5-6
冒険者ギルドのある街は国として認知される。これはブュッフェのような規模のさして大きくない街にも当てはまることだ。モンスターという脅威を考えれば、街ではなく国とした方が色々と都合が良いのだ。
モンスターの討伐を目的とする冒険者ギルドの元には多くの戦士や魔法使いが集まり、その結果としてギルドは次第に大きな力を持つようになる。そうなるとその土地を治めている領主からするとなにかと都合が悪くなってくる。そのゆえ冒険者ギルドに権力の座を脅かされないよう、国としたわけだ。
国王となった元の領主たちが考えだした、冒険者ギルドに抗する手段のひとつとして挙げられるのが、冒険者ギルドやそれに属する魔術師ギルドから優秀な人材を引き抜くということだった。そうすることによって、常に冒険者ギルドには強大な力を持たせまいとしているのだ。さらに言えば富国強兵にも繋がることとなり、国としては一石二鳥というわけである。
それから考えると、実のところジグザールという魔道師が言う"神のお告げ"というものも、そう簡単に無視できるものではないのだろう。なにせ、おそらく彼は魔術師ギルドから輩出された"優秀な"元メイジなのだろうから。その"神のお告げ"というものが、例え俺たちのような冒険者になりたての新米冒険者を捕らえるような内容であったとしても。
「ま〜なんだ、こうして城ん中に入れるってもの、滅多にあるこっちゃねーぜ」
さきほどの怒りもどこへやら、気楽そうにジンが言った。もちろん何もしていないのに連行されるのは彼も不条理に感じるところだろうが、そこは表に出さない。
「言われてみればそうですね。僕たちみたいな一般人が城に招かれることなんて、一生に一度あるかないかですから」
沈んでいた顔をパッと上げてクラッセが言った。
「そうだな。あんな理由で連れて行かれるのでもなければ貴重な体験なんだけどな」
あくまで俺の気は重い。"闇に憑かれた者"だって、まだどこかに潜んでいるのかもしれないのだ。
「前の街でなにかやらかしたんじゃないの?」
「あん?」
半眼でジンをじとりと見るリベル。
「どーゆー意味だよ」
「そのまんまの意味よ。ジンって手癖悪いし、ブュッフェの前の街でスリとかしていたんじゃないでしょうね? もしそうだったら、これからの付き合いを考えさせてもらうわよ」
リベルはからかい半分の口調でジンに言った。
(また口喧嘩がはじまるのか……)
こんな時まで飽きないやつらだ。そう思い心の中でため息をつきかけたが、当のジンの反応はいつもとは少し違っていた。
「ばか言え、スリなんて、んなコスい真似すっかよ」
少しだけ目を動かして後ろのリベルを見たジンは、それ以上は何も言わずにスタスタと歩くのだった。
「ちょっ、ちょっとなによ、あの態度。もしかして図星だったわけ?!」
意外な反応に肩すかしをくらったような形になり、リベルは数秒だけポカンとしていたが、ハッと我に返ってジンの後を追いかける。
「なんだか様子が変でしたね」
呆気にとられたようにクラッセがつぶやく。俺はクラッセに頷く。
いつもなら言い合いに発展するはずのジンとリベルに呆れている俺たちだが、ジンがこうも簡単に引き下がるとさすがに調子が狂う。俺とクラッセは得体の知れない料理を食べたときのような気分で顔を見合す。
「私の、知っているジン、なら」
2人してレミを見た。黒フードから青い瞳が俺たちを見上げる。
「そんな人間じゃ、ない」
その言葉に俺は、ジンの何を疑うことがあるのだ、と胸のつかえが取れた気がした。確かに口も素行も悪いジンだが、少なくとも他人から小銭を掠め取って喜ぶような男ではない。リベルも軽い冗談のつもりで言ったのだ。それがあんな態度で返されるとは思っていなかったのだろう、面喰らったはずだ。それでもレミの言うように、ジンを信じていればいいのだ。きっとあの態度には、人に言いづらいようななにかしら理由があるはずなのだ。
「そろそろ城に着きますので、申し訳ありませんがお手持ちの武器はお預かりします」
後ろについていた3人の兵士の中の1人が言った。最初に話した兵士よりも若い感じだ。
「もちろん、お帰りの際にはお返ししますので、ご安心を」
果たして無事に帰ることができるのだろうか。そんな事を考えながらブロードソードの収まった鞘を渡す。
門をくぐると城が見えた。灰色の石壁はあまり見栄えの良いものではなく、さすがに元は田舎領主だと言われそうな造りだったが、それでも一般の家屋とは比べるべくもない。
俺たちは寄り道せずまっすぐに広間まで通された。そこには1人の男が佇んでいた。
袖に濃緑の模様が入った紺色の長着でじっと立っていたその男は、俺たちに気がつくと険しい顔を向ける。整えられている黒髪はもう少しで腰まで届きそうなほど長い。
