6-8
ここから少し書き方を変えました。中途半端な一人称を辞め、三人称形式で続けます。
黄昏の王ケイオスはそう笑いながら言って、静かに右の手の平を前に広げた。その手の平に暗い渦が巻き始める。ディールたちの間に緊張が走った。
「チィッ!」
ディールは鞘に収めたブロードソードを再び抜き放つ。あれがすでに人の心を持ち合わせていないのならば戦う他にない。もしこの剣が本当にシギルの剣だとすれば、闇の者であろうケイオスにとってはとてつもなく脅威であるはずだ。幼い頃に読んだデュランドー・シギルの英雄譚によると、シギルの剣こそが唯一、闇の者を真の意味で打ち滅ぼすことができたという。
「リベルッ、おいリベル! 魔法に集中すんのは中止だ! とんでもなく危険な感じがするぜありゃぁ。ひとまずあれを避けなきゃいけねぇ!」
ディールの持つ剣ならばあれを防ぐことができるだろう。しかしさすがに全員を守りきれるかどうかというと、ジンにはわからない。それほどまでにケイオスの右手にある闇の渦は大きく禍々しい感じがするのだ。そう感じとったジンが慌ててリベルの肩を揺する。
だが精神を集中しているリベルは目を閉じたままだ。まるで己の心の中にいる何者かと向き合っているかのようだ。そう、小さき太陽を目覚めさせた魔法を使ったあの時のように。
だがジンはそんなリベルの変化には気付かない。ジンと同様にクラッセやディールの額にもじわりと汗が滲む。
「オソイ……オソイネェ!」
ディールたちの様子を嘲笑うようにケイオスが手の平を大きく振り上げる。その瞬間、ディールは覚悟を決めた。例えどんな攻撃が来ようと、自分がこの剣で防いでみせる。これがシギルの剣であったとしても、そうでないのだとしても、今はそれしか抵抗する手段がないのだと。
ケイオスが右手を振り降ろす。手の平に集まっていた闇の渦が五本の指と同じ数の刃となって襲い掛かる。その五つの闇の刃は、ひとつひとつがそれを放ったケイオス自身の腕よりも太く、ディールがいくら覚悟を決めて防ぐと決めたとしても結果は明らかだ。
闇の刃がケイオスの指を離れたとき、クラッセは自分の持つショートソードを固く握り締めていた。
兄のような立派なファイターになりたい。そして大切な人を守れるようになりたいと願って目指した冒険者。それなのに自分は皆の足を引っ張るばかりではないか。こんなところで何もできずに死んでしまっては、それこそ尊敬する兄に顔向けできないではないか。
クラッセの持つ剣は、彼がそれを手にしたときから今まで持ち主を助けることはなかった。それはクラッセの心の隅にどこか甘えがあったからではないか。自分が失敗したとしても最後にはディールやジンらがなんとかしてくれる。自覚してはいないが……いや自覚していないからこそ、クラッセの剣は彼に力を貸すことがなかったのではないだろうか。
闇がクラッセらに迫り、ディールの持つ剣だけでは闇の刃を全て防ぎようもないことがクラッセの目にもはっきりとわかった。ジンだって成す術もなく、迫りくる闇をただ凝視するしか他にない。杖を失ったレミはもとより、魔力の尽きたジグザールや頼みの綱のリベルでさえもよほど魔法に集中しているのか、目を閉じたまま己に身の危険が迫っていることに気付いてすらいない。
この時ほどクラッセは自分が情けなく思ったことはない。守りたい人たちを守ることもできないのか、それほど自分は無力なのか。
クラッセが己の無力に打ちひしがれたとき、同時に彼は仲間たちを守る力がほしいと、心の底から願った。
「ギャーッギャッギャッギャッ! 死ネ! 死ネ! シネェェェェェッ!」
狂ったような黄昏の王の声が次の瞬間に凍りつく。
それはまるでクラッセの仲間を守りたいという心からの強い想いに彼の持つ剣が応えたかのようだった。彼らを切り刻まんと迫っていた闇の刃は消えてなくなっていた。
だが、その表現は正確ではない。実際は消えたのは闇の刃ではなくディールたちの方なのだから。
