第10話 引っ張れば、走り出す。
「ところで魔法って、どんな仕組みで発動してるのこれ」
ふわふわと浮かぶ赤いパイロンを操りながら、俺はエルレシアに聞いてみた。
「えーと、確か大気中に魔力子ってのがあって、その存在確率を主観の認識によってどうたら……って感じだったけど。高校の時理系科目はあまりやらなかったからなあ」
「魔法って理系科目なんだ!?」
まあ確かに、文系科目ではないだろうけど。
「というか、そういうときこそ係員さんに聞けばいいんだよね」
そう言ってエルレシアは係員の元へ駆け寄って行った。一人になった俺は手に握った杖と、浮かぶパイロンを交互に眺める。
これが、魔法。
あまりにも簡単で拍子抜けしてしまうほどだった。杖を持ち、パイロンを睨み、「浮かべ」と念じる。それだけだ。なのに本当に魔法のようにふわふわと自由自在にパイロンの動きを操れる。
なんというか初めは「こんなもんか」という印象だったが、続けてるうちにじわじわと実感が湧いてくる感じだ。俺、魔法使ってるよ、的な。
決して風魔法が地味だとか、どうせなら火炎魔法を試してみたかった、って言ってる訳ではありません。
そうしているうちにエルレシアは係員を引き連れて帰ってきた。まああんな美人に頼まれたら断れませんよね。ああ、俺の顔を見てそんな表情にならないで。
彼の説明を要約するとこんな感じだ。
このティオスの世界には、魔力子と呼ばれる粒子が偏在している。これは人間の主観により観測されることにより、その振舞いを変えたり、エネルギーに変換されたりするのだという。しかし通常の状態では、有意に差を感じられるほどの変動は起きないという。
その変動を増幅するための装置が「杖」なのだとか。杖の内部機構により人間の主観の影響は増大し、様々な変化を起こすことが出来るようになるのだ。
「つまり、杖なしだと人は魔法を使えない……?」
「そういうことになります」
へえ、誰でも使える、というから便利かと思ってたけど、案外それはキツイ制約に思える。杖の携帯の規制というのは、ずいぶん根本的な部分からの問題解決なんだな。パイロンをおろし、杖を係員に返却する。
「でも、一体全体この杖って何で出来てるんですか?」
すると係員は訝しげな顔になった。
「……それは国家機密ですね」
「ああそっか、ケイジは知らないよね。この人海外からの旅行客なんです」
そう言うと係員は「なるほど」と納得したように頷いた。
「事情はあとで教えるから」
と小声でエルレシアに言われてしまえば納得するしかない。話題を変えるため、別の質問にしよう。
「それにしてもなんか、誰かへ攻撃に使えそうな魔法ばかりですけど、他に安全そうなのってないんですか? 例えば治癒魔法だとか――」
「うわーっ!?!?!」
今度こそエルレシアは、顔を真っ青にして手をバタバタと動かしている。なんだ、と思ったら係員の顔は逆に真っ赤になり、まるで般若の面のように歪んでいる。え、なんで怒ってんの。
「し、失礼しましたっ!」
そう言うや否やエルレシアは俺の手を掴んで、施設から飛び出した。何事か分からない俺はそのまま連れ去られた。
――――
ぜえぜえ息を吐きながら尋ねる。
「えっと、はあ、なんか、不味いこと、はあ、言っちゃったかな……?」
俺の発言のせいであの係員が怒ったのは明らかだったが、何故? 「他にはないんですか?」って言い方が悪かったのか?
