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第16話 会議は踊る、されど進まず

――――

 この国は、何かがおかしい。何かを隠している。一度そう思ってしまってからは、猜疑の心は深まるばかりだ。


「そりゃあ、どんな国でも機密なんて山ほどあるだろうよ。けれど、俺たちに隠されているものはもっと漠然として、けれど大きい。そんな気がする」


 マイカは俺の言葉を真剣な面持ちで聞いている。


「何故この国にマイカのようなロボットが居ない? なぜ技術的特異点は通過しているはずなのに、普通の生活が営まれている? 神話ってなんだ? 優者って一体何なんだ? 科学と魔法が、なぜ平然と同居している? ……疑問なんて、腐るほど湧いてくる」


 だが。俺は部屋を見回す。既に俺は優者となることを受諾した後だ。仮にしなくとも大統領は「優者でない異世界人に関しては、行動を制限せねばならなくなる」と言っていた。


「……もしかして、嵌められたのか? 俺は」


「そう考えるのは早計です。単に、私たちには情報が不足しているんです。何か判断するに足るだけの情報を手に入れること、それが最優先です」


 冷静なマイカの言葉にハッとする。


「……そうだな。大体、この国の人たちは俺たちに良くしてくれている。少なくとも、敵意はないはずなんだ」


「そうです。もしケイジくんを人身御供に捧げようとしていたのならば、あの神殿らしき場所でケイジくんを殴り飛ばして気絶させて、終わりだったはずですし」


 ……確かにその通りだが、なんだか角の立つ言い方だ。


「……とにかく情報だ。マイカ。ネットで片っ端から検索してくれ。この世界、この国について」


「了解しました。全力で終わらせます」


「頼んだ」


 マクセン博士が勝手に増設してくれたネット接続機能が早速活きてきた。どのような形でまとめるかは指示していないが、覚醒したマイカのことだ、きっと分かりやすくまとめてくれるだろう。


 さて、マイカが折角淹れてくれたコーヒーがある。あまり好みではないが冷めてしまうのも勿体ない。早く飲むことにしよう。


「終わりました」


「早っ」

 

 まだコーヒーカップに手すら掛けていないんですけれど!


「……まあいいや。それで、どういう感じなんだ?」


「端的に言うと、インターネットで集められた情報の中に、有益なものは見つかりませんでした」


 そう言ってマイカはかいつまんで調査結果を話してくれたが、それは概ね俺が今まで手に入れた情報と変わらない。


 この世界ティオスにはかつて「古代帝国」と呼ばれる国があったが、それは「悪神」との戦いに敗れ滅びた。しかし異世界からの旅人、優者が現れ悪神を打倒し、平和を取り戻す。その優者の下、大ヴェイバル帝国が成立したが、その帝国の優者弾圧に反発したユニタリが独立、以来帝国から優者を保護し続けている……。


「神話はエルトロ神話とも呼ばれているらしいですが、古代の戦乱を通してその原典は遺失してしまったとも……」


「神話の名前は初耳だけれど、それ以外はさしたる情報じゃないな……それにネットで公開されてる情報だ、考えてみれば国が秘匿するような情報がそうそう載っているなんて、な。政府が検閲をしているかもしれないのに」


「……実際、それは真実かもしれません」


「え?」


「大ヴェイバル帝国内のサーバーへのアクセスが制限されています」


 マイカの言葉に、俺は驚くと言うよりも虚を突かれたような感覚になる。


「サーバー……? でも、大ヴェイバルにそんなもんあるの?」


 だって大ヴェイバルは中世的で遅れた国だったはずじゃ……そこまで考えてはたと気づく。そんなこと、誰に言われたんだ俺は?


「恐らくあるはずです。物理的にネットワーク自体が存在することは確かなのですが、一種の情報検閲システムにより通信が電子的に遮断されています」


「ああ、ええと、俺は技術的に、大ヴェイバルがサーバーなんてこしらえることが出来るほど発展しているのかと聞きたかったんだ」


 マイカは目を丸くする。


「それすら、これまでの生活で聞かされていなかったんですか?」


 マイカの驚きも無理はない。俺は単に、「優者を攫おうとする悪い帝国」くらいにしか思っていなかったし、それで事足りていた。だがこの発展した国において、隣の国の情報が一切入ってこないというのは冷静に考えてみればおかしい。


「技術的なことならば、大ヴェイバル帝国は20世紀初期の地球に匹敵する科学技術段階にあると推測できます。そのスマートフォンに接続しても?」


「ああ」


 もう驚かないぞ。マイカがスマートフォンに軽く触れると画面が目まぐるしく動き、画面にいくつかの写真が表示された。そこに映るのは、戦車に戦闘機に戦艦……いずれも現代的なものに見える。なるほど、こんなもんを作れるのならば、大ヴェイバルもまたそれなりの技術を有しているのだろう。


