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第30話 リグアのいちばん長い日2

「うおおおおおおおお!?」


 猛然と垂直に上昇を続けるレイミールの身体に、俺は必死で縋りつく。風が痛いほどに体にぶち当たってくる。


「……っと、これくらいでいいかな」


 レイミールがそう言うとようやく上昇が止まる。


 ほっとしたのもつかの間、辺りを見回して俺は愕然とした。


「ひ、ひえっ……」


 そこは周りのビルを軽く見下ろすような、凄まじく高い場所だった。地上の車や人々が豆粒に見える。そんな高空でレイミールと俺は浮遊していた。


 ひったくりを捕まえた時、そしてマジックフェスタリオで見たものを思いだす。


「か、風魔法……?」


「まあ、そんな感じ。大体600メートルくらいだけど、落としたりしないから安心して」


 600……! 東京スカイツリーの頂上と同じくらいじゃないか。通りで脚が竦むわけだ。


「落としたりしない、つっても……」


「魔法魔法、安心してって」


 そうは言うけど、手が滑ってしまったら助かりそうな予感が全くしない。レイミールの腰を抱く腕の力が一層強くなる。


「さて、どうなってるかな……」


 レイミールが街を見回すのに倣って、動揺しながら俺もリグアの街を一望する。足元のビルだけでなく、離れたところに立っているビルからも黒煙が上がっている。


「そんな……」


「今日は就任式だし、ビルの中にあまり人は居ないとは思うけれど……」


 しかし全くの犠牲が出ていないと考えるのは甘い話だった。地面に再び視線を戻せば、消防車や救急車が集まってきていた。


 そうこうしている内に、更に遠くの方から爆音が鳴り響いて来た。見れば目測で1キロほど離れた場所から、新たに黒煙がもうもうと上がっている。


「レイミールさん、どうすれば……」


 俺がそう尋ねるや否や、ピーッという電子音が鳴る。無線を受信したようだ。それを聞くレイミールの顔がだんだんと曇っていく。言葉少なに「了解した」とだけ返し通信を切ると、レイミールは街の外の方を睨んだ。


「救助や爆弾の対応は地上に任せて、私は私にしかできないことをやる」


「レイミールさんだから、出来ること?」


「厄介なのが飛んできてるみたいだからね、ちょっと追い払わないといけないらしいの」


 そう言ったのと同時に、爆発とは違う重低音が空の向こうから少しずつ鳴り響いて来た。


――――


「それで、状況は?」


 黒塗りのリムジンに乗りながら、ハーリング大統領は公安幹部に尋ねる。


「予定通りに推移しています。帝国陸軍がジーハン方面へ出撃、国境警備軍と睨み合っています」


「リグア内の情勢は? 市民に被害は出ていないだろうな」


「軽傷の人間が数名出ているようですが、それ以外は」


「……被害は出すなと厳命していたというのに。やはり即席の連携、そう上手くは行かんか……」


 苦々しく表情を歪めるハーリング。


 ハーリングは車載のモニターに映し出されているニュースを眺める。いくつものビルから黒煙が上がっている様子を、レポーターがしきりに伝えている。字幕には「リグア市内で同時多発テロか」と表示されていた。


