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第21話 凱旋、ミイケ・ヒロオ

「……なるほど、『先代優者が凱旋する』、そんな情報が伝わってくるとなると、連絡が付かないというメルドー氏の話は疑わしくなりますね」


 急な買い物の中断の詫びにと買ったクレープを頬張りながら、マイカは話す。


「……お前、錆びないのか?」


「舐めないで下さい。私はMatured Artificial Intelligence and Kinetics Assistantです」


 とか言って胸を張ってるが、頬にクリームついてるし全然キマッてない。


「……しかしネットで調べてみても、確かに4日後に217代勇者の凱旋が予定されている」


 そうなのだ。ニュースは昨日付けだが、確かにそういう内容の情報は出回っている。


「まさかこの情報が嘘で、メルドーさんだけが真実を言っているとも思えないし……するとメルドーさんが嘘をついてることになるけど、一体なんでこんな分かりやすい……」


「とは言いますけど、こうして直前まで気付けなかったんですよね」


「お前もだろうが」


 ……俺とマイカの非はさておき、メルドーの非だ。嘘を吐くということは、つまり俺と先代を遠ざけたいということなのだろうか。最初会ったときは俺と引き合わせることに乗り気だったと記憶しているけれども、一体どういう心変わりなんだ?


 メルドーを通して会うことは恐らく無理だろう。ならば会うためには今回の凱旋とやらを使って、こちらから仕掛けるしかない。


「……遠ざけられたら、会いたくなるのが人情ってもんだからな」


「そうなんですか? 勉強になります」


「……ついでに、クレープ奢ってもらったらきちんと感謝するのも人情ってもんだからな」


「へえ、人って大変なんですね」


 そう言ってマイカは、無駄になまめかしいその舌で口元のクリームを舐めとった。


――――


 飛んで四日後。俺たちはレイジンの大通りに居た。周りは人、人、人の大騒ぎ。映像で見せられた30年前の就任式の様子に勝るとも劣らない騒ぎだ。ざわ、ざわ、と無秩序な話し声で満ちている。


 エルレシアからのお誘いを断り、メルドーの「今日は人が多いですから、やめておいた方が」とかいう白々しい発言も無視して、俺はマイカと二人でその場に居た。ちなみに周りの人に触られてマイカがロボットだとバレると問題なので、俺が後ろから抱きしめるようにして立っている。もちろん、やましい気持ちは無い。


「それにしても、沢山人が居ますね」


 そうマイカは、この人ごみの中でも透き通って聞こえる言葉で話す。そう、マイカの喉奥にあるスピーカーを指向性モードに切り替えたのだ。これで特定の方向に対して、彼女の声をこの雑音の中でも通すことが可能になる。これを用いて直接優者殿と言葉を交わす、それが俺が思いついた作戦だった。


「人に酔いそうだな……と、来たみたいだぞ」


 マイカに返事している途中で、向かって右の方から歓声が上がる。そして仄かに聞こえてくるマーチ音楽。凱旋の優者様がいらっしゃったようだ。


 5メートルほどの厚さがある人ごみの向こうに道路があり、そこを優者様は通るはずだ。今はブラスバンドを乗せた車たちがゆっくりと徐行している。俺は歓声の塊が段々とこちらに近づいてくるのを感じながら、優者との邂逅を今か今かと待ちわびた。


 そしてついに、人ごみの向こうに一際大きく、豪勢な車を発見した。周囲を見れば歓声や視線もそこへ集中している。そうか、あの上に立ってふんぞり返っているのが、優者――。


「――うぇ」


 俺は思わずその姿を見てそう漏らした。


 ぶよぶよの腹。


 禿げ上がった頭。

 

 油に塗れた肌。


 美しい鎧とは対照的に醜い容姿をした中年男性が、ぎちぎちに鎧の中に詰められている、そんな感想が先代優者ミイケ・ヒロオのファーストインプレッションだ。


 その周囲には、女性たち――それも美女が控え、彼に肌を付けて寄り添っている。人種は金髪のホモサピエンスからエルフ、犬耳、猫耳、あの角を生やした赤い肌はオーガか何かだろうか、誰もかれもうっとりとした表情で、あのでっぷりとした男にしなだれかかっている。「侍らせている」、という言葉がピッタリだ。男はそれを当然のように堪能している、といった表情だ。冗談だろ、おい。


