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第25話 エキゾチック・フルーツ

「へえ、レイジンには仕事の都合で」


 少し話を聞いたところによると、女性はレイジンの外に住んでいた人らしく、東の方から来たのだと言う。レイジン以外の地理に疎いので「アレイダム」と聞いてもどこなのか分からなかった。ちゃんと勉強しておくべきだったな。


「そうなんです。ようやく色々慣れてきたところだったのに、今度は東にとんぼ返りなんて、忙しいったらないんですよ」


 そう言って女性はごくごくと100パーセントモルポウジュースを飲む。目をギュッと瞑って一気に飲む様子からして、本当に喉が渇いていたようだ。


「んっ……ぷはっ、生き返った~! 本当にありがとうございます。機内で出る飲み物をあてにしてたから、この遅延で……」


「あー、なるほど」


 そう言いながら彼女の顔を見ると、ふと口元に桃色の雫が付いているのが見えた。とたんに、あの変態優者ミイケとその取り巻きが繰り広げていた痴態が想起されてしまいドキリとする。畜生、日常にまで浸食してこないでくれ。


 気を紛らわすように質問する。


「それでそのジュース、どんな味なんですか」


「え? うーん、そうですね。少し酸味が有るけど甘ったるい感じ、かな。良かったら飲みます?」


 間接キス! 俺は思わずビビる。この美人、クールな感じで実は奔放? それとも疎いタイプなのか? 童貞特有の勘繰りが脳内を駆け巡る。


「えっ、いや、悪いですよ」


「そんな、奢ってもらったものなんですから、これは貴方のものなんですし」


 そう言って缶を手渡されてしまう。どうやらあまりそういうことを気にしない人のようだが、ここで変に俺がキョドってしまうと逆に意識させてしまい、気色悪がられる可能性がある。なんでもない風を取り繕うしかない。


「じゃ、じゃあ……」


 俺は覚悟を決めると、ぐっとモルポウジュースの缶を唇に当て、中身を流し込んだ。


「ごくっ、ごくっ……」


 最初の二口くらいはテンパってどんな味だかわからなかったけど、段々と味が分かってくる。というか、どこかで嗅いだことがある気がする風味だ。


「……あー、成程、たしかにそんな感じですね。少し若いミカン、みたいな」


「ミカン? それも果物の名前?」


「え? あ、ああ、そんな感じです」


 ええ、もしかしてミカンは無いのかこの世界。今まで勝手に、元の世界にあったものはこっちにもあるもんだと思い込んでたけど。


 俺は缶を返し、話題を切り替えた。


「ところで、どんなお仕事を?」


 その質問に彼女の表情は硬くなる。


「……まあ、役人です」


 まあそうだろうな、このラウンジに居るくらいなんだから。だがそれは、彼女の外見を無視した推測だ。


「へええ、凄いですね! 見たところ、僕とあまり歳が離れてないだろうと思ったんですが」


「これでも、今年で24になりますが」


 そう話す彼女の目には、何故か困惑の色が浮かんでいる。


「……あれ、なんかすみません。女性に年齢を聞くなんて失礼ですよね」


「いや、それはいいですけれど……なんというか、ようやくというか」


「ようやく?」


 俺の言葉に彼女は頷く。


「結構、こっちに来てから言われることがあったんですよ、嫌味とか偏見を。『貴国では女性は蔑まれていると聞いていた』だとか、『帝国では亜人への差別が酷いと聞きます』だとか。挙句『女性なのに副長官? 帝国で女性がそんな地位に就けるわけがない。あなたは本当に帝国の副長官なのか?』なんて言われて、もう、腹立ちましたよ。全く、偏見や差別が無いとか謳っときながら、こっちに対しては――」


 それを聞きながら俺は青ざめていた。それは彼女の頭の上に、ホモサピエンスらしからぬ小さく隠れた角を見つけてしまったせいもあるが、それだけではない。


 「帝国」と、彼女は口にした。この大陸にその名を冠する国は、一つしかない。


「――だから、年齢はともかく、嫌味みたいなことは言われなかったのが初めてだったから、嬉しかったというか……。ところで、貴方は一体――」


「おや、ヤナイ様、こんなところに――!」


 背後から掛かるメルドーの声が途中で止まる。振り向けば彼の表情はこわばっている。その視線が俺では無く彼女に向いていることは明らかだった。


「……これはこれは、ミケイラ特務大使。意外な場所で再会しましたね」


 特務大使。その言葉の響きに固まる。それではやはりこの人は。


「……どうも、メルドー長官」


 ミケイラは一礼。


「ヤナイ様、どうしてこの方と一緒に?」


「私から説明いたします。IDカードが無くて飲み物が買えず、自販機の前で困っていたため、彼に飲み物を買って頂いたのです」


 ミケイラのその言葉に、メルドーはやれやれといった風に額に手を当てる。


「あの、別に俺が勝手にやったことなんで、問題ないですよね?」


「……まあ、無いと言えば、無いかもしれませんが。軽挙は控えるようにしてくださいね。ここは空港ロビー、異国の人々が行きかう場所。下手な立ち振る舞いは品位を傷つけかねません」


