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6-12

 咄嗟に周囲へ意識を巡らせたケイオスの眼に、三日月の光が入る。しかし、それ以外には特に変わったこともない。

 これは老婆が、自分を惑わせるためについた嘘なのか。

 ケイオスの気がよそにいっている隙を狙って、仕掛けてこようという腹なのだ。

 だが、それにしては老婆の吐いた言葉と表情には、真に迫るものがあった。

 なにかしらの意図があるのは明白。……にしても解せぬ。

(ナニガ目的ダァッ?!)

 自分を見つめる老婆は、不敵な笑みを浮かべたままで、全く動こうとする気配すらない。

 このままジッとして、己の身を縛る魔法が解けるのを待つが良策か。

 そこまで考えを巡らせるまでに経た時間は、ほんの二秒か三秒。それがケイオスの命取りとなった。

 微かな風を切る音。

 そしてその現象は、黄昏の王が危機を感じ取る暇もなく、起こった。

 浮かんでいた三日月が落下してくる。

 本来、空にあって、地平線に消えていくことはあっても、月が落ちてくることなどあるはずもない。

 それもよくよく考えてみれば、暗雲立ち込める漆黒の空において、月が見えるというのもおかしな話だ。ただ、思考がそこに行きつく余裕はなかった。

「あああああああああ──ッ!」

 三日月と共に降ってくる雄叫び。

 いや、それは月などではない。ケイオスにとっては禍々しい、しかし闇の者である彼を除いては神々しさすら感じる一筋の光。

 はち切れんばかりに見開かれる巨人の双眸。その狭間に生まれる光の柱。

 シギルの剣は、闇の者に断末魔の叫びを発する事すら許さなかった。ケイオスは再び聖なる炎に覆われ、その巨躯は右と左に別れて二度と繋がる事はなかった。

「ふん、よくやったじゃないか。上出来だよ」

 巨大な岩の塊が二つ生まれる。少し前まで優越に浸っていた悪意の塊だ。

 始まりは街全体を震撼させ、多くの人々を恐怖の渦に陥れたというのに、終わりはなんともあっけない。得てして嵐の過ぎ去った後というのは、こういうものなのか。

 家々の崩れた残骸、大小の穴がちらほら開いているのが見られる大通り。瓦礫に下敷きにされた人もいる。

 恐慌はとっくの昔に収まり、人気のなくなったブュッフェの街並みは閑散としていた。

「やつは……滅んだのか?」

 立ち尽くす人影から、いまだ不安を拭いきれないつぶやきが洩れた。

 天を見上げれば、空を覆いつくしていた黒蝶の影形すら見つけられない。邪悪な魔力を漂わせていた魔法陣も消え去っている。

「そうさね。やつは闇の彼方へと還っていったのさ」

 ゼンは、剣を杖代わりにしてかろうじて立っているディールの背中に、脅威が取り除かれたことを告げた。

「ごらん、塵になっていく。あれはやつの体を造っていた魔道師たちの成れの果て、闇に組していた者がこの世に遺すものなど、ないのさ」

「終わり……か。長かった夜も」

 岩肌がぼろぼろと崩れていく。

 その様子は、ケイオスと名乗っていた魔神の周りだけが、急速に時間の流れを早めていっているかのようだった。剥がれ落ちた岩盤が地に着く前に風化し、塵となって虚空へ消えていく。

「もともとは人間だったのに、どうしてあんな……」

 俯き肩を落とすディール。

 本当に彼らを闇から救う方法はなかったのだろうか、たとえ一度闇に堕ちたとしてもやり直すことはできなかったのだろうか。彼の胸中に、闇に堕ちた彼らを人間としてこの世に遺せてやれなかったことに対する、自責の念が渦巻く。

「人間は大概のことは立ち直れる、己次第で自分を変えることだってできるけどね。闇に取り込まれてしまった人間には、魔物として生きるか全てを失うか、選択肢はそれしか残されていないんだよ」

 ゼンはディールの心中を察したように言葉をかけた。

 彼らのような年端のいかない若者たちには、たとえ異形に成り果てたものだとしても、元は人間だったものが塵になっていくのを見るのは苦しいことだろう。そう思っての彼女の気遣いだった。

「たくさんの人間を殺したんだ、やつは。んなやつのことを気にしても仕方ねーだろ。俺らは胸張って生きてりゃいーんだよ」

「そうですよ。ディールさんは何も悪くありません、悪いのは闇に手を染めてしまった人たちなんですから」

 ディールはハッとして面を上げた。

「ジン、クラッセ!」

 引きつった笑みを浮かべて登場したジン。クラッセがその後を走り、駆け寄ってくる。

「おそらく、自分たちが得た力を見せつけたかったんだろうね。負の感情に支配された人間の考え付きそうな話さ」

「どういう意味ですか?」

 クラッセが三人を代表して尋ねる。

 だが、ディールはゼンの答えを待たずして、彼女の言葉の意味を理解した。彼女が言うのは、闇の魔道師たちがどうしてブュッフェの街を早めに壊滅させなかったのか、ということだろう。

 それはディールも怪訝に感じていたことだ。それだけの力をやつらは持っていたはず。

「闇に堕ちるには、それなりの理由があるって意味さ。己の欲望を満たそうとする者、願いを叶えるためにあえて闇に手を染める者、劣等感に侵されてただ力を求める者。理由は様々だけれど、どれにも共通しているのは、闇に堕ちた連中はいずれ最初の目的を忘れて、自分の力に酔いしれるようになってしまう。それは今も昔も変わらないことさね」


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