2.旅立ちの時
現れた使いの男について宿舎から出ると、500メートルばかり先に大型の魔法陣があった。
正直、意味がわからない。
何故こんな住宅地に魔法陣を作ったのだろうか?作者は馬鹿なのか。
俺が困惑していると、傍にいた使いの男が説明してくれた。
「この魔法陣はお前を出向先に送るために作られたものだ」
成る程、納得。
しかし、そうなると気になる事がある。
というのも、天界はそれほど広くないのである。その気になれば徒歩で一周できる程度には。
つまり、天界内での移動に大規模魔法陣など必要あるはずがないのだ。
と、いう事は。今回俺が送られる先は天界では無く・・・。
いや、そういう悪い想像は良くない。大丈夫。きっと大丈夫さ。
そうだよな、うん。天界内でも急ぎの時は魔法陣使うよね。使うんじゃないかな。使うといいなぁ・・・。
とにかく、俺は希望を捨てない事にした。まだ左遷先明言されてないですしおすし。
俺が現実逃避に勤しんでいると、使いの男が横から声をかけてきた。
「そういえばまだお前の出向先を伝えていなかったな」
「やめろぉぉぉぉ!聞きたくない聞きたくない!」
そうだ!俺はこのまま希望を持って生きるんだ!こんな所で辺境の地なんかに飛ばされてたまるか。
俺が耳を塞いで顔を背けていると、男は哀れみの目線で俺を見てきた。ヤメテ!ミナイデ!
男は俺の姿を見て、フッとため息を吐いた。そして一言。
「お前の次の職場は新世界だ」
「うわぁぁ俺はなにも聞いてない、聞いてn・・・何だって?」
今聞き捨てならない事を聞いた気がする。俺が混乱しているのだろうか?
「新世界といったのだ」
新世界。聞いた事はある。多くのモンスターが蔓延り、それを狩人や冒険者達が討伐しているという。
そんな新世界に職を移す。
うん。ないわ。
「おいお前ふざけんなよ何でよりによって新世界なんだ!たかが皿と棚ぶっ壊しただけでこの仕打ちは酷くないか⁉︎」
「何が棚と皿だけだこの野郎!お前がダメにしたあの棚には最高級の食器がしまわれていたのだ!それが全て壊されて、被害額いくらだったと思ってるんだ・・・」
オッフ・・・。それは大変申し訳なかったですね・・・。
そんな高いものだったなんて知らなかった。そりゃ上司が激怒するわけだ。
大体そんな高価なもの、手の届くところに置いとくやつが悪い、そう思いませんか?
逆ギレ気味の俺に背を向けると、男は魔法陣へ向かって歩き出した。
「おい、待てよ。まだ話は終わってねぇ!」
「俺の話はもう終わってるんだ。ほら、先方は既に異世界で待っている。早く行くぞ」
「嫌だ!職場も知らないのに新世界なんか行けるかよ!」
そう、俺はまだ出向先の職場を聞いていない。こんな状態で放置とか、不親切極まりない。
「おや、言っていなかったかな?」
男は振り返って尋ねてきた。心なしか目が見開かれている。
・・・純粋に驚かないでほしい。こちらに落ち度があるような気分になってしまう。
「それはすまなかったな。すぐに確認しよう」
しかも対応が丁寧だ。意外にいい人なのかもしれない。
ブチ切れてしまって申し訳ないなと心の中で彼に謝っておいた。本人に言う度胸はなかった。
男はしばらく手元の資料に目を落としていた。恐らく俺についての情報が書いてあるのだろう。あの中に生前の俺についての情報もあるのだろうか。少し気になる。
しばしの間俺がボーっとしていると、確認が終わったのか男が顔を上げた。
「終わったのか?」
「あぁ、終わった」
「なら知りたくないことこの上ないが、聞かせてくれ。覚悟はできた」
そう、もうこの際四の五の言っても仕方がない。こうなったら新天地で楽しく生きてやる。俺はそう決めた。なんと潔い俺、感涙。
なお、さっきまで女々しく泣きついていた奴なんて存在しておりません。
「そうか。それなら教えてやろう。お前の職場は・・・」
・・・ゴクリ。
「お前の職場はギルドだ」
「ギルドだって!?」
「そうだ。お前はそこで職員として働くのだ」
なにそれ意外。もっと肉体労働とかさせられるのかと思っていたのだが。
「新人冒険者に仕事を紹介したり、買い取った素材の売買などを行うんだぞ」
なんだろう、凄く楽しそう・・・!俄然やる気になってきた。
「そうか!ギルド職員か!なるほど、そうと決まれば早く行こうぜ!」
「わかった、それはわかったのだが何故急に元気になったのだ・・・」
男が若干引いた目で俺を見つめているような気がするがどうでもいい。いやぁ今日という日はいい日だなぁ。
「ほらほら!遅いぞ、さっさとしろよ!」
「あぁ、すぐに行く・・・。」
いやぁ、楽しみ楽しみ。新世界万歳上司ありがとう!
ダッシュで魔方陣に辿り着いた俺は、はやる気持ちを抑えきれない。取りあえずその場で駆け足。
「早く!早く!新世界!新世界!」
「しつこいな、もう分かってるよ・・・。じゃあ立ち上げるぞ!」
男の言葉と同時に魔法陣から青い光が立ち上る。その光に包まれた俺は高笑いする。
「はっはっはぁぁぁぁぁ!!さようなら天界!さようなら暇だった時代!俺は今から生まれ変わるのだぁぁぁ!」
空高く伸びた光は、だんだんと中心点へと閉じていく。
その光が閉じきった時。俺の視界は真っ白になり、意識が途絶えた。
俺は新世界へと旅立ったのである。