第26話 神の梯子
「わっ、ケイジ、見えてきたよ!」
ゆらんゆらんと揺れる視界、そろそろ気持ち悪くなってきたなと思ってきたころ、隣を並走するエルレシアが前方を指示した。その先、砂丘の向こうに確かに建物の影が見える。
「本当だ……けどなんだって、こんな砂漠の中に遺跡が?」
「かつてここは緑豊かな草原地帯だったそうですが、気候変動により砂漠となったらしいです」
即答するマイカ、予習はばっちりのようだ。いや、コイツの場合はリアルタイムで調べているのかもしれないが。
「凄いなあ、本当にガイド要らずだったね」
そう言って目を丸くするエルレシア。やり過ぎかも、とも思っていたが、エルレシアは相変わらずマイカを「凄く呑み込みが早い女の子」として認識してくれているようだ。
「でも、ここまで来れたのはマイカだけのおかげじゃないぞ。な?」
そう言って、今乗っている動物の背を撫でる。大きな背中も前を向いた首も一切反応を返さなかったが、それは仕事に実直なプロのようであり、なおさら信用が置けた。
「ガイドさんの代わりにこの子たちを雇って、正解だったねぇ」
そう言いながらエルレシアも自分が乗っている奴を撫でる。すると「くぅお、きゅういー!」と鳴きやがった。
はっと反対を向けば、マイカが背中を撫でる度にマイカが乗っている奴は「……きゅ、きゅ」と目を細めながら微かに鳴いてやがる。
「……おい、お前は?」
俺はこの馬のようなラクダのような動物の背を再び撫でる。
無言。
「……そうだよな、お前はプロだもんな。女にかまけてあんな情けねえ声は上げないよな」
言い聞かせるように俺はうんうんと頷いた。
――――
ラクダ風の動物、クヴァから降りて、遺跡の威容を眺める。
「おー、すっげえ」
砂漠と遺跡、それは地球でも珍しくない取り合わせだが、目の前に広がるのは壮観な光景だった。
俺はどちらかというと、遺跡では無く廃墟という言葉を使いたくなった。なぜなら、そこにあるのは崩れかけの煉瓦造りの建物たちなどではなく、東京やレイジンにあったような、高層ビルの成れの果てばかりだったからだ。かつては多くの人々が住んでいたのだろうと、容易に想像できた。
ビルの間間には、かつて道路があったのだろう。しかし今は砂に埋もれ、地面がどうなっているかは見えない。
ポストアポカリプス、そんな言葉が思い浮かんだ。どこか胸を締め付ける様な寂しさを感じさせる光景だ。晴れ晴れとした青空が、この既に死んでいる街の美しさを強調している。
「天にも届きそうな程の摩天楼ばかりが立ち並ぶことから、このランガク遺跡は別名、『神の梯子』とも呼ばれているそうです」
もはやこの世界のウィキペディアと化しつつあるマイカの言葉に俺は肯いた。エルレシアは向こうの方で持参の一眼レフをパシャパシャ言わせている。女子大生に一眼レフ、これもありがちな取り合わせだ。
「たしかにそんな名前がぴったりだ。しかし……これ、何時の遺跡なんだ?」
「少なくとも紀元前、暗黒時代以前に作られ、放棄された街であるらしいです」
「それって1000年以上経ってるってことかよ? これコンクリートビルっぽいけど……」
「材質がコンクリートだと仮定すると、ビルの寿命は長めに見積もって数百年のオーダーでしょう。ですからこれらのビルは、いつ崩れてもおかしくないということになります」
途端に自分の周りを取り囲むビル群が、単なる質量兵器に見えてきた。見れば各所に補強工事の跡がある。ああでもしないと今にも崩れてしまう、ってことなのか?
「なあ、流石にC14とかで年代測定は出来ないよな?」
「この場では無理ですね。専用の設備があれば或いは」
だが具体的な年代が分からなくとも、今にも崩れそうなのは変わらない。
「……ちょっと早く帰りたくなってきたな。もう引き返さないか」
「賛成です。ビル以外は何もないようですし」
「えーっ!? メルドーさんが言ってたところ、行かないの?」
エルレシアが声を上げる。メルドーにこのランガク遺跡に向かうと伝えたところ、その近くに住む老婆の家を紹介されていたのだ。何でも代々伝わるこの街の歴史について詳しいのだとか。
「……けど、マイカなら知ってんじゃねえかな」
「ええ、インターネットで調べられる程度の情報ならば分かります」
自信満々に頷くマイカ。
「あー……たしかに、マイカちゃんなら知ってそうだけどさ……」
残念だったな老婆、お前の元には向かわず、そのまま俺たちは街へ引き返すぞ。
――――
と、そんなに冷徹になれるわけもなく、俺たちはメルドーが教えてくれた場所に向かう。遺跡の外れの方、遺跡の建物に連なるようにして、一軒だけ真新しい建物がある。いや、決して新品なわけでは無いが、1000年単位で古い周囲の廃墟に比べれば綺麗だ。
「デカいな、民家というよりも博物館みたいだ」
「実際その様ですよ。表札の横に『ランガク歴史資料館』と書いてあります」
中に入って行くと、確かに色々な資料が展示されている。歴史書や遺跡から拾われたという物品等、中にはランガクの街並みを写した写真も並んでいる。それは最早東京やニューヨークといった地球の摩天楼と見分けのつかない風景だ。
「スゲエな、本当に栄えてたんだな」
「――しかし、滅びた。諸行無常というやつじゃな」
突然入ってきたしゃがれ声。振り向けば案の定しわしわの老婆がそこに立っていた。
「あ、ケレリヤさん、ですか? 私たち、メルドーさんの紹介できた――」
「皆まで言わんでも良い。ここには人は滅多に来んからな。一目で分かったわ」
そう話す老婆は老眼鏡をクイと上げる。
「それで、優者は……お前さんか」
老婆の視線がこちらを向く。どこか値踏みされているような感じだ。
「……はい、僕がヤナイです」
「……ミイケとかいう男と似ているね」
あまり嬉しくない感想だ。
「ええと、あの人とは出身した世界が似ているらしいので、そういうことなんじゃないかと」
「なるほどねえ。あの男も昔は、今のお前さんみたいに少しは純真さを持っていたんだがね」
純真さ! そんなこと始めて言われたかもしれん。このお婆ちゃん見どころあるな。
「お言葉ですが、この人は純真さなんて言葉は到底似合わないような人ですよ。ミイケ氏に似ていると言うのは正しいです」
「お前は俺に一体なんの恨みがあるんだ」
「……えーと、ケイジは似てなんか無いよ? ケイジの方が、カッコいいと思うから」
女神だ。女神がエルフの姿してここに居るぞ。
――――
ケレリヤは本棚から歴史書を一冊取り出しながら語り始めた。
「ランガクの街は、今からおよそ4000年前に作られたと言う」
「4000年!? それは、本気で言ってるんですか?」
つまりあのビル群は、エジプトのピラミッド並の歴史を経てきたのだということなのか。
「科学的な測定法……放射なんとか、という方式で測った年代じゃ」
「放射年代測定ですね」
マイカの言葉にケレリヤは頷く。エルレシアもその数字には度肝を抜かれたようだ。
「4000年って、それじゃああれは、いわゆる神話の時代に作られた街だってことですか?」
「その通り。あの街は神話代、古代帝国の時代の時代に建設された街なのじゃ」
そう言ってケレリヤは、このランガクの街の歴史を語り始めた。