第27話 3つの太陽が巡る完全な街
4000年前に建てられたという古都ランガク。老婆ケレリヤはその歴史を語ってくれた。
「伝えられている歴史によると、ランガクとはこの地を拓いた優者の名であるそうな。今では砂漠じゃが、かつては近くに大きな湖を湛える、緑豊かな草原地帯だったという。優者ランガクはこの世界に来た後、この土地に来て自らを慕うものと共に村落を建てた。それがランガクの街の始まりとされておる」
ついに優者が、この世界の歴史に直接関わったという具体的な話を聞くことが出来た。マイカを見るが首を振っている。どうやらこの世界のインターネット上にもそのような情報は記録されていないようだ。
「そのランガクという人は、一体どういう方だったんですか?」
「余り資料は残っとらんが、豪胆にして繊細、内政の人間だったという。その時代においては革新的な技術や理念を導入し、一代にしてランガクの街を有数の都に仕立て上げたとか」
やはりな、と思った。ランガクは現代知識チートを行って、この世界で無双していたらしい。
「続けるぞ。優者亡き後もランガクは発展を続け、その繁栄は数百年続いた。しかし、神話に残る大戦争、人と神の争いに巻き込まれ滅亡した、そう伝えられている」
「人と神の、争い……」
「それは、人間と悪神が戦い、そして悪神を打倒したという、あの?」
エルレシアの問いに老婆は頷く。
「その通り。それにより地は汚れ大気は毒を帯び、人の住める土地では無くなったとか。気候や植生も変動し、湖は枯れ、木々も死に絶えた」
「……放射線汚染を想起させる表現ですね」
その言葉にビビる俺。マイカの目をぱっと見やるが、彼女は俺を見つめた後、スマホにメッセージを送ってきた。
『安心してください、ガイガーカウンターに反応はありません』
そんなもんまで積んでたのかよ、お前は。
「そこの娘の言う通り、この地は放射線に侵されていたらしい。しかし心配はいらぬ、戦争は少なくとも3000年以上前の出来事。放射線も既にこの地には無く、安全であるとされている。それよりも老朽化したあの建物が倒壊してくることのほうがよほど危険じゃ」
やっぱり危ないのかよ、あの遺跡。さっさと退散して正解だったな。
「それじゃあその戦争以降、ランガクはずっと放置されてきたと?」
「そうじゃ。戦争が終わると暗黒時代となり、人類文明は衰退した。この街は悪しき呪いが掛けられた土地として忌み嫌われ、人が寄り付かなくなったのだ。その時に詳細な街の資料も消えてしまったと言う。以来大ヴェイバル帝国が文明を再興し、考古学的な調査を行うまでは無人の廃墟となっていた」
つまり何千年もの間、この街の時は止まり続けて居るということだ。今や過去の真実はおぼろげとなり、このような老婆くらいしか伝える者も居ない。ネットにあるランガクに関する情報の少なさがそれを示していた。
「このような、古代帝国の遺跡ってたくさんあるんですか」
「大陸全土に点在しているとされる、がこれほどの規模で残っているのはランガクくらいじゃな。他は皆土地が土地じゃから、風雨にさらされて朽ち果てておる。皮肉な話じゃが、街を滅ぼした環境変動が、砂漠化という遺跡を保存しやすい環境を用意したことになる」
そう言ってケレリヤは茶を啜った。スケールの大きな話に、俺たちは圧倒されていた。今は滅び去ったという古代帝国。しかしそれが残した爪痕は今もこうして残っているのだ。滅び去った大都会、失われた歴史。窓の外から見える光景は、朽ちていること以外は東京やレイジンとなんら変わらない。
形あるものの定め、それを見せられたようで、どこかセンチメンタルな気持ちになる。
「しかし、本当にこの遺跡は古代帝国の時代のものなんでしょうか」
否、隣に座るロボットだけはそんなことはなかったようだ。ケレリヤの目が光る。
