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第17話 転機

「悪魔っていったら、神話で人間と戦ったとかいう、あの悪魔か……?」


「恐らくそうだと思われます」


 機械の身体、集積回路の脳、人の姿。それは紛れもなく、ロボットのことだ。それは「神話」と呼ばれるような、非科学的であろう物語にはそぐわない登場人物だ。


「――ロボットは悪魔として扱われていて、優者により悪神と共に葬られた……悪魔として忌避されたロボットは、この国から排斥された……」


 口からこぼれ出た仮説は深い考えのないものだったが、それは一本筋が通っていているように感じた。


「……そうなると、メルドーさんが出会って最初の方、マイカに対して粗雑な対応をしていたのもなんとなく頷ける」


 あの時、幾らロボットとはいえ酷い扱いだと思ったけれども、彼らが信仰している宗教においてそのように扱われているのだとしたら理解は出来る。納得できるかは別として。


「……確かめますか。こればかりは、インターネットでは無く実際に人の言葉を聞かなければ判断出来ないことかもしれません」


「確かに、そうかもな。しかし、誰に聞けばいい……? この世界で頼れる相手といえばメルドーさんだが、完全にあの人は敵の本丸みたいなもんだし……」


 政府の役人であると同時に件の宗教とも直接つながりがあるであろうメルドーは、突けば大量の情報を得ることが出来るかもしれないが、怪しまれれば関係が近い分大きな遺恨を今後に残すかもしれない。確かにハイリターンだが、それを上回るハイリスク。


「一体どうすれば……」


 その時、俺のスマホがピロピロとかわいらしい音を鳴らす。誰かからメッセージが来たのだ。この音はあの人からだけど。


「どなたからですか?」


「……昨日紹介した、エルレシアさんだよ」


 ディスプレイに表示される名前を伝えると、マイカは不思議そうな顔をした。


「そういえば、彼女はどういう関係なんですか。一体どこで、コミュ障で大学でもぼっちだったケイジくんに、あんな美人の知り合いが?」


「どこでそんな言葉を覚えて来たんだお前は!」


「ケイジくんが部屋でぶつぶつ言っていたのを覚えたんです」


「マジかよ……オレそんなこと言ってた?」


 かつて宛先もなく投げたブーメランが、忘れた頃に後ろから飛んできたかのような感覚だ。


「……あの人がひったくりに遭ってたのを助けたんだよ。そしたら、なんか気に入られた」


「へえ、随分と都合の良い話ですね」


「……何が言いたい」


「いや、この国は怪しい、という話をした後ですから、こういう言い方をすれば彼女に対しても疑心暗鬼になるかな、と」


「お前メチャクチャ性格悪いな!」


 すました顔でとんでもないことを言ってくるマイカを捨て置き、俺はスマホを操作し、エルレシアからのメッセージを開封する。


『ケイジ、元気してる? 昨日会わせてくれた女の子、あれもケイジと同じところから来た人なの? もしそうだったらもっとお話してみたいな! 私だったらもう色々知ってるわけだし、気兼ねなく会話できると思うの』


「……そう来たか」


 その邪気のない文面に安心しながらも、改めてマイカを見る。昨日会ったとき、エルレシアはマイカの正体に気付いてなかった。そりゃそうだ、正直外見からじゃ生身の人間とは区別つかない。強いていえば、非現実的なまでにかわいいのが違和感を与えるかもしれない。


「エルレシアさんからのメッセージの内容は?」


「ああ、マイカに会いたいってよ」


「……ケイジくんの指摘が正しいのならば、私とメルドーさんがか関わるのはあまり得策ではない可能性があります。この世界の情報を得るならば、エルレシアさんとお話しすることは現状最善手でしょう」


――――


 レイジン中央駅で待ち合わせということで、俺はマイカと二人でそこへ向かう。


 こうして歩くマイカの姿を改めて見てみると、やはりその所作からして今までとは違う。僅かに残っていた非人間的な仕草が無くなっていて、完全に滑らかだ。何も知らなければ、人間と全く見分けがつかない。


「お前、歩き方まで自然になってるな」


 そう指摘してみると、彼女は「ああ」と頷いた。


「マクセン博士の修正プログラムです。運動機能に関する様々な行動様式のプロファイルをインストールしたんです」


「はあ、スゲエな、あの博士。もしかして、自前でロボットを作ってんのか?」


「その可能性は高いと思われます。残念ながら本人の口から、何の研究を行っているのかは教えてもらえませんでしたが」


 言わずとも、状況証拠がそう告げている。もしこの国でロボットが排斥されているのならば、確かにあんな隠れ家擬きでないとまともに研究はできないのかもしれない。


 少しずつ埋まって行くパズルのピースにどこか快感を感じていると、街が少しざわついていることに気が付いた。


「なんだ?」


 答えは直ぐに分かった。繁華街に入ると、巨大な街頭ビジョンの前にたくさんの人だかりが出来ている。皆一様に困惑したような表情でぼそぼそと喋っている。


 そして街頭ビジョンでは、ニュースキャスターがしきりに速報を伝えていた。


『繰り返しお伝えします。ユニタリ統合政府は先ほど記者会見を行い、大陸東方を支配する大ヴェイバル帝国、通称東ヴェイバルとの間で、国交正常化を行う準備があるとの発表を行いました――』


