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7.呪氷の底へ

「夢……でも見てたのか?」

 目覚めるとそこは、ベッドの上だった。

 天井はいつもより少し高い。半身を起こすと、落ち着いた色合いの壁紙が飛び込んできた。

「そんなわけ、ないな。体がギシギシする」

 痛む腕をさすりながら呟いた。目線を下げると小さなテーブルがあり、赤と黄色の花びらが花瓶から顔を覗かせている。そういえば見慣れた部屋とは雰囲気が違う、そう気付き顔を横に向ける。

「ジン」

 ベッドは等間隔で三つ並べてあり、ちょうどすぐ隣にはジンが左肩を上にして背を見せるように眠っていた。そこでようやく思い出す、自分は戦い疲れて気絶してしまったのだと。

 くせっ毛の黒髪をくしゃくしゃにして、規則正しい寝息を立てているシーフを見る。彼もまたディールをここへ運ぶなり、倒れるように眠ってしまったのだろう。着ている服もそのままだ。

(ここはどこだろう?)

 確か自分たちはブュッフェの片隅にある安宿に寝泊りしていたはずだ。そのわりにはベッドと小さなテーブルに花瓶とランプと、どれも安宿にあるような使い古されたものではない。簡素ながらも綺麗な室内だ。第一、見覚えがない。

「そういえばクラッセは? 先に起きてどこかに行ってしまったのか?」

 ジンを挟んで反対側のベッドには金髪の少年の姿がなかった。毛布だけが無造作に置かれている。ともあれ、ここにこうしていても何がわかるわけでもない。ジンが起きるのを待って尋ねれば答えが返ってくるのかもしれないが、ぐっすり眠ってしまったせいか目も冴えてしまった。彼が目覚めるまで待つのもすることがなくて暇だ。

(ちょっと外に出てみよう)

 どれくらい眠っていたのか知りたいところだし、外の様子も気にかかる。恐ろしい化け物から相当の打撃を受けたはずで、いまが一体どんな状況なのか早急に把握したい。

 できるだけジンを起こさないようにゆっくり床に足をつけたディールは、部屋の片隅に立てかけてあった剣を見つけて歩み寄る。

「これが……シギルの剣、か」

 わかってはいたけれど、やはり夢ではなかったのだ。勇者と称えられた男が持っていたはずの伝説の剣が自分の掌の内にある。にわかに信じ難いことだ。

「きっとリベルとレミは隣の部屋にでもいるのかもしれないな。だけど、ゼンさんとジグザールさんはどうしたんだろうか。きっとゼンさんに聞いてみれば、この剣が本当にそうなのかもはっきりするんだろうな。それに──」

 気を失う前までの記憶が、共に戦ったシギルの剣を手にして鮮やかに蘇る。

 自分たちは冒険者になったばかりで、酒場の主人を通して仕事をもらって出発したのだった。ただ儀式用に使うための道具の材料を採取してくるだけの依頼だったはずだ。それなのに、いつからか得体の知れない連中から付け狙われるようになり、彼にしてみれば雲の上の存在に等しいデュランドー・シギルという勇者と関わりを持つ魔道師の老婆と出会うことになった。

 老婆はゼンと名乗り、彼らに調べ物をしてほしいと頼んだ。その代わりに魔法を武器を貸し与えてくれたのだ。それがその時にはまだ普通の剣だと思っていた、このシギルの剣だ。

 ディールたちが身を寄せているブュッフェの街が、何者かに襲われているとわかり、彼らは街へと急いだ。レミが手にした杖は邪悪を感知する魔法の杖だった。

 杖に導かれるまま邪悪を追ううちにジグザールと出会い、"闇に憑かれた者(パラサイトイビル)"と呼ばれる、闇の道へ堕ちてしまった魔道師たちの集合体と対峙することとなった。

 五人は力を合わせて戦い、闇の魔道師たちはケイオスという巨大な化け物へと変わっていった。その戦いの中で、リベルの魔法によってシギルの剣が本来の力を発揮し、クラッセとジンの協力もあって、ようやく闇の遣いたる巨人を討ち倒すことができたのだ。

