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2-2

「そりゃまじぃだろ」

 ジンが言った。

「あのとっつぁんが俺らをまだ探しているかもしんねぇ」

 さすがにそこまでしつこくはないだろうと思うのだが、念のためということは考えておいた方がいい。

 俺はジンの言葉を肯定するようにクラッセを見て頷いた。

「大丈夫よ。あのくらいなら飛び越えられるわ。変に回り道もしたくないし、メルちゃんにも今は会いたい気分じゃないし」

 リベルはクラッセとレミに「どう?」というような視線を送る。

「え? は、はい」

「どうかな。ま、飛んで、みようか」

 2人は自信なさげに答える。

「つーかな、別に落っこちてもそんな困るこっちゃねぇ。あの幅の川なんて十分に足が着く深さだろうしな。問題なのは、おめーらが落ちちまったら、服を乾かす時間をとらなきゃなんねぇってこった」

 水に濡れてしまうというのは冒険者にとっては結構面倒なことだ。

 衣服が水分を含んでしまうとそれだけで重くなるので、ここぞという場面での瞬発に欠ける。

 また徐々に体温を奪われてしまい、下手をすると冒険が続けられなくなるくらいに体調が悪くなったりもする。

 これは冒険者とか関係なく、普通に生活していても同じように言えることだが、冒険者の場合はすぐに街に戻ることができないようなところへ冒険に出ていることが多い。だからこそ一般の人々よりも体調にはより気を遣わなくてはならないのだ。

 「まずは川のところまで行こう」

  俺は4人を促す。

 ジンを先頭に少し進むと確かに川があった。ジンの言う通り越えられない幅ではない。

「いけるか? 2人とも」

 俺は聞くが、クラッセなどは不安気な表情をしている。

「まーまー、俺がまず飛んでみるわ。一応向こうの安全も確認しとかねーとな」

 言うが早いかジンは2歩3歩退くと勢いをつけてジャンプした。

 ザッ

 危なげなく川の反対側へと着地したジンは、そのまま目の前の茂みに顔を突っ込む。

 後ろ手で「ちょっと待ってろ」というジェスチャーをする。

 その途端、茂みからすぐに顔を抜いたジン。

 慌てふためいたようにこちら側へ戻ろうとジャンプしかけて、

 ドボーン

 足を滑らせて川へとダイブする。

「なにやってるのよ! もうばかね!」

 盛大に水しぶきをあげるジンにリベルが叫ぶ。

 すぐに水面から顔を出したジンが俺たちに叫びかえした。

「目の前にいやがった! ウォーラーだ! 目が合っちまったぜ、くそっ!」

 ジンの言葉を聞いた俺たち4人の間に緊張が走る。

 川から這い上がったジンが「ありえねぇ話だぜ」と呻くと、それは茂みの中から姿を現した。

 その双眸は値踏みでもするかのように俺たちをひとしきり舐めまわす。

 薄茶色の毛並みはふさふさとしていて、とても肌触りが良さそうだが、その毛並みに隠れた鋼の肉体をもっているのを俺たちは知っている。

 ウォーラー。

 よく知られたモンスターのひとつだ。

 こういった森の中に生息しているが、時折人里に出てきては、その牙と鋭い爪を存分に奮って暴れ狂う半人半獣のモンスターだ。

 古い時代に魔法によって合成されたとも言われる負の遺産でもある。その数は大陸随一を誇り知らぬ者はいない。

 狼の頭を持ち、がっしりとした体格をしている。

 そして極めて凶暴だ。

「早くこっちへ来なさいよ!」

 リベルがジンに叫ぶ。

 俺はゆっくりと鞘からソードを抜いた。

 びしょ濡れになったジンが俺たちの後ろへと駆け込む。

「ちきしょう! 今日は厄日だぜ」

 言いながらジンも腰のダガーを抜いて構えた。

「ああっ、そういえば僕の斧がないです!」

 思い出したようにクラッセが言った。

「ばっか、今頃気付いてんじゃねーよ! だいたい使えねーもん持ってたって仕方がねーだろ。これ使え!」

 視線をウォーラーに固定したままでジンがクラッセにもう1本のダガーを鞘ごと放る。

「油断すんなよ坊主!」

 クラッセは「あれは大事な斧で」とごちゃごちゃ言っていたが、ジンから放られたダガーを落としそうになりながら受け取る。

「僕の名前はクラッセです、坊主じゃありません! ジンさんも気をつけてくださいね!」

 半ばムキになって言い返すクラッセに当のジンは「へいへい」と心無しに答えた。

「リベルとレミは俺たちの後ろへ!」

 攻撃手段のない2人は素直に俺とジン、クラッセの背後へと下がる。

「くるぞ!」

 俺がそう言うが早いか、ひとっ飛びで川を越えてきた獣人は、唸り声をあげて俺たちに襲い掛かってくる。

 狙いはジンだ!