――――


 渡りに船とはこのことだった。だがそれでも纏まらないのが会議というものだ。


「これは罠だ!」


 先ほどまで余裕を持っていたはずの原帝派は、焦り切ったように大きな声で主張を続けている。


「ありえん! 300年以上に渡って鎖国まがいのことを繰り返してきたユニタリだぞ!? それが今更国交正常化など、信じられるか!」


 ランパード議員は口から唾を吐き散らしながらわめき続ける。


「――仮に100歩譲って、それが本心からの申し出だとしよう。しかし一体、どの面を下げてそのようなことを言っているのだということになるだろう! 何万、何十万という同胞たちが無残に殺されてきた、その歴史を! 謝罪の1つもなく済ませようなど、不届きにもほどがあるんじゃないのか!」


「しかしランパード議員、これは千載一遇のチャンスです。光車作戦を考えてみてください。優者は30年に1度にしか来ない、それが原帝派が強硬作戦を主張する根拠でした。しかしこのチャンスはまさしく300年に1度! これを逃せば、本当に後が無いといえます!」


 先ほど馬鹿にした和平派の人間からそう喝破され、額に油汗を浮かべるランパード。それを見てミケイラは、先ほどラクシムが言っていたことを思いだした。


『原帝派のバックには軍産複合体が居る』


 きっと飼い主である軍産複合体からのお叱りを恐れ怯えているのだろう。だからあんなに必死なのだ。


 武器を売るために国を売る。売国奴め、とミケイラは心の中で罵った。


「……ランパード議員。先方は、和平の意志を知らしめるため、今次の優者就任式を、伝統に回帰しジーハンの地で行う用意があると言っています」


 ミケイラは、参加者各位に手渡されたユニタリ側からの声明文の一節を読み上げる。


「これがどれほどの意味を持つのか、冷静に考えればお判りでしょう。ユニタリ側からしてみれば、ジーハン奪還のための聖戦は、単なる侵略戦争です。いくら屁理屈をこねようとも勝てぬ限りは、874年のリグア独立条約がある以上我々に非がある。その非を、彼らはこの誠意をもって赦してくれると、そう言っているのです。何故我々が拒む必要がありましょうか」


 その言葉に、ランパードは殺意をも感じるさせるような目でミケイラを睨む。


「……ジーハンは元来、我々帝国の物だ! ユニタリの指揮の元に就任式が行われてしまえば、ジーハンが奴らのものであると認めたことになる!」


「最早認める認めないの問題ではありません。それでどうにかなるのならば、とっくに大陸は統一されているのです」


「……ユニタリに与する売国奴め」


 お前が言うんじゃねえ、とミケイラは心中で叫んだ。


――――


 結果、多数決で強硬奪還作戦は棄却され、代わりに国交正常化の際に結ばれる条約の範囲内において、優者の国際間交流が可能となるように交渉を進めていくことが決定された。


「となると、ユニタリと交渉せねばならないわけだが」


 フードを被った女が、居酒屋で焼き鳥を頬張りながらそう言った。


「誰がその大役を務めるべきだと思う? 私は今回あまり活躍出来なかった人間が働くべきだと思うんだが……」


「知りませんよ、そんなの!」


 ミケイラはいつものように酔っ払いながら大声で叫ぶ。この調子で国家機密は零さないのだから、不思議なものである。


「大体、なんで私をあの中に放り込んだんですか、セン!」


 センと呼ばれた女は、ニヤリと笑いながら答える。


「原帝派を抑えるには、平和のハトも穏健な老犬も力が足りないと思った。だから招聘した。もっとも――」


 酒をぐびりと煽ってから、女は言った。


「結局、止めたのはハーリングとなった訳だが」


「もう、じゃあ原帝派にスパッと言えば良かったじゃないですか!『アホなこと言ってるんじゃねえ』と!」


「お前こそアホなことを言うんじゃない! 原帝派は皇帝の命に従順であるが、それは皇帝が原帝派の最大の擁護者であってこそだ。濫りに奴らの政治に口を出すことは、無益な諍いに繋がりかねん」


「へえ……大変なんですねえ」


 今度は心底感心したように頷くミケイラ。その素直さに半ばあきれながらも、女は笑う。


「当然だ、一国の主だからな」


 そう言って大ヴェイバル帝国104代皇帝ヴェイバル・フリードル・ウルム・ザクセンは、胸を張った。

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