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第22話 C3型世界類型

 当然集合場所にマイカ一人で行かせるはずもなく、当然といった顔で俺も付いていったのだが、そこは優者、この数時間の間にとっくに俺の正体に気づいていたようだった。 


「ミイケ様は二階のパーティーホールにてお待ちです」


 ロビーに居た従者と思しき人間は、俺が居ることになんの疑問も抱いていない。当然案内されたのも、あの不快なエロ中年の部屋では無かった。


「良かった良かった、ある程度理性は有しているようだぞ」


 その安心も長続きしなかったが。


 言われるがままにパーティーホールとやらの扉を開くが、中はむしろ大食堂といった様子になっていた。無論元々はパーティー用のスペースなのだろうが、真ん中にはただ一つ、長い長い白テーブルが置かれており、その一番奥、上座に217代優者ミイケ・ヒロオは座っていた。否、ふんぞり返っていた。


「フン、小賢しい策を弄してくれたな、少年」


 そう慇懃にのたまう彼の脇には、先ほどと同じように数人の美女が侍っていた。テーブルの上の蝋燭のせいか、彼の額には玉のように汗が浮いていて、その雫が滴り落ちる。その時。


「――っ!」


 声にこそ出さなかったが、ぎょっとした。なんとその垂れそうになった汗を、隣に居た女性が舐めとったのだ。ぬらり、と舐めとられた部分の肌が光る。女性は恍惚とした顔で、口の中で汗を転がしているようだった。


「……おいマイカ、あれはユニタリじゃあ一般的な行為なのか?」


「検索した限り、この国においてあのような行為が広く行われているという事実はありません」


 ミイケはドン引いている俺たちを見ても全く動揺していない。むしろご満悦といった様子だ。一体全体どんな悪いことをしたら、あんなことが……。洗脳の魔法でもあるのだろうか。


「どうした、これから食事だと言うのに、そんな暗い顔をするんじゃない。飯が不味くなる」


 こっちは食欲がビックリするほど減退してんだよ。マイカに至ってはもともと食欲なんてないが。


――――


 テーブルに前菜が並べられていくのを眺めながら、優者ミイケは口を開く。


「それで、何故こんな回りくどいことをしてまで会いに来た? 堂々と祭政庁を通じて申し出れば良いものを」


「……それが、祭政庁の役人に何度お願いしても、予定が組めない、連絡が付かないの一点張りで……しびれを切らして、こうして直接お目通り願いに来たのです」


「ふん、最近はまだマシになってきたかと思っていたが、矢張り役所は役所か」


 クリティカルな部分は無論控えつつも、かなり率直にぶっちゃけてみたのだが、意外にも意外、この話の通じ無さそうな巨漢は、鷹揚に頷いた。


「……お怒りではないんですか?」


 こういう豚みたいな存在は基本的に短気で傲慢で残忍だと相場が決まっているものなのだが、普通にここへ通してくれた上に、俺の分まで飯を並べてくれている。実に失礼な話だが、驚いた。


「無論、下らんことをしてくれたことに怒りは感じている。だが、そこの――名は、なんという」


「……マイカです」


 しぶしぶと言った様子で名乗るマイカ。それを聞いただけでミイケは顔を綻ばせる。


「おお、マイカと言うか。その美しい少女をこの私に引き合わせてくれた。それだけで叙勲に値する働きと言えよう」


 パレードの様子からして女に目が無いのだろうとは思っていたが、しかし相当に無礼であることを承知で行ったあの行為まで許してくれるとは。いや、非はこっちにあるし、ありがたいんだけど。


「寛大な御心遣い、感謝――」


「まどろっこしい余分な敬語は良い。次代優者となるのだろう? そうなれば立場は対等。その腹積もりで話せ。優者として正しい立ち振る舞いを身に付けなければ、この国に恥をかかせることとなるぞ」


 やはりもう俺の正体には気づいていた。そして意外にも真面目なアドバイスだ。もしかして後輩として受け入れてくれているのだろうか。とりあえず言葉に従い、正直に自己紹介する。


「……そうです。俺はこの度、第218代優者になることが決まりました、柳井慶治と申します。今回は突然の申し出にも関わらず会っていただき、感謝しています」


「ほう……ヤナイが苗字で、ケイジが名か。やはり響きが祖国の人間と似ておる」


 その反応に俺は飛びついた。


「そうです。その祖国の話や、この転移の話、そして優者の話についてお聞きしたくて、ここに来たんです」


――――


 ぶっちゃけた話、この人に具体的に、絶対に聞きたいというようなことは特には無かった。なんとなく、メルドーが意図的に俺とこの男を遠ざけようとしているような気がしたから、それに反抗したというのが真相だ。とても成人した人間の行動とは思えない、子供っぽい抵抗だと自分でも思っているが、動いてしまったものは仕方がない。


「――すると、ミイケ様の国にも?」


「うむ、47の都道府県が存在し、首都の名を東京と言った」


 しかし、ミイケと語り合う故郷の話はどうしてなかなか面白かった。


 ミイケの居た世界にも6つの大陸があり、そしてその内最大の大陸の東端にある弓状列島にミイケの出身国があったという。名は「ジッパン共和国」。どう考えても日本を思わせる国だ。


