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1.俺の失態

 本当にあの時違う選択肢を選べばよかった!!

 内心俺はそう叫んだ。

 つい最近、そんなのは戯言だと断じたが、すまん。あれは間違いだ。

 勿論、職場に不満があるだの、女神様に不信感を抱いただの、そんな理由では無い。

 こんな風に絶望しているのは他でも無い、俺の責任である。

 ほんの数時間前のことだ。俺は、天界における上司から、食堂の掃除を任された。

 少し天界の食堂について説明しておこう。

 天界には、俺たち下働きの他にも、料理人や芸術家、音楽家など多くの人が暮らしている。

 当然だが、天界で働く人間は死者だ。だから食物を得ずとも平気である。

 しかしながら、恒久的に働く俺たちにとって、楽しみは食べることと芸術鑑賞、後は少しばかりのゲームだけだ。だから皆飯を食べる。

 そうなると大勢の人が食事をするわけだが、天界の料理人は限られている。

 故に大勢の人が一度に食事できる場所が必要なのだ。そこが食堂なのである。

 そんな重要な場所だけに普段は長年働くベテラン職員が担当している。

 ところが、食堂担当の内の一人が人間界への出張で不在のため、代理としてたまたま俺が選ばれたのだった。

 慣れない職場に焦りつつも、現場の的確な指示もあり、職務はつつがなく進み、平和に終わるはずだった。

 そのはずだったのだが。

 俺が最後の片付けとして布巾で机周りを乾拭きしていると、奥に備え付けられた食器棚からギシギシという嫌な音が鳴った。

 気になった俺は現場の先輩を探すが、皆既に仕事を終え、残っている人も額を寄せあって明日の献立を検討していた。

 邪魔してはいけないと、手を止めて棚の方に歩み寄る。

 棚を入念にに眺めていると、棚と食堂の壁の間に不自然な溝があった。建て付けが悪くなっているのだ。

 あわてた俺は現場の人に見てもらおうと思い棚の前から立ち去ろうとした。

 その時である。

 ベキメキッ!!!

 凄く嫌な音がした。踵を返した時に、棚に肘が当たった音だ。

 ギギギという錆びついた擬音が似合う様な動作で俺は振り返った。

 そこには想像どうり、大きく凹んだ棚があった。どうしよう死にたい。

 真っ青な顔で慌てふためく俺に更なる悲報が。

 元々危ないと思っていた棚と壁の溝がどんどん広がっている。

 要するに、倒れてきている。

 最悪の事態に気付いた俺は必死の形相で棚を支えにかかる。

 仮にこの棚が倒れたら、中の皿は全て駄目になってしまうかもしれない。それだけは避けなければ。

 歯を食いしばり両手に力をこめていると。

 ガコン。

 妙に大きな音が聞こえて急に両腕にかかっていた重量が無くなった。

 反動で俺は棚のバランスを崩して棚の方へ、ささえを失った棚は俺の方へ。

 そして・・・。

 バリバリガッシャン!!ジャラジャラ・・・。

 か~な~し~み~の~~♪そんな歌が流れそうな惨状である。

 俺は棚に頭から突っ込んだ。力を込めすぎたせいで棚の扉が耐えられなくなり、外れてしまったのだ。

 そして棚の中の食器類は全て落下し、俺の足元に変わり果てた姿で散乱していた。

 俺は棚から頭を抜くと、全てを見なかったことにした。現実逃避、大事。

 颯爽と立ち去ろうとする俺だが、正面に何者かが立ち塞がる。先輩方だ。

 大きな音を聞いて駆けつけて来たらしい。これは死んだな。

 両腕を掴まれあっさりと連行された俺は上司の前に正座させられた。

 目の前には凄い顔をした俺の上司が、凄い目で睨んでいた。うわあ凄くヤバい。

 思考停止して凄いを連発している自分が馬鹿みたいだ。でもこれ本当に凄いんよ?

 愚か者の末路に死の鉄槌をとでも言いたげな顔で、上司が重い口を開いた。

「お前は馬鹿なのか?」

 あ、これ終わったな。いつもの二割り増しで声が低い。

「たった1日のヘルプも満足に出来んのか」

 仰せの通りでございますね。僅か1日で問題起こすとか。笑えねえよ。

 どうしてこう上手くいかないもんか。

 俺が己の不甲斐なさを嘆いていると、上司の横にいた人が口を開いた。

「おい、何とか言ったらどうなんだ!」

 だみ声である。正直怖い。すごく怖い。早く帰ってゆっくり寝たい。

 しかしここで泣き寝入りしてしまっては、どんな目に合わされるかわかったもんじゃない。ここは勇気を出して言い訳をするんだ・・・。

 大丈夫。俺は棚を守るためにベストを尽くした。

 そもそも俺が触る前から棚は壊れていたではないか。そう、俺は悪くない。社会が悪い。

 だから言い訳すれば助かる。義は我にあり!

