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6-13

 三人は黙って風に運ばれていく塵を見送った。

「あっ、そういえばリベルやレミは?」

 ふと思い出してディールが尋ねる。

「二人とも休憩中っつーか、とっつあんの面倒みてるっつーかよ。そろそろ来てもいいとは思うけどな」

「魔法を使いすぎてジグザールさん、立つのも辛そうだったんです」

 だからジンとクラッセだけで様子を見にきたのだと彼らは言った。

「──ジグザールって言ったかい?」

「あん? バーサンの知り合いか?」

 ジンがゼンに顔を向ける。彼女は無言で返した。

「あっ、三人がやってきましたよ」

「なんだなんだ、おんぶされてんのはリベルの方じゃねーか」

 ジンやクラッセの声にディールも同じ方を向く。戦闘のあおりを受けて崩れかけた建物の陰から疲弊したジグザールの姿が見える。その背には瞼をつむったリベルの姿があった。足をひきずる魔道師から遅れて黒フードのレミも現れる。

「どっちが面倒みられてんだかよ?」

 肩をすくめて笑うジンに、ディールも笑い返す。

「仕方ないですよ。リベルさんも凄い魔法を使ったんですから」

「ジグザールさん、大丈夫か?」

 ようやく彼らのもとへ辿り着き、少女をそっと降ろした魔道師にディールが声をかけるなり「重い!」、ジグザールはどかっと地面に座り込んで叫ぶ。

「よわっちぃなーおい。女一人おんぶしただけでそのご様子たぁ、運動不足なんじゃねーのとっつあん」

 ジンがにやにやしながら彼を見下ろす。

「黙れ! どれだけ魔法を連発したのだと思っているのだ。この娘、いきなり気絶しおってからに……。しかし、よくやつの狙いに気付いたな」

 相変わらず不機嫌さを隠そうとしないジグザールだったが、ふと軽口を叩く男を見上げた。咄嗟の防御魔法でケイオスの攻撃を防いだときのことを指しているのだと、ジンはすぐに気付く。

「ああ、ディールが突っ込んだときにな、空が一瞬だけ光ったろ? そんときにな、妙な違和感を感じたんだよ。あれは確かにディールの剣で攻撃する前だった……野郎の腕が消えてなくなっちまってたんだ。──そこに気付いたのは攻撃が来る直前だったけどな」

 ジンの説明にジグザールは心の中で感嘆の息を洩らした。誰もがディールの攻撃に目が釘付けになっていて、まさか背後からケイオスの手が迫っているなど考えもしなかった。その状況であくまで冷静に周囲に目を向け、脅威の存在を察知するとは、なかなかどうして冷静な男ではないか。

「なるほどな。ただの口が悪いだけのシーフだと思っていたが、少しは役に立つこともあったらしい」

「素直に褒めてもいーんだぜ?」

「ふん!」

 そろそろお馴染みになってきたやり取りをディールとクラッセは顔を見合わせて笑った。リベルともそうだが、すぐに人と悪態をつきあいながらも、ここぞというときには頼りがいのあるジンという男の存在を想っての笑顔だ。

 だが、天を仰いだディールのそんな笑みも自然と消えていた。闇の化身であるケイオスも滅び、いい加減に夜も明けていいはずなのに、依然として暗雲渦巻く空に一抹の不安を覚えたのだ。

「不甲斐ないねぇ!」

 ディールは見上げていた顔をゼンに向ける。

「どーしたんだよバーサン、急に怒り出したりして。……なに固まってんだとっつあん?」

「顔色悪いですよ?」

 クラッセは、腰に両手をあてているゼンと青ざめて硬直しているジグザールとを交互に見比べる。

「ぐぉっ?! れ、レンゼン様がどうしてここに……」

「どうして、じゃないよ。あんたがついていながら、闇の者に大層おおきな顔をさせていたじゃないか、えぇ? なんのために破邪の魔法を伝授したと思ってるんだい。さては大して役に立たない魔法だと思って、修行をサボっていたね?!」