「これが大ヴェイバル帝国の現有戦力とされているものです。ニュースによると2年前に国境沿いのランバン地方という場所で、ヴェイバル軍とユニタリの『小競り合い』があったそうですが、その際に撮影されたものだと」


「小競り合い?……こいつらが出て来たんだとしたら、そんな言葉で済まないような……」


「国家親衛隊の迎撃により、早急に撃退がなされた、と書かれています」


 その言葉に俺は納得した。初日にあのとんでもない爆発を披露してくれた部隊のことだ。妙にフランクな女隊長が率いている。


「なるほどな、そりゃ納得だ。あんなもんを連発されたら、どんな装備もひとたまりも無いに違いない」


「……私も今参考動画を見ましたが、たしかにこの威力は凄まじいですね」


 スマートフォンに映し出さたのは、動画サイトにアップされていた国家親衛隊の演習映像だ。甲冑の人物が杖を向けると、その先で大きな、大きな爆発が起きる。元々そこには4階建ての廃ビルが建っていたのだが、爆発の後には跡形もなく消し飛んでいた。この爆発を、俺がマジックフェスタリオでパイロンを浮かせた時と同じような要領でポンポンと巻き起こせるんだとしたら。


「……情報を総合すると、ユニタリは大ヴェイバルを軍事的に圧倒し、優位に立っている。にも拘らず、大ヴェイバルと交流は無く、インターネットによるアクセスも認めていない……ということになりますね」


「一体なぜ……優者を保護するために?」


 しかしそれならば向こうからの手出しを遮断するだけで事足りるはずだ。なぜ、こちらからヴェイバルへのアクセスが行えない?


「ネットがダメなら、現実ではどうなんだ。こちらからヴェイバルへ向かうことは?」


「残念ながらユニタリ外務省より、東ヴェイバル全域及び国境周辺が危険地域指定されています。その地域への渡航を行うことは禁止されているようです」


 なるほど、本格的にユニタリは、東ヴェイバルとの交流を抑止しているらしい。だがそれはどうやらこの国民全員に対して行われているようで、俺に対してのみ特別に何かを隠しているわけではないようだ。


 考えが行き詰ったので、別の視点に話題を移す。


「……そういえば、ロボットに関する情報は?」


「全くと言っていいほど見つかりません。所謂産業用ロボットに関する情報はあるのですが……人型ロボットに関する記述は皆無に等しいです。ただ……」


「ただ?」


「人型の機械で出来た種族に関する記述は見つかりました。口伝として纏められたエルトロ神話の中に」


「なんだって?」


 また神話が、しかも意外な場面で現れた。いったい何なんだ、この神話は。


「言ってみてくれ」


「……やはり、言う必要がありますよね」


「どういうこと? 言いにくいような内容なのか?」


 少し躊躇するようなマイカ。そのような反応を誘因する内容なのか。


「いえ、大丈夫です。では読み上げます」


 マイカは決心したように、一息に言った。


「『その容姿、人のようであり、然しその身体は金属により形作られ、その脳は珪素の集積である。悪神より生まれ、人に仇なすその存在を名付けて――』」

 

 マイカの言葉が、静かな室内に響き渡る。


「『――悪魔と呼ぶ』」


――――


「彼が……そうか」


 執務室にて、ハーリング大統領は受話機を手にそう返答した。電話の向こうの声はボイスチェンジャーを通したように歪められている。


『また、「エイケナの壁」に対する不正アクセスの痕跡も検出しました。発信元は、対象218の宿泊する部屋です』


 その言葉に、ハーリングは僅かに言葉に詰まる。


「何……? まさか、あの人形か」


『その可能性が高いかと』


「……マクセンめ。下らぬことを」


 苛立ちを露わにするような言葉とは裏腹に、彼の表情は穏やかだ。


『いかがいたしましょうか、処置は可能ですが』

 

 しばし腕を組み考え込んだハーリング大統領だったが、15秒もしないうちに結論を出す。


「取りあえずマクセンは……メルドーに任せよう。アイガが動くほどのことではない。218の方は、今まで通り担当に対応させろ。飴をもっと甘くしてもよい。就任式まで、彼に不信感を抱かせるわけには行かない」


『了解しました。ではそのように』


 受話機を置き、深く息を吐くハーリング。


「……大勢に影響はあるまいが、不信の芽は早期に摘み取るべきだな。だが、どうする?」


 ハーリングは空中に投影されたデータや、机に載せられた書類に目を通しながら、考える。


 諜報機関アイガから上がってきた、「ヤナイケイジが、ユニタリに対する不信を露わにし始めている」という情報。昼夜問わない監視活動により彼のこれまでの生活は常に把握されていたが、これまでのところ概ね予定通りだったところに、遂に綻びが生じ始めた。