 ・・・そう思わないととても耐えられない重圧がそこにはあった。

「え、いや、あ、あの、た、棚は、お、俺が触る前から壊れてましゅた!」

 なんと酷い噛みっぷり・・・。ましゅたってなんぞや・・・。

 対人スキルの低さがここで裏目に出てしまった・・・。

 思った通り、俺の言い訳はほとんど通じていない。というか、寧ろ怒らせてしまったようだ。

 もうね、上司の顔がコメントしずらいことになっていますよ。こめかみの青筋とかピクピク動いてるし。

 俺が怯えていると急に上司がにこやかになった。あれ、もしかして俺許して・・・。

「お前、左遷な」

 もらえませんよねえええ知ってましたよおおおおお。

 正直さっきより今の笑顔の方が割り増しで怖い。

 ホント、どうしてこうなったんだろう。俺は泣きたい気持ちでいっぱいになった。

 それからはあっという間だった。

 話はとんとん拍子に進み、その間俺は一度の発言も許されなかった。

 話がまとまると俺は即座に宿舎に帰らされた。 新たな職場に向けて荷物をまとめるのだ。

 とはいえ、天界生活に多くのものが必要あるわけはなく、ましてや薄給の俺が家具を多く持っているはずもない。

 ぶっちゃけ荷造りとか一瞬で終わった。

 こうしてする事が無くなってしまった俺は、ただボンヤリと今後の事を考えていた。

 余りにも突然の出来事で、まだ心の整理とかそういうものが出来ていない。

 わかっていることは、これまでの平穏無事な生活が失われるということのみ。

 その上、俺の左遷先は未だ決まっていないのだ。不安に思うなと言う方が無理があるだろう。

 俺は虚ろな思考の中、一人の友人を思い出していた。

 そいつは、俺とほぼ同期で天界に就職した同僚である。

 俺たちは共に掃除をし、共に書類の整理をし、共に厳しい職場を生き抜いてきた。

 まさに戦友と言って差し支えない間柄だったのだ。

 ある日のことだ。俺たちは業務の一環として宿舎のトイレを掃除していた。

 補足しておくが、天界にだってトイレはある。というか、トイレが無かったら食べたものはどこへ行くの・・・。ついでに紙も必要だ。

 あ、当然ながら女神様はトイレなんてしませんよ(汗)

 話を戻すが、そんな業務中のことだ。友人は、ついボーッとしてしまったのだろう、新品のトイレットペーパーをトイレに落としてしまった。

 すぐ隣のトイレを掃除していた俺は、友人の叫声に驚き、駆けつけた。

 その目の前で、何を血迷ったのか友人はトイレに手を突っ込もうとしていた。まだ洗っていないトイレに、だ。

 流石にそれはマズイと引き止めようとした俺だが、大慌ての友人にふりはらわれる。

 そうして俺達が便器越しにもみ合っていると、不運なことに友人の右手が勢い余ってレバーを押した。トイレの。

 トイレは流れ、そして詰まった。友人はレバーを押したことで体が落ち、顔面から勢いよく水面に飛び込んでいった。トイレの。

 今思えば、あいつがトイレットペーパー一巻きの為にあれほど必死になった理由がわからない。多分退っ引きならざる事情があったんだと思う。きっとそうだ。そう思うことにしよう。

 さて、トイレットペーパーの為に全身全霊で便器にダイブした我が友人を待ち受けていたのは、厳しい裁きだった。

 まず、詰まらせてしまった便器だが、これに関しては頑張ればどうにかなるため不問。

 問題は、友人が突っ込んだ時に、トイレの水がそこらじゅうに跳ねた事だ。

 とても残念な事に、友人が突っ込んだトイレには流し忘れが残っていた。

 そんな水が跳ねたんだから、壁も床も友人も汚れた。嫌な匂いのするシミも出来てしまった。

 洗えばどうとでもなるが、あいにくうちの上司は潔癖症だ。天界のお偉いさんはなぜだかたいてい潔癖だ。まあどうでもいい事だが。

 だから、上司は激怒した。平身低頭、平謝りの友人を厳しく叱責して、最後に一言。

「貴様の様な汚らしい輩と共に働けるか!」

 哀れな友人は左遷され、今は下界にいるらしい。

 何とも不運な話である・・・ウンだけに。

 これ以来、俺は上司の事を恐れ、ただひたすら無事に仕事をこなすことだけを考えて生きてきた。

 それが、とうとう俺も左遷組の仲間入りだ。悔やんでも悔やみきれぬ。

 俺が過去に思いを馳せていると、突然玄関の扉が開けられた。ちなみに、天界の扉に鍵はない。何故なら犯罪者がいないから。

 扉の外から、男の声がする。上司の使いだろう。

「おい、お前の出向先が決まったぞ!表へ出ろ!」

 はてさて、俺はどうなってしまうのだろうか・・・。




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