 話してみれば自然環境、文化、科学、大抵のものは日本と同じだと言う。ただ漢字はなかったらしく、表音文字のみ(おそらくカナ文字だろう)が使われていたという。聞けば彼は俺と違い、この世界の文字が読めなかったという。文字の加護仮説の裏が一つ取れそうだ。


 ただ、相違点も当然あった。国の名前はもとより、歴史の仔細が違う。彼の語る世界史には、いくつもの知らぬ国名や人名が存在した。それでも概ねは同じ。


「原始民主制から暗黒の中世、産業革命と帝国主義戦争を経て、自由主義と民主主義が世界を包んだ、そういう概観かね。驚くほどよく似ている」

 

 頷く俺。


「やはり、俺が居た世界とミイケ様が居た世界は、いわゆるパラレルワールドだったのでしょうね」


 ステーキを頬張った後に口元についた脂を隣に立つ女に舐めとらせながら、ミイケは肯いた。


「C3型世界類型なぞというものがまやかしや虚言では無いこと、改めて確認できた。それだけでも収穫よ」


 慣れない変態プレイに辟易しつつも、久しぶりに聞いた気がするその言葉に俺は興味がわく。


「その世界類型って、他にはどういうものがあるんですか?」


「何? そんなことも教わっとらんのか」


 ミイケは眉を顰めた。最近メルドーとは疎遠で、長らく物を訊ねたりしていないからなあ。残念ながら優者周りの情報は機密なのかネットにも落ちてないし。決してマイカも万能ではないのだ。


 そしてミイケは懇切丁寧に説明してくれた。やはり俺のことを後輩として可愛がる気持ちがあるのかもしれない。ミイケの説明を纏めるとこんな感じだ。

 

 世界類型は大別してA,B,C,Dの四種、そこから後ろに付される数字により更に細分化される。大別の基準は魔法と科学の有り無しで、Aが魔法も科学も発達した世界、Bが魔法のみ発達した世界、Cが科学のみ発達した世界、Dはいずれも発達していない世界とされるという。俺たちの世界はC区分の3番目のパターン、だからC3なのだと。C1やC2とはどう違うのかと言うと、大陸そのものや人種そのもの、惑星の位置そのものが異なるらしい。そりゃ大きな差だ。


「先代……つまり216代優者は、B6型世界類型と呼ばれる世界の出身だったらしい。当人とは少ししか話せなかったが、思い出話を聞いたよ。元の世界では国一番の魔法使いとして腕を鳴らしていたとか」


「すると、魔法の相当な使い手だったということですか?」


 その言葉にしかしミイケは首を振った。


「元の世界とこの世界では魔法の体系が異なる、あの男はそう言っていた。だから魔術師としては特段活躍しなかった」


 確かに、この世界の魔法は特殊だ。どうやら個人の体力や魔力みたいなものに制約を受けず、無尽蔵に放てるような様子すらある。そんなもん国が取り締まって当然と言えるが。


 この疑問にミイケはなんとも無いと言った様子で答えた。


「その通り、この世界において魔法は無尽蔵に使える、と言っても良い」


「言っても良い、とは?」


 想定されていたとはいえ驚くべき答えだが、引っかかるもの言いだ。まるで実際はそうではないかのようだ。


「この世界には、神話のみに残る幾つかの魔法があるが、それを用いることは出来ぬ」


 神話に残る魔法、それには思い当るものがあった。


「それは、治癒魔法とか――」


 言った瞬間しまったと思った。ミイケの周りの女たちが、「治癒魔法」と聞いただけで青ざめて後ろに下がってしまったのだ。ミイケは苦々しい顔をしている。


「……全く、まだこちらに来て一月ほどしか経っていないとは聞いていたが、やはり常識はそう簡単に刷り込めんか」


「……面目在りません」


 神妙な面持ちになって謝る。しかしいくらなんでも恐れ過ぎじゃないか? 例のあの人状態じゃないか。


「とにかく、そういった類の魔法だ。それだけは使うことは出来ない。使うことが出来るのは悪魔のみ。ただしそれ以外の魔法ならば、優者含めこの世界の人間は杖さえ持てば誰でも行使できる」


 また悪魔だ。それについても知っているのだろうか。だがそれを尋ねる以前に湧き上がってきた疑問を、抑えられなかった。


「……じゃあ、一体優者ってなんなんですか?」


 魔法に秀でるわけでもなく、武術が優れる訳でも無く、この世界で活かせる知恵も無い。きっとそれは目の前の男と俺の共通項だったし、先ほどの話ぶりだとその前の優者も結局そうなのだろう。演繹的に考えて行けば、優者の存在意義とは何か、という問いにぶち当たるのは必然だった。


 エルレシアとの邂逅で、俺は優者の力を振るうことの意義を見出しつつある。しかしこの現象の根本にまで納得して折り合いが付けられたわけではない。誰かの目的によるんだとしたら、詫びの1つでも入れてほしいのだが。


 俺の問いに、ミイケはフッと笑った。それを見て驚いた。まさか、この男がそんな顔をするとは思っていなかったからだ。


「お前と同じだ。単なる無力な、しかし権力だけは与えられた一般人だよ」


 その笑顔は、何処か寂しげな色を帯びていた。 

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