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6-3

「今度こそ終わりだったらいいけどよ」

 溶けゆくワイバーンを眺めながらジンが言った。

「僕もそれには同感ですけど……」

 足をひきづりながらやってきてクラッセが言う。ズボンは膝の部分が破けていて血が赤く滲んでいる。

「このまま終わるとは思えない」

 俺は唇をきつく噛む。リベルの魔法によってワイバーンはその形をすでに留めていなかったが、それまで以上に突き刺すような視線がどこからか感じるのだ。ジンとクラッセも感じているらしく固い表情で頷く。 そうしていると青白い満月から滴り落ちる雫が漆黒のワイバーンをみるみると溶かしていき、ワイバーンはやがてほんの小さな闇の球体にまで縮小していく。

 ワイバーンの体から溶けていった闇は霧散し、いよいよ闇の球体も消え入りそうになった時、離れた場所にいるリベルの表情に陰りがよぎる。そして、はっ、としたように俺たちの方を向いたリベルが口を開きかけた瞬間、

(殺ス……殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺スコロスコロスコロス!)

 憎悪と怒りの入り混じった声が頭の中に響き、消えかけていた闇の球体が突然膨れあがった!

 俺は急ぎブロードソードを杖代わりにして起き上がる。地面にしたたかに打ちつけた全身からはもう立ち上がりたくないと抗議の声が上がるが、そんな非難になどかまってはいられない。

 ふらつく体をなだめながらようやく立ち上がると、再び迫らんとする脅威に備えて中腰でブロードソードを構える。……と、背中の辺りから聞こえる妙な音に、俺は時間にしてほんの1秒ほどだろうか、眼前の脅威から視線をはずすべきか迷った後に振り向いてしまった。

 カサカサカサ。

 俺の背中をよじ登って肩から顔を覗かせたそれ(・・)に、俺はあろうことかブロードソードを取り落としてしまった。

「……っは、うわあああああ! な、なんだこいつは?!」

 それ(・・)は見るもおぞましい姿形をしていた。大きさは手の平の上に乗る程度で、俺の背中を競い合うように登ってくる。おびただしい数のトカゲの首には胴体に釣り合うサイズの醜い人間の顔がついていた。ギョロリと虚ろな眼、うっすら禿げ上がった丸い頭、ニタニタと口元には薄気味悪い笑みを浮かべて俺に群がるそれらに、気が動転しそうになりながら振り払おうと手を伸ばす。しかし、どんなに手を伸ばしても執拗にまとわりついて剥がすことができない。

「うおっ、うおっ! 気持ちわりぃ! 離れろ、どっか行きやがれ!」

「ごめんなさいごめんなさい! 許してください!」

 近くから口々に叫ぶ声が聞こえるが、それを確認する余裕はなかった。膨れ上がった闇が迫ってくるのが視界の隅に入ったのだ。

 先端が鋭く尖った闇が俺たち3人を串刺しにせんとばかりに迫る。なんとか応戦しようと取り落としたブロードソードに手を伸ばすが、指先にかすめるだけで掴むことができない。群がる人面のトカゲが今度は口の中に入ってこようと顔にへばりついてきたからだ。

 地べたに倒れ込んで足をばたつかせながら顔から引き剥がそうとするがどうしようもできない。呼吸も苦しい。「助けてくれ!」、そう叫びたいのにもはや声を出すこともできない。

(ヨワッタ心ニハ)

 目の前が白濁した景色に変わってゆく。人面のトカゲが我先にと、もぞもぞ身をくねらせながら俺の口の中へと入ってくる。そのトカゲたちの隙間から迫ってくる闇の尖端が見えた。

 ついさっき、最後まで諦めないと心に誓ったはずなのに、こんなところで俺は死んでしまうのか。武器を取り落としてしまってもう戦うことができないのか。できないのだから仕方がない、耳元で誰かが囁く。

「しょうがねぇことだぜディール。おめーも俺もよ、最後までよく頑張ったじゃねぇか。ここらへんが潮時かもしんねーなぁ?」

 どうやって逃れたのか、目の前には肩をすくめて笑うジンがいた。

「冒険者なんてやってたらいつかは死んじまうんだしよ。あんまり苦しまねーで死にたいとは思わねーか? 俺はそっち派だぜ。今ならこれ以上苦しむ必要なんてないんだからよ」

「なにを言ってるんだジン、バカなこと言うな!」

「いいんじゃ、ない」

「レミ?!」

 いつの間に隣にきていたのか、レミが呟く。

「もう疲れた、よ。終わりに、しようよ」

「忘れたのか?! "闇に憑かれた者(パラサイトイビル)"のせいでブュッフェに住むたくさんの人たちが死んでしまったんだぞ! やつを許せないって、レミも言っていたじゃないか!」

 俺はレミの肩を掴もうとしたが、レミはさっと身をかわして、

「もう、いいよ。所詮倒せるわけ、ないから。あれ(・・)はいくら倒しても、きりが、ない存在。私たちには、どうすることもできない」

「倒してもきりがないだって?! どういうことなんだレミ」

 レミは答えずに背を向ける。

(ヨワッタ心ニハ闇ガヨクニアウ)

 すると足音が近づいてくる。

「クラッセ……。もしかしておまえもおかしくなってしまったのか?!」

 俺の目の前にきた金髪の少年はうつむいたままだ。

「クラッセ?」

「……いいんですよ」

「なんだって?」

「みんな殺されてしまえばいいんですよ。結局僕には無理だったんです、兄さんのようなファイターになることなんて。だいたい、僕がこんなに体が弱いのはきっと兄さんのせいなんだ。いつまでも僕の世話を焼いたりするから……余計なお世話なのに!」

