地下に眠る秘宝
地下。
天からの眼差しを寄せ付けぬ暗い漆黒の世界は闇へと通ずる死の穴のよう。そんな闇の入口へ人類は足を踏み入れたらしい。古世紀は巨大な怪物から身を守る住居として、中世期は魅惑の財宝を掘り起こすため、近世紀は人を集める資源として。地上とは違うもう一つの世界を人々は「アンダーワールド」と呼んだ。暗く、冷たく、寂しい空間に新たな世界を見たのだ。
過去。
まだ世界に生物が溢れていた頃。
その生物の中に”輝く虫”がいたらしい。特異物質を体内で生成し、尻を発光させるのだ。それは暗く、冷たく、寂しい空間を色鮮やかなものにしたという。長い年月を経て形成された鍾乳洞の中に現れは隠れ、隠れは現れたその”輝く虫”は古来から近来まで、変わらず人の心を魅了し癒したのだろう。淡い、一筋の小さな光点は群れを成して眩い煌めきを放ち、暗く、冷たく、寂しい世界を旅する矮小な人類の小さな小さな灯となったのだろう。
そして。
その虫すらも死に絶えた世界で。
『誰か』はたった一人で、暗く、冷たく、寂しい洞窟の中をさまよい歩いていた。それは男かも知れないし、女かもしれない。大人かもしれないし、子供かもしれない。あるいは私かもしれないし、貴方かもしれない。それは存在しているようで、していないような『誰か』。歩んだ道には軌跡が残り、それが『誰か』の歩んだ証明となる。それはまた、次なる旅人の道しるべとなるだろう。例え次が無いとしても、だ。
光を放つのは簡易に作った松明のみで、炎が放つ猛烈な光が周囲を照らす。剥き出しの壁が不安を煽り、いつ崩れるかもわからない天井が圧迫感を出す。あるいは、その炎の輝きすらも食いつぶす漆黒の闇が『誰か』にとって最も恐ろしいのかもしれない。
天井を見れば鍾乳洞が顔を覗かせる。過去はここに”輝く虫”が住み着き、それはさながら『光るシャンデリア』のようだったのか、それとももう一つの夜空を描いたのだろうか。風しか鳴かぬ世界で、それを確かめる術など無いが。
暗く、冷たく、寂しい世界は来訪者に感動を与えた。それは、失って気付く愚かな感動。天にて照る空の輝きを、忘れもせず顔を出す神の輝きを、いかにその存在が尊く、いかにその存在が素晴らしいのかを来訪者に叩き込むのだ。
愚かな来訪者は目的も忘れ、この深い闇の中を彷徨い続ける。ただ一心不乱に光を求めて、植物が光を欲するように、人類もまた光が無くては生きられない。
『誰か』は壁を伝って歩き続ける。ただ無言で、ただ景色を求めて。
――闇の竜よ、貴方は腹に何を隠した。闇の竜よ、貴方は腹に何人収めた。
狭い通路を『誰か』の声が反響する。その反響が遠くで消えた。声は何物にも阻まれる事無く、外の世界へ飛び出したようだった。
『誰か』が加速する。足を速める。前へ、前へ。
そして、その場所へ到達する。
そこは水晶の花畑だった。地上には半透明のクリスタルが自生し、壁にもまた突出している。天井は崩落し、空からの眼差しが降り注ぐ。それらは水晶内のプリズム内を通過して七色の輝きを生み出した。そこは虹で満たされた異様な空間。『誰か』はこの場所で、確かにオーロラを見た気がした。
例え、人類が死滅し、動物が消滅し、自然しか残らなかったこの淘汰された世界でも、輝く水晶の価値は変わらない気がした。
『誰か』はその、足元に転がった小さな水晶を拾い上げる。もう、誰の目にも晒されずひっそりと地下に眠る水晶群を、地上の何かへ伝えるために。
――旅をしよう、どこか遠くへ。『誰か』がここへ訪れた証拠として、誰かがそこへ辿った証拠として。
その小さな呟きは洞窟を反響し、空へ吸い込まれていった。
しばらくその光景に目を奪われていた『誰か』は立ち上がった。
また、次の場所を目指すため、次の景色を目に収めるため。その手には小さく半透明な結晶がある。『誰か』がここへ訪れた証拠として、誰かがそこへ辿った証拠として。宛先の無いそれを、世界のどこかに届けるために。