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第2話 衝撃・襲撃・迎撃

 外に出ると、刺すような暑い日差しに驚いた。ヒリヒリとした熱気は今まで日本で感じたことのないもので、思わず周りを見回してしまう。そして直ぐに理由に気付いた。今まで居たのは石でできた神殿のような場所で、すぐ外は白い壁の建物が立ち並ぶ町だったが、広い道の更に奥、町が途切れた先には、地平線いっぱいに黄土色が広がっていた。


「砂漠……」


「その通りです」


 出口の脇に控えていたメルドーが言う。驚かすな。


「このジーハンの地は大陸最大の砂漠、ウェブラ砂漠西方に位置しております。お伝えし忘れて申し訳ない。車内は冷房が効いておりますので、速やかに移動しましょう」


 日光に辟易としながら進む。確かにこれは日本じゃ味わえない熱気だ。怖くて太陽の方を見れない。ひいひい言いながらなんとか車列にまでたどり着いた。


 用意されていた車はデザインこそ見た事のないものであったが、概ね元の世界を走っていたものと変わらない。大きな車輪は不整地でも楽々だろう。武骨なデザインなのは、軍用だからだろうか。マフラーが付いているあたり、内燃機関を搭載しているのだろう。そうなると科学技術レベルは中世は言わずもがな、近世ですらない。20世紀、下手すれば現代レベルである可能性すらある。


「失礼ですが、こういった車はユニタリで普通に普及してるんですか?」


「ええ、一家に一台程度ですかね。これは軍用なので大きいですが、市民はもっと小ぶりなものを。首都においては最近公共交通機関の発達で所有者は減っていますが」


 それが何か、と聞かれて「いえ、なんでも……」と答えたものの、動揺は凄い。そっくりそのまま、現代日本と同じような状況だ。もしかしなくても、このユニタリと言う国はかなり発展した国なのかもしれない。


「では乗りましょう。そちらは……後続車両にお乗せしても?」


 メルドーが指すのはマイカだ。その目には若干の警戒心のような、暗い感情が写っているような気がした。何故こんな反応をするのだろうか。


「一応高価なものなので、傍に置いておきたいのですが、スペースは無さそうですかね」


 ないはずは無いだろうけれど。大きさはハマーほどもあるのだから。


「……分かりました。ではお二方は後部座席にお座りください。悪路が続くのでシートベルトをご着用ください」


 そう言って後ろのドアを開いてくれるメルドー。恭しく伸ばされた彼の手に従って乗り込む。中に乗ってしまえば完全に現代的な車と変わらぬ内装だった。革張りのシートにエアコンの通気口、パワーウインドウのスイッチまで付いている。ハマーの新車と言われれば信じるだろう、乗ったこと無いけれど。後ろについてきていたマイカも、なんてことないように乗り込む。流石汎用人型ロボットだなあ。


――――


 砂地故にグラグラと揺れるが、サスペンションが効いているのか不快になるほどではない。ただ、少し気になったので聞いてみる。


「ヘリコプター……回転翼機はないんですか? 砂地なら車よりもそっちの方が良いのでは」


「残念ながら、ジーハン上空への侵入は国際条約で禁じられているのです」


 助手席に座るメルドーが応える。それは中々物騒な話ではないか。確か日本にもそのような空域はあったが。


「それは……ジーハンの統治権が、他の国にあるということですか?」


「それは違います」


 間髪入れないその返答には強い否定の意志が込められていた。


「ジーハンは我々ユニタリが歴史的にも法的にも占有する、正統な領土です。しかし……隣国への外交的配慮から、半ば譲歩する形でこの空域への侵入を自粛している、これが真相です」


 隣国、ねえ。先ほど見た地図が思い出される。スケールは分からないが比較的小さなユニタリを押し潰さんとするように広がる、広大な帝国。


「その隣国って、大ヴェイバル帝国のことですか?」


「ええ……え?」


 メルドーは頷く動作を途中で止め、そして弾かれたようにこちらを見た。その眼光には少しの驚きと、そして殺気とがあった。待って、なんでよ?


