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6-10

 当初の狙い──ファイターの男を返り討ちにし、それに気を取られた仲間の隙をつく──は計算通りにいかなかったものの、憎き冒険者どもの注意は都合良くこちらに集まっている。ケイオスは瞬時にそう判断した。

「グギギ……マヌケナヤツラメ」

「まぬけ? 一体なんのこと……ハッ、ディールさん!」

 ケイオスの声は小さなものだったがその言葉に反応したクラッセは、その狙いが自分たちにあるとは知らず、すぐにディールを避難させようと飛翔の剣に念じた。クラッセの位置からはディールが気を失っているように見えたのだ。

 事実、ディールは僅かな間だったが気を失っていた。度重なる連戦による疲れと、シギルの剣の威力によって意識が飛んでいたのだ。

 反対にケイオスは黒蝶を通してジンらを見ていたため、クラッセの叫び声を聞いて目玉をグリンと動かす。


『マトメテ死ネ』


 ディールを確認したケイオスがそう言いたげに口の端を吊り上げる。

 それを見たジン。あの時感じた違和感はこれだったのだ。

 点と点が繋がった瞬間、彼は叫んだ。

「とっつあん!」

 一瞬怪訝な顔をしたジグザールの視線がジンに往く。

「後ろおおおぉぉぉぉぉぉぉ!」

 日常的に戦いとは無縁の者であれば、名前を呼ばれて「後ろ!」だけでは、たとえ何が起こってもおかしくないような怪物と相対しているこの状況でも、すぐに反応することは難しかっただろう。一瞬でも疑問が湧き上がってくるのが普通で、その一瞬の疑問が生死を分かつことは戦場では往々にしてよくある。まさに今こそ、そのほんの一秒二秒が致命的な遅れとなりうる状況だった。

 だが、ジグザールとて若い頃は現役の冒険者として慣らした生粋のメイジだ。たとえ敵の姿が見えなくとも、危険が迫っていることを感じとった仲間の一声で窮地を脱したことも少なくない。

 そういった過去の経験則からジンの叫び声の意味を肌で感じ取った彼は、思考するよりも先に呪文を唱えていた。

 声の限りに叫んだジンが後ろを振り返って見たものは、指先が互い違いに絡まりあってジンらに向けられている巨大な手の平。

 ジンが感じた違和感の正体。いつの間に魔力を蓄えていたのかと思ってしまうほどにケイオスの手から凄まじい電撃がほとばしった。

 それを見たのはジン一人。それほどの瞬きの間。

「光よッ!」

 叫んだジグザールは電撃すら見ずに両手を広げた。

 衝撃!

 ぐにゃり、捻れる景色。そこに見えた天が地に変わった。

 直前、ジグザールの唱えた魔法によって光の膜に覆われていたジンたち。

 光に包まれた彼らが電撃の奔流に包み流された後、ケイオスの巨体が立つ背後の直下には大きく窪んだ大地が生まれていた。

 そして──狂ったように笑い声を上げる黄昏の王の姿を瞳に映す者は、そこにはいなかったのである。




 まるで隕石でも落ちたかのように深々と口を開けた大地。

 周りにあったはずの民家は跡形もなく消え去り、その代わりとばかりに、電撃の降り注いだ跡からしばらく離れた場所で、無残に砕け散った元は民家を成していた木片たちの物言わぬ姿があった。

 ブュッフェの街並を大きく変えるほどの規模ではなかったが、これを元の姿に戻すには相当の手間がかかるだろう。

 ただ、そんな心配は必要ないのかもしれない。なぜなら、このままではこの街ごと消えてなくなってしまうからだ。

 ひとしきり笑い終えた破壊者は、なおも湧き上がってきそうな笑いを噛み殺し、原形の面影すら残っていない街並みを見下ろした。

 致命傷の一撃を喰らわすために飛翔の剣で飛んでくるディールの勢いを殺すため、岩石を体から大量に放出したせいで、背中は大きく空洞ができたままになっている。また、シギルの剣の炎で残った体も随分と溶かされてしまった。

 それでもまだケイオスを全て溶かすには至らなかった。シギルの剣の炎はその使い手が意識を失ってしまったためか、ケイオスを全て飲み込む前に鎮火してしまったのだ。

 闇の力の塊であるケイオスであれば、多少のダメージならばすぐに修復することが可能であったが、シギルの剣から受けたダメージだけはどうも容易には治らないようだった。

 しかし、

「グギャッグギャッ、邪魔モノハスベテコノオレサマノマエニヒレフシタ! コノママ世界ノスベテヲ闇ヘトカエシテヤロウ」

 肝心のシギルの剣を持つ男は自分が放った最大級の電撃によって跡形もなく吹き飛んだのだ。忌々しい剣の邪魔がなければもはや自分の邪魔をする者などいない。

 すぐに体を修復することが叶わないのはしゃくだが、時間が経てばどうとでもなる。

 ただ、それでも若干の懸念をケイオスは感じていた。

 一つは、その忌々しい剣を持つ男の死に様を確認することができなかったこと。

 もちろんあれほどの電撃を受けたのだから、跡形もないほどバラバラに飛び散ったからだとしてもおかしくはない。

 とはいえ、あんな禍々しい力を放つ剣を持つ男が果たして本当に今の攻撃で何の抵抗もなく倒すことができたのだろうか。たとえ持ち主が気を失っていたとしても、特別な力を持つ武器が持ち主を守る場合だってあるのだ。

 そして二つ目に、宙に浮いていた連中の一人が、ケイオスによる死角からの攻撃に気付いた素振りを見せていたことだ。

 あくまで奴らは自分の狙いには気付いてはいなかったはずなのだ。仲間の窮地にやつらの目はファイターの男に釘付けになっていたはずである。

 ましてやこの闇夜では、闇の化身であるケイオスであれば別だが、ただの人間ごときの目があの(・・)異変に気付けたはずもないのだ。

 そこまで考えを巡らせたケイオスは、やがてそれがどうでもいい無意味な考えであることに気付いた。

 もしもあの禍々しい剣が特別な力を発揮していたとしても、そして宙に浮いていた連中の一人が自分の攻撃を直前に察したとしても、結果として眼下の光景には誰一人として忌々しい冒険者たちの姿は残っていない。

 つまりは全ての邪魔者たちは、自分の放った電撃の前に破れ去ったのだ。

 満足げに頷いたケイオスは空を仰ぎ見た。

 黒き蝶による魔法陣にも魔力が十分に満ちていくのが見て取れた。心地よい、恨みや妬み、憎悪と悪意に満ちた魔法陣の光がケイオスを恍惚へと誘った。

 闇に堕ちた愚かな人間の魔道師たちだったが、それはそれで役には立った。

 黒蝶の視界を使った邪魔者たちの意表をついた攻撃で、やつらを一掃することにも成功したし、置き土産の魔法陣を使ってこれからどうしてくれようか、とケイオスは一つ思案した。

 街の人間どもを存分に恐れさせ、死に怯える声を堪能した後、一瞬で街ごと消し去ってやるのもいい。もしかしたら街に残っている人間はもういないかもしれないが、それでもいい。次の街へ行って、また殺戮に興じて楽しめばいいだけのことだ。

 なにせ闇の者であるケイオスにとって時間は、文字通り腐るほどあるのだ。邪魔な冒険者どもとの戦いではあったが、それも余興の一つと考えれば、なかなか楽しめたというもの。

 まずはどれほどの人間が残っているのか、どれ、黒蝶の目を使って確認してやろう。

 そう思ったケイオスが黒蝶の視界に意識を合わせた時。

「グ……ギギ? ナンデダ?」

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