第31話 リグアのいちばん長い日3
「ケイジくんは、無事なんでしょうか」
爆発があった後、甲冑を着た国家親衛隊員の指示でマイカとエルレシアは車を降り、誘導されていた。
パニックに陥っていた群衆も、親衛隊員や警察官などの誘導で少しずつ落ち着きを取り戻している、だが新たな爆発が街のどこかで起こる度、再び悲鳴が上がった。
混乱に陥っている群衆をかき分けるようにして、甲冑の一団と可憐な女性二人のグループが進んでいく。
「大丈夫だと信じたいけれど……」
あの時鳴り響いた音、そして見えなくなったケイジ。傍から見ればケイジを狙った何かが起きたのは明らかだ。その後の爆発で車外へ連れ出され、隊員はしきりに「レイミール隊長が付いている、心配はない」と言うが。
「……すみません、レイミールさんってそんなに強い人なんですか? 名前くらいしか聞いたことがないんですけれど……」
エルレシアが手近な隊員に聞くと、笑いながらこう答えてくれた。
「知らないのかい? 国外じゃ『魔女』と恐れられている、この国最強の魔法の使い手さ。風魔法を操り空を飛び回り、強力な火炎魔法であらゆるものを燃やし尽くす実力者。帝国程度の装備じゃ束になっても敵わん」
「民間人相手に、ペラペラ喋るな」
もう一人の親衛隊員が横から出てきて、お喋りな隊員の頭を小突く。叩かれた隊員は「イタッ」っと間抜けな声を出す。
「嘘を吐くな、甲冑越しなのに」
「心が痛んだんですよ、副隊長」
「下らないことを……お嬢さん方」
副隊長と呼ばれた男は、兜越しに二人を見据える。
「この男の言う通り、隊長に任せておけば間違いない。今だって――」
途中、ずんという音が鳴り響いた。見れば上空で大きな火球が炸裂している。まるで花火のように空で煌めくそれはビルの窓にその姿を映し、遥か上空で燃え盛ったはずなのに熱を仄かに彼らの肌に伝えた。
「……ありゃ、戦闘機ですかね」
「だな……あの通り、戦闘機ですら隊長には敵わん。優者様のことは心配無用だ」
副隊長に睨まれるように見られたエルレシアとマイカは、神妙に頷くほかなかった。
――――
親衛隊の威光のおかげか、一行は比較的スムーズに混乱の渦中から抜け出すことに成功した。
「ここから二手に分かれます。マイカさんは副隊長に、エルレシアさんは私に付いて行って下さい」
騒ぎから逃げてきたのであろう人々で賑わう公園にて二人が一息ついていると、近づいて来たお喋りな隊員がそう言った。
「なぜ、二手に?」
「この騒ぎの中、大勢で動いていては却って身動きがとれなくなりますし、守り辛くなるんです。残念ながら車じゃ移動できないですし、上空は隊長が居るとは言え、ミサイル攻撃されています。脚で移動するならなおさら少人数でなくてはいけない」
整然とした言葉に、マイカも黙らざるを得ない。
「合流先はリグア警察署です。既に内部の緊急巡回も終わり、安全が確保されている場所です。歩いて30分ほどなので、頑張ってください」
「……わかりました。マイカちゃん、じゃあまた後で落ち合いましょう」
「そうですね。お気をつけて」
そう言いながらお喋りな隊員と共に去って行くエルレシアの背を見ながら、マイカは考える。
隊員の会話から漏れ聞こえてきたところによると、襲撃は帝国軍によるものらしい。ネットの情報を巡回するが、ビルや上空で数度爆発が起きたということ以上のことは記されていない。
最も肝心にして、一番最初に起きた事件の情報は全くと言っていいほど扱われていない。
(これが本当に帝国軍の仕業なのだとしたら、ケイジ君を狙撃するのはおかしい)
サプレッサーを付けていたのか銃声もなく、被害もなかったため誰も気づいていなかったが、ケイジをずっと目で追い続けていたマイカだけはしっかり記録していた。ケイジの頭があった位置に迫っていた、鉛色の銃弾の姿を。
帝国の狙いは優者であるケイジの身柄の確保のはずである。その主目的の命を奪いかねないような行為を、帝国が企てるだろうか。
帝国内のタカ派の方針が変わり、今次優者を諦め30年後の優者到来を待つことに決めたか。いや、そんな悠長なことを考えられる連中が襲撃なんて企てる訳がない。
幸い、レイミールが居たからこそ今回の狙撃は阻止できたものの、それが無ければケイジは……。
(――いや、もしかしてその逆?)