 大統領は首を振る。死者が出ていないだけマシと考える他なかった。


「……それで、優者殿と人形の身柄は?」


「既に国家親衛隊が押さえています。フェイズ3に入り次第動かします」


「良いだろう。では、フェイズ2の完了を待とうか」



――――


「戦闘機が!?」


 レイミールは信じられないことを言った。なんとこのリグアの街に、帝国軍の戦闘機が向かっていると言うのだ。


「そんな、迎撃は」


「ジーハンに国境軍が縛られてて、迎撃が出来なかったみたい」


 聞けば迎撃できるような対空兵器などは、ここには配備されていないらしい。いったいどうすれば。


「ま、こういう時のために私が居る様なもんだから」


 そう言ったレイミールの顔は兜で見えなかったが、獰猛に笑っている気がした。


――――


 ユニタリ領空を西に向かい亜音速で突き抜ける、2つの機影があった。


「ファルコ1、そろそろ作戦空域に入る。準備をしろ」


「それにしても防空網がここまでザルだとは……これなら何も、平時から侵攻可能だったんじゃないか?」


 相棒のそんな気楽な声に、ファルコ2は戒める。


「バカ言うな、内部工作とジーハンでの足止めあっての作戦だ、気を緩めるなよ」


 作戦行動、それはリグア市内にあるビルを狙った攻撃により、市内をかく乱すること。この就任式の日に無人となるビルが調べられており、それを狙うのだ。


 その狙いは、市内の国家親衛隊に対する陽動、リグア市内に潜入している工作員による優者確保を補助することにあった。


「しかし、ユニタリも愚かなことだ。国境地帯の民族紛争を放置して、こんな火種を作ってしまうんだからな」


 それには冷静なファルコ2も同意見だった。


「全く。被差別民族出身の人員が協力者なんだろう? 因果応報というやつだろうな――ん?」


 言葉の途中でファルコ2は異変に気付く。彼は広域レーダーを睨んだ。 


「……おい、リグア上空に反応があるぞ」


「何?……本当だな。……だが、リグアには航空機は配備されていないはずだ。大方マスコミのヘリコプターなどだろう。それより見えてきたぞ。あれがリグアだ」


 キャノピー越しに見える灰色の一帯がみるみる大きくなっていくのが分かった。帝都アレイダムほどではないが大きな街に目を細める。


「10カウント後、作戦を開始する。10、9、8……」


 ファルコ1が始めたカウントに、神経を研ぎ澄ませるファルコ2。操縦桿を握る手に力がこもる。


「5、4、さッ!?」


 突然途切れるカウント、ファルコ2はうろたえる。


「どうし、ぐっ!?」


 ファルコ2もまた声を詰まらせる。機体が唐突に大きく揺れたからだ。


「なんだ!?」


 見れば、翼下から火が上がっているのが見えた。爆発だ。


「攻撃を受けた――!?」


「馬鹿な、対空兵器は無いという情報――」


 そう言いながら、思いだした話があった。


 ユニタリ国家親衛隊には一人、怪物が居る。


 単身でヴェイバル帝国陸軍一個大隊に匹敵する作戦遂行能力を有する、歩く戦略兵器。


 先立つ侵攻作戦においても戦車15両、戦闘機32機を一人で破壊したという、国家親衛隊隊長。


 その仇名は、「魔女」。


「……なぜこんな当たり前のことに気付かなかった。国家親衛隊が居るのなら、隊長も居るに決まってるじゃないか」


 空中に浮かぶ人影・・・・・・・・を見て、ファルコ2は乾いた笑い声を出した。


――――


 地平線の向こうから現れた姿が戦闘機のそれだけ気付いた俺は、ビビりにビビっていた。


 ぐんぐん大きくなるその姿に情けない悲鳴を上げる。


「うわ、うわ、来るぞあいつら! しかも2機!」


 だがレイミールはそれを見て、事も無げに言い放つ。


「うわあ、陽動かと思ったらミサイルまで積んでるじゃない。物騒な連中、ねっ!」


 言いながら、手に持った杖を横凪に払うレイミール。瞬間、2機の戦闘機の翼に付いていた小さい何かが切り落とされ、そして空中で爆発する。


「何したんですか、今!?」


「あいつらが積んでたミサイル、取り除いてあげたの。これが警告になればいいんだけど」


 言うや否や2機の戦闘機は俺たちを挟むようにして横を通り抜けて行く。一瞬遅れて凄まじい音と風。


「ぐううっ」


「それで、どうするつもりやら」


 振り返り戦闘機が向かった方を見やる。すると一機はぐんぐん上昇を始め態勢を整えようとしているが、もう一機の方の様子がおかしい。ゆっくりとスピード落とし、方向を変えずに直進。


「追いかけるよ、離さないでね!」


「え、うおっ」


 さっきから悲鳴しか悲鳴しか上げていない俺は再び叫ぶ。レイミールが空を蹴り、一気に水平方向に加速したのだ。


「おおおおおおおおおお!?」


 顔に物凄い風が当たる。痛くて目が開けないぞこれ!


「れ、れいみーるふぁん、かおぎゃ!」


「あ、ゴメン。魔法かけるの忘れてた」


 そうレイミールが言うと同時に、ふっと顔に当たる風が止んだ。出来るならはやくやってくれ!


