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6-4

(スベテノセイアルモノニ、死ヲ────)


 いくつかの囁き声が重なったとき、闇が夜空に散らばった。

「また黒い蝶だわ!」

 リベルが夜空を見上げて叫んだ。空を舞う黒い蝶は不気味に羽ばたいている。

「いまさらモンスターを召喚しようとでもいうのか?!」

 俺たちの持つ魔法がかかった武器にかかれば、並のモンスターなら相手にならないだろうということは向こうももうわかっているはずではないのか? とはいえ、すでに多くの兵士たちも傷つき倒れ、俺たちだって無傷とはいえない。今の状態でモンスターをたくさん召喚されてしまえば苦しい戦いになることは確かだ。それでも、

「貴様たちには、さきほどの囁き声が聞こえたか? "闇に憑かれた者(やつら)"も相当の痛手を受けているのはまず間違いないと思っていいだろう。おそらくこれが最後の攻撃になるはずだ。それをただ普通のモンスターを召喚してくるだけということはありえない、なにか考えがあるはずなのだ。最後まで気を許すな」

 苦しそうな表情のジグザールに言われ、俺とリベルとレミは頷く。

「あんたに言われなくてもわかってるっつーの」

「ジン!」

 倒れていたジンは立ち上がり、相変わらずの軽口を叩いて唇の端を上げて見せる。「頭いてー」、頭をさすりながらジンが言う。

「ディールさんに感謝しなくちゃですね、ジンさん」

「クラッセ! 大丈夫なの?!」

「やっぱりあれは幻だったんですよね。あやうく自分が自分じゃなくなるところでした。でも、ディールさんが幻が見せる悪夢の中に現れて……全部消し去ってくれたんです。ちょうどその剣を持って。僕、ずっと思ってたんですけど、その剣は僕たちの持っている武器とはちょっと違って、なにか特別なもののような気がするんですよね。うまく言えないんですけど」

 そう言うクラッセに見つめられ、俺は自分の持つブロードソードに視線を向ける。確かに、持っていると急に手の平が熱くなったり、"闇に憑かれた者(パラサイトイビル)"の影の魔法を切り裂いたりはしたが、クラッセたちの持つ武器とは違うだなんて考えたこともない。

「そういやその剣、さっき赤く光ってたよな? でもそりゃぁ魔法がかけられているからってことなんじゃねーのか?」

 ジンに言われて思い出す。あの時はただみんなを守りたい、だからここで諦めるわけにはいかないと強く想ったんだ。

「シギルの剣、かもね」

 俺たちは一斉にレミを見た。レミは黒いフードを目深にかぶり直して続ける。

「シギル、とは古代語で"太陽"の意。デュランドー・シギルは"太陽の勇者"の、名を持っているん、だよ。 "小さき太陽(ティダリア)"という場所、デュランドー・シギルを知っている、ゼンさん。あの宝物庫に、シギルの剣があっても、おかしくは、ないと、思うけど」

 レミの説明にジンとジグザールが同時に眉を動かす。

「おいおいレミちゃんよぉ、いくらなんでもそりゃ話ができすぎてるってもんだぜ。だいたい、それがあのシギルの剣だってゆーんなら、あのバーサンが知らないわきゃねーだろ。なんたってあのシギルの剣だぜ? 伝説中の伝説の剣だろーが! それをこの、レベルがたったの2しかないディールが持ってるなんて、ありえねーことだぜ」

 ジンが一気にまくしたてる。レベルが2しかないというのは……しかし全くその通りなので反論はしない。

「自分だってレベル1じゃないですか……。僕はレベル0ですけど」

 クラッセがフォローにならないフォローを入れる。そこになおも口を開こうとするジンを目だけで制してジグザールが前に出る。

「"小さき太陽"だと?! 貴様たち、なぜそれを。……あの要塞へ行ったのか?! あれを知っている者は今では数えるほどしかいないはずだぞ!」

 血相を変えて詰め寄るジグザールの真意は、今の俺たちに計れるはずもなかった。

「見て! 蝶たちの様子が変だわ!」

 リベルの叫びに俺たちは一斉に空を仰ぐ。モンスターを召喚するかと思った黒い蝶たちだが、リベルの言うように様子がおかしい。

「どこかへ向かっているみたいですね」

「なんか……なにかの形を作っているみたいじゃねーか?」

 クラッセの言葉通り、空を舞う黒い蝶たちはそれぞれが目的を持っているかのように、迷いもなく移動をしていた。そしてそれはジンの言うように夜空に形を描いているようにも見える。


