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6-5

 ほんの少し前までダーレスという名前で呼ばれていた砂。それらが風にさらわれていく。

 それはとても悲しいことのようにも思えたけれど、彼のやってきたことを考えれば仕方のないことかもしれない。愛する者を蘇らせるのを邪魔したからといって逆恨みして、何の罪もない人々を恐怖と混乱に陥れたのだ。そんな男に俺はとても同情することはできないはずだ。それなのに、

「どうして闇に堕ちたからといって、あんな死に方をしなくちゃならないんだ」

 どんな罪を背負ったとしても最後くらいは人として死んでいってほしかった。犯した罪は決して消えることはないだろう。それでも、砂のように崩れ果てて骨すらも残らないなんて悲しすぎる。

「人として、しては、いけないことをして、しまったから」

「レミ……」

 俺は静かに目の前を見つめる小柄な少女を見る。その表情は見えない。だけど、もしかしたら彼女も同じようなことを考えているのかもしれない。ダーレスがいた場所をずっと見つめている小さな背中がそう語っているようだった。

(クズガキエタクライデ心ミダサレルカ)

 低く喉の奥から搾り出しているようなしわがれた声に、俺たちは顔を上げた。すると色黒の男はみるみるうちに姿が滲んでいき、その場には建物の影だけが残った。

「どこに消えやがった! 姿を見せやがれ!」

 ジンが大慌てで辺りを見回す。

(スグニコノマチゴト消エテシマイマスノニ)

 甲高い女性の声。まだ若い女性のものだろう、張りのある声がクスクスとどこからともなく聞こえる。

(ダガ、邪魔モノハケシテオクニカギル!)

 色黒の男の声がした。その時、レミとジグザールが空を同時に見て「あっ」と叫んだ。

「どうした2人共」

「ばかな! まさかあの蝶であんなものを描こうというのか?!」

「不可能……ではないけど、街ひとつを、囲めるほど、のものを、描くなんて」

 言葉を失ったまま立ち尽くす2人に、

「なんだってんだよ! 俺らにもわかるように説明しやがれ!」

 なんのことかわからないジンがジグザールの胸倉を掴む。その間にも黒い蝶は螺旋を空に描き、さらに統制のとれた動きで紋様のようなものを描いていった。

 その様子を見ていたリベルは、まるで信じられないというような口ぶりでつぶやいた。

「あれって……ひょっとして魔法陣?」

 俺には魔法のことはよくわからないが、言われてみれば池のほとりでゼンさんが張ってくれた魔法の結界を思い出すと、その魔法陣によく似ていた。

「魔法陣って、あんな蝶で描いたりできるのもなんですか?!」

 クラッセが問いかけると、ジグザールは苦々しい表情で首を振る。

「普通の魔法陣というものは、そう簡単なものではない。それも街を覆うほどの規模のものとなると、いち魔法使いが描けるものではないが」

「ゼンさんが張った、結界の魔法陣は、きっと、"小さき太陽(ティダリア)"にもともと備わっている、機能、だったんじゃないかな。だけど」

 続けてレミが言うと、ジグザールは神妙な顔つきで頷き、

「やつらの特異性を考えればありえん話ではない。おそらく"闇に憑かれた者(パラサイトイビル)"とは、何人もの闇に魅入られた魔法使いたちの集合体なのだ。1人の魔法使いでは持ちきれないほどの魔力を秘めていると言っても過言ではないだろう」

 だからこそブュッフェの街を覆うほどの魔法陣をあんな黒い蝶を使って空に描くことも可能なのだ。そうジグザールは俺たちに説明した。

「じゃ、じゃぁこのまんま黙ってみてたらやべーじゃねーか! 早いとこなんとかしねーとよ」

 慌てるジンに、「言われなくてもわかっている」、ジグザールは苦い表情のまま答える。

 きっとこのままだと、ジンの言うように「やばい」のだろう。そのためには"闇に憑かれた者"を倒してしまうほかにはないのではないか。ただ、俺は何か釈然としない気分になった。あの魔法陣を使った魔法が街全体を滅ぼしてしまえるほどのものなのかどうか、俺にはわからない。だが、なぜやつらは最初からこうしてしまわなかったのだろうか。それほどの魔力があるのならば、俺たちの相手などせずにそうしてしまえば彼らにとって都合が良かったのではないか。そうしない理由がなにかあったのだろうか……。

「ディール、なにぼさっとしてるのよ! あそこを見て!」

 俺は思考を中断して前を見た。ほの暗い何かがある一点に集まっていくのが見えた。そしてそれはすぐに緑色と紫色、茶色の3つの色に変わり、交じり合うようにして膨れ上がっていく。

 それらは形を変えていくと、両手足を作り、それだけでも5メートルはありそうな巨大な足は、石でできたゴーレムのような硬度を持っているようだ。木造りの家などものともしない、運悪くもすぐそばにあった民家がメキメキと悲鳴を上げながらひしゃげていった。

 池のほとりで俺たちの行く手を阻んだゴーレムが巨大化したようなものだろうか。大の大人が両手でやっと抱えられるくらいのサイズの茶色の石がびっしりと隙間なく繋がって全身が構成されているらしく、その継ぎ目からは次々と紫色の毛が生えていった。

 あっという間に紫色の巨大な毛むくじゃらモンスターのような風体になったゴーレムの頭の部分からは緑色の蛇が一斉に生えた。そして、顔の部分が裂けると、あの悪意に満ちた視線を俺たちに向けていた白い目玉が2つ、ギョロリと覗いた。

 白い目玉に魂が宿ったように怪しく瞬くと、ちょうど口にあたる部分が上下に大きく裂けて、ナイフの先端のように鋭い牙がずらりと並んでむき出しになる。

「イキテイルコトノ絶望ヲオシエテヤロウカ」

 その口がニタリと歪んだ。


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