「そ、それは……」

 ジグザールが言葉に詰まって肩をすぼめる。

「威張り散らしていた魔道師様もバーサンの前じゃ形無しだな」

 面白そうに二人の様子を見ているのはジンだ。

「ねぇ、ディール」

「レミ」

 気付けば隣に立っていた少女に視線を移したディールは、すぐに彼女の言いたいことが理解できた。なぜなら彼も同じことを考えていたからだ。

「いつになったら夜が明けるんだ?」

 ゼンならその答えを知っているかもしれない。そう思い老婆に声をかけようとしたとき──

「動くよ」

 ジグザールへの叱責を中断したゼンが空を見上げた。彼女につられて夜空を仰いだディールとジンは眉根を寄せ、レミやクラッセは呆然と立ち尽くす。老婆に叱られていたはずの魔道師の顔には驚愕の表情が浮かんでいた。

「モン、スター……?」

 一人つぶやいた少女の黒フードが後ろにずり落ちる。ふわりと柔らかそうな銀髪が腰に届くほどに垂れ下がるが、手早くすくい上げ首の後ろに押し込めると、彼女は再びフードをかぶりなおす。薔薇人形のように整った顔立ちも、闇の空を凝視する彼らの誰の目にも留まることはなかった。

「まさか、あれはデビルフライ──なのか?」

「なんだって?! あの黒い翼のような形になっているのがそうだっていうのか、ジグザールさん!」

 一面に墨をぶちまけたかのように黒色に染まっている空。星の一つや二つくらい瞬いていてもよさそうなはずなのに、他の色が全て黒に塗りつぶされているような闇夜だった。暗雲すら見えない。まるで本来あったものをそこにあるなにかが覆い隠しているようだ。

「ムググッ……こ、こら、放せ!」

「落ち着けってディール」

 ジグザールの胸倉を掴んだディールを慌ててジンが引き離しにかかった。放っておけば、気絶するまで首を絞めてしまいそうなほどの勢いだったのだ。

「邪魔をするなジン! デビルフライは……やつは! 俺の故郷を滅ぼしたモンスターなんだ! 父さんも母さんも、仲の良かった幼馴染だって、みんなみんなやつに殺されたんだ! 落ち着くなんてできるかっ!」

「ディールさん……ジンさん!」

 さすがはファイターというべきか、いくら身のこなしや体力に自信のあったジンであっても、冷静さをなくしたディールを取り押さえるのは容易ではない。彼の変わり様に面食らっていたのはクラッセだが、これはジンに加勢をと一歩踏み出したところで「待ちな」、ゼンの制止でピタリと止まる。

「あんたの村を襲ったデビルフライとは恐らく別物だよディール。姿形が似ていることと、その凶暴さから同じ名前をつけられただけのモンスターさ。もちろんそっちも、並みの冒険者じゃ歯が立たないのは事実だけどね」

