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第20話 ロボ女心

 マイカが帰ってきてから二週間、ついに就任式を行う日取りが決まった。3月19日の石の曜日だかに行われるという。


 この二週間は各省庁を巡って優者に関することを教わったり、挨拶をして回ったりと大忙しだった。だがそんな中、ずっと済んでいない用事が一つあることを俺は覚えていた。


「まだ、先代優者との会談予定が決まらない?」


 俺の言葉に、メルドーはぺこぺこと頭を下げるばかりだった。


「真に申し訳ありません。未だに連絡が付いていないようで」


 初日に約束した、俺と似た世界出身だという先代優者との会談。それがまだ決まっていないのだ。どうやら彼は、軍を率いて何処かへ「出征中」の身なのだと言う。それにしても電話が普及しネットも繋がるこの世界で連絡が付かない、とは。先代の出征先はあらゆる電波が届かない僻地なのだろうか。


「しかしそうなると、何をして待っていれば良いのか……マイカとのしりとりもいい加減飽きてきたところだし」


「しりとりの戦績は、現在ケイジくん2勝、私の384勝です」


 そう、マイカの『誕生』を経てからもしりとりを続けた事で発覚したのだが、なんと覚醒前のマイカは実力にセーブを掛けていたのだ。


 よく考えてみれば当たり前で、人工知能はとうの昔に人間のクイズ王に勝利している。しりとりなんてお茶の子さいさいだろう。しかし緒戦においてなんか丁度いい塩梅で勝てていただけに、「勝たされている」とは気付きもしなかった。


 誕生以来マイカは、「自らの実力を隠すことは非礼に当たる」とか言いだしてリミッターを解除した。結果このキルレシオだ。恐ろしい子である。結局こうなってからは一度も勝てていない。


「ハハ……本日、明日と何も予定は入っていないことですし、久々に街に遊びに行かれてはどうでしょう。連日の官公庁めぐりでお気持ちもお疲れかと思いますし」


「そうですね……そうしようと思います」


――――


「そう言って街に出たはいいけど……目的も無いと、な」


 レイジンの繁華街をマイカと二人で散策する。相変わらず、祭りでもやってんのかというくらい賑やかなのを見て、思わず「お前ら働かなくていいのかよ」と突っ込んでしまう。


「……そういや、この世界にも平日という概念はあるのかな」


「エルレシア氏の大学がある日が平日なのでしょう。つまり月、火、水、木が平日で、金、石、日が休日と」


「なんだって土曜日だけ、こっちの世界と言い方が違うんだろうなあ」


 紛らわしいことだと俺は毒づく。どうせなら全部一緒だったら良かったのに。


「むしろ逆でしょう。なぜ6個も我々の世界と同じなのか、そこにこそ疑問を抱くべきです」


「そりゃそうだけど……」


 やはりシンクロニシティってやつなのだろうか。考えてみればこんな地球とは全く違う場所においても、地球人類と同じような人間が居る、それ自体が天文学的確率だ。


 しかしいくら珍しかろうと、既にこの街並みには慣れてしまった。だから単に人通りの多い街を出歩くのとテンション的にはさして変わらない。大都会というものは、当てもなくさまようには広すぎるのだ。


「……服でも買いにいくか?」


「服、ですか」


 マイカはそう言って、自分の着ている洋服を見やる。白いワンピースは、購入以来彼女が着続けて居る一張羅だ。体臭や汗なんてものとは縁遠い彼女にとっては、今まではそれ一枚で事足りていたが。


「……流石に、これ一着というのはこの先問題を生みそうですね」


「ああ、俺ですら洋服買うことになったんだから、お前も買っとかなきゃマズいだろう」


 するとマイカは何か含むところがあるような感じで、こちらを見てくる。


「何だよ」


「いえ、その服もエルレシア氏に選んでもらったと言っていたなと思いまして」


 そう言ってしげしげと俺が着ている服を眺めるマイカ。


「……なんだ? もしかしてお前もエルレシアに服を選んで貰いたかったのか?」


 その言葉に、「ブァ~」というものすごく大きなため息を吐くマイカ。もはや排気だろそれ。


「そんな様子だから、22歳にもなって童貞なんですよ。ロボ女ろぼめ心を分かってないんですね」


「乙女心みたいに言うんじゃねえ! っていうか、分かってるし、俺とエルレシアだけの秘密にちょっと嫉妬したから、せめて自分の服は俺に選んで欲しいってことだろ! 分かってたけど、間違ってたら恥ずかしいから言わなかっただけだからな!」


