「協力者の方は、なんと……?」


 おどおどとしたランパードの質問を無視し、レジンは命じた。


「……大将を呼べ。作戦変更だ」



――――



「……」


 ようやく人も疎らになったリグア中央通り。乗り捨てられたパレード車や放置された旗に管楽器。混乱の跡が生々しく残っているその大通りに、一人立つ男が居た。


 その男は銀色の甲冑を纏い、片手に大きな杖を握り、仁王立ちしている。おもむろに周囲を見回すと、悠然と大通りを進み始めた。


「……おい、あれがそうじゃないのか」


「双眼鏡寄越せ……ああ、確かにあの顔だ」


 道沿いのビルの上層階から大通りを見下ろし、そう話す二人組が居る。


「しかし何故一人なんだ? 魔女はどこに行った」


「他の部隊からの情報だが、どうやら本部には魔女を外へ誘い出す計画の用意があったらしい。それが上手くいったのかもな」


「そうか……ならば、ここに全部隊を招集しろ。一人のうちに拘束するぞ」


 それから10分もしないうちに、大通りを囲うようにして各所に部隊の展開が完了した。依然として優者は大通りを闊歩している。


「あいつ、何故あんなに余裕を持っているんだ?」


「杖だろうよ……しかし、愚かな奴だ。あれは使えなくなってる・・・・・・・・というのに」


「それ、本当なんだろうな」


 怪しむような言葉に、男は首を縦に振った。


「ああ、内通者が確認してる。あれにはコア・・とやらが無いらしいからな」


「そうか……しかしどちらにしろ、今仕掛ける以外にはあるまい。全隊員、10秒後に動くぞ……今!」


 そう言って男たちは物陰から、ビルの上から、一斉に飛び出した。


 ロープを伝い地上へ降りた二人は、周囲から出てきた工作員と共に優者を包囲する。


「――優者殿、我々に着いて来て頂きたい。抵抗は許可出来ない」


 アサルトライフルを向けつつ、じりじりと距離を詰めて行く工作員たち。しかし優者は歩みを止めることはない。


「止まれ! 止まらなければ撃つぞ!」


 その警告にも関わらず、進み続ける優者。


「――ッ! 威嚇射撃用意! 始め!」


 隊長の指示に、隊員たちは優者の足元を狙って数発の銃弾を放つ。市街地に響き渡る乾いた銃声、弾けるアスファルト。


 それでも優者は、跳弾など居に介していないかのように泰然と前進する。


「貴様、バカにしているのか!」


「隊長、無抵抗な内に捕縛してしまいましょう! 急がないと向こうの増援が!」


「ぐっ、前衛部隊、捕縛だ! さっさとその木偶を連れて帰るぞ!」


 言うや否や数名の隊員が優者に駆け寄り、持ってきた道具で優者を拘束する。無抵抗に捕まる優者。持っていた杖が手から離れ、カランと音を立てて倒れた。


「なんだ、何故ここまで無抵抗――」


 言い掛けた途端、異変が起きた。


「うっ、うわっ!?」


「ぐっ!?」


 優者に掴みかかっていた隊員たちごと、優者が上空にふわりと浮きあがったのだ。手に杖は持っていないはずなのに。


「何だ!? 何故魔法が使える!? あの杖では魔法は使えないはず――」


「――なんでってそりゃ、魔法つかってるのは私だからね」


 突然上空から響く声。工作員たちは一斉に上空を見上げる。そこには空中に浮かびこちらに杖を構える騎士の姿。兜を脱いだ彼女は、その赤い髪をさらさらと風に揺らしていた。


「なっ! レイミール・ヴィリア!」


「大漁大漁、こりゃ本当に釣りをしている気分ね」


「何故貴様がここに――」


「何故って、別にここ離れるような用なんて無いし……ま、とにかく皆、さっさと捕まってね」


 言うや否や拘束されていた優者の形がみるみると崩れ、そして一気にぶわりと膨れ上がった。そこから出てきた土色の腕が隊員たちを次々に捕えていく。


「ぐっ!?」「うわっ!」


「ミルトン、フリード! クソッ、上空の魔女を狙え! 撃ち落とすぞ!」


 指示を受け一斉にアサルトライフルによる射撃を試みる一同。先ほどとは音圧の異なる銃声が数々木霊する。しかし。


「ほんっと学習しないなあ。私見たらしっぽ巻いて逃げるようにって、そっちの士官学校じゃ教わらないのかな」


 レイミールには傷一つつかない。全ての弾丸が彼女の目の前で止まってしまっているのだ。


 それを見て恐慌状態に陥りつつも、隊長は後ろを振り向く。


「ぐっ! 対戦車ロケットは!?」


「あります! 準備完了!」


「よし、発射用意……撃て!」


 後ろに控える隊員が、肩に担いだ砲をレイミールに向け、放つ。バシュン、という音と共にロケット推進で加速する榴弾が、彼女に迫る。


「無駄!」


 杖を向けそう叫ぶ。それだけで榴弾はレイミールに届く前に空中で爆散。無意味にその熱を放った。


「そんな……」


 その姿を見て、一斉に凍り付く工作員一同。自分たちが一体何を相手取ろうとしているのかを、その一瞬で覚ったのだ。


「抵抗しなきゃ痛いようにはしないからさ、動かないでくれる?」


 その理不尽なまでの存在に、思わず隊長は叫んでしまっていた。


「なんだ!? 一体何をしたんだ!? 一体お前は――」


 ある種の救いを求めていたのかもしれない。理解の範疇を到底超えてしまっている出来事の連続。そのままでいては頭がどうにかなってしまいそうだ。せめて、何が起きているのかという説明だけでもしてほしい、という。


