第14話 Organized Pure Personal A.I. (OPPAI)
「――私は、マイカなのでしょうか。ケイジ君が購入してくれた、マイカなのでしょうか」
その問いかけに、俺は雷に打たれたような衝撃を受けた。
俺が軽々しくゴーサインを出した改造、その結果が眼前に在った。
今にも消えてしまいそうなほどに儚げな少女が今、苦悩に顔を歪めている。
一体誰がこの様子を見て、「自分の持っていたロボットの性能が上がった」、などと単純に喜べようか。
「マイカ……!」
気が付いたら、俺は立ち上がってマイカを抱きしめていた。考えてみれば、それは初めてのことだった。腕で上半身を抱きしめたときの、柔らかな肌のすぐ下に感じる、太く硬いフレームの感覚、それすらも今初めて知った。
「ケイジくん……?」
「お前は、考え過ぎなんだよ……どんなに長く見積もったって、生まれて2か月なんだぞ、お前は……。『自分が何者か』なんて、そんな大それた疑問浮かべるには幼すぎんだよ」
それは、自分自身にも跳ね返ってくる言葉だ。
「そういうのはな、俺みたいに22年も生きてきているのにまともな精神的成長を遂げることが出来なくて、誰かに好きになってもらえるような魅力すら得られなかったような人間が、寝る前にふと寂しくなって感じるようなことなんだよ。お前が考えるには、まだ早すぎる」
俺はそっと肩を抱いて、彼女を正面から見据えた。
「考えられるようになったんだろ? これから時間をかけて考えて行けばいい。俺が責任持って、一緒に考えてやる。だからさ――そんな悲しそうな顔するなよ」
彼女の頬には、一滴の涙も流れていない。なのに俺はそこに確かに涙があったような気がして、手の甲でマイカの頬を拭った。
「……私は、泣けませんよ」
「知ってる。けど、見えたんだよ、涙が」
「歯の浮く様な、セリフですね」
そう言ってマイカは、笑った。
「辛辣だなあ。けど、そんぐらい強気でいてくれ」
その笑顔を見たくて、お前を選んだんだから。
――――
「それで、ケイジ君の恥ずかしい説教のおかげで、私のアイデンティティに関しての問題はしばらく棚上げすることが決まったわけですが」
「空気もへったくれもねえ言い方だなおい!」
何故か俺たちは今、正座で会話している。取りあえず情報をすり合わせようということになったのだ。
「で、マイカはどれくらい物事を覚えてるんだよ」
「基本的には2025年12月4日から今日に至るまでの、全ての視覚、聴覚情報を記録しています」
「マジで……?」
「マジです。mp4形式で圧縮されていますが」
すご、流石ロボット。
「え、じゃあさ……この世界に転移した瞬間とかも、録画されてんの?」
もしされてたら、相当重要な情報になりそうな予感だ。
「はい。残念ながら再生手段がありませんが」
「え」
「mp4形式の動画を再生できる機械が、恐らく存在しないので」
ふわー、すげえしょうもない理由で行き詰ったぞ。
「どうにかなんねえのかよ、それ……目から光を発射して、プロジェクターみたいに壁に映し出したりできないの?」
「そのような機能は私には搭載されてません。過去にオプション機能として検討はされていましたが、没とされました」
「二か月前までなら英断と褒めていたけど、今は口惜しさしかねえよ!」
大声で騒いでいると、マクセン博士は耳ざとくそれを聞きつけたようで。
『動画の変換くらい、簡単に出来る。映像をデジタル形式で圧縮してるだけだろう? マイカの思考プロトコルを解析するより何倍も楽だろうよ』
「マジですか!?」
思わぬ加勢だ。マクセンもまた、異世界転移の瞬間というものに興味があるのだろうか。
「じゃあ、次の機会に――」
「では、今から送信します」
「へ?」
「送りました」
こんどマイカをマクセン宅に連れて行こう、と言おうと思っていたら、なにやらマイカが不審なことを言い始めた。
『おう、今受け取った。こりゃ異様にサイズが小さそうだが?』
「変動の瞬間だけをトリミングして送信しました」
『なるほどな、要領の良い奴だ』
「……あの、マイカさん。何をなさったんですか?」
「動画データをマクセン博士の元へ送信しました」
「どうやって?」
「インターネットを通じて」
……博士に礼を言うべきなのだろうか。どう考えても約束に無い機能追加だと思うのだが。博士の笑顔など一度も見たことがないはずなのに、あの気の強そうな初老の男がくしゃりと意地の悪そうな笑みを浮かべる様子がなぜか容易に想像できた。
「まあいいわ……それで、どうなん、マイカはここが異世界だと認識しているわけ?」
「少なくとも、西暦2026年の地球に居る訳ではないのは確かなようです。大気組成、太陽にあたる恒星のスペクトルなどはおおむね地球や太陽系の太陽のものと変わりませんが、天文学的にはまず星の配置、そしてこの惑星の衛星などが、明らかに地球から見たものと異なっています」
「大気組成に、スペクトル……? お前、そんなもんまで分析できるの?」
「私はMatured Artificial Intelligence and Kinetics Assistantですから」