「そういう風に発言にデリカシーが無いから、22歳になっても童貞なんですよ」


――――


 ひとしきりさめざめと泣いた後、気を取り直して繁華街へ向かうと、意外な人物と遭遇した。


「あれ、優者サマにそのお友達、これはこれは」


「おおターベンさん、どうもこんにちは」


 メルドーの部下(と思われる男)、ターベンだった。長袖のシャツに短パンというラフな格好に、短いスポーツ刈りの頭は、相変わらず「気の良いあんちゃん」という感じだ。


 マイカはそんなターベンをじっと見ている。


「……ん? あれ、お嬢さんは俺のこと覚えていない?」


「……」


 その間も固まっているマイカ。おいまさかこのタイミングで、ポンコツだった頃のフリしてんのか? この場でそんな不自然なことやる方がよっぽどポンコツだろこのバカ! 慌てる心中を隠しながらなんとか取り繕う。


「あ、いやあ、こいつ結構人見知りする奴で、あまり話したこと無い人の前だと緊張してこうなっちゃうんですよね」


「そうだったのか、すまんね、こんなムサい男がぐいぐい出てきちまって」


 ひょうきんな言葉も交えながら謝るターベン。おいマイカ、会釈ぐらいは返せや。


「――おやおや、仲の良さそうなことで、妬けるなあ」


 俺がマイカに横にらみを利かせていると、ターベンの後ろからひょいと顔をのぞかせる女性の姿が。褐色の肌にバッサリと切りそろえられた短い髪が、「姉御肌」オーラを漂わせている。


「出てくるなお前は、ややこしくなるから」


「なんでアンタに指図されなきゃいけないの」


 ターベンは苦虫を噛み潰したような顔をしているが、女性の方はどこ吹く風といった様子だ。


「ターベンさん、そちらの方は?」


 そう尋ねるとターベンは頭を掻いて応えた。


「あー、なんて言えばいいんだろうな」


「連れないこと言わないでよ優者様、二、三週間ぶりでしょ?」


 そうポンポンと肩をたたいてくるがやはり知らない顔だ。けれど、女性の知り合いの少ない俺だ。その中の一人だったら忘れるはずがないのだが、どうにもその顔に見覚えはなかった。


「あー、すみません、色々忙しかったものでどうにも……」


「って、よく考えたら私あの時甲冑被ってたわ。そりゃ顔見ても分からないよねー」


 たはは、と笑う彼女に、ターベンは更に苦い顔になる。っていうか、甲冑を被った女性ってもしかして。


「もしかして――レイミール、さんですか?」


「そ、元気にしてた? 優者様」


 ユニタリ国家親衛隊隊長、レイミール・ヴィリアは、にかっと白い歯を見せて笑った。


――――


「俺たちは実は同郷の出でな、だけどコイツは仕事で各地に行って回ってるからレイジンのことに疎いんだ。だから案内していた」


 ターベンは観念したようにそう教えてくれた。


「同郷って、どこら辺なんですか?」


「国境沿いの砂漠地帯だよ。人もまばらなド田舎で、何も無い場所だ。そこから国家公務員なんだから、俺は相当な努力家ってわけだ」


 話している内に調子を取り戻していくターベンだが。


「ねえねえ、この子ホント可愛いね。お人形さんみたい」


 そう言ってツンツンとマイカを突くレイミールを見てまた固まる。


「おいレイミール、優者サマのお連れだぞ、控えろ」


「えー、でも」


「でもじゃない」


 この数分で分かったことだが、ターベンの飄々っぷりも中々だったが、レイミールはそれを上回る奔放っぷりだ。ぎゅっとマイカを抱きしめたり、撫でたり、頬を触ったりしてる。