「……どういうことかの、小娘」
「4000年前にランガクが出来、その時代が古代帝国の時代だとするならば、優者は古代帝国の時代に既に到来していた、ということになります」
「それが何か……!」
エルレシアが驚いて目を見開く。その反応を見て俺も反射的に思いだした。優者は、古代帝国滅亡後に現れた。それが神話が伝えるところの話だったはずだ。
「しかし神話は、古代帝国崩壊後の暗黒時代を治める存在として優者が到来したと伝えています。これは、矛盾していませんか?」
そう尋ねられたケレリヤは、しかし余裕を崩さなかった。
「ほう……中々、聡い女じゃな」
「これでも良いもの食べていますんで」
適当いうな。お前炭水化物と水分含むものならなんでもオッケーだろうが。
「確かに、その神話とは矛盾する。しかし……ランガクが古代帝国時代に築かれた街であり、そしてランガクが優者であることはおそらく事実」
「それじゃあ……」
俺はその言葉を受け、身を前に乗り出した。ケレリヤは、つまりそう言いたいのだ。
「うむ、エルトロの神話が誤っておる。いや、意図的に捻じ曲げられておるのじゃ」
――――
「これは、ランガクの歴史史料の一部。年代測定からして、当時のものであるとはっきりしておる」
ケレリヤ見せてくれたのは「ウキウキ! 3日で回れるランガクツアー 完全ガイド」と書かれた本の表紙だった。
「……これは」
俺はツッコミを入れようとしたが、真面目腐った顔をしたケレリヤと、神妙な面持ちでそれを見つめるエルレシアを見て思いとどまる。
「古代の文字、ですかね」
「そうじゃ。古代帝国文字で『ランガクの威容 3つの太陽が巡る完全な街』と記されておる……なんじゃ、気持ちの悪い顔をして」
「いいえ、何でもありません」
話がややこしくなるので、俺はその字を読めることを黙っておいた。大して意味は間違ってないし、大丈夫でしょう。
「この資料にはランガクの名が、この地を建てた人物の名としてしっかりと残っておる。そしてこれじゃ」
ケレリヤはその隣に並んだ薄い本をさし示した。
「……これは?」
「エルトロ神話、その一部じゃ」
「!」
「えっ! ほ、本物!?」
優者とその正体について教えてくれるであろうこの神話に俺は勿論一定の興味を持っていたが、この世界の住民であるエルレシアはやはり俺以上に驚いている。
「ウソ、完全に遺失して、一つも原本は残っていないとされてるのに……それとも写本?」
「正確に言うと、かつてエルトロ神話だったもの、じゃな。今正統とされている神話は、数百年前に大ヴェイバル帝国の公会議にて決定されたもの。この文書はその際に異端として認定されたものなのじゃ」
異端に付された文書。そこには、初期のころの優者の名が書かれているという。
「ここには、様々な優者の名が残されておる。建国の優者レオナルド・アーカンソン、政治の優者チョウ・フェイヤン、科学の優者ケイスケ・タマキ……そして市政の優者、ケン・ランガク」
偶然であるはずの無い名前の一致だった。
「この書物によると、古代帝国の時代、優者は既に20余名居たという。それも同時期に、じゃ」
「それは……」
30年に一度の周期で現れるという優者が20人現れるには600年が必要となる。その条件下で20人全員が同時に存在できるなど普通では考えられない。
「これが正しいとするならば、当時は優者の出現に関する状況が今とは異なっていたということになる」
それが示唆することは、いったい何なのだろうか。
「……なぜ現在の神話は、優者が古代帝国の時代には居なかったかのように扱っているのでしょうか」
エルレシアのもっともな問いにケレリヤは。
「その方が都合が良いから、じゃろうな。優者が現れ、暗黒時代を終わらせた。その方が、優者の威光を用いて統一がしやすい」