「貴様たちだな、なるほど神のおっしゃられる通りの連中だ」
コツコツと足音を立てて俺たちの前にくる。
「すぐに地下牢へ閉じ込めておけ」
視界に入れるのも汚らわしいとでも言うように言い捨てると、その男は背を向ける。
「ま、魔道師殿!」
「聞こえなかったか? 地下牢へと連れていけと言ったのだ」
「理由をお聞かせ願いたい! この方たちは先のモンスター討伐に参加してくださった冒険者の方々です。それを牢に入れるとは、どういったご了見か!」
「神の命だ。それを邪魔するというのなら容赦はせんぞ」
「し、しかし」
ジグザールという魔道師は兵士の言うことなどはなから聞く気はないようだった。その様子に堪らずリベルが一歩前に出る。
「ちょっと! 黙って聞いていれば、神、神って、あたしたちがなにか悪いことでもしたっていうの?! いい加減にしてよ!」
「そうだぜ! おい、王さんは一体なにしてんだよ! こんな馬鹿げたこと言うやつを止めることもできねーのかよ!」
ジンも揃って叫ぶ。しかし、一国の王を「王さん」とは……。
「戯言を。モンスターを召喚したのも貴様らだと神も言っておられる。国王も貴様らが魔法でもかけたに違いない、つい先ほど床に伏してしまわれた。日を追って貴様らを処刑する。これは決定事項だ」
「そ、そんな!」
一気に目の前が真っ暗になっていくように感じた。きっとなにかの間違いだろうと思っていただけに、突然の処刑宣告をされクラッセがその場に崩れ落ちる。俺も全身の力が抜けていくようだ。
「じ、ジグザール殿!」
「くどい!」
俺たちが半ば呆然としていると、ジグザールは口の中で何事かつぶやいた。次に手を掲げると、うっすら緑色の霧のようなものが兵士たちを包んでいく。
「いけない……!」
レミが声を上げたのと同時だった。いきなり肩をつかまれて振り返ると、さっきまで身を乗り出してジグザールに抗議していたはずの兵士の1人が虚ろな目を向けていた。
「ど、どうなってんだよ! おい、放せって!」
ジンの声にみんなを見ると、他の兵士たちも同様に無言でジン、リベル、クラッセ、レミ、それぞれが兵士たちに後ろ手をつかまれているではないか。物言わぬその表情はまるで人形のように感情というものが欠落しているようだった。
「連れていけ」
1人静かに言い放つジグザールの言葉に兵士たちは動きだした。全く抗うことができない。とても人間の力とは思えなかった。
「いたっ、痛いってば!」
「俺たちは何もしていない、こんなことやめるんだ!」
「この野郎、覚えてやがれ!」
必死に抵抗したが、無駄なあがきだった。こうして俺たちは身に覚えのない罪をきせられ、地下牢に入れられてしまったのだ。
物音ひとつしない地下牢はひどく不気味だった。子供の頃に村の近くにあった洞窟に探検しに行ったことがあった。モンスターこそ出なかったのだけれど、苔がびっしりと張り付いた岩肌に反響する声、ロウソクの光が届かない場所にはなにか恐ろしいモンスターがいるような気になって、子供心にとても怖かったものだ。だけど、この地下牢はその比ではない。なにしろ死刑宣告をされて閉じ込められているのだから。
それでもモンスターとの連戦をこなした俺たちは、その疲れもあってかいつの間にか眠りについてしまっていた。どうにかしなくてはいけないと思っていても、武器は全て取り上げられているし、大きな錠のかけられたこの牢屋から抜け出すなんてとても無理だ。
「あいつが闇に憑かれた者なんじゃねーのかよ」
牢に入れられた直後にジンが言っていた。なるほど、そうかもしれないと俺は思ったのだが、あの"闇"に心を支配されかけたときに聞いた、世の中の全てを憎んでいるかのような声とは違うようにも思える。ジグザールという魔道師のやり方は乱暴だったけれど、とても狂気に憑かれた者とは思えない声の張りがあった。そうすると、彼の聞いた"神のお告げ"というものがどうにも怪しい。
不安と先が見えない恐ろしさと共に、俺はなにかが動く気配を感じて目を開けた。
「ジン……?」
「しっ、もう少しじっとしてろディール」
ジンは床に耳を当てて何かを探っているようだった。
「人の気配がしねぇ、見張りがいなくなったみてぇだ」
「ずっと起きてたのか?」
「まーな」
彼も疲れているだろうに、ジンは表情も変えずに言った。
「ディール、3人を起こしてくれ。俺は誰もこねーか見てっからよ」
「もう、起きてる、よ」
その声にさすがのジンも大きく目を見開く。壁にもたれて寝ていると思っていたレミが静かに立ち上がる。ジンは起きているのが自分だけだと思っていたようだった。
