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6-11

 異変が生じた。

 本来ならば、ブュッフェの街の全貌を見渡せるはずの黒蝶の視界が、全くケイオスに伝わる気配がない。

「オ、オカシイ」

 疑問に思いながらも、それはそれでいい、と彼は考えるのをやめた。

 どちらにせよ、この街ごと灰に変えてやればいいのだ。

 単純明快な答えだが、誰も彼に異を唱える者はいない。

 ならば魔法陣の魔力を解き放つのみ!

「アノカタモ、オヨロコビニナルダロウ」

 ケイオスは己に酔った。

 自分の力を持ってすれば、人間など塵に等しいのだと。

 世界を無に還した時こそ、全ての願いが叶うのだと。

 力を解き放つための呪文を唱える。

 その場に人間がいたならば、怨念と狂気をはらんだケイオスの呪詛に、精神が崩壊してしまってもおかしくはない。

 ただ、それを聞いているのが普通の人間だったならば。

 彼はもっと早くに気付くべきだったのだ。

 黒蝶の視界が失われたのは、ただの偶然などではない。明らかな目的を持って行われた、人為的な行為なのだと。

「グガッ?! 魔力ガヘッテイク……」

 異変に気付き、ただでさえ醜いケイオスの顔がさらに醜く歪む。

 街をまるごと消し飛ばしてしまえたはずの強大な魔力が、刻々とその力を減じていくではないか。

 さらに解せぬのは、周囲にピリピリと張り詰めて感じる空気。

 おかしい、おかしい。

 異常事態に他ならないのは、彼も思い至るが、その理由がわからない。

 邪魔な冒険者どもは確実に排除したはず。それなのに、なぜ?

 ケイオスは、かつて人間だった闇の魔術師たちの記憶も受け継いでいた。

 その記憶によれば、この街の近くには、彼の脅威となりうる存在などなかったはず。

 それなのに、なぜ?!

 予想だにせぬ事態に、身を硬直させる。

 その時だった。

「地より深き獄から這い出し者は、決して光を浴びること叶わし者。

 己の領分を守り、再び闇へと戻れ!」

 途端、ケイオスは自分の身にまとわりつくものを感じた。

 はたから見ていれば、紫色した巨人が鎖でぐるぐる巻きにされているように映っただろう。

 白光を伴い鎖の型を成した魔力の塊が、ケイオスを締め付けていた。

「あんたみたいな下っ端にくれてやるほど、あの子たちの命は安くないんだよ!」

 しわがれた声が、淀んだ空気を裂いて響き渡る。

「ナンダ貴様ハァッ?!」

「バァバの名前は、あんたみたいなバケモノになんて、教えてやんない!」

 すかさず聞こえた返事に、ケイオスの視線が宙を彷徨う。

 ちろちろと、小さな光が己の周りにある。

「コノ蝿ハ、ナンダァ?!」

「失礼ね! あたしは妖精よ!」

 プンプンと頬を膨らませた、非常に小さな生物が目の前にいる。

 ケイオスは大きな口を開いてそれを飲み込もうとしたが、すんでのところで逃げられた。

「そのへんにしときな、リンリン。こんなやつと会話なんてしてたら、そりゃぁあたしも吐き気がしてくるからね」

 しばし離れた中空に浮かぶ老婆が、なんとも憎たらしい口を叩くではないか。

 巨人は怒りに目を血走らせる。

「不味ソウナ肉ヲヒキチギッテ、骨マデ噛ミ砕イテヤロウカ!」

 いきんで叫ぶ巨人を前に、老婆がつまらなさそうに手を振る。

 それも仕方のないことだ。

 いくら虚勢を張っても、拘束されて身動き一つ取れないケイオスにとっては、それが最大限の威嚇である。

 もちろんそれを見抜いているからこそ、老婆の態度も冷ややかだ。

「大口を叩くねぇ。まぁ、最期くらいは文句くらい聞いてやろうじゃないのさ」

 余裕のある態度で老婆が笑んだ。

「あははっ、人間たちの言葉で、これが負け犬の遠吠えってやつ?」

 リンリンが手を叩いて喜ぶ。

 老婆は、手に持つ杖を握りなおした。

 眼光鋭く、老いによる衰えは感じさせない佇まい。

 みなぎるような魔力は、邪悪の化身たるケイオスをも圧倒していた。

 傍でひらひらと飛んでいる小さな少女は、彼女の連れになってもう何年にもなる妖精。

 そしてこの不敵な笑みを浮かべる老婆こそが、真紅の魔術師であった師の後継、レンゼン・ファスタその人であった。

「オノレッ……オノレッ……オノレェェェェェェェ!」

 巨人が咆哮を上げる。

 それまでの優位はどこへやら、一転して劣勢に立たされてしまい、腹立たしいことこの上ないといった様子。

「アノ方ガ復活シタラ、オイボレヲ真ッ先ニ始末シテヤル!」

 ケイオスが吠えた。

 この言葉で老婆は恐れおののき、悲鳴を上げて逃げ出すだろうと考えての発言だ。

 しかし、普通に考えれば、ケイオスの言う"あの方"とはどのような人物を差しているのか分かりかねるところ。そこに至らないところが、巨人の狼狽ぶりをよく表していた。

「あの方とは、誰だい?」

 スッと、目を細めてゼンが聞いた。その声は冷静そのものだった。

「誰、ダトォォォ?! アノ方ハ……」

「この世界そのもの、かい? それとも別の存在なのかい? さぁ答えな!」

 問い詰めるように彼女は声を張り上げる。

 言葉に詰まったようにケイオスが沈黙する。

「どちらにせよ、あんたのようなただの尖兵が、人間様の領域を侵しちゃいけないのさ!」

 一喝。

 すぐに巨人は、ただでさえ大きな目玉をさらに大きく見開く。

「ムシケラガァァァァ! 今スグニデモ塵ト化シテヤルワァァァァ!」

「ふんっ、あたしの方にばかりかまっていて、いいのかい?」

 その台詞でケイオスは我に返った。だが、時すでに遅し!

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