 そうしてゼンは再び頭上に目を向ける。いよいよなって夜空において、黒よりも深く濃い、真の闇が輪郭を顕わにしていった。

「あれが……世界の終焉に現れるという……。ええいっ、いい加減に放さんか!」

「す、すまないジグザールさん」

 ハッとして手を放すと、ジンもやれやれといった顔でディールの体から離れる。ようやく一息ついたところで解放された魔道師と空とを見比べた彼は、

「まるで巨大な怪鳥だな。とっつあんはあれが何か知ってんのか?」

「うむ」

 問われたジグザールは、腕を組むと「おとぎ話かと思っていたが」と口を閉じる。

 尖端は何本もの剣先を合わせたような鋭さをもって羽ばたいた。その一振りごとに突風ではなく、背筋の凍るような気配がディールたちにまとわりつく。

 それに首はなかった。翼だけが黒を背景にして幾度も上下する。上半身は去り往く闇と同化して姿を成していなかった。

「あっ……」

「眩しいっ。た、太陽?!」

「デビルフライが……去っていくのか」

 闇の怪鳥が羽ばたき、西の空へ飛び去っていくと、天に切れ目が入ったように眩い光が飛び込んできた。それは実に突然の出来事だった。

「まるで黒いカーテンを引いたみたいだな」

 素直な感想をジンが洩らす。

「襲ってこないのか……?」

「おいおい、いやなこと言ってくれなさんなってディールよぉ。やつの気が変わって引き返してきたらどーしてくれんだっつの」

「それはまずいですよ! いくらゼンさんが応援にきてくれたからって、あんなの倒せるものなんですか?」

 うんざりした顔のジンの腕をクラッセが困り果てた表情でつかむ。

「心配ないよ、デビルフライはモンスターじゃない。現象だからね」

「現象?」

 ゼンは、口を揃えた面々を順番に見渡す。

「ま、詳しい話は一休みした後にしようじゃないか。当面の危機は去ったわけだからね」

「そうですな──」

 とにかく皆疲労困憊だ。そう察したゼンの意図を感じ取ったジグザールが同意しかけたとき、

「あ、ああ、そうそう……ジン」

「な、なんだよ?」

 振り返ったジンは、ディールの顔を一目見るなり嫌な予感がして後ずさった。

「おまえ、体力には……自信があるよな? すまん……頼む」

「はあああっ?! て、てめぇっ! もしかして気絶するつもりじゃねーだろーな!」

 彼の目に映ったファイターはすでに瞼も半開き、いまにも深い眠りに落ちてしまいそうな表情だったからだ。

「世話をかけるな……」

「まさか背負って宿まで運べって──あっ、おいコラッ!」

 もたれかかるディールを避けきれなかったジンは、「ぐわっ」アヒルの鳴くような声でディールもろとも後ろに倒れる。

「リベルのやつだっているんだぜぇ?! 二人も面倒みれるかよ!」

「あはははっ、ジンジン頑張ってぇ〜」

 それまでゼンの肩にいた妖精がジンの周りをくるくる飛んだ。それを片手でつかまえようとするが、さすがに尻餅をついたままの格好では上手くいかない。歯噛みするジンは、さらに近づいてきた姿にギョッとした。

「ぼ、僕もお願いしますジンさん……ははは……」

「おっ、おめーも?! じょ、冗談じゃねえぞ!」

 パタリと倒れたのはクラッセだ。ジンの悲鳴が辺りにこだました。



「彼らに魔法の武器を授けたのはあなただったのですね、レンゼン様。どうりで強いわけだ」

 歩みを止めたジグザールがゼンに顔を向ける。喚くシーフの姿が目に入り、苦笑する。

「魔法の武器のおかげで強くなったっていうのかい? まったく教えたことが身になってないねぇ。武器を持つから強いんじゃない、強い心を持っているから闇に立ち向かうことができるんだよ」

 改めて説教が始まることを恐れたのか、ジグザールは首を縮めて愛想笑いを返す。

「……ごもっともです。ですが、その強い心を持っていても武器がなければ戦えない。そうでありましょう?」

「口だけは達者だね」

「世俗を捨てたあなたとは違って、コレがなければ世の中渡っていけないものですから」

 そう言ってジグザールは体を曲げて地面にあったものを手にする。それは彼自身がへし折ってしまった杖だった。

「彼らの武器には破邪の魔法もかけられているのですな。普段そういった力を使い慣れていなければ、張っていた気を緩めた途端に気絶するのも当然」

 ジグザールが言うのは、リベルを始めとするディールやクラッセらのことだ。といっても、彼が声をかけたはずの老婆はすでに空へ目をやっていたので、聞こえていないようだったが。

「ついに動き出すね。止まっていた時間が……世界が。師匠、あんたはこうなることをずっと昔からわかっていたっていうのかい? だとしたら、どうしてあたしには本当のことを話してくれなかったんだ。あたしは師匠のことを……あたしを置いてどっかに行っちまったあんたたちのことを憎んで──」

 昇ってくる朝日が眩しくて、ゼンは目を細めた。

 彼女の独り言は誰の耳にも届かなかったが、自分の師匠であった女性だけはゼンがそう呟くことを知っていた気がしてならなかった。そしてもうひとり──

「どういうことだ……?」

 掌にあるものを不思議そうに見つめるジグザールの怪訝な声も、待ち侘びた太陽を喜ぶ鳥たちの歌にかき消された。




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