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第18話 パンチライン

「こんな日が来るなんて、誰も思ってなかったと思う」


 そう話すエルレシアの顔は紅潮していた。


「300年だよ、300年! そんなにも長い間、ユニタリと東ヴェイバルは争っていた。けれどそれが、終わるかもしれない」


 そのような歓喜のムードはエルレシアだけじゃなく、今座ってるカフェの周りも席にも、このレイジンの街全体にも充満している。誰もが笑みを浮かべながら、先ほどの発表を喜んでいるようだ。


――――


 つい15分ほど前、エルレシアと合流してから1時間ほど会話をした後のことだ。再び速報が流れた。


『大ヴェイバル帝国、ユニタリ政府の提案を受諾 国交正常化に向け交渉開始へ』


 それはユニタリ政府の声明から、わずか1時間も経たずに届いたニュースだった。


「帝国を名乗るだけのことはあって、即断即決なんだな。最初のニュースが流れたときはどうなるかと思っていたけれども」


 俺の感想にエルレシアは頷く。


「ねー。私もどうせ、帝国は無視するんじゃないかとも思ったけれども……。皇帝とかいう人が、思っていたよりもまともな人でよかった……」


 もっとも、ユニタリ政府には何らかの根拠や理由があってこのタイミングでの発表をしたのだろうとエルレシアは言う。


「マイカちゃんはどう思う?」


「私も同感です。史料によるとリグア独立条約以来300年、帝国は宣戦布告等を行わずに無警告な侵攻行為を繰り返してきているようです。そのような国が簡単に首を縦に振るとは考えづらいですね。帝国にとって、利することがあるのでしょうが……」


「へえっ、マイカちゃん凄い。この世界に来てまだ一週間くらいなんでしょ? なのにもうこの世界のこと、そんなに詳しいんだ」


 そうエルレシアが感心しているが、それはマイカの正体に未だ気付いていないからだ。リアルタイムでネットから情報を検索できたり、ペタバイト単位でデータを保存できるストレージを有しているというマイカの真実を知っている俺は、友人のカンニングを講師の前で黙っているときのような、いたたまれない罪悪感に苛まれた。


「……あれ、どうしたのケイジ。お腹痛いの?」


「それは大変ですね。早くお手洗いに行った方が良いかと」


「……なんともねえよ」


「そうですか、ならこのような素敵なお店で、そのような態度は失礼ですよ」


 そう言いながらマイカは、涼しい顔をして紅茶を啜った。


――――


 エルレシアとの集合先へと向かう道中、俺はマイカがロボットだとバレないようにするにはどうすればよいかを考えていたのだが、マイカは自信たっぷりだった。


「大丈夫です。普通に振舞っていれば、私がロボットであることはバレません」


「ホントかよ。ちょっと強めに胸を揉んだら、すぐ金属フレームに手が当たるぜ?」


「……ちょっと強めに胸を揉まれることは、普通の振舞いのなかに入らないと思うんですが」


 口笛を吹くふりをして誤魔化す俺に、マイカは呆れながらも言葉を続けた。


「所作、外見、言動……どれを取っても自然なはず。エルレシア氏には、昨日の会話でも怪しまれている様子はありませんでした。ケイジくんがうっかり私の正体を口にしない限りは大丈夫です」


「――けどお前、カフェ行くんだぞ?」


 そうだ。これから行くのはカフェだ。コーヒー飲んだり、サンドウィッチ食ったりするカフェだ。何も頼まなければ怪しまれる。そう懸念していたのだが。


「あれ、言ってませんでしたっけ。私、飲食することが可能になりました」


「へ?」


――――


『言ってなかったか、電源装置を交換すると』


 マクセン博士に電話を掛けると、彼は突然の通話にイライラした様子ながらも答えてくれた。


『有機物を分解して、酸素と燃焼させることによってエネルギーを取り出す機構を内蔵した。人間と同じように、食うことで動けるようになったわけだ。死ぬほど高価な機構なんだから、感謝しろよ?』