「ひっ、メメッ、メルドーさん、何か……?」


「……ヤナイ様、なぜ大ヴェイバルの名をご存知なのですか?」


 何言ってるんだこいつ。


「はあ? なぜって、……先程の地図に書いてあったじゃないですか」


 この人はついさっきの自分の行いを忘れてしまったというのか。自分で取り出して見せつけて来たくせに。……しかし、改めて考えてみたら不思議ではある。


「しかし、音声なら分かるけれども、文字まで読めるってのは中々都合が良すぎる気もしますね」


 だがそれも加護とやらのおかげなのだろう。そのご都合主義に改めて楽天的になる俺だったが、対照的にメルドーは深刻そうである。


「……ヤナイ様、本当にあの地図にあった文字を、読むことが出来たのですか?」


「へ? ああ、読めました。別にそこら辺の文字でも……例えば、あの標識とか。『4ミル先 レイメヤード空港』。……”ミル”って、距離の単位ですか?」


 俺の質問を無視して、メルドーは重々しく口を開いた。


「……旅人と我々との間で、口頭での会話が通じる、という加護はよく知られていますが、文字まで翻訳されるという例はあまり耳にしません。……私の知る限りでは、恐らく初めてではないでしょうか」


「えっ」


 どうりでおかしいと思った。すべての文章が漢字混じりで読めるのだから。異世界の不思議翻訳機能は随分と精度が高いものだと感心していたのだが。


 そんなことを、漢字とはどういうものかを説明しながら伝えてみると。


「……これは推測ですが、我が国で用いられてる共通ユニタリ文字も、その漢字と同様に表意文字を含む体系です。おそらくその共通性が、文章に対する親和性を強めているのではないかと」


 なるほど、日本に生まれたってだけでとんでもないチートを手に入れたものである。異世界転移といえば文字学習、その困難な流れを省略できることはありがたい。ビバ日本。よくぞ漢字文化圏にとどまり続けた。今なら義務教育9年に渡る漢字苦行にも心から感謝できる。


 しかし、すると俺以外の異世界人は表意文字のない国や世界から来たことになるのだろうか、そういったことを尋ねようとするが、その前にメルドーの方から問いかけてきた。


「そういえばヤナイ様、先程は魔王だとか、亜人だとかとも仰っていましたよね。何故そのようなものを知っていたんですか? あの様子だと、元の世界には実在していなかったであろうと推測出来ますが」


 鋭い質問だ。少し頭を整理して答える。


「そうですね……元居た世界における創作物に登場した架空の存在、それが僕の知る魔王や亜人です。魔法も、僕の世界では架空のものとされていました。僕の世界においては、このような架空の存在が居る世界に一般人が転移してしまう、という物語が数多く存在して、現状がそのシチュエーションと合致してるのではないかと思って、口に出してみたのですが」


 今度のメルドーは驚くことなく、納得したように頷いている。今度は俺が聞く番だった。


「なぜ、このことを?」


「かつて異世界から訪れた優者の多くが、同じようなことをおっしゃっているからです」


「え!」


 なんと、つまりweb小説的な異世界転生が流行っているような世界からの来訪者が沢山いるということか。そんなの、日本以外にあるのか? 先ほど浮かべた問の答えが得られるのではないかと期待しながら尋ねる。


「その人たち、もしかしてニホンという国の出身では?」


「……いいえ、記録にある限り、我が国に訪れた優者の中にそのような国の出身の方は居ません。しかし……柳井様、『ヤマティア、ヤマタイ、フソウ』などという言葉には心当たりは?」


「!」


 落ち込む暇もなくメルドーが発した言葉。それはどことなく、日本を思わせる言葉だった。


「その様子だと、やはり。あなたはいわゆる、C3型世界類型(しーすりーがたせかいるいけい)からいらっしゃったようですね」


 またよく分からない言葉が出てきた。説明したそうなメルドーと説明が欲しい俺の意見が一致したことをアイコンタクトで確認すると、メルドーは滔々と説明を始めた。


「実はこの世界に訪れる優者たちは、みな別々の世界から訪れてきたのです。誰一人として、全く同じ世界から来たという記録はありません。しかし中には、辿った歴史に差異は有れど、比較的傾向が似ている世界同士もあります。それらを大分したものを『世界類型』と呼んでいます」


 メルドーの説明は続く。


「先ほど述べたC型世界類型の特徴として、我々ユニタリと同程度に発展した科学文明、魔法・亜人の不在等が挙げられます。この異世界転生への順応が比較的早いのも、C型の方々です」


