綾瀬さんと天文部
「えー、最近、夕方から夜間にかけての事故が多いそうだ。みんな気を付けて帰るんだぞー」
担任の福原先生からそんなことを言われる。事故か、確かに暗くなるのも早くなってきたし、うちの制服は男女ともに黒だ。相手からしたら見づらいだろうから注意しておこう。
ホームルームが終わったところで福原先生に入部届を提出した。
「へえ、桐ケ谷が天文部に入るのか。久々に部員も増えて茅野も喜ぶだろうな。顧問は俺だから困ったことがあったら気軽に相談してくれ」
天文部は福原先生が顧問だったのか。そういえば物理の授業を受け持っていたっけな。
「わかりました。その時はよろしくお願いします」
会釈してからその場を後にする。部室に茅野さんと一緒に行こうと思ったが、日直の仕事で遅れるみたいだ。部室の鍵を借りて一人で向かうことにした。
「あら桐ケ谷君」
部室に向かう途中で綾瀬さんにあった。彼女も部室へ向かう途中だったのだろう。
「よかったら部室まで一緒にいかない?」
「もちろんいいよ。あ、茅野さんは日直で送れるみたいだよ。鍵を借りてきたから部室には入れるけどね」
「そうなの……なら少し寄り道してもいいかしら?」
「いいけど、どこに行くの?」
「屋上よ」
綾瀬さんに連れられて屋上までやってきた。彼女と屋上にくるのはこれで二度目だ。
「そういえば、どうして屋上の鍵なんて持ってるの? ここって閉鎖されてるはずだよね」
「ここの卒業生にもらったのよ。きっとあなたの役に立つ日が来るって言ってたわ」
「へえ、そうなんだ。役に立ったの?」
「そうね、例えば内緒話の場所を探す手間がなくなったわね」
「ああ、やっぱりなにか話があるんだ」
屋上を指定された時点でなにか話があるのかなと予想していたが、どうやらその予想は当たっていたようだ。
「ええっと、その。内緒ってわけでもないのだけれど……。誰かに聞かれると困るというか、その」
夕日のせいだろうか、綾瀬さんの顔が少し赤い気がする。
「言いにくいことなら無理に言わなくてもいいよ」
「いいえ、その。別に後ろめたいことでもないのよ……よし」
綾瀬さんが覚悟を決めたようにうなずく。いったいなにを言われるんだろう。まさか、最近の僕の態度が慣れ慣れしかったとか? あり得る。それに彼女の前では舞い上がってしまい、知らず知らずのうちに失礼な態度をとっていた可能性も否めない。どうしよう、これでしばらく距離を置きましょうなんて言われたら。嫌だな、でも彼女がそれを望むのあれば仕方ない。あとは彼女からの言葉を真摯に受け止めるだけだ。
「桐ケ谷君ってお昼はいつもパンでしょ?」
「え? ……うん、そうだね」
予想していない話題にきょとんとしてしまう。お昼ご飯? いつもコンビニで買うパンだけどそれがどうかしたかな。栄養が偏るから野菜も摂りなさいとか?
「それで、その。私の体のことの解決に協力してもらってるから、お礼といってはなんだけどお弁当を作ってこようかと思って……」
「お弁当ねえ、うん」
「どうかしら?」
ゆっくりと理解する。えーっと、つまり。お昼に綾瀬さんお手製のお弁当が食べられるってこと? なにそれすごくいい。むしろこっちからお願いしたいくらいだ!
「よろしくお願いします!」
勢いよく頭を下げる。こんなチャンス滅多にない。これを逃してなるものか!
「えっと、桐ケ谷君頭を上げて。こっちが勝手に提案しているだけなんだから」
言葉通りに頭を上げると綾瀬さんはあたふたしていた。
「こほん、えっと、話はこれだけだから。そろそろ部室に行きましょうか」
「うん、そうだね。お弁当楽しみにしてるよ!」
二人で天文部の部室に向かい歩いていると部室の前で茅野さんが立っていた。
「あれ、茅野さんどうしたの? 中に入らないの?」
「桐ケ谷君に鍵を渡したんじゃなかったかしら」
「あ、そうだった。ごめん茅野さん」
「ううん、さっき来たところだから別にいいよー」
茅野さんはのんびりと答える。こんな寒い廊下で待たせてなくてよかった。僕は茅野さんから借りた鍵を使い扉を開ける。
「ううー、寒いねー。ストーブつけよーっと」
部室に入った茅野さんが電気ストーブの電源を入れる。しばらく経てば部屋の中も暖まるだろう。
「では、第一回天文部のミーティングを始めたいと思います!」
それぞれが適当な席についたところで、茅野さんがホワイトボードの前に立ちそう告げた。
「これからの活動を決めるんだよね。確か昨日、天文部らしいことをするってメールがきたけど」
「そう、その通りー。では第一回天文部の活動を発表しまーす」
ドラムロールでも鳴りそうな雰囲気で茅野さんがホワイトボードに文字を書いていく。
「流星群観測会?」
「季節的にふたご座流星群かしら」
「そうだよー今度の12月14日に極大日を迎えるふたご座流星群を観測したいと思いまーす」
「へえ、流星群って肉眼で確認できるんだ」
「うん、お空に星が流れる様子は人の目でも確認できるんだー」
「それで、場所はどこで観測するの? やっぱり学校?」
「うーんとねー、夜間の学校の使用は許可が下りなかったから、丘の上公園でやろうと思いまーす」
丘の上公園、僕の家から見て学校と反対側にある名前の通り丘の上にある公園だ。
「あそこなら民家から離れているし、小高くなってるから星を見るにはちょうどいいんだー」
「そうね、場所的にも徒歩で行ける範囲にあるから手ごろね」
「というわけで次の日曜日に買い出しをしようと思いまーす。二人とも、用事はない?」
「私は大丈夫よ」
「僕は……」
どうしよう、次の休みは高岡と遊ぶ約束をしていた。でも綾瀬さんと茅野さんという両手に花状態も捨てがたい。うーむ、どうしたものか。そんなことを考えているとポケットの中のスマホが震える。この震え方は電話だ。
「ごめん、ちょっと待って」
二人に断りを入れてから電話に出る。
「お、桐ケ谷、今電話できるか?」
電話の相手は件の高岡だった。
「ちょうどよかった。僕もお前に相談したいことがあったんだ」
「相談? まあ、それはあとで聞くとして。悪い桐ケ谷、今度の休み遊べなくなった。急に部活が入ってさ、ほんとすまん」
ナイスタイミングだ高岡。その答えを待っていた!
「ああ、そうなんだ。いいよ気にしないで」
「ほんと申し訳ねえ。で、そっちの要件ってなんだ?」
「大丈夫。なんでもないから」
「? まあいいや。また今度遊ぼうぜ」
「そうだな、また今度」
通話を終える。
「僕も日曜日は予定ないよ!」
元気よく答える僕なのであった。




