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綾瀬さんとの密会

 場所を変えるという綾瀬さんの提案を受け、僕たちは屋上に繋がる扉の前の踊り場に来ていた。

 屋上は柵がないため閉鎖されている。なのでここに来る生徒は滅多にいない。なるほど、ここなら内緒話にはもってこいだ。しかし綾瀬さんは話を始めるのではなく、扉の前に立ちスカートのポケットから鍵を取り出した。その鍵を屋上の扉の鍵穴に差し込み開け、ドアノブを回し屋上へと出て行った。僕もそれに続く。

 屋上の真ん中くらいまで来たところで綾瀬さんが振り返る。

 「ここなら誰もこないからゆっくり話ができますね。えっと君は……なんて呼べばいいのかな?」

 「桐ケ谷柊です。君と同じ2年生だから敬語は使わなくてもいいよ、呼び方はご自由に」

 「桐ケ谷君ね、知ってるかもしれないけど私は綾瀬千里っていいます、よろしくね」

 「それでさっそくなんだけど昨日のアレはなんだったの?」

 お互いに自己紹介を済ませたところで単刀直入に聞くことにした。

 「うーん、そうだなー、なんて説明したらいいのかな」

 綾瀬さんは少し困ったように眉を寄せる。僕は黙ったまま彼女の答えを待った。

 「簡単に言うとね、私は死なないの。いいえ、正確には死ねないのよ」

 予想していたことだが本人から直に言われると驚きを隠せない。死ねない? いったいなんで彼女はそんなことになっているんだ?

 「なんでそんなことになってるの?」

 疑問をそのまま口にした。

 「私にもわからないわ。でもある日を境に死ねなくなったことだけはわかるの」

 「ある日を境に?」

 「ええ、昔事故に遭って死んじゃったの。心臓の鼓動が止まり、目の前が真っ暗になってどうしようもない孤独に襲われたわ、それがたぶん死だったと思う」

 「一度死んだ? でも今君はここにいるじゃないか」

 当然の疑問を口にする。仮に死んだとしても彼女が死ねないことの説明にはならない。

 「あれ? 君は昨日見たはずだよね。私が死ぬところを」

 彼女はやはり困り顔だ。

 「じゃあちょっと見ててね」

 そう言うと彼女は屋上の縁まで進んでいった。

 「なにしてるの、危ないよ!」

 注意するが彼女はそのまま屋上から飛び降りた。

 「綾瀬さん!」

 この校舎は4階建てだ。その屋上から飛び降りたら無事では済まない。慌てて彼女が飛び降りた先を確認する。すると、彼女はこちらを見上げて手を振っているではないか。

 これで2度目だ。こうなったら彼女が、綾瀬さんが死なないことを認めるしかない。

 数分後、綾瀬さんは屋上へと戻ってきた。

 「これで死ねないことについては信じてもらえるかな?」

 僕は頷くしかなかった。

 「一度死んだ話については信じなくていいよ。私が死ねないことを信じてもらえばそれでいいから」

 彼女は微笑んだ。しかし僕は笑っていられなかった。なにせ目の前で2度も同じ人間が死ぬところを見せられたのだ。いい気持ではいられない。

 「軽率すぎるよ、他の人に見られてたらどうするの」

 やっと出てきた言葉がそれだった。

 「それについては心配ご無用。だって私が死んだことは誰も気づかないから」

 どういうことだ? 誰も気づかない? でも僕は彼女が死んだことを認識できている。そのことを聞いてみると。

 「そう、そこなのよ。君は私が死んだことを認識できてしまっている。今までそんな人に出会ったこことはなかったわ」

 「えっと、つまりどういうこと?」

 「私の死はこの世界からなかったことになるの。さっきみたいに飛び降りた場合は他の人から見たら最初から飛び降りた先にいたように認識されるの。でも君は私が飛び降りた事実を認識している、これがわからないのよ」

 「つまり僕だけが綾瀬さんの死ぬ過程を認識できてるってこと?」

 「そういうこと。で、桐ケ谷君、死んだことある?」

 「あるわけないよ!」

 あったらこうやって綾瀬さんと話していない。

 「ふーん、そうなんだ。てっきり君も私と同じ人間なのかもって思ったけど違うみたいだね」

 綾瀬さんからしたら今のは挨拶みたいな軽い質問だったのかもしれない。

 「でね、君に協力してほしいの」

 「殺しの協力ならしないよ」

 「違うのそうじゃなくて。生きる意味を見つけてほしいの」

 「どういうこと?」

 「えっとね、これを見て」

 綾瀬さんから一枚の紙を手渡された。手紙だろうか、封筒の中に二つ折りされた紙が入っていた。

そこには、『生きる意味を見つけよ、さすればあなたの呪いは解かれるだろう』、とあった。

 「なにこれ、いたずらか何か?」

 「わからないわ、ある日下駄箱の中に入っていたの」

 「それで見つかったの?」

 「そのために死んでいたのよ」

 「どういうこと?」

 「私は生きるってことは死と隣り合わせだと考えているの。だから死ぬことによって生を実感すれば死なない呪いが解けると思ったの」

 「なるほどね、でもまだ死なないままだと。というか本当に死んじゃったらどうする気だったの?」

 「その時はその時よ、なんせ一度死んでいるんだから今更死んだって文句は言えないわ」

 正論のようなそうでないようなことを言う。

 「それで僕はどうすればいいの?」

 とりあえずなにをするか聞いてから判断しようと思った。

 「私と一緒に青春してほしいの」

 「は?」

 「私と一緒に青春してほしいの」

 「いや、聞こえなかったわけじゃないから。青春ってなんで?」

 「死による生の実感がだめなら生きる喜びを知ればいいと思ったの!」

 「それが青春?」

 「そう! 高校生の私たちといばまさに青春よ! それを謳歌しないでなんとする!」

 「わかるようなわからないような……。具体的には何をするの?」

 「それはまだ決めてないわ」

 「え? 決めてないの?」

 「ええ、そうねえ……暗くなってきたし、それについては明日までに考えておくわ。今日のところは帰りましょうか」

 空を見ると西にあったはずの太陽が沈みかけ、東の空には星が煌めきだしていた。


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