 それに対し、レイミールは。


「説明しろってこと? うーん、ヤダ。さっき一回説明しちゃったからさ」


「な――」


 その答えに唖然とする隊長のところへも、土の腕がサッと伸びていった。


――――


「あの土人形を、こうして……」


 レイミールがそう言って、的として作った土人形に杖を向けると、みるみる形が変わっていく。


 ごてごてとした細かい装飾が表面に施され、色すらも黒々と湿った土の色からだんだんと金属のような光沢を帯た銀色に変わって行く。


「凄い、土魔法ってこんなことまで出来るんですね」


「私以外はここまで自由自在とはいかないだろうけどね」


 それは自信から出ていると言うよりも、単なる事実を告げているだけと言った様子だった。改めて、この人は一体どれだけの力を秘めているのかという恐怖にも似た疑問が湧いてくる。


 この世界における魔法って、いったい何なんだ。


 数十秒後にそこに出来上がったのは。


「……俺?」


 そう、甲冑を着た等身大の俺の姿だった。


「そ、これをこんな感じで……」


 杖を動かすと、それに従い目の前の土人形も生き生きと動き始めた。


「これを君の代わりに街で歩かせる。そうすればいい感じに囮になるでしょ」


「成程……これで奴らを釣りあげるわけだ」


「そそ、釣りって、上手いこと言うね」


 そう言ってあははと笑うレイミール。平時なら美女を笑わせた事で俺も気分が良くなるところだが、残念ながらそこまでの余裕はない。


「それにしても……ちょっとあれ、近くに寄せてくださいよ」


 人形を近づけてもらい、間近でそれを見る。傍目に見れば生身の人間と到底区別がつかない。肌を触れば柔らかいし、鎧のところは金属のように固い。これじゃまるで錬金術じゃないか。


「これを思うがままに動かせるわけですよね……」


「そうだよ。こんな感じで」


 わちゃわちゃと土人形の手足を動かしたり、表情筋を動かすレイミール。


「ちょ、俺と同じ見た目なんだからあまり変なことさせないで下さいよ……それにしても、こりゃまるでロボットですね」


 その言葉に、レイミールの身体が強張る。


「ロボット、ね……まあ、確かにそうかもね」


「どうしました? ……この世界のロボットについて、何か知ってるんですか?」


「……君こそ、何か思うところがあるみたいだけど?」


 そのまま、少し穏やかでは無い空気が二人の間に流れた。レイミールの目は先ほどまでとは打って変わって真剣そのものだ。


 だがレイミールが先に折れてくれた。やれやれと首を振ると、


「やだな、別にこんな空気にしたかったわけじゃないのに。君、この世界のロボットについてどれくらい知ってる?」


 俺は言葉を選びながら、慎重に答えた。


「そうですね……かつて悪魔と呼ばれて人類と敵対していた存在で、そのせいか今でも造ることは出来るのに作られていない、ってことくらいですかね」


 俺の推測交じりの言葉に、はたしてレイミールは頷いた。


「大体そんな感じ。神話に書かれた『悪魔』ってのが、確実にロボットってわけじゃないんだけど、それを思い起こさせるのは間違いない。だからこの世界ではロボットは忌み嫌われている……そもそも市民レベルじゃ、ロボットの存在自体周知されてないんだけどね」


「やっぱり……」


 ついに俺は、この世界のロボットの真実に触れることに成功した。この世界最強の女性がいう言葉ならば、きっと信用できるだろう。


「周知されていないって、情報統制ってことですか?」


「統制……まあそうかもね。人型の機械の存在という発想や概念、そのものがこの社会から排除されていると言っても良い」


 それは衝撃的だった。うすうす何か違和感があるとは思っていたが、まさかそのようなことまで行われていたなんて。


「じゃあロボットについて知ってるのは、お偉いさん方だけ?」


「異世界人以外ならそうでしょうね。政府高官とか、議員とか、そういう連中」


「――ならレイミールさんは、どうしてそれを知っているんですか?」


 俺の疑問に、レイミールはしばし沈黙する。


「……うーん、それはプライベートな情報ってことで」

 

 瞬間、脳内を駆け巡ったアイデアを口にする。


「まさか、レイミールさんがロボット……」


「あはは、それは無いよ。けど、そうだな……君さ、この国で働いている人間、見たことある?」


「え? そりゃあ……店の店員さんとか、たくさん」


「うーん、そうじゃなくて……なんかこの国ってさ、毎日が休日って感じ、しない?」


「毎日が休日……?」


 言われて、思い当るものがあった。この一か月の間幾度となくレイジンに出ていったが、街は毎日のように賑わっていた。


 それこそ、休日のように。


 お前ら働かなくていいのかよ、そう心中で毒づいたこともあった。


「まあ、確かに……けど、それが……?」


「これがヒントかな。続きは全部終わってから。今は囮作戦、ぱっぱと決行しちゃおう」


 そう言ってレイミールは疑問を残したまま、俺そっくりの土人形を地上へ降ろしていったのだ。

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