 品位、か。学校では教わらなかったからな、そんなもの。


「はあ、わかりました」


「では戻りましょう。マイカ殿を、待たせていますよ」


「あの、メルドー長官。そちらの方は……」


 ミケイラと呼ばれた女性が俺の正体を尋ねるが、メルドーは取り付く島もなく受け流す。


「お気になさらず、単なる心優しい、一般市民の方です」


 その言い方はアレだが、相手が帝国の人間とあらば俺の身分をこの場で覚られるわけにはいかない。相手は俺を誘拐しようとした国、何をしでかすかはわからない。


「じゃあ、そういうことで」


 会釈もそこそこに、俺は彼女を残しメルドーと共にその場を去った。


――――


 メルドーに確かめると、やはり彼女は大ヴェイバル帝国の人間だった。しかも内閣副官房長官にして、今回のユニタリと帝国の和平交渉に当たっては特務大使に任命されているのだと言う。とてつもないエリートだ。

 

 しかしそれならばあの疲れっぷりも頷ける。メルドー曰く交渉は全くの順調という訳では無いらしい。帝国国内に居るタカ派を未だ懐柔できておらず、統一的な意見が固まっていないのだとか。


「平和を広く知らしめるためには、就任式のタイミングで締結と相成るのがベストなんですが……このままいくと難しいかもしれないですね」


 だから、ユニタリ首脳が祝賀のためジーハンに向かうのを受け、帝国の大使団もジーハンへ移動することとなったのだという。


「彼女は比較的穏健派の人間ですが、その主張は決して穏当ではありません」


 ようやく出発した飛行機の機内で、メルドーがそう耳打ちしてくれた。


「彼女はこの国の魔法の技術を、帝国に導入することを主張していることで有名なんです」


 なるほど、確かにそれは怖い考えだ。あの強力な魔法の力を相手まで持つようになり、それによる戦闘が行われるようになれば、どのような事態になるのか考えるだけでも震える。


「……けど、向こうからしたら割と当たり前な主張だと思うんですけど、どうして有名に?」


「実は帝国では、魔法そのものが禁忌として忌み嫌われているのです」


 例の神話、原典が遺失していることもあって、ユニタリと帝国では微妙に内容や解釈が違ったりしているのだと言う。新約聖書と旧約聖書、キリスト教とユダヤ教の関係のようなものだろうか。信仰心が薄い日本人としては、どちらもどこか信用が置けない。


――――


 ジーハン近郊の空港に着くと、意外な人物と出会った。


「おーい、ケイジ!」


「エルレシア、さん! どうして」


 満面の笑みでこちらに手を振ってくるエルレシアに困惑する俺。するとメルドーが耳打ちして来た。


「既にヤナイ様の事情をご存じだということで、むしろこちらにお連れした方が機密保持的には安全かと。それにお友達ということですから」


 余計なことを……! 幾ら首都でやることは回避されたとは言え、衆目の前であんな格好をしなきゃいけないというだけで緊張しているのに、よりにもよって知り合いを呼びつけるなんて。


「もう、水臭いなあケイジは。直接誘ってくれれば良かったのに」


 そういってぐっと距離を詰めてくるエルレシア。一気にパーソナルスペースに入りこまれ思わずのけぞる。ふわりと柑橘っぽい匂いが漂った。


「その、恥ずかしかったんだよ……」


「えー、いいじゃんいいじゃん、昔の資料で見たけど、かっこよかったじゃんあの衣装」


 ううむ、やはりそこは日本人とのセンスの違いなのだろうか。


「……それより、学校は良いの?」


「春休みだよ、春休み」


 ついこの前まで授業やっていたから、日本とは大学の事情が違うのかなと思っていたが。


「アメリカの大学では春休みが三月下旬からあるそうですよ。それと同じなのかもしれません」


 雑学ありがとうマイカ。


「それで、これからケイジって何すんの?」


「何って……まあ、式までは軽いミーティングとかやって、それ以外は特には……」


「じゃ、観光しよ? この街、優者に関わる伝説とか遺跡が色々残ってるらしいから!」


 ぎゅっと掴まれる腕。何度こうされてもドギマギする。


「……ケイジ君、目が217代みたいになってますよ」


 じとっとした目でマイカに睨まれる。どうしようもないんだよこればかりは。


 その後いくつか言葉を交わし、明日は予定が住んだ後はエルレシアとマイカと三人でジーハン周辺の遺跡巡りとしゃれこむこととなった。


 メルドーも快くオッケーをくれた。いずれにせよ、今後優者の公務として巡らなければならない場所なのだそうだ。


――――


 その日の夜は空港近くのリグアという街のホテルに泊まった。砂漠の中に大都会がある様子はさながらラスベガスだ。ラスベガスと違いカジノの街ではないらしいが、ギャンブルには興味が無いので関係は無い。