しかし、答えは意外なところにあった。
「もう、治癒魔法って何!? どうしていきなりそんなこと言っちゃうかな!?」
「え、どういうこと?」
ぷんすか怒ってるエルレシアだが、俺がポカンとしていると段々と落ち着いて来たみたいで、「……え、いや……」と勢いを削がれたように言葉に詰まる。
「……ねえケイジくん、治癒魔法って、一体どういうものをイメージして言ってる?」
「どういう、って……普通にケガ直したり、病気を治したり、みたいな……」
ホ○ミとかケ○ルな。最近だとデ○アがお気に入り。
「そこはズレが無い……ってことはもしや」
なにやらハッとしたような顔で、エルレシアは言った。
「ケイジくん……治癒魔法は、この世界では悪魔が用いる技として忌避されているって知ってた?」
……。
いいえ、初耳でした。
――――
また神話だ。
「神話で、古代帝国滅亡後の混沌を生み出した存在は"悪魔"と呼ばれてるの。悪魔は治癒魔法を用いて自らを癒し続ける不滅の存在で、その脅威に人々は長年苦しめられてきた、って言われてる」
虚を突かれたような感覚だ。治癒魔法と言えば聖なる魔法、まかり間違っても悪魔と結びつくなんてことは無いと思っていたが、まさか結びついちゃうことがあるなんて。
「えっ、じゃあみんな治癒魔法を使えるけど、禁忌だから使ってないってこと?」
だがそれはそれで非合理な判断な気もする。宗教的に忌避されるものでも、それが実用的なら価値を認める。それが西欧合理主義的な判断というものだ。ユニタリは大部分においてそれに近いと思っていたのだが、ここに関しては違うのだろうか。
「ううん、それも違うの……そしてこれが、一番嫌悪され、恐れられている理由でもあるんだけど」
言いにくそうに、エルレシアは小声で言った。
「治癒魔法って、人間には効かないの」
「えっ? じゃあ、一体何のために……」
言い掛けて止まる。人には効かない、しかし悪魔には効く。
「……え、何、物の例えじゃなくて、悪魔って本当に居たの……?」
今日一番の衝撃かもしれない。この世界、見た目に反して想像以上にファンタジックなようだ。
「あくまで説の1つだけれど、ね。要するに治癒魔法は、悪魔しか用いない邪法だと思われてるわけ。それを出来ないか、っていうのはつまり……」
「『あなたは悪魔ですか?』、と聞くに等しいと……そりゃ怒られるわ」
深く頷くエルレシア。けどさ、知らなかったんだもの!
――――
気を取り直したは良いものの、案外マジックフェスタリオに長居していたようで、既に外は暗く、割と良い時間となっていた。よってそのまま解散することと相成った。駅までの道を二人で歩きながら、さっきの話の続きをしてもらうことにした。
「杖の作り方って、国家機密なの?」
「実はそうなの。杖はとても強力だから、その製造技術が仮想敵国……というか東ヴェイバルに漏れたら大変なことになる。だから製造方法は一部の人間しか知らないし、国の許可が無ければ製造できないことになってるの」
こっちじゃ中学で習うことだから、と言われれば先ほどの係員の反応もうなずける。中卒でも知ってるようなことを知らなかったのだから、さぞ俺を憐れんだことだろう。
まったく、これでも大学生なんですよ。多分除籍処分だけど。
メルドーに、国立レイジン大学に入れてくれるよう頼めばどうにかなるかなあと考えを巡らしていたら、エルレシアは少し緊張した様子で尋ねてきた。
「……ねえ、どうだった?」
「へ?」
「えっと、マジックフェスタリオ」
「ん、めっちゃくちゃ楽しかったし、感動した。魔法をこんな風に体験できる日が来るなんて夢にも思ってなかったし」
最後は恰好つかなかったけど、という言葉を飲み込んだ。
「良かった! ……けど、それだけじゃないの」
そう言ってエルレシアは、真剣な表情になった。
「この何日か、私なりに考えてたの。ケイジくんが優者になるかも、ってことについて」
「え……」
そうだったのか。俺といえばそんなことも忘れる勢いで、エルレシアとの恋人気分を味わっていたのだが。
「ほら、初めて会ったときに言ってたでしょ? 『身の程が』とか、『情けない』って」
確かにそんなことも言ってたし、思ってた気がする。正直、今だって。
「……けど、さっき使えたじゃない」
「へ? 使えたって……」
「魔法だよ、魔法」
……。
……あ、そうか。
「確かに、使えた、けれど……けど、誰でも使えるし」
けれど、それは優者という特別であろう称号に相応しいような特別な力ではない。テーマパークにさえ行けばどんな人間でも操ることが出来る力だ。
だけど俺の言葉にエルレシアは「ううん」と首を横に振る。
「この際、だれでも出来るから、ってのはマイナスじゃないと思う。むしろ逆、ケイジくんにとっては、誰でも出来ることだからこそ、出来ることに意味があるんだと思う」
「……どういうこと?」
「ひったくりを捕まえてくれたときのこと、思いだしてよ。あれって、要するに走って、人を追いかけるだけだよね? それが出来る人なんてあの場所にはケイジくん以外に何人も居たし、きっとケイジより足が速い人だって居た……ねえ、私の目を見て?」
いつの間にか下を向きそうになっていた俺を正すように、彼女の目がこちらを見据えた。碧く澄んだ瞳は、まるで今夜空に浮かんでいる満月のようだった。