 恐らくこの程度では計画を打ち崩すほどではないだろう。だが、何か嫌な胸騒ぎがする。


 それを振り払うように書類に目を通していると、一つの報告書に目が止まった。


「……ふむ、これを利用してみるか」


 報告書にはこう銘打たれている。


『大ヴェイバル帝国内における、優者奪還を巡る政治的係争』


――――


会議は紛糾していた。


「いい加減、貴方がたの夢想論にはうんざりだ!」


 議員の一人が叫ぶ。


「ユニタリと我々の間にある技術格差は、既に想像を絶する域にあります! それに加え国家親衛隊……正面切って戦おうなど、愚考愚挙にも程がある!」


「貴様、栄えある帝国軍を愚弄する気か!」


 絶叫に対して激昂で答える他の議員。会議室に張り詰める緊張が更に増す。


「そうではない! 理性的に、対話の姿勢を目指すべきだということだ! 何も優者を実力行使で奪う必要などない。交渉により優者の知識を得ることも、交易によりユニタリの技術を得ることも、この国の発展に――」


「そんなものは、正規の手段で奴らの物品を手に入れられるようになってからのたまうんですね」


 そう鼻で笑うのは、先ほど激昂した議員の横に座っていた男だ。


「夢想論だと? それはこちらのセリフですよ。奴らユニタリが我々に技術や情報を開示したことなど、歴史上一度たりともないでしょう。奴らから得た技術は、国境付近を這いずり回り残骸を漁り、スパイを送り込んでせこせこと風聞を集め、ようやく体系化したものばかりだ。『優者など要らぬ、交流により発展は出来る』と言いながら、そうやって奴らの技術を掠め取ることを正当化するあなた方が、なんて呼ばれているか知っています?」


 男は心底馬鹿にしたようににやりと笑いながら、向かい側の席に座る男に言い放った。


「――盗人ですよ」


「貴様!」


「静粛に。ランパード議員、場を乱すような発言は慎むように」


 盗人と相手を罵倒した男、ランパードはにやにやとした笑みを隠すこと無く、「失礼しました」と言った。


―――― 


 休憩時間となっても、ミケイラの心は休まらない。先ほどまで続いていた会議の淀んだ空気が、未だに心に暗い影を落としていた。


「何故私が、こんなところに……」


「皇帝陛下の采配なのだから諦めろ」


 そう言いながらコーヒーを二杯持って現れたのはラクシムだった。


「いくらそうだといっても、酷い有様ですよ」


 コーヒーを受け取りながら、げっそりとした顔のミケイラ。


「穏健、平和、原帝……全ての派閥の意見を聞こうというのは、大した御心だと思いますよ。けれど、あのメンツで意見が統一出来るわけがないじゃないですか」


「……お前は、本当に陛下に対して辛辣だな」


「御冗談を。私ほど陛下を尊敬している人は居ませんよ」


 どの口が、と思いながらラクシムはコーヒーを啜った。


「……原帝派は大規模な軍派遣による強硬方針を主張、対し穏健、平和は反対姿勢を示している……多数派は原帝派だ。このままいけば原帝派の方針が採決される」


「しかし侵攻など論外です。徒に我が国の国力を消耗するだけです。何故光車作戦の失敗で分かってくれないのでしょうか」


「原帝派は軍産複合体が支援している。その意見に飲まれたんだろうさ」


「けれど、戦えば国が滅びます」


 断言するミケイラの目に、偽りはない。ラクシムは内心彼女の自信に圧倒されながらも冷静に返す。


「……となれば、お前が頭を働かして場を動かすほか無いぞ」


「全く、政局は本当に勘弁だってのに……本当に、何故陛下は私をこの会議に参加させたんですかね」


 ミケイラは嘆く。外にはすっかり夜の帳が降りている。本来ならば、とっくに自宅で寛いでいるはずの時間だった。


「私が入れば原帝派に抵抗することは目に見えているだろうに……」


「……或いは、それが陛下の望みなのかもしれん」


 え?、とミケイラがラクシムを見やった。ラクシムは天を見上げたまま、押し黙る。


 ミケイラはその言葉の意味を考える。これが陛下の意志? ならばそれは、原帝派の暴走を止めて欲しいというサインのことなのだろうか。だがそれならば何故陛下は直接その意を述べない? 政治的なしがらみか、それとも――。


 結局いずれの問題にも答えが出ず、会議は再開される。再び平行線をたどり始める会議に、誰もが疲弊していった。


 だが、助け舟は意外なところから出てきた。それはミケイラにも、ラクシムにも、三派閥にも、皇帝ですらも思いもよらぬ角度から飛んできた提案だった。 



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