 つまりは、俺の元居た世界から見た時のパラレルワールドということだろうか。似ているが、別な世界。つまり異世界からの異世界転移者。なんだか頭が痛くなりそうだ。


「幸いなことに、当代の優者もまた、C型世界類型出身の方です。恐らく、話の合う方だと思いますよ」


「へえ、それは是非お話を聞きたいですね」


「勿論、場所を用意しま――」


 メルドーは途中で遮られる。突然、爆音と共に車が大きく揺れたからだ。


「うわっ」


 情けない悲鳴だな、と思ったら俺の声だった。


「ヤナイ様、伏せてください!」


 鋭い声に、シートベルトもお構いなしに無理やり頭を低くする。混乱しながら横を見れば、すまし顔のマイカ、そして窓の外に立ち込める砂煙。


「なっ、何が!?」


「東ヴェイバルの、襲撃かもしれません……!」


 襲撃――! するとさっきの爆発は、この車を狙って? 


「それは違うでしょう」


 俺の恐れを否定するメルドー。


「狙いはおそらくヤナイ様、あなたです。彼らはあなたの身元を狙っている。それを傷つける様な真似は出来なはずです」


 そう言いながらメルドーは車載された無線を取った。俺が狙われてる? いや俺と言うより、優者という身元を狙っているのかもしれないが……まだ俺、優者になってないんだけど!


「ご安心を……といわれても、難しいでしょうね」


「ええ……こんなに怖いのは初めて……いや、目が覚めたら、銃を持った不審者に囲まれているのに気付いたとき以来ですね」


 その言葉に運転席の男が吹き出し、そしてメルドーがばつの悪そうな顔をする。


「旅人が一般人とは限りませんので、こちらとしても自己防衛出来る程度の武装をしておく他ないのです……」


 そう言いながら、メルドーは車載の無線機を手に取った。


「私だ。動けるか? 特措法4条案件だ、武力防衛行動を許可する。出動し、行動に当たれ」


 先ほどまでの柔らかな物腰とは打って変わった鋭い声で指示を飛ばし、無線を戻す。


「ターベン、国境軍は」


 応えたのは運転席に座っていた男だった。短いスポーツ刈りの髪をガシガシと掻きながら、手に持った端末を耳元から離す。


「ダメです、空港に展開していたようで、最速でも10分かかります」


「……親衛隊のお手並み拝見、だな。ヤナイ殿」


「ひゃ、ひゃい」


「先ほど、魔法が見てみたい、と仰ってましたよね。どうやら、予定よりも早くお見せできそうです」


――――


 後ろに並んでいた車から、1、2、3人の人が降りてくる。甲冑を未だに着込んだ彼らの手元には、先ほど見たアサルトライフル――メルドーの言葉を借りるなら「杖」が握られている。


 そのまま甲冑の騎士たちは、平然とした様子で車の前まで歩いていき、軽くジャンプした。その間抜けな絵面に緊張も忘れ笑いそうになった俺は、次の瞬間に度肝を抜かれた。


 ふわり、とそのまま騎士たちは、宙へ浮かび上がったのだ。


「うおっ! あれは!?」


「魔法ですよ」


 メルドーが何の気なしに言い放つ。いや、そうじゃないかなとは思ったけど、けどマジかよ。


 3人の騎士は上昇していき、15メートルほどの高さで止まると、キョロキョロと周囲を見回す。きっと周りに潜んでいる敵を探しているのだろうが、あれじゃあ逆に格好の的じゃないか。


 その懸念は的中した。次の瞬間、パパパパパパン! と軽快な音が鳴り響いた。もしかしなくても銃声に違いなかった。だが騎士たちは平然とした様子で音の鳴り響いた方を向く。それは正面の、大きな砂丘がある方だった。


 ピーッ。メルドーの無線機が鳴った。


「こちらY1ワイワン、敵方は歩兵5、軽車両2。準備は完了した」


「了解。状況を開始せよ」


 そう言うが早いか、彼らはそこに、手に持った「杖」を向ける。


 そして。


 カッ! と車のフロントガラスが一面閃光に包まれるのを見た。そして爆音! ガラスを揺さぶる衝撃に本日何度目かの情けない叫びを上げる。


「ひいいいっ!」


 顔を恐怖に歪めたまま固まる。まるで地震のように、ゴゴゴゴゴと大地が揺れるのを感じる。先ほど車の横で起きた爆発よりも、何倍も凄まじい衝撃だった。


 砂塵が嵐のように飛んできて、フロントガラスに当たりパチパチと音を立てる。たまにヒューンと、甲高い音がサイドガラスのほうから聞こえてくるのは、小石か何かが超音速で吹き飛ばされているせいに違いなかった。