「けど、あの時走ってくれたのはケイジくんだけだった。皆出来たのに、やらなかった……。ケイジくんだけは、やってくれた。この差は、凄く大きいと思うの」
驚くことにそれは、あの時俺が自分を納得させるために考えていたことと殆ど同じだった。目を丸くした俺は、彼女の話に聞き入ってしまう。
「……魔法のこと、考えてみてよ。魔法は誰にでも使える、なんていうけれど、杖が無ければ使えないのと同じ。普通の一般市民は杖なんて持ってないよ。……けど、優者なら違う、でしょう?」
そうだ、思い至らなかったわけでは無い。優者の地位を得れば、きっと杖の携帯も許されるだろう。
「前に聞いたけど……優者って軍人としての階級も貰えるんでしょう? だったら、絶対杖の一本や二本、貰えるじゃない! 実際、ミイケ様……だったかな、当代の優者は、なんかごつい杖持ってたし」
ミイケ、それが先代優者の名前なのか。こっちに来てもあまりテレビとか見てないから知らなかった。
「少なくとも新しいことが一つ、当たり前にできることとして増える。そしたら、あの時走ってくれたのと同じように……誰かが困っている時に、あの魔法の力を使って、誰かを助けること、きっとケイジだったら出来ると思うの」
「……誰かを、助ける」
あの時、エルレシアに感謝されたとき、嬉しかった。
動機はどうしようもなく不純な、自己満足だった。だからお礼を言われても、素直に受け取れなかった。
けれど、今なら素直に、あの時俺は誰かに認められて嬉しかったのだと言える。
「優者になるってのは、無条件に力を手に入れるってだけのことかもしれない。けれどケイジくん……ケイジには、それを使いこなせる素養がある。他の優者が出来るってだけことでも、ケイジだけが決断して、やれることがある」
そう言って彼女は俺の手をぎゅっと握った。
「私が、保証する」
「……どうして、そこまで俺に言ってくれるんですか」
「……自分でも、よく分からない……けれど、ケイジがもし、何も持ってないと言って嘆いてるんだったら、それは違うって伝えたかったの」
勝手かもしれないけど、と彼女は笑った。けれど、その勝手こそ、俺が一番欲していたものかもしれない。
「そっか……ありがとう」
俺は、そっと彼女の手を握り返す。すると彼女は、悪戯っぽく微笑んだ。
「……それに、優者様に初めて助けられた人が私になるって、なんかロマンチックじゃない?」
ああ、やっぱりこの人には今後も適いそうにないな、そう思った。
――――
『……では』
「はい、優者就任の件、謹んでお受けさせていただきます」
ホテルに帰った俺は、早速メルドーに連絡を入れていた。話がある、と切り出した時の向こうの緊張感は凄かったが、今は柔らかな雰囲気である。
『ご決断、本当にありがとうございます。我々も精一杯サポートをしていく所存ですので、どうぞご安心ください』
「そうですか……」
『早速、就任に際するもろもろの詳細についてお話したいのですけれど、明日とかお時間はありますかね?』
「明日ですか? ええ、大丈夫ですよ」
『でしたら、午前11時ごろにホテルロビーで待ち合わせしましょう。非公式なので、ランチでも食べながらお話しましょう』
「いいですね、じゃあ、その時間で。はい、また明日……」
そう言って携帯をベッドに放り投げ、後を追うようにベッドにダイブした。
ぼふっ。
柔らかな温もりと仄かな太陽の匂いを感じながら、俺は感慨にふけっていた。
俺が、優者に。
俺には何の能力もない。この世界は神すら居らず、俺に力を与えてくれる超常的存在はいない。
けれど、それをこの国は、ユニタリは与えてくれる、そういうことなのだ。与えてくれ、それを振うことを許してくれる。ならば、何を躊躇することがあるのだろうか。こんな簡単な発想の転換をすることができなかったのは、やはりどこまでも自分に自信がないからだろう。
きっとエルレシアが居なければ、いつまでもうじうじして決められなかったと思う。判断をエルレシアに委ねた、と言えば聞こえは悪いが、委ねるよう判断したのは俺だ。彼女なら信頼できるとの判断だった。
それに彼女は、初めて尽くしの相手だ。初めて人助けした相手。初めてIDを交換した相手。初めてデートした相手。初めて服を買ってくれた相手、そして――。
22になる男が、ベッドの上で一人、掌の感触を思い出して恥ずかしがっている様子は、さぞおぞましいに違いない。
ああ、明日に備えてもう寝よう。
――――
「――ええ、彼は受諾してくれました。多少予定よりも遅れてしまいましたが……まあ先代は、特別早かっただけですけれども……ええ、良い働きをしてくれました」
レイジン官公庁街、祭政庁長官室。そこに男の声が響き渡る。
「明日より非公式な勉強会を始め、一か月以内に公式な就任を目指します。報告より、初遭遇時よりもかなり前向きになっているそうです。P98Wの働きは素晴らしいところがあります。流石、大統領閣下が創設した"アイガ"の生え抜きです……はい、そちらの件も、マクセンに依頼し実行中です……外務省と連携して、ヴェイバルの情報も、ええ……はい、そのように致します……」
彼らの怪しげな会話と共に、レイジンの夜は深まって行く。
旧サブタイトル;チョロQ