 かつては聖地への観光業で栄えた街らしいが、今では工業化も進み、ユニタリ東部の経済の中心にまで発展したという。ホテルの窓から一望する夜景は美しく、まるで星の海が地上に満ちているかのようだ。


「この街なら、神話とか悪魔とかについて色々聞けると思うか?」


「どうでしょうね、優者とのゆかりはあると思いますが」


「優者、なあ……そういや結局、マクセン博士に任せていた映像ファイルはどうなったんだっけ?」


「とっくの昔に頂いています」


「は? なんで今まで教えなかったんだよ」


「私も忘れていたんです」


 こいつといい、博士といい、なぜ意地悪をするのか。小学生が好きな相手にちょっかい出す的なあれなのか? 今俺の懐にある、銀色の「電話」を俺に渡した時もそうだ。マクセンにジーハンに行くことを伝えたときなんて。


「……この前渡した電話、ちゃんと持って行けよ」


 としか言わなかったからな。そりゃあ関係は薄いが、他に何か言うことは無いのか、っていう。


 ……まあいい。マイカに頼み、この世界の形式に変換してもらった映像ファイルをスマホ上で再生する。久しぶりに見る俺の部屋の光景に、思わず笑ってしまう。汚く、狭い。


 ベッドの上では、俺がすやすやと眠っている。これはマイカの目、つまりメインカメラによる映像だ。それがずっと俺を映しているということは。


「……マイカお前、俺が寝てる間ずっとこっち見てたのか?」


「はい」


「はいじゃねえよ! こええよ! どうしてだよ!」


「QOL管理機能です。サーモカメラなどのセンサによってケイジ君の体調をモニタリングしていたんです」


 ……そういや風邪ひいた朝に、「熱が37.8度あります」とか言われたことあったな。


「ちなみに今でも続けて居ますが、止めますか?」


「……そういうことなら、続けてほしいけど」


「マジですか。どちらかというと止めたかったのですが……冗談です、それより画面を見てみてください」


 ツッコミを抑えて画面にスマホの画面に目を移すと、ことは起きた。


「……えー」


 思わず落胆の声を出してしまう。異変は確かに記録されていた。だがあまりにも。


「これが見せなかった理由です。つまり、なんのヒントも得られなかったんです」


 まるでカットが入ったかのように、一瞬で俺の部屋から石室の神殿の風景に変わる。真ん中に眠る俺以外の背景が、全て瞬時に切り替わったのだ。映像がねじれたりだとか、光に包まれたりだとかいうありがちな演出も一切ない。


「フレーム単位で風景が切り替わっています。60fpsで記録された映像ですから、少なくとも60分の1秒の間にすべてが起こった、と推定できますが、それ以上は」


「……消去法だ。少なくともこれで、宇宙人にキャトられて異星に連れ去られた、という説は却下できた」


「そんな説、本当に真剣に考えたこと有るんですか?」


「……ねえけど」


 その後何度か映像をリピートしてみたが、やはり何も分からなかった。


「はあ……期待していたんだけどな」


「どういうことをですか?」


「この事象の正体が分かることをだよ。できれば、誰かが何かの目的を持って俺を呼んでくれた、とかのほうが救いがある。もしこの転移がメルドーさんの言っていた通り自然現象なんだっていうなら、あのミイケヒロオみたいに目標を失って、飼い殺しにされてしまうかもしれない」


「飼い殺し、嫌ですか?」


「嫌じゃないけど、強制される飼い殺しは嫌だ。されるなら、自分で選んだ飼い殺しが良い」


 そこらへん、最近自由意思を手に入れたばかりのこのロボットには響いたようだ。彼女は頷く。


「流石、私みたいなロボットを買って、退廃的な大学生活を過ごす覚悟を決めた人間なだけはありますね」


「お前皮肉ばかり上手くなるな。もう少し人間的な優しさを学べ」


「では体温と共に、毎朝血圧とレム睡眠ノンレム睡眠比率も報告しましょう」


 くだらないことを言い合って、聖地周辺での最初の夜は更けていった。


――――


「こちらP98W、定時報告、作戦行動継続中」


『了解、指示があるまで行動を続けよ』


「了解」


『勝負は三日後となる。それまでに出来る限り懐柔しておけ』


「分かっています」


 言葉少なに電話を切ると、部屋に泊まる女は外を眺めた。窓の外に広がるリグアの街は、砂漠特有の澄んだ光に照らされているせいか、どこか冷たく感じる。


「……やらなきゃ」


 ふうう、と大きく息を吐く。そして鼻から一気に吸う。脳に送られていく酸素を甘味のように堪能しながら、彼女はこれからの予定を再確認する。


 国も、平和も、どうでもいい。ただ自分が生きて行くためだけに、仕事をこなせばいい。


 そう言い聞かせながら彼女はそっと、その長い金色の髪を撫でた。ふわりと薫るのは、彼女の大好きな果物の匂いだった。

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