「マジですか……いや、有り難いんですけど……どうしてそこまでしてくれるんですか?」


 それはかなり大きな疑問だった。なぜこの人は、マイカにここまで尽くしてくれるのだろうか。


『……死んだ妹に、似てる』


「え?」


『……とか言っとけば満足か?』


 このクソジジイ。


『大した理由なんかねえよ、道楽だ道楽。こんな国でロボット弄る物好きなんて俺ぐらいだろうしよ、まあ運が良かったと喜んどけばいいんだよお前は』


「こんな国……やっぱり、この国ではロボットは良い扱いではないんですね」


 俺の言葉にマクセンは一瞬押し黙った。


『……そうか、異世界なら、常識も異なる……なるほどな。お前の居た世界じゃ、ロボットは受け入れられているのか?』


 それはどう考えても、何かを知っているような話ぶりであった。 


「どうでしょうね、少なくとも悪魔呼ばわりはまだされてないでしょうが」


『ハン……忠告だ、そいつがロボットであることは周囲に絶対に覚られるな。見破る奴が居たら距離を取れ。人らしい振舞いは俺が叩き込んだ。あとはお前のフォロー次第だ』


「……この世界と、ロボットの関係については教えてくれないんですか。何か知っているんでしょう?」


『それを知るには、お前はまだまだ青坊主だ。ロボットは悪魔扱いされている、それだけで十分だ。せめて優者になって、それなりの力を手に入れてから聞きに来い』


 その言葉を最後に、気難しそうな意地悪中年は電話を切ろうとする。


「あ、待ってください!」


『……あ? なんだよ』


「……マイカが飲食できるようになったって言いましたけど、食ったものってどこから出て――」


 その言葉は、後頭部に当たった金属質の打撃によって中断された。


――――


「……けどそもそも、お前を連れてくる必要があったのか?」


 エルレシアが席を外して、ようやく緊張の糸がほぐれた俺は机に突っ伏す。


「バレないかバレないかと冷や冷やして気が滅入るんだけど」


「女性と二人きりの方が、よっぽどケイジくんの精神には負担がかかると思いますが」


 どこ吹く風と言った顔で皮肉を返してくるマイカ。ロボットの癖に。


「へっ、これでもエルレシアさんとはもう何度も会ってる身だし、手つないだりしてるんだぞ? 今更そうそう緊張するか」


 そう言うとマイカがぴたりと止まった。口元にカップを近づけたまま固まるその様子はマネキンのようだ。


「どうした? ……あー」


 思い当ることを見つけた俺は、にやにやと笑う。


「さてはお前、嫉妬か? 未熟な生まれたばかりの精神が、嫉妬を切欠に自分の中に芽生えている仄かな恋心に気付き、愛を知る……ありがちな話だもんなあ」


「いいえ、恐らくこれは嫉妬ではありません」


 きっぱりと言い切るマイカ。


「二か月以上に渡り私の胸を暇つぶしやストレス解消、八つ当たり目的で揉みし抱き、様々な部位を触らせようと試みてきた22歳の童貞大学生が、いざ巨乳な金髪エルフと知り合ったとなると急に余裕を醸し出し始め、私をぞんざいに扱い始めたことに対する、至極合理的な怒りの感情です」


「……」


「……あれ、どうしたのケイジ。やっぱりお腹痛いの?」


 お腹じゃなくて、心が痛いんです。


――――


「……私、世界を旅行するのが夢だったの」


 帰ってきたエルレシアは、そう語り始めた。


「ヴェイバルって、たくさん古代の遺跡とか、風光明媚な自然環境に満ち満ちてる。なのに、それを今までは見れなかった。だから平和な世の中になればいいのにってずっと思ってたし、そんな世界を作るのに協力出来たらなと思って、法学の道に進んだの」


 大した目標意識だ。俺なんて、文系の中でも比較的モテやすいという噂だけを頼りに経済学部を選んだのに。


 そんな不純なことを考えているともつゆ知らず、エルレシアはキラキラした目でこちらを見てくる。


「平和になった暁には、ケイジも一緒に……」


 と言い掛けて、エルレシアはふっと寂しそうに顔を曇らせた。


「って言いたいけど、ケイジは優者になるから、きっと出歩けなくなるよね――」


「絶対に、行こう」


 え、とエルレシアは顔を上げた。


「けど、帝国は優者の身を狙っているし……」


「だけど平和条約が締結されるんだ。向こうが優者の身元を狙うのは、技術を欲してるからなんだろ? 技術さえ手に入れられれば優者の身なんていらないだろうし、狙う理由は無くなる」


 俺の言葉に、エルレシアの顔はみるみる明るくなる。


「……じゃあ、期待してもいいの?」


「うん、約束するよ」


 くすりとエルレシアは笑う。


「やっぱりケイジには、優者の素質があるよ」


「ケッ、いい御身分ですね」


 指向性の、俺にしか聞こえない声で、マイカは毒づいた。


――――


 会議を終え、条約締結を目指すことが決まった翌日、ミケイラは職場に向かい、机の上に貼られていた書面を見て呆然としていた。


「勅


 本日を以って、ミケイラ・エンゲルス官房副長官を、対ユニタリ国交正常化交渉特務大使に任命する。

 

 急ぎ特務大使団に合流し、ユニタリ首都レイジンへ直行、追って指示あるまで待て。


 正統ヴェイバル暦1186年2月33日 

      ヴェイバル・フリードル・ウルム・ザクセン」


「あ、あの、これは……」


 近くにいた同僚に尋ねる。


「ああ、今朝早くに皇帝顧問のラクシム殿がいらして、張り出していったんです。『何か聞かれたらこれを見せろ』と手紙も預かっています」


 そう言って手渡された手紙をミケイラは血眼になって読み上げる。


『やり過ぎだ。いくら陛下のお許しが出ていようとも、酒の席で不敬を働くとは言語道断。陛下にも口を酸っぱくして言ったので、甘えればなんとかなるとも思うな。国家間交渉の荒波に揉まれて反省して来い』


「……ラ、ラクシムせんぱぁぁぁぁい!!!」


 その悲鳴は首都アレイダム中に響き渡ったとか、渡らなかったとか。

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