3.新たなる生活のハジマリ
目を開けると、そこは見たこともない場所だった。
広大な空が広がり、幾重にも家々が連なっている。人々は活気に溢れ、あちこちから笑い声が聞こえる。
その全てが新鮮だ。
大きく息を吸うと、新鮮な空気が胸いっぱいに流れ込んできてとても心地がいい。爽やかな気分になる。
限界まで空気を溜めると、俺は思いっきり叫んだ。
「来たぜ新世界、今日からここが俺の新境地だぁぁぁぁぁ!」
そう。俺は今新世界にいる。
かつて俺が暮らしていた天界とは、全く違った場所。正真正銘の異世界である。
正直、ワクワクでどうにかなりそうだ。心躍るとはこのことか。
これから俺はここで生きていかなければならない。俺はこの地で人生をやり直すのだ。
・・・まぁ転生とかそういうわけではなく、単に仕事で飛ばされただけなんですが。ええ、忘れてませんよ。
とは言え、いきなりの新天地にテンションが上がらないはずがない。俺の胸は期待で膨れ上がってぱんぱんだ。
しかしながら、ここはどこもかしこも不思議な所だ。知識のない俺には勝手がわからない。
誰か案内役が欲しい所ではある。
「その一言を待っていたよ」
そんなことを考えていると、右下から野太い声が聞こえた。・・・どこかで聞いた覚えのある声だ。
気になって地面を見ていると、とある小動物を発見した。ハムスターだ。
まさかこのハムスターの声な訳はあるまい。だってハムスターだし。
「そのまさかだよ」
気を取り直した俺が周りを見渡して声の主を探していると、また例の声が聞こえてきた・・・右下から。
再び 右下を見下ろすと、さっきのハムスターがこちらを見上げていた。あ、今目があった。
そっかぁ。このハムスターが俺に話しかけていたのかぁ。なぁんだ、びっくりさせんなよもぉ。
・・・じゃねぇよ。
「おいてめぇふざけんな!何が悲しくてハムスターが喋らねばならん!しかもよりによってこんな可愛げのない声で!馬鹿にすんのも大概にしろってんだよ!!!」
思わずシャウトしてしまったが、おかげでスッキリした。
冷静になって考えてみれば、ハムスターが喋るはずがない。だってハムスターd
「可愛げがないとは聞き捨てならないな。俺とて裏声ぐらい出せるわ。aaaaaaaaaa!」
「うるせぇ馬鹿野郎っ!むしろ悪化してんじゃねぇかよ気色悪い!人外は家帰って寝てろ!」
大変認めがたいことだが・・・。
「おやおや、俺のNew voiceを聞いてそんなにも喜んでくれるとは。やった甲斐があったなaaaaaaa!」
「ふざけんな悪化しとる言ってるだろうが!人の話聞かねぇ阿呆はマジで地獄へ落ちろ!あとその一部だけ妙に発音良いのもやめろ。うざいから」
この声の主は・・・。
「まぁお前さんったらつれないねぇ。そんな細かいからモテナイのよ」
この声の主は右下に鎮座するこいつ。
「その喋り方やめろ、キショいウザい死んじまえ」
このハムスターに間違いない。
「あらら、お兄さんたら、一介の小動物相手にムキになっちゃってぇ。プププ」
「上等じゃねぇかゴラァ!さっきからガタガタガタガタぬかしやがって!小動物なら小動物らしく大人しくしときやがれっつんだ!てめぇのせいでさっきから叫びまくりじゃねぇか!」
「それは可哀想に・・・。頑張って強く生きるんだぞ」
「てめぇのせいだっつってんだろぅが!おちょくるのも大概にしとけよ!」
認めたくない。こんな事実認めたくはない。が、ここまでくると認めざるを得ない。
このハムスター、喋る。しかもおかしいまでに饒舌。というかおかしい。
なんて言うか、こいつ明らかに調子乗りすぎだろ。
「さて、君の怒りは置いといて」
「勝手に置いとくんじゃねぇよ・・・」
「置いとかなかったら話が先に進まないじゃないか。君も存外馬鹿だな」
「は?誰のせいで話進まなかったと思ってんの?お前だよお前!」
「はいはい、じゃぁ強引に行くけどさ。君、未だに俺が誰か気づかないわけ?」
「それは俺も気になってた」
気になってましたよ、ええ。だってこの声聞き覚えあるもん。しかも最近。
なんだろう。最近誰と話したんだ俺は。
自慢じゃないが天界に友達は一人もいない・・・今は。
ってことは上司か?仕事仲間か?食堂の先輩か?それともまさかの女神さ・・・それはない。
誰だ?このくそハムスターの正体は。
「早くわかってくれよぉ。遅いとバカにしちゃうぞ☆」
いや、わかった。
皆さんもご存知、俺が最後に話した男。
このハムスターの声はあいつの声によく似ている。それこそ、本人とまごうかの如く。
そうだ。もうお分かりだろう。このウザい野郎、あの使いの男だ。
「おやおや、やっと理解したって顔だねぇ。じゃぁ答えを聞こうじゃないか」
「良いだろう。てめぇは天界で俺に新世界行き宣告したいけすかねぇ野郎だな。」
「ご明察!じゃあまだ名乗ってないからこの場を借りて自己紹介するね。俺の名は高柳照星。『高柳さん』とか、『照星』って呼んでほしい」
「嫌だ」
「えぇぇぇ、そんなぁ」
「誰がお前のような失礼な奴の名前覚えなきゃいけねぇんだ。てめぇなんざくそハムスターで十分だこのチビ」
「なんだとこのガキ。そっちがその気なら俺もお前のこと童貞クソボッチって言ってやる」
「ボッチはやめろモブスター。俺には雑賀涼護っていう高尚な名前があるんだ」
そう。自己紹介が遅れたが、俺の名前は雑賀涼護。日本出身で天界からやってきた一介の下働きだ。そしてこの地で俺は色々とやり直し、立派な男になってみせる。
「童貞は否定しなくて良いのかいこのチェリーボーイ!」
・・・冒頭から結構つまづいてる気がしないでもないが、俺はこの新世界で活路を見出し、必ずやあのポンコツ上司をギャフンと言わせてやる。
「おーい、答えられないのか?やぁいやぁいサクランボ坊や!」
・・・さっきからバックがうるさい。というかあのチビはいっぺんしめる。
とにもかくにも、たった今から俺の新たなる生活、第三の人生が幕を開ける。
新たなる俺の活躍、大いに期待してくれたまえ!!!