そういってそこまで無い胸(俺好み)を張るマイカ。言葉にさえ耳を塞げば、萌える。
「しかし、私の中のデータベースにある、太陽系から半径2万光年以内の天体の配置データを参照しても……」
「え、そんなもんまで入ってたのお前の中!?」
「はい、言われれば夜に、このデータを用いたプラネタリウムを部屋の天井に投影することも可能ですよ」
「そんな機能まであったのかよ!?」
知らねえことばかりじゃねえか。というかそれ応用すればさっき言ってた録画も再生できるんじゃ? と思ったけれど、話がこじれそうなのでやめた。
「とにかく、2万光年以内の天体データを見たところ、この惑星から見える夜空と符合するような天球の配置は見つかりませんでした。つまり少なくとも、この星は地球から2万光年以内には存在していない、ということになります」
そう結論をだし、どこか達成感に満ちた顔をするマイカ。けどさ。
「いや、まあそうやって可能性をつぶしていくことは大事だとは思うけど……あんま絞れてなくないか、それ」
「……」
「それにメルドーさん曰く、ここは『異世界』らしいし。そしたらそもそも、地球があったのと同じ宇宙だとは限らないんじゃ……?」
「そんな簡単に、異世界だなんて信じられますか!?」
「え!? キレるの!? というか、キレることができるの!?」
なんとマイカは突然ぷんすかと怒り出した。泣いたり笑ったり怒ったり、本当に豊かに感情を覗かせてくれる。それはあまりにも自然で、違和感など入り込む余地も無い。
「知らないですよそんなの! 大体こちとら機械なんですから、論理的な思考しかできないんです! そんなオカルトじみた話を、ろくな証拠なしに信じられますか!」
――――
「……ほーら、エルフだよ」
「……こんばんは?」
俺はホテルのロビーにエルレシアを呼び出した。「こんな時間にホテルに呼び出すなんて……」と危ない勘違いをされかけたのには苦労したが。
マイカはエルレシアを、とくにその明らかに人間離れした耳を見て固まっている。その顔から表情はうかがい知れないが、暫く固まっているその姿は、「覚醒」以前に処理落ちしていたころと同じだった。
眼を上下に動かして、何度もエルレシアを観察した後。
「……別に、この惑星の原住民というだけかもしれないじゃないですか。他の惑星であることは確実だとしても、異世界とは限りません」
「じゃあ、魔法でも見せるか?」
――――
「そーれっ」
マジックフェスタリオにて、俺は杖を握り、上に振り上げた。
「――ッ!?」
マイカは驚愕した顔で、空中にふわふわと浮いている。その高さは3メートルほど。
「け、ケイジくん、これは!?」
「魔法だよ、魔法」
「魔法ってなんなんですか!?」
「多分、俺たちの知ってる物理法則じゃ説明つかないものだ」
俺自身、半ば投げやりになりながら言った。だって、訳が分からないんだもの、魔法って。
「どうだ~? 万有引力や相対性理論や量子力学で説明できそうか~?」
そう言いながら、俺は小刻みに杖を振ってやる。それに合わせて揺さぶられるマイカ。あ、パンツ見えそう。
「ひっ、わかりました、分かりませんから! 降ろしてください!!」
どうやら高い所は苦手なようだ。また自分のことが知れてよかったな、マイカ。
――――
「……ひどくないですか。私、生まれたてなんじゃなかったんですか」
「スマン、八つ当たりだ」
俺は再びマイカにぷんすかと怒られていた。正直、反省している。
「ただ、なんというか……気恥ずかしくてさ。ほら、俺けっこう今までお前のことぞんざいに扱ってきただろう?」
「大学から帰ってくるたびにおっぱい揉んで来たり、FXで小銭稼ぎを手伝わさせたり、オープンワールドRPGのレベリングを手伝わさせたり、ですか?」
「……正直、もうお前をマイカだと普通に認めたいんだけど……とにかく、なんかそれで急にお前を大切に扱ったりとかしたら、逆に失礼なような気がしてさ……ごめん」
俺は神妙な顔をしながらそう言った。マイカはそんな俺を見て納得してくれたようで――。
「そんな風に真剣に考えてくれてる人が、宙に浮いてる私のパンツを覗こうとしますか?」
バレていたか。
「私のパンツに興味を示していたのなんて、最初の一週間くらいのものだったじゃないですか! それを何故今更――」
そんなことまで覚えてるのかよ。
「いや、だって、隠そうとするから……見たくなっちゃうじゃん」
以前は、恥じらいなんて皆無だったからな。
「……ヘンタイ」
そうだ、その言葉が聞きたくて、俺はお前の眼つきを少しキツめに設定したんだ。
「……PCの中身から、部屋でやっていたことに至るまで、全部録画の記録、残っているんですからね」
「申し訳ありませんマイカ様なんでもいたしますからそれだけはその心の中に仕舞い続けてください」
俺は深々と土下座した。
――――
「ところでさ」
「なんですか?」
「ロボットってさ、おっぱい揉まれても感覚あるの?」
「本当に、ヘンタイですね」
俺なんかより、「もう、ダメですよ」と言わせるためだけに胸部に圧力センサーを仕込んだ開発者の方がよっぽどヘンタイだと思う。