「……あれ、それじゃあ大ヴェイバルは優者を政治的に、積極的に利用していたということですか?」
俺はそう問うと、ケレリヤは「何を当たり前のことを」と言った。
「現在の優者信仰、エルトロ神話を形造ったのが帝国ぞ、当然じゃろう」
「あれ、でも帝国は優者を迫害してるって……」
エルレシアの問いにケレリヤはあっけからんと言い放った。
「そいつは、ユニタリのプロパガンダじゃ。優者は帝国にとっても建国と発展の恩人。一時期は軽んじていた時期もあろうが、それでも崇敬の念をもって扱われておる」
俺とエルレシアは呆然とした。元々この国に疑念を抱いていた俺はまだしも、単なる一市民であるエルレシアにとっては大きな驚きであるに違いない。
「……やっぱり、この国は何かを隠しているんだ」
「それは違うぞ、当代の優者よ」
俺の呟きを戒めるようにケレリヤは言った。
「ユニタリと帝国、どちらに正義があるかは関係なく、それぞれの見方、主張があるということじゃ。その当たり前のことを見落として判断しようとすれば、いずれ痛い目を見ることになるぞ」
――――
「少なくとも4000年前に、既にランガクの街はあり、古代帝国は繁栄し、優者がそこに居た……」
今日得られた知見を確認しながら、俺たちは帰路を進んでいた。夜は冷え込み、クヴァの毛は結露した露のせいで湿っぽくなっている。
「けれど大ヴェイバルはその歴史を隠し、優者は1000年前から現れるようになった、と言う風に歴史を書き換えた」
エルレシアの言葉に俺は頷く。
「ああ、けれどユニタリは何故これを隠すんだ? ユニタリは帝国に反旗を翻したはず、だったら帝国の言う歴史に従う必要なんて……」
帰りしなに、俺はケレリヤに言ったのだ。これを広く知らしめるべきだと。学問的に大きな意義を持つ貴重な発見じゃないのか、と。それを聞いてケレリヤは笑ったのだった。
『青臭いの、今代の優者は。この狭い、人も寄りつかんような建物に、なぜこれらの資料が押し込められているか分からんのか?』
「……ユニタリが隠そうとしているのならば、なぜメルドーさんはここに来るように指示した?」
今日知ったことは、今まで俺たちに教えてくれたことと矛盾するようなことばかりだ。なぜメルドーは、そんなことをわざわざ?
「……戒め、とか?」
エルレシアの言葉にハッとする。
「……余計なことは考えるなってか。今までの優者も、こうやって歴史の裏を垣間見せられて、そして……」
飲み込んできたと言うのだろうか。それは或いは、成人の儀式のようなものであるのかもしれない。大人となるために、子供じみた正義感を捨て、ユニタリの国益のために盲従すること誓うための儀式。
「……気分の悪い話だ」
吐き捨てるように俺は言った。言われてみれば神話と街の歴史の矛盾を指摘されても、ケレリヤは全く動揺していなかった。もしかすれば俺たちに対して、元々そのことを伝える腹積もりだったのかもしれない。
それならば、こうして今悩んでいることすら、彼らの思惑通りということなのだろうか。そのとき。
「……ケイジ、優者なるんだよね?」
エルレシアの不安そうな声に俺はハッとした。ぼんやりと思考が、ユニタリへの不信、そして優者という存在や制度への不信に向かっていたことに気付く。
今更疑心暗鬼になったところで、何が出来る。俺は既に決断した後じゃなかったのか。
「……ああ、なる。だから大丈夫だ」
そうだ、俺は違う。あのミイケとは違う。選ばされたんじゃない、自分で選んだんだ。エルレシアと出会い、自分が自分を動かすことが出来る存在だと知ったんじゃないか。
杖という力と優者の権力を手に入れる。
俺は、大丈夫だ。
「……」
マイカは月を見上げていた。俺に対する言葉は、無かった。