「すみませんね、優者サマ」


「ああ、いいんです、本人が嫌がっていなければ」


 内心は冷や汗ものであったが。


 それにしても、このレイミール・ヴィリアという女性が、本当にあの親衛隊の隊長なのだろうか。あの無慈悲な業火を、このような決して屈強とはいえない女性が起こしたなんて……。


 そのような俺の視線に気付いたのか、レイミールは俺を見る。


「ん、どうしたの?」


「え、ああいや、レイミールさんみたいないたいけな女性が、この国一の魔法の使い手だったってことになんというか驚いてて」


 俺の言葉にレイミールは「ぷっ」と噴出した。


「いたいけなって、キミ、面白い言葉使うね。それって私が弱そうってこと? これでも結構鍛えてるんだけど」


 そう言って彼女は突然タンクトップの裾をめくり上げた。


「ちょっ!」


「お前、天下の往来だぞ!」


 驚く俺に、叱るターベン。しかしレイミールは平気な顔だ。


「いいのいいの、減るもんじゃないし」


 そう言って見せてくれたのは、鍛え上げられた腹筋だ。シックスパックってやつだろうか、まるで板チョコレートのようにぱきぱきに割れている。しかし肌はやはり女性特有のツヤと質感を帯びており、形容しがたい淫靡さを感じさせた。


「……もういい、隠せ」


「えー、もうちょっと見せたいんだけれど」


 露出の癖でもあるのだろうか。


「あんまりアピールしてると、バレて面倒事になるぞ」


 そうぴしゃりと言われると、レイミールはハッとしたような顔になって、さっと腹筋をしまった。


「そうだったそうだった、この前も正体バレてすっごく大変だったし」


「それを踏まえて『後ろに隠れてろ』と言ってたのに……という訳で優者サマ」


「は、はあ」


 すっかりやり取りにおいてかれていると、ターベンはぺこりと頭を下げてきた。


「このバカが耳目を集め始めたから、こっちは移動します。お邪魔してすみませんでした」 


「そうですか、それじゃあ……」


 なんて言おうとしてると、スマホが震える。「失礼」と言って確かめると、隣に立っているマイカからのメッセージが届いていた。


『なぜこんな往来で優者などという言葉を言い放ったのか、と聞いてください』


 どうやらメルドーらを警戒しているらしい。

 ……まるでこれじゃ俺が操り人形だな、と思いながら俺は口を開く。


「あー、ターベンさん、あまり『優者』『優者』と連呼されると、僕も周りの目が怖いというか……」


 その言葉にターベンは「それもそうだ、悪い悪い」と平謝りしながらも、こう付け加えた。


「けど、まだ問題ないと思いますぜ? だって君が優者だということは、まだ公表されてないし。今『優者』と言えば217代のミイケ様だし、ミイケ様と君は似ても似つかないからな」


――――


『就任式、私も行くからその時にまた会おうね~』


 そんなことを言って手をヒラヒラ振るレイミールを引っ張って、ターベンは人ごみの中に消えていった。


「……見受けた印象よりは、しっかりとした人のようですね」


 マイカの言葉に俺は頷く。


「まあ、あの若さで省庁のトップの直属で働く人だからな。なんだかんだで優秀なんだろうさ。……しかし、気になることを言ってたな」


「気になること?」


「先代優者のこと。俺と似ても似つかない、って言っていたけど、記録映像を見た限りは言うほど俺と似てないってわけじゃなかったんだよなあ」


 むしろ似ている方だったと思う。黒い髪に比較的細い目、中肉中背のアジア人だ。


「しかしそれは30年前の映像でしょう?」


「あ」


 冷たい目がマイカから向けられる。仕方ないだろ、忘れてたんだよ。


「……それにしてもあの人がレイミールさんなのかあ」


 俺はレイミールの様子を思い出す。確かに女性にしては身長も高く、筋肉質な体つきだった。しかしあの人が……。


「……」


 思わず俺は考え込んでしまう。


 あの日あそこに居たのは親衛隊の兵士だけじゃない。俺を連れ去りに来た帝国軍の兵士も居たのだ。跡形なく消し去られたとはいえ、消し去ったと言う事実は消えない。温厚でフレンドリーな感じだが、しかし軍人なのだ。