レイミールが傍に居ること、相手はそれを最初から知っていた? 彼女の攻撃に関する戦力の凄まじさはネットに動画が上がるほどだし、マイカ自身も目の当たりにしている。しかし銃弾を止めることが出来るなどとは知っていなかった。
魔法は攻撃にしか基本的に使えない。それ以外の魔法は悪魔の業。人は使うことが出来ない。
しかしレイミールがケイジに使った魔法は、そうした悪魔の魔法に近いのではないか。マイカは直感的にそう考えていた。理由は無い。しかしあれがマジックフェスタリオで触れた、空気を操る風魔法と同質とも思えないのだ。
先ほどのお喋りな隊員も、レイミールの攻撃に関わる魔法ばかりを誇り、それ以外の魔法に関しては何も知らないといった様子だった。
もしあの銃弾を静止する魔法が普通ではない部類の魔法なのだとしたら、そのような魔法を使えると言う情報は相当にパーソナルな部類に入る。知っているとしたら、それはレイミールに近しい人間、あるいは――。
「マイカさん、でしたか。先に進みましょう」
思考の途中で副隊長が話しかけてきた。「わかりました」と頷き、マイカは立ちあがる。
だがロボットであるマイカに、人に話しかけられた程度で思考が寸断されるなどということはあり得ない。そのまま彼女の推理は、少しづつ真相へと近づいていく。
――――
続いてリグアの街を襲ったのは、戦闘機では無く大量の巡航ミサイルだった。波状攻撃を仕掛けてくる巡航ミサイル群を、次々と迎撃していくレイミール。
一つ一つが破壊されるたびに轟音が轟き、衝撃波が全身を痺れさせる。その度に心臓が不快にばくんと軋む。
音速で飛び回りながら、巨大な火球により正確無比にミサイルを撃墜するレイミール。その姿を目の当たりにして、ふとメルドーのあの言葉を思いだした。
『大杖を手にすることで、ヤナイ様は国家親衛隊の隊長クラスの魔法を行使することが可能となるでしょう』
これと同じ力を、俺が。
大杖を握る掌に、ぎゅっと力が籠る。
俺はこれほどの力を、どう使うのが正しいのだろうか。
やがて今次襲来したミサイルを全て撃墜すると、レイミールは再び無線を受信したようだ。
「うん、はい、了解、それで? ……はあ、なるほどね。えーと、考えるから」
そう言って通信を切るレイミール。
「何て言われたんですか?」
「巡航ミサイルは今ので最後ってのと、そろそろ友軍の戦闘機が来るから空は安心しろってのが一つ目の話」
「それは、ようやく一安心なんですかね」
直接の被害が出ていないとはいえ、飛来し続ける巡航ミサイルに俺は半ばノイローゼになっていた。空襲警報を鳴らされる人の気持ちと言うのはこんな感じなのだろうか。きっと下に居る市民たちも相当肝を冷やしたに違いない。
しかしそれもようやく終わったということは、情勢が好転したということじゃないのか。見れば、地上からも新たに昇る黒煙の姿は見当たらないし。そう尋ねたが、返ってきたのは否定の言葉だった。
「残念ながら勝負はこれから。どうも地上で、不審な動きをしている一団が居るらしいの」
「不審……それって、まさか」
「うん、狙撃やテロの主犯、帝国の工作員である可能性が高いと思う。制圧しないと……」
しかし、レイミールは動こうとしない。
「どうしたんですか? 空はもう大丈夫なら、直ぐにでも行かないと……」
「目撃情報が曖昧で、詳細な居場所が分からないらしいの。それにこの人だかり、誰が誰だか全然見分けがつかない」
言われて見下ろせば、地上には未だ大勢の人々が立ち往生していた。数十万人は集まったであろう式典の直後だ。数十分くらいじゃ避難が完了するわけがない。それに避難しようにも、ビルには爆弾が仕掛けられているかもしれないのだ。うかつに動けないのであろう。