 やがて砂埃が晴れあがると。そこには、小山ほどはあったであろう砂丘の姿が、無かった。


 しばらく呆然としていると、運転席の窓がコンコンと叩かれた。運転手が窓を開けると、甲冑の頭部がにゅっと車の中を除くように入ってきた。


「完了した。4条に乗っ取り、敵は殲滅。問題はない?」


 あれ、と思った。くぐもった声だが、それは女性的だった。


「……殲滅自体に問題は無いが、やり過ぎだ。旅人様の目の前だぞ」


「だからこそ張りきったんだけど……不味かったかな?」


 メルドーの苦々しい声もなんのそのといった風に小首を傾げる動きはやっぱり女性的で、驚く。


「お、そちらが優者様? どうも初めまして、私は親衛隊長のヴィリア、お会いできて光栄です、つってね」


「あ、えーと、先ほどはありがとうございました」


「礼には及ばないって言いたいけれど、貰えるものはもらう主義だし、ありがたく受け取っとくね」


 先ほどのあの暴虐的な力を行使した人物の一人だとは思えないフランクさに驚いていると、メルドーが苛立ちを隠さずに割って入る。


「おい、失礼の無いようにしろと言ってあっただろう。それにまだヤナイ様は優者ではない。分別をわきまえろ」


「ったく、祭政庁の連中は頭が固いなあ。あの門から出てきたら皆優者でいいじゃん」


「窓を閉めろ」


 メルドーの指示に窓が閉められる。


『あっ、道は迂回しろよ! 前方に直径150メートルくらいのクレーター作っちゃったから!』


 ひらひらと手を振るメルドーに外の騎士は肩を竦めると、そのまま後ろの車列に戻って行った。


「無礼をお許しください。何分彼女は気性が荒い人間なもので」


「……今のは?」


 呆然が終わる前に次の呆然がやってくる状況に、すっかり混乱してしまった。


「彼女は連邦国家親衛隊隊長、レイミール・ヴィリアです。魔法の腕は確かなのですが、如何せん性格が……なぜあれを出世させたのか、私が口出しできることではありませんが、疑問です」 


「……さっきの爆発、あれも魔法?」


「そうですね。あの規模は恐らくレイミールが放ったものと思われますが」


「はあ……」


 本当にあったよ、魔法。そりゃ爆発だけなら爆弾でも出来るけど、けど宙に浮いて、その場でボンだもの。


「魔法って、限られた人しか使えないんですか? さっき魔法の腕が、って言ってましたけど」


「多少は才覚が必要ですが、基本的には杖を持っていれば万人が発動できますよ」


「マジですか! へええ……けどそれ、危なくないんですか」


「杖の携帯は一部の人間のみに制限されてますし、攻撃的魔法の行使も緊急時以外には制約されていますので、その点はご安心を」


 説明を始めてから少し落ち着きを取り戻したようなメルドー。やっぱりお前、怒ってるよりも説明してる方が似合ってるよ。


「メルドーさんは、持ってないんですか? 杖」


「持っていますよ。護身用のものがここに」


 そう言って胸元からさっと、30センチほどはある銀色の棒をスッと取り出した。所々に走る線のつなぎ目はパーツとパーツの境目なのだろうが、僧侶の服を来たメルドーが持つと神秘的な意味を持つように見える。


「凄い! めっちゃカッコいいじゃないですか! あの親衛隊が持ってるあれより、断然カッコいいです! ……でも、流石に触れはしないですよね?」


「いえ、大丈夫ですよ。杖は所有者以外では起動できないようになっているので」

 

 そう言ってメルドーさんはなんと杖を渡してくれた。


「おおっ」


 感動に声を上げる。やはり見た目通り金属製なようで、触るとひんやりしていて、ずしりと重い。ボタンのようなものは無く、本当に念じることで作動するようだ。映画に出てくる魔法使いになった気分でぶんぶん振ってみる。こんなもん見せられたら童心に戻るしかないだろ。


