綾瀬さんとの帰り道
「綾瀬さんも家こっちなんだ」
学校からの帰り道が同じ方向だったので綾瀬さんと一緒に帰ることにした。別に誘ったわけでもなく偶然同じ方向に歩き出したのでそのまま一緒に帰っている。
「ええ、偶然ね。と言っても予想できたことなんだけどね」
そんな返答が返ってきた。予想できた? なんでだろう。昨日のことを思い出してみる。
「もしかして昨日の工事現場の近くなの?」
綾瀬さんが落下してきた場所、あの場所の近くに家があるのかなと僕も予想をたててみる。死んだことを他人に認知されないならわざわざ遠くの場所を選ぶ必要がないのではと思った。他に手ごろな場所がなかった可能性もあるけれど。
「そうよ。あそこの近くにアパートを借りて住んでいるわ」
「へえ、そうなんだ。僕の家はあそこから少し行った先にあるんだ。もしかして一人暮らし?」
「いいえ、父は単身赴任でいないけれど母と二人で仲良く暮らしているわ」
他愛のない会話をして帰り道を歩いていく。よく考えると女の子と一緒に帰るなんて小学生以来かもしれない。そう思うと緊張してきた。綾瀬さんはただでさえ美人だ、そんな人と一緒に帰れてるなんて高岡が知ったらさぞ悔しがることだろう。
「桐ケ谷君の家族は? 兄弟とかいるの?」
まずい、と思った。家族の話をしたら自分の家族のことを聞かれるのは当然のことだ。この和やかな雰囲気を壊したくない、嘘をつくべきか? いいや綾瀬さんに対しては真摯でありたいとなぜか思えてしまった。
「僕も一人っ子だよ。両親は……いないんだ、僕が小さい頃に二人とも死んじゃったんだ。今は叔母さんから生活費をもらいながら一人暮らしをしてるんだ」
正直に言うことにした。僕のことを少しでも知ってほしい、そういう思いがあったのかもしれない。だが言ってから後悔した。そんなことはエゴでしかない、僕のわがままに綾瀬さんを付き合わせるのは失礼だと思った。
「そうなの……ごめんなさいね、辛いことを思い出させてしまって」
ほら、綾瀬さんの表情が曇ってしまった。やってしまった、彼女には笑っていてほしかったのに、何をしてるんだ僕は。自分を責めても何も解決はしない、今は綾瀬さんへのフォローが先だ。
「いいんだ、もう慣れちゃったからね。それに綾瀬さんは秘密を僕に教えてくれたんだ、それなのに僕が嘘をついたら失礼ってものじゃない?」
努めて明るく言った。いや実際に平気だったから問題ない。両親はもういないけれど僕には少ないが信頼できる人たちがいる、それだけでも僕は救われていると思う。もちろん他人からしたら当たり前のことかもしれない、でも一度死を間近で見た僕からすればその人がいるということがとてもありがたいことのように思えてならない。
「そう言ってもらえると助かるわ」
綾瀬さんはまだ申し訳なさそうにしている。ここは僕の小粋なトークテクニックで場を和ませよう!
「綾瀬さんって美人だよね、やっぱり告白とかってされたりするの? あ、もしかしてもう彼氏がいるとか? それだったらまずいなー、男と二人で帰ったなんて知られたらその人に誤解されちゃうんじゃない?」
考えて出てきた話題がそれだった。わざとおどけた風に言ったけどどうだろう。というか咄嗟にでてくる話題がこれって脈絡なさすぎる。悲しいことに僕にトークテクニックなんてなかった。
「ふふっ、いいえ、そんな人はいないわ。告白されても断っているの、それに男の子からだけじゃなくて女の子からも告白されて少し困っているわ」
綾瀬さんは笑ってくれた。それにしても女子からも告白されるなんてやっぱり綾瀬さんは人気者なんだなと再確認する。僕なんて告白されたこともなければしたこともないのに。
「女子からも? すごいね。告白なんて生まれてこのかたされたことないよ」
「下級生の子にお姉さまになってくださいって言われたことがあるの。下級生の間では上級生と姉妹の契りを結ぶのが流行ってるみたいよ」
姉妹の契り? なにその百合展開。おっと邪推するな、あくまで学年の壁を越えて仲良くしたいとかそんな感じのはずだ。きっと、たぶん、おそらくは。
「最近の子は面白いことを考えるものだね」
「そうね。でも姉妹の関係からそのままカップルになったって噂も聞いたことがあるから、相手からしたら真剣に申し込んできたんだと思うわ」
「カップルって……、綾瀬さんはその、男子より女子が好きとかある?」
なにを聞いてるんだ僕は。
「いいえ、お付き合いするなら男の子とがいいわ」
そう言ったあとになぜか距離を詰められる。え、なにこれ近い。やばいドキドキする。綾瀬さんの香りが鼻孔をくすぐる。いい匂いだ、ってそんなことを考えてる場合じゃない!
「綾瀬さん近いって!」
慌てて離れようとするが綾瀬さんはなおも近づいてくる。そして耳元でこう囁いた。
「桐ケ谷君なんかは好みのタイプよ」
言い終わるとすぐに離れていった。そして悪戯を成功させた子供のように笑ってこう続けた。
「なんてね、冗談よ。じゃあ私はこっちだから」
綾瀬さんは小走りで去っていった。僕はやはり彼女が立ち去るのを見つめたままだった。
「いきなりそんなこと言うなんて反則だよ……」
冬の夕暮れの空気が心地いいくらいに僕の頬は火照っていた。