マイカとエルレシアはどうなっただろう。数分前にレイミールに尋ねた時は「隊員の誘導で警察署に向かっているらしい」と伝えらえたが、この混乱だ。果たしてスムーズに動けるのだろうか。
「……ッ」
このまま俺は、レイミールの腰にしがみついていて良いのだろうか。そりゃあ、良いのだろう。俺がうかつに動き回って掴まってしまえば帝国の思う壺。レイミールに守ってもらうのがどう考えても最善だ。
しかし。俺は大杖を見た。俺には力があるはずなのに、それを振るわないことはどうなのだろう。
ようやく手に入れた力。俺はそれを使って、人々を、マイカやエルレシアたちを護るんじゃないのか。そのために優者になったんじゃないのか。
「……誰が工作員だか分からないのが問題なんですよね。だったら、提案があります」
「提案?」
「俺が囮になります」
その言葉に、レイミールが固まる。
「囮って……単独で動こうってこと?」
「そうです。あの中に一人で降りて行って、存在をアピールするんです。奴らの狙いが俺の誘拐なら、出てくるはずでしょう」
「そんな簡単に……それ以前に、一人で出ていくなんて危険なこと、許せるわけないでしょう?」
「けど俺には、これがある」
そう言って右手に持った大杖でこつこつとレイミールの甲冑を叩いた。
「これがあればレイミールさん並の魔法が使えるようになる、メルドーさんがそう言っていました。だから、大丈夫です。レイミールさんはバレないように隠れて、俺を狙って工作員が出てきたところを制圧すれば良い」
俺の提案をしばしレイミールは吟味していたが、やがて一つ条件を出してきた。
「……君、魔法の使用経験は?」
「マジックフェスタリオで、風魔法を」
「それじゃ弱いわね。今、ここで火炎魔法を使って見せて。そこに的を作るから」
言ってレイミールが杖を振るうと、人型の土人形が正面の空中に出現した。土魔法と風魔法の組み合わせだろうか。
「あれに当てて。それが出来たらその作戦を採用する」
言われて、俺は左腕でがっちりレイミールの腰をホールドしながら、右手の杖を的に向ける。
「火炎魔法って、どうすればいいんですか」
「初めのうちは頭だけじゃイメージしにくいだろうから、火をイメージしながら『出ろ!』って叫んでみて。そしたら出るはず」
俺は深呼吸をした後、慎重に目標を定め、そして精一杯腹から出すような大声で叫んだ。
「出ろッ!!」
何も起こらない。
「出ろっ、出ろッ、燃えろっ! ……ッ! 弾けろ! 爆発しろ!! 出ろッッ!!」
何度叫んでも、火の子一つ出てこなかった。
「ハァ、ハァ、どうして……?」
ぜえぜえと息を切らす俺に、レイミールは話しかけた。
「やっぱりね……フェスタリオの杖と違って、個人用の杖は使用可能になるまで慣らしが必要なの。直ぐに使えないんじゃないかと思ってたんだけど……」
愕然としていた俺は、メルドーの言葉の続きを思いだした。
『それほどまでに、大杖には力があります。ただし、使用するまでには慣れが必要ですが』
まさかあれは、このことを言っていたというのか……!
「嘘だろ……」
ようやく、「誰かを護る」という行為を、「やろうと思えば出来る」行為に出来たと思ったのに。それは俺のとんだ勘違いだった。
俺は結局無力な、凡人のままだったのだ。
肩を落とす俺を、レイミールは慰めてくれた。
「がっかりしないで。メルドーの言ってた話、力の規模に関しては嘘じゃないと思う。その杖なら、きっと物凄い力を振るえる。けれどそれがまだ早かったってだけ。それに……君のアイデア、使えそうだし」
「……え?」
レイミールは洋風兜のバイザーの部分を持ち上げた。彼女の強い光に満ちた、それでいてどこか優しい目が見えた。
「あの土人形見てたらね、思いついたの」
いたずらっぽく微笑みながら、彼女は言った。
「囮作戦、実行してみましょう」