 そのまま直進する戦闘機を追っていくレイミールと俺。


 すると突然、追いかけていた戦闘機の上部がポンと爆発した。


「なんだ!?」


 それと同時に、上に向かって何かが打ちだされる。数秒後にそこからバッと広がるもの。パラシュートだ。


「あー、あのバカ、市内でベイルアウトしたな!? 機体が下に落ちたらどうすんの、よっ!」


 そう叫ぶとレイミールは杖を振るい、パイロットが居なくなって失速する戦闘機を引き留めると、上空に打ち上げた。まるでバンジージャンプのように巨大な鉄の塊が飛び上がる。


「……それっ」


 そしてそこに杖を向けた。瞬間。


 ドォォォォン!


 爆散する機体。


「うわあ!」


 顔面に吹き付ける熱風、そして火球を見て愕然とする俺。


「有害物質も出ないくらい高温で爆破したから安心して。えーと、それでもう一機は……」


 どこかズレたことを言ったレイミールはキョロキョロと首を回し、そして目標を見つけたようだ。


「そうか、ミサイルを潰しても機銃がまだ残ってるのか……捕まえるしかないか」


 再び加速するレイミール。弾丸のように進むレイミールにしがみつく。


「レイミールさん、これっ、どんくらい出てるんですかっ?」


「速さ? 分からないけど、音速は出てるかも?」


 音速って、時速1200キロメートルくらいじゃないか! この世界でも音の速さが同じかは分からんが、どっちにしろとんでもないスピードなのは体感から明らかだ。


 身体が半ば置いていかれるような感覚。風景が横を流れていく線にしか見えない。


「――おし、追いついた」


 レイミールのその声に気が付く。真横に、戦闘機が並走していた。走るという言葉がふさわしいかは分からないが。


 コックピットの風防越しにパイロットと目があう。その目は驚愕に見開かれている。俺も同じ気持ちだぞ。


「おーい、キャノピー開けてよ」


 そう言いながらがしがしと戦闘機の風防ガラスを蹴るレイミール。中に座るパイロットは恐慌状態になっているようだが何もしようとしない。


「ったく……強硬手段だ。ちょっと辛いかもだけど、ごめんね?」


 言ったかと思うとレイミールは杖を握り、「えい」と念じた。


 同時に全身に掛かる凄まじいG。骨が軋み、身体が歪む。急減速したのだ。


「うぼおおおおおぇっ」


 あまりのことに吐きそうになるが、なんとか堪えて脇を見る。どうやら戦闘機ごと無理やり静止したらしい。


「ほーらー! 開けないと安全は保証出来ないよ!」


 その言葉に反応したのか、向けられた杖に恐れおののいたのか、パイロットは慌ててボタンを押し風防を開いた。


「な、何を……」


「あなたも、早く降りて。流石に抵抗する気は無いわよね」


 そう言われ、哀れなほどに首をぐりんぐりんと縦に振るパイロット。


「じゃ、そこのビルに降ろしてあげるから、逃げようとしないでね」


 そのままぐいぐいと戦闘機ごと近くのビルまで引っ張っていき、その屋上にふわりと戦闘機を置いた。


 おずおずと降りてきたパイロットを落ちていたワイヤーで捕縛すると、レイミールは通信を入れる。


「今の私の座標、補足してる? うん、そこにパイロットと戦闘機を置いといたから、回収しといて。 え、無力化……わかった、やっておく」


 そう言って通信を切り、彼女は戦闘機に向き直る。


「また爆破しちゃうと派手だし……よし」


 と言ってまた杖を一閃、もう一閃。すると戦闘機の翼が二枚切り落とされた。地面に落ちる主翼。鐘や銅鑼を叩いたような大きな音に思わず耳を塞ぐ。


「よし、これで取りあえずはいいか。じゃあ、また上空に戻ろっか」


「マジですか……」


「ユニタリの戦闘機が来るまであと10分、軍のヘリが来るまでは30分掛かるし、国境軍はジーハンの防衛でかかりきりらしいから、もう暫く私だけで押さえなきゃいけない。さ、掴まって?」


 言われるがままに俺が腰に捕まると、レイミールは再び空に飛びあがった。


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