 顔を上げたクラッセに俺はギョッとした。怒りの形相に顔を歪めたクラッセが怒鳴る。

「こんな世界なんて滅んでしまえばいいんだ! 僕がなにもかもぶち壊してやる! ディールさんも手伝ってくれますよね?! ああ、邪魔をするって言うならディールさんから殺してあげますから」

 そう言ったクラッセは怒りの形相のまま、俺の喉にショートソードの切っ先を向ける。俺はクラッセの変わり様に愕然とした。一見すると弱弱しい少年で、戦いには向いていないような優しい心を持っているクラッセがあんな恐ろしい顔で人に剣を向けている。

 ジンだってそうだ。いつも軽口を叩くような男だけども、彼は誰よりも命の尊さを知っているはずだ。自分の弟分が死んでしまったことを今でも忘れられず心の奥底にそっとしまっているような男なのだ。俺の中のジンならば、どんな逆境に立たされたってきっと生きるということを放棄したりしないはずなのだ。

「ばかじゃないのディールったら。ねぇ、あたしたちがどうしてこんなに苦しみながら戦わないといけないの? それは街の人たちを守ろうとしているからだわ。ふふ……ブュッフェの街の人たちなんてみんな他人じゃない。どうして赤の他人のあたしたちが守らないといけないわけ?! もう全部忘れてしまいましょうよ、ねっ?」

「違う……」

「なにが違うっているのよ。全て他人事だわ、守る義理なんてないのあたしたちには。もうちょっとディールも賢くなりなさいよ。あの方に付いた方が幸せになれるわ。そう、あの方こそあたしたちの本当の主だもの。あたしたちを真の闇へと導いてくださるのよ?」

 リベルが下品な笑みを浮かべたままそっと俺の肩に手を置こうとする。俺は、さっとその手を振り払う。

「ディール? どうしたっていうの? さぁ、一緒に堕ちましょう?」

「違う! こんなのは俺の仲間たちじゃない! 誰だおまえは、なぜ俺の仲間たちのふりをするんだ!」

 後ろ手に指先を地面に這わす。俺は目の前にいる4人を睨みつけた。

 こんなのが俺の仲間たちであるはずがない。レミはとても物静かで言葉少ななところがあるけれど、傷ついた見ず知らずの兵士を想って怒ることのできる心をもっている。……倒せるわけがないから諦めるだって? あのレミがそんな簡単に諦めるわけがない。

「ど、どうしたのよディールったら。急に大声出したりして」

 白々しい台詞を吐くリベルに似た者から目を離さず、俺は地面を探り続けた。

「あの方っていうのは何者だ。おまえたちが本物じゃないことはもうわかってることなんだ! リベルもジンもレミもクラッセも、そんな馬鹿げたことなんて言わない。おまえたちなんて全部、幻だ!」

 手に固い何かが触れた。それをギュッと握りしめる。

「……本当に馬鹿ねディール。堕ちてしまった方が本当の苦しみを味合わずに済むのに」

 リベルに似た何者かの顔がぐにゃりと歪む。それは飴細工を加工するときのようで、見る間にリベルの原型が失われていく。

「なにが本当の苦しみだ! おまえたちのような闇の者には絶対に負けない!」

 ブロードソードを握る手の平がまた熱くなる。目の前の視界が急に拓け、眼前に迫る闇が見えた。

 俺は張り裂けんばかりの声を出してブロードソードを振るう。その時、今度は目の前が真っ赤に染まった。

 ジン、リベル、クラッセ、レミの4人の偽者の姿がかき消える。そして迫っていた闇すらもブロードソードは切り裂いた。

「ジン! クラッセ!」

 傍で倒れている2人に駆け寄る。幻はなくなり、闇もブロードソードに引き裂かれて消え去った後には、ジンとクラッセが倒れていた。

「しっかりしろ! リベルとレミ、ジグザールさんは無事なのか?!」

 ジンとクラッセの息があることを確認して胸を撫で下ろすと、俺はリベルたちがいた方へと視線を向けた。

「ディール! どうしたの急に苦しみだしたりして」

「気を、抜かないで。まだ何かの、気配が、する」

 リベルとレミ、そしてジグザールがこちらへ向かってくるところだった。

「ジグザールさん、あんた大丈夫なのか動いたりして?」

「魔力が尽きたとはいえ、足手まといにはならん」

 顔をしかめたジグザールが答える。

「幻を見せられていたんだ。リベル、魔法はすぐに使えそうか? やつはまだ倒せていない。それに……」

「それに?」

 聞き返すリベルに俺は偽者のレミやリベルが言ったことを思い出す。そしてひとつの仮説を打ち立てた。

「"闇に憑かれた者"っていうのはきっと……」

 俺が言いかけたとき、どこかで囁くような声がした。


(ドコマデモワレワレノ邪魔ヲスルレンチュウダ)

(ワタシノ魔法ヲモッテシテモ意識ヲタモッテイラレルトハオモイモヨラヌコト……)

(オソラクシュクフクノ魔法ガカケラレテイルノダロウヨ)

(イマイマシイ!)

(スデニワレラノナカデモ強イチカラヲモツモノガフタリモヤラレテシマッタ)

(モハヤナリフリカマッテハイラレヌワ!)

(カクナルウエハイタシカタアリマスマイ……)

(コノヨヲ混沌ヘトカエスタメ)


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