 人殺しは異世界の特権じゃない。俺の世界でも、それこそ日本でだって起きていた。けれどそれをいざ目にし、肌身を味わったとなると話は変わってくる。


 美人と知り合えたと、気楽に喜べそうにはなかった。



――――


「……なあ、言った通りだったろう?」


「ホント、そっくりだね。体の感触とかまんまだったし。というか、そうなんじゃないの?」


「そのものにしちゃあ逆に精巧すぎる。兄妹たちはもっと、雑だったろう?」


「確かに……ねえ」


「俺も考えた。だが今は無理だ。しがらみが多すぎる」


「……だよね」


 二人の会話は、平日にも関わらず休日のように賑やかなレイジンの雑踏の中に消えていった。


――――


 この世界では大手だという服飾チェーン店に入った俺は、女性の服を選ぶという難題に直面していた。


「これと、さっき着ていた服、どっちが似合ってると思います?」


 マイカがそうやって、試着した格好のままくるりと回るが。


「……やっぱ白のワンピースが一番似合ってるんだよなあ」


 ぽかりと叩かれる。


「本当に失礼な人ですね」


「失礼なもんか! あの服こそ俺が6か月の熟考の末に導き出した、お前に最も似合う服装なんだぞ!」


 そう、マイカを購入する際、実は某ファストリテーリング店とのコラボで、好みの服を着せて届かせることが可能だったのだ。俺はそのサービスを使ってマイカに似合うであろう服装をひたすらに研究し続け、ついに白いワンピースという結論にたどり着いたのだ。


 今マイカが着ている黒のスキニーにジャケットという格好も、さっきの白いふわふわしたスカートも似合っているけれども、やはり完璧さでは白ワンピに劣る。


「な、な、な……」


 先ほどの俺の言葉に暫く顔を真っ赤にしたマイカ。会って初めのうちは感情の制御が難しかったのか豊かな表情を見せていたのに、最近はこなれてきてまた無表情になりつつあったから、なんだか新鮮な反応だ。


 しかしやがて、呼吸しても無いくせに一呼吸置いた後、マイカは冷静な表情に戻って言い放った。


「……その情熱を、もっと他の角度に回してくださいよ」


 好きなことして生きて行きたいんだ、こっちは。


――――


 マイカに「私に似合いそうな服を探してきてください」とかいうとんでもない難問を投げつけられた俺は、広い店内の中で立ち尽くす。


 エルレシアと以前服を買いに来たときにも感じた事だが、服屋の雰囲気というものは、なんというか根本的に俺とそりが合わない部分がある気がする。これが本屋や電機屋なら無限に居られるのだが。


 適当にズボンのコーナーやらをふらふらぶらついて居ると、角のあたりで奥様方が井戸端会議をしているのが目に入った。無遠慮なボリュームで行われている会話の内容が、嫌が応にも耳に飛び込んでくる。


「それにしてもおめでたいことが続くわねえ、東ヴェイバルとの平和交渉に、新しい優者様の就任、そして今代優者様の凱旋だなんて!」


「まあ奥さん、東ヴェイバルなんて言っちゃダメよ? これからはちゃんと帝国って呼んであげないと」


「あらそうだったわ、友好関係を結ぶんですものね」


「そうそう、凱旋パレードって4日後にやるみたいだけれど、皆さんは行きます?」 


「もちろん! 今回は就任式をここじゃなくてジーハンでやるでしょう? だからレイジンは寂しくなるし、その分も今度のパレードでお祝いしないと!」


――――


「あれ、ケイジくん。服は?」


 パーカーに黒タイツという、確かに魅力的な格好を見出した様子のマイカに、俺は声を掛けた。


「マイカ、考えなきゃいかんことができた。行くぞ」


「え、でも、服は?」


「欲しいもん全部買ってやる」


「……政府から貰ったお金とはいえ、その甲斐性は、とても評価点が高いです」


 現金なロボットめ。

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