 ――それに、こうやってはしゃぎでもしないと。先ほどの爆発により、砂丘の向こうで何が起きたかを想像してしまうから。


「なあ、マイカ、凄いな! ロマンだな!」


 思わず、マイカに声を掛けてしまう。いや、どうせまともな答えなんて期待してないけれどさ。そう思っていたが、マイカはなんと口を開いた。


「まるで、焼肉屋の箸のようですね」


「……」


 一瞬で車内に充満する、不穏な空気。


 ……テメエ、言うに事欠いてそれかよ。


――――


 戦闘から30分。いつの間にか車は整地された道の上にあり、空港の敷地内へはそれから更に数分もせずに達した。


 指示に従い降りれば、そこもまた近代的な空港、大きな旅客機らしきものこそ無かったが、停まっている飛行機はジェットエンジンと思しきものを羽の上に載せて入る。やはりこのユニタリはかなりの科学文明国のようだ。ちなみにマイカは車いすに乗せて運んでいる。澄ました様子で座っていると深窓の令嬢感が出て趣がある。ポンコツでさえなければ。


 途中メルドーが分かれ、そこらへんに立っていた迷彩服の男を呼び、怒鳴りつけているのを見た。恐らく、先ほどの戦闘に関することを言っているんだろう。


「いやすまないね、こちらの不手際で迷惑をかけて」


 メルドーが居るのとは反対の方から声を掛けて来たのは、さっきの運転手だった。たしか、ターベンという名前だ。


「旅人様をお連れしなきゃならんってときに、国同士や内部でのいざこざを垣間見せてしまうとはお恥ずかしい限り。平和が続きすぎてボケてるのかもしれないな」


「平和、なんですか。あんなことがあるのに」


 一応平和ボケの最先端を行く国で生まれ育ったがゆえに、少し彼の言葉の使い方に異議を唱えてしまう。推測では狙いは外されていたとはいえ、命の危険を感じたぞ。


「ん……まあ、そっちの方の平和の基準とは違うかもしれんけど、これでもかなり平和になったんだぜ。何せ、血で血を洗う戦争が1000年続いた後なんだからよ。お偉方に言わせれば独立戦争ですら平和だったらしいしな……それより」


 不穏な言葉が聞こえた。この世界がどんな世界で、一体どんな歴史を持っているのか。聞きたいことが新たに沢山出てきたが、それを今聞くことは出来ないようだ。ターベンはパンと手を打った。


「明るい話だ。これから行く首都レイジンだが、期待して良いぜ。多分そっちで見れたものよりも、刺激的なものが見れると思うぜ」


「どうでしょうね。これでも、僕が出てきた街はそれなりに発展してたんですよ」


 多分、世界で3,4番目くらいには、な。


「まあ、そうなんだろうな……車にも驚いてなかったし、それにその服……石油化学製品だろ」


「え、ああ、まあ……」


 言われて、タグを見ると確かに「ナイロン100%」と書いてある。


「それを大量生産できるであろうということは、科学技術的には大差ないだろうな。それでも! あの街の美しさにはぶったまげられると思うぜ」


 そう言ってポン、と肩をたたくターベン。


「俺はターベン、よろしくお願いしますだな、優者サマ」


 ターベンはそのまま去っていった。車に乗っているときは物静かだったのに、偉いギャップだなあ、と呆れていると、入れ違いにメルドーが帰ってくる。彼はターベンが去った方を見て。


「あの男が、何か失礼をしませんでしたか?」


 と聞いてきた。


「いえいえ、とてもフランクにお話してくれましたが」


「……敬意を払えと言っておいたのに、全く」


 頭を抱えるメルドー。まあ確かに、言うことを余り聞かなさそうなオーラは出ていたなあ。

 

 やがて気を取り直したメルドーに連れられ、搭乗ゲートへと向かう。


 マイカを連れて飛行機に乗る際、金属探知器にマイカが丸ごと引っかかるお約束のようなパプニングも起きたが、メルドーの口利きで特別に彼女の客席への搭乗も認められた。その際の職員の敵意に満ちた目が非常に気がかりだった。特例扱いなんてそら気に食わないよね、申し訳ありません。


 そのまま飛行機は一路、ユニタリ首都レイジンへと向かって行った。


ちなみに他のサブタイトル候補は、「粉砕・玉砕・大喝采」でした。

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