その証拠に闇の刃はしっかりとディールたちの元いた場所の地面に深い傷跡を残していたのだが、ディールたちには闇の刃が消えたかのように見えただろう。それは辺りが依然として深い夜から醒めず暗闇に包まれており、周りの景色が変わったことがすぐにはわからなかったことと、ディールたちもケイオスも予想のできない速さでディールたちがその場からいなくなったからだ。
ディールたちはちょっとした山ほどもある巨体のケイオスを見下ろす位置で浮かんでいた。
この現象を引き起こした張本人であるクラッセは、自分の持つ剣の刀身が澄んだ湖の水のように透き通っていることに気付いた。
「その剣の力なのか……?」
いち早くクラッセの剣の変化を察したジグザールが喉の奥から声を搾り出す。
「僕にも……僕にもみんなを守ることができたんだ」
ディールたちが闇の刃から難を逃れることができたのは、クラッセの仲間を守りたいという気持ちに彼の剣が応えた結果だった。クラッセの剣には飛翔の効果を持つ魔法がかけられていたのだ。
「こりゃーたまげたぜ。まさかあのバケモンも俺らが自分の頭の上で浮かんでるなんて思いもよらねぇだろうよ」
地に足が着かないことに若干の居心地の悪さを感じつつも、ジンは感心した面持ちでクラッセを見る。
「奴さん、俺らを見失ってキョロキョロしてやがる。攻撃すんなら今がチャンスだぜ」
そう言ってジンが全員を見渡すと、ディールはクラッセに顔を向けて、
「クラッセ、俺をやつの所に飛ばすことなんてできるか? もしこの剣がシギルの剣だというなら、直接攻撃することで致命傷を与えられるかもしれない」
ディールが提案すると、ジンは「確かにそうかもしんねぇな」と言い、クラッセは「できるかどうかわからないけど、やってみます」と自分の剣を見つめる。
「さっき、ケイオスが、私たちを攻撃、しようとしたとき、眉間の辺りに、魔力が集まっていくような、気がしたよ」
ふと、それまで黙っていたレミが言い、ケイオスへ指を差した。そんなレミにジンが不思議そうな顔を向ける。
「おめぇ、魔力なんて感じたりすんのかよ?」
ジンの言い分はもっともで、レミはリベルやジグザールのように魔法が使えるわけではないのだ。
「私には魔力が集まっていることなどわからなかったが……」
目を閉じたまま集中しているリベルの代わりではないが、魔法を使えるジグザールがおずおずと言った。
2人に言われ、レミは「なんとなく、だから」と小さい声をさらに小さくして言ったが、
「いやジン。どっちみち、どこを攻撃すればいいかなんてわからないんだ。レミがそう言うんなら俺はそれを信じて剣を振り下ろすだけだ。クラッセ、やつの眉間の辺りに俺を飛ばしてくれ。やつが俺たちに気付く前に仕掛ける」
クラッセは「では、いきます!」、持っている飛翔の剣に意識を集中した。確信などなくても、もとより多くの選択肢など持ち合わせてはいないのだ。仲間を信じることだけが彼らの持つ最後の武器ではないか。それ以上言葉を交わさなくてもそれがわかっているからこそ、ジンもこれ以上は反論しない。クラッセもレミやディールを信じて自分にできることをするだけなのだ。
クラッセは飛翔の剣に念じる。風のように速く、ケイオスの目にも留まらぬスピードでディールがケイオスの頭上へ飛べるようにと。
するとクラッセの念に応えるように飛翔の剣が微かに光を帯び、同様にディールの全身を光が覆う。フッ、とディールがクラッセたちから離れ、ケイオスの方へゆっくり動いたかと思うと、一気に加速を始めた。
連載開始からここまでで約10ヶ月もかかってしまい、当初の予定とは随分と違ってしまいました。
初めの頃は一人称で書いていこうとしていたのですが、一人称にしてはあまりにも書きづらく、このままでは続けていくことができないと思うようになりました。
それは私の筆力の足りなさゆえなのですが、なんとしても完結するまでは続けていきたいとの想いから、悩んだ末に書き方を変えることにしました。
私の稚拙な文章を読んでくださる方、最後まで目を通してくださる方がおられるのであれば、途中で書き方を変えてしまい、申し訳ない気持ちで一杯です。