「モンスターってのはどいつもこいつもしつこいヤツばっかなのかねぇ」

 "巨大サボテン"といい、このウォーラーといい、どうも最初に狙った獲物をつけまわすのが得意らしい。

 ジンはうんざりとしたような顔でぼやく。

 ウォーラーは彼のぼやきなど全く意に介した様子もなく、ジンへと飛びかかった。

「くそっ!」

 その鋭い爪をかろうじてかわしたジンが舌打ちした。水気を吸った衣服のせいで動きづらいようだった。

「うぉぉぉぉぉぉ!」

 俺はソードを振りかぶってウォーラーへと走る。

 "巨大サボテン"のときは臆病風に吹かれてしまったが、背丈も俺とそう変わらないウォーラーが相手となれば話は別だ。

 ファイターになってからというもの、日は浅くとも毎日鍛錬を続けてきたのだ。

 倒す!

 そう心で念じながら振り下ろしたソードは、しかしながら空を切る。俺の接近に気付いたウォーラーが、獣特有の身のこなしで体をひねって避けたのだ。

「くっ!」

 だがダメージを与えられなかったことを悔いている暇はない。

 俺の攻撃を避けたウォーラーは、今度は俺を標的へと変えた。

 大きく開けた口から鋭い牙を剥く。

 俺はとっさにソードを目の前に水平にして突き出す。

 剣先を左手で支えると、ガキィ、とウォーラーの牙がそれを上下から挟み込む。

 すごい力だ。

 その勢いに倒れ込みそうになるのを両足でしっかりと踏ん張る。

 ハァハァ、と生臭い息に俺は思わず顔を背けてしまいそうになった。

「こんのオオカミ野郎が!」

 ジンの声が聞こえるなり、ガッ、とウォーラーの後頭部になにかが当たった。

 ……林檎?

 それはジンがリュックサックにたくさん詰め込んでいた林檎だった。

 食べ物を粗末にするなどもっての他だが、今回ばかりはジンに感謝をしなければならない。

 後頭部に衝撃を受けたウォーラーは、飛んできた先を確認しようとつい噛んでいたソードを離す。その目はジンの方へと向けられた。

 今だ!

 俺は剣先に添えていた左手を離すと柄を握る手に加える。

 ドッ!

 全体重をソードに預けてウォーラーの腹部を一突きする。

 ウォーラーは、びくんっ、とひとつ体をはねさせる。

 一瞬虚ろな目をしていたが、その顔をだらりと俺の方へ向けたウォーラーはソードに貫かれながらも俺を引き裂こうとその鋭い爪をギラリと光らせた。

 これはまずい。

 俺は急ぎソードをその腹から引き抜こうとするが、ウォーラーの筋肉は絞まり、思うように引き抜くことができない。

 その両腕に存分に力を溜めたウォーラーの爪が、今まさに俺に突き立てられようとした時、

「おっめぇら、しつけーんだよ!」

 いち早く駆け寄ってきたジンがトドメとばかり、その首にダガーをねじ込む。

 俺はソードを手放してその場に尻餅をついた。つまり腰が抜けてしまったのだ。

 首から赤い血を噴出すウォーラーは今度こそひとたまりもなかった。

 焦点が合わなくなった目で立ち尽くすと、そのまま俺の前に倒れ込む。

「へっ、敵を目の前にして余所見するバカがいるかよ」

 粗い息をついてジンが言い捨てる。

「た、助かったよ、ジン」

「おうよ」

 ジンはウォーラーがいよいよ絶命したことを確認すると、その死体をひと蹴りしてどかし、俺に右手を差し出す。

 俺はなんとか胸の鼓動を静めるとジンの手を取って立ち上がる。

「ぼ、僕……なにもできませんでした」

 その声に振り返ると、ジンに借りたダガーを構えたままで震えているクラッセがいた。

「ガキはいーんだよ。誰もおめーには期待しちゃいねぇ。最初のうちはな」

 そう言うジンは本当に気にも留めていなかったようだ。

「そういう言い方はないだろ、ジン。クラッセ、大丈夫だ。無理することはないぞ。クラッセだってリベルやレミを守ってくれていただろ?」

 ジンはああ言ったが彼も気付いているはずだろう。クラッセもただ震えたまま傍観していただけではない。

 なにもできなかったのは事実だが、ウォーラーと俺たちがやりあっている間もリベルやレミの方へ行かせまいと、しっかりと立ちはだかっていたのが横目で見えていたのだ。

 それをわかっているからこそ、口悪くいいながらもジンはそれ以上を追求しない。ただ、彼の性分からして、誉めることができないだけなのだ。

「あ、危なかったわね」

 辛くもウォーラーをなんとか倒した俺たちにリベルが言いかけた。

「まぁ待てよリベル。へへ、ピンチはこれからのようだぜ」

 引きつった笑顔でジンがリベルを制する。

 その視線はすでに別の方向へと向けられていた。

「逃げ、ようか」

 ジンの視線に気付いたレミが提案する。

「そうしとくか。さすがに俺らのレベルじゃぁ、1匹なんとかすんのがせいぜいだぜ」

 とっさのことで俺は失念していた。

 そうだ、ウォーラーの恐ろしさはなにも牙や鋭い爪を獣の身体能力を生かして奮ってくることだけではなかったのだ。

 それだけなら、ついこの間まで"普通の人"だった俺たちにだって力を合わせることで撃退することができる。

 やつらは常に数匹の単位で群れて行動する。だからこそモンスターとしては比較的弱い部類に数えられているウォーラーが旅の脅威として恐れられているのだ。


 グルルルル……


 血の匂いに誘われたか、うなり声をあげた4匹のウォーラーたちの血走った眼が俺たちに向けられていた。

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