「……ずいぶんと、女性が好きなお方なようで」


「……まあ、それならそれで、作戦が上手くいきそうだし」


 見れば男からの歓声には一切反応せず、女から上がった黄色い歓声にのみ片手を上げ対応しているようだ。なんたる俗物。


「……じゃあマイカ、頼むぞ」


 こくりと、マイカが頷いた。


――――


 217代優者ミイケ・ヒロオは、もう何度目になるか分からない凱旋に飽き飽きとしていた。


 最早狩りとしての娯楽の役目すら果たさなくなるほど簡単な作業となった、東方の蛮族の制圧。そしてこの歓待。何もかも、彼の心を満たすには足りぬ、些事ばかりであった。


 彼はテーブルの上に置かれたフルーツを手に取るような気軽さで、傍に控える女性の尻を撫でる。


「……」


 女性は肌を上気させるだけで、文句の1つも言わない。当然と言えば当然だ。このミイケ・ヒロオに、全ての女が惚れるのは自然の摂理なのだから。


『――ミイケ様』


 突然、この煩い騒ぎの中をかいくぐるようにして、すとんと耳に入ってくる声をミイケは聞いた。それは傍に居るどの女性のものでもなく、彼が聞いた声の中で、一番透き通って聞こえた。


『ミイケ様。こちらです、わたしです』


 声の方向は不思議とすぐ分かった。パッとその方を振り向くと、そこには。


「――おお」


 久方ぶりに、ミイケは女を見て心を動かされた。


 そこに立つのは少女。透き通る肌に黒いつややかな髪、そしてどこか憂いを秘めた美しい顔。人ごみの中でも一目に判別できるある種の神々しさをも備えた、儚くも可憐な少女に、ミイケの心は高鳴る。


『ミイケ様、ぜひあなたとお話がしたいのです、どうか御目通り頂けませんか。私は読唇術の心得がありますう。どうか口の形でお答えを』


 その言葉にミイケは笑う。願っても無い言葉だった。しかしそれも当然と言えば当然。この英雄ミイケ・ヒロオに、全ての女が惚れるのは自然の摂理なのだから。


「――」


 声に出さずに、自らが泊まるホテルの名と、時刻を告げる。今晩の晩餐会に、楽しみなゲストが一人増えたのだ。


 少女の後ろに控える男など意にも介さず、ミイケは満足げに笑った。


――――


 ……たかがオッサンに一方的に語り掛けただけなのに、この精神的疲労はなんだろう。


 マイカの後ろから俺が言いたいことをしゃべり、それをマイカが指向性の音波に乗せて言いなおす。いわば回りくどいボイスチェンジャーのようなことをしてコミュニケーションを取ったのだが、あの反応はどうやら成功ということらしい。


 しかしあの下卑な視線ときたら、眼だけでマイカをねぶりつくすかのような気迫を感じたぞ。俺なんて眼中にも無かったな。


「それでマイカ、なんて言ってた?」


「……レイジングランドホテル、ロビー、夜6時に、と」


 俺はその言葉に固まるが、少し間を置いて、ポンと肩をたたいた。


「……よかったな、お前、気に入られたみたいだぞ」


「大声で痴漢が現れたと叫んであげましょうか?」


 痴漢なら今大通りを通り抜けて行っただろうが。


「私、これからあの男に孕まされるんでしょうか」


 ろくでも無いことを言い始めたぞ、このアホロボットは。


「お前をエロ方向へ使えないよう規制した日本政府に感謝しろ、そんな機能はお前についてない」


 当然あの男にマイカを触らせる気はさらさらなかったが、だがあれくらいの気迫があればマイカをもビビらせることが出来るということか。なるほど、勉強になる。


「……ろくでも無いことを考えてますね」


「お前には負ける」


 ――さて、ホテルに帰るとするか。残念ながら休むためでは無く、戦いに赴くためにだが。


 レイジングランドホテル、それは俺たちが泊まるホテルと同じだった。

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