(ジグザー……ル)


 今にも消え入りそうな声。一番早くその声の主を見つけたのはリベルだった。

「だ、誰?! なによあなたは!」

 俺たちは見た、闇を纏いながらひたひたと足音を立てて姿を現す色黒の男を。その男は憤怒の表情を湛え、そして右腕を高らかに掲げて、なにかを持っていた。

「あの男は!」

 叫び声を上げたのはジグザールだ。その視線は色黒の男が掲げる右腕に向けられている。

「あんたの知り合いかよ?!」

「名前はダーレス。顔は一度見たことがあるくらいだ。禁断の魔法の研究をしていてギルドから追放されたはずだ。それもつい数日前にな。それが一体なぜ……」

 色黒の男が首を掴んで持ち上げている男、ダーレスを見ながら、ジグザールはうめくように言った。ダーレスは息も絶え絶えの様子で虚ろな視線を宙に這わせている。

(ワレラハアノカタニエラバレシモノ! ヨワキニンゲンハフヨウダ!)

 色黒の男が叫んで右腕を前に突き出した。

(ギャアアアアアアァァァァァァ! タスケッ……タスケテクレェ!)

 ダーレスという男が悲痛の叫び声を上げる。だが、色黒の男は無言でダーレスの首を掴む右手を離した。次の光景に俺たちは絶句した。

 闇から外へと放り出されたダーレス。その体がミシミシと音を立てる。

(死ニタクナイ、マダ死ニタクナイ!)

 ダーレスは自分の顔を両手で覆う。その顔に亀裂が入った。

(ナゼダ! ナゼオレガコンナメニアワナキャナラナインダ! オレヲオボエテイルカ、ジグザール! オマエガアノコトニキヅカナケレバ、コンナコトニハナラナカッタ!)

 顔の上半分が砂のように崩れていく。

(禁断ノ魔法ヲツカッテナニガワルイ! 死者ヲヨミガエラセルコトノナニガワルインダ! オマエニオレノナニガワカル! アイスルヒトヲウシナイタクナイトオモウコトハワルイコトナノカ!)

 すでにダーレスの姿はほとんど崩れさっていった。俺が崩れさるダーレスから目を離せないでいると、

「死んだ人間を蘇らせていいわけがあるか……。人は必ず死ぬ。だからこそ精一杯生きるものなのだ」

 ジグザールの呟きはおそらく俺以外には届いていないだろうと思えるほど小さなものだった。

(コノマチノニンゲンスベテヲ滅ボシテヤル! アイスルヒトヲイキカエラセルコトヲ邪魔シタジグザール、オマエモミチヅレニ……ソレナノニマダ死ニタクナイ!)

 正直言うと俺にはダーレスという男の気持ちがわかる。俺だって故郷の村をモンスターに襲われて両親や親しい人たちを失ったからだ。大切な人を失うのはとてもつらい。それが愛した人であればなおさらだろう。それでも、失った命が戻るなんてことはない。つらくて、悲しくて、枯れるまで涙を流して、自分を失いかけたとしてもいつかは立ち直らなくてはならない。そして今度こそは守りたい人を守れるようになろうと思って、必死に今を生きていかなくてはいけないんだ。

 ダーレスの気持ちは痛いほどわかるけれど、彼は歩く道を踏み外してしまったのだ。死んでしまった人間を蘇らそうとして、それをジグザールに邪魔されたからといって、逆恨みしてブュッフェに住むなんの関係もない人たちを巻き込んでいいはずがない。

「もう随分と前の話だがな、街のはずれにある墓地から死者が動き出すという報告が入ったのだ。そうして私たちが調査した結果、あのダーレスという男の仕業だということがわかった。一度しか会ったことはなくてな、その時はなにかに取り憑かれたようにげっそりとした顔をしていたのを覚えている。事故で伴侶を失うまでは聡明で優秀な魔道師だったらしいがな」

 鎮痛な面持ちでジグザールが言った。

「これが闇に堕ちた人間の末路なの……」

 顔を背けてリベルが呟く。

 ただ愛する人を失いたくないと禁断の魔法に手を染めてしまったダーレスという男の姿は、ついに跡形もなく砂のように崩れさり、それは夜風に流されていった。


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