「とても長い夜だったな……」

 このまま夜明けが来ないのではないかと思えてしまえるほどの、苦しい戦いだった。これで全てが済んでしまえばよかったのに。心からそう願うが、どうもそういうわけにはいかないようだった。ディールの意識が空白に沈む前に見上げた空は、新たな朝を迎える直前まで、禍々しい気配を漂わせていた。それを見つめるゼンの表情は、終わりではなく始まりなのだと物語っていた。

「デビルフライ──か。よし、行こう」

 これ以上考えたところで、自分にできるのは想像だけだ。それよりも今はまず現状の把握を優先するべき。かぶりを振ってドアノブに手をかけたとき、ディールは思わず笑った。

「いたのか、クラッセ。寝相が悪いなぁ」

 向けた顔の先には、ベッドとベッドの間で手足を広げていびきをかき始めた少年の姿があった。



 そっと扉を閉める。左右に回廊が延びていた。

 円形の建物の一室なのだろうか。少し離れた両隣にも、今自分が出てきたようなドアがあった。どちらからにするか迷った後に、意味がないと気付き右手に回ることにした。いなければいないで、反対側を確認すればいいだけだ。

 軽くノックする──返事がない。勝手に開けるのも気が引けたが、意を決して静かにドアノブをひねって覗いてみる。しかし当てが外れた。ベッドは三つ並んであるものの、人のいた気配すらない。

 それならともう一方の部屋を当たってみたが、やはりノックに反応するものはなかった。

「おかしいな、リベルたちはどこにいるんだろう」

 いきなり肩すかしを食わされた気分になって、念のためにドアを開けてみると「おっ?」、誰かがいたようにベッドの上で丁寧にたたまれてある毛布が一枚、隣のベッドでは起きたそのままの様子でさらに一人分あった。

「二人とも起きてどこかに行ったのかな。声でもかけてくれればよかったのに」

 そう思ったが、疲れて熟睡している自分たちに遠慮したのかもしれない。自分もジンたちを起こしてしまうのも悪いと思って一人で出てきたのだと思い直し、扉をゆっくりと閉めた。

 しばらく無言で回廊をひた進む。風が頬を撫でた。

「外だ!」

 逸る気持ちで小走りで駆けてきたディールを迎えてくれたのは、雲ひとつない青空だ。

「ここは城の中だったんだな。二階の客室かなにかだろう」

 空まで吹き抜けになっている広場があり、二階の手すりから見下ろすと慌しく通り過ぎていく兵士たちの姿が目に入る。そういえば自分たちもあそこを通っていったのだった……無実の罪で捕らえられた苦い思い出だが。

 遠い過去のことのように思いながらも、ディールはようやく現実に引き戻された気がした。やはり街は大きな被害を受けているのだ。意識すると同時に城中の喧騒がディールにも伝わってきた。

「俺たちにできることは少ないだろうけど、早いとこリベルたちと合流して、ゼンさんのところへ行かないと──ん?」

 いても立ってもいられない気持ちになって、その場で地団太を踏みそうになったところで、ディールはやや離れた場所にポツンと一人で立っている女性に目が留まる。

 手すりに両手を乗せて行き交う兵士たちを見下ろす姿は、まるで彼女の周りだけがゆっくりと時間が流れているようだった。

 長い髪を腰下で束ねており、肌は雪のように白い。線の細いシルエットと憂いを秘めた眼差しはどこぞの令嬢のようだが、着ているものはいたって平凡だ。しかし、だからこそ余計に女性の美しさが際立っている。

「あの」

 他を寄せ付けない雰囲気に声をかけるのもためらわれたが、ディールは心を決めて女性に歩み寄る。ひょっとしたら城内の地理に明るい人物かもしれないし、今が一体どういう状況なのかも尋ねておきたいと思ったのだ。

 静かに女性が振り向く。そこで彼女の腰に剣が差されていることに気付く。とすると、城の人間ではないのかもしれない。

「あっ、キミも冒険者なの──」

「無駄なのに」

 女性が声を洩らした。不意を食ってディールは口を開いたまま固まる。


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