「誰もいなくなったからってどうするの?」
振り向くとリベルも身を起こした。
「眠りが浅かったみたい。だって、こんな場所だものね」
少しだけ笑みを浮かべたリベルがすぐに表情を引き締める。
「だったら話ははえぇ。あとはそこのヒヨっ子を起こしてくれや」
ジンの指した先を見ると、瞼をうっすら濡らしたクラッセが横たわっていた。俺はそっと彼を揺り起こすと、クラッセは「待ってよ兄さん!」、飛び跳ねるように身を起こしたので、俺たちは同時に口元に人差し指を立てる。
「呑気なもんだぜ」
ジンが苦笑すると、
「兄さんの夢を見てました」
しょんぼりとしたクラッセが言った。
「それでどうするんだ? 誰もいないからってここから抜け出すなんて無理じゃないのか?」
俺が聞くと、ジンは髪の奥から1本の細い何かを取り出す。
「言ったろ? あとあと考えて手は打つもんだってよ」
ジンはニヤリと唇の端を上げる。
「こんなこともあるかもしんねーと思って事前に忍ばせておいたんだよ」
そう言ってジンが取り出したのは針金にしては少し太めの針状の金属だった。彼が言うにはシーフにとっては基本中の基本的な道具らしく、ちょっとやそっとじゃ折れ曲がったりしない代物なのだそうだ。
「誰もこないか見張っててくれ」
小声で言ってジンは錠をはずしにかかった。
「開いたぜ」
そう言ってはずれた錠を見せる。安堵の空気がどっと出る。
「誰も来なくてよかったですね」
クラッセが胸を撫で下ろしながら言った。
「それにしても、本当に泥棒でもやってたんじゃないの?」
揃って牢から出るとリベルが言った。
そのリベルにいつものように喰ってかかると思いきや、ジンはその場に立ち止まって、
「泥棒か……。似たようなもんでな、義賊ってやつをやってた」
そうしてジンはいつになく言葉少なに話し出したのだった。
俺たちは誰も生まれる場所を選ぶことなどできない。ジンの生まれた街は稀に見る悪政を行う街で、街中に物乞いや浮浪者を見かけることなど、さして珍しくなかったという。
そんな街で孤児としてかろうじて毎日を生きていくだけだったジンだったが、ある日を境に世界が変わったそうだ。義賊を名乗る者たちがジンの街に現れたのだ。
それまでどうにもならないと思っていた日常が彼らの存在によって、ジンの中で大きく変わった。自分もなにかを始めることで、世界を変えられるかもしれない。いや、変えたい。
その気持ちがジンを義賊たちの仲間入りする動機となった。そこでジンはシーフとしての技能を育んだ。
もちろん義賊というからには、悪政を敷くことで私腹を肥やしている者たちからしか奪うようなことはなかった。そんな中で、ジンにも弟分のような存在ができた。
「だけどよ、物を奪うってこたぁ、俺らもなにかを奪われる覚悟をしなくちゃならねーんだ」
度重なる彼らの所業に、富豪たちはジンたちを一網打尽にする作戦を水面下で練っていたのだ。義賊たちは一様に捕らえられ処刑された。からくも難を逃れることのできたジンとその弟分、そして他の数人かは散り散りとなった。
「思えばそこでやめときゃよかったんだ」
義賊が解散して数日後、義賊の1人がスリを働いて捕まったと噂で聞いた。彼はそれが自分の弟分ではないことを願った。
だが、ジンの願いも虚しく、それは彼の弟分だった少年だった。少年はまもなく処刑されることとなったのだった。
「クラッセの坊主みたいなガキだったよ。まったく間抜けだよな。だから俺はまっとうに生きていくことにしたんだよ。ほら、まだまだ未開の地には大昔のえれぇやつらが残した財宝が隠されてる遺跡なんかもあんだろ? それなら頂いちまっても誰にも文句なんて言われねーもんな」
俺たちの位置からはジンの表情は見えなかった。きっと彼も今の自分の顔を見られたくないだろう。
「それでスリって言葉であんな態度になったのね」
リベルがジンに聞こえないような小声でそっと耳打ちしてきた。俺は小さく頷く。
「それより、とっととこんな陰気臭いところからはおさらばしようぜ。今んとこ見張りはいねーみたいだからよ」
振り返ったジンが白い歯を見せる。他人の物を盗むというのはあってはならないことだが、彼の生い立ちを考えればどうしようもないことだったのだろう。それに今では冒険者として人の役に立つことのできるジンを責める気もない。
「しかし、こうまで人の気配がないと逆に薄気味悪いな」
地下牢から出て、まず湧いてきた感想だ。
俺たちを逃がさないように厳重な警備が敷かれているかと思いきや、さきほどの広間を覗いてみると兵士どころかジグザール本人すらいないではないか。
「あたしたちが閉じ込められている間に何があったのかしら」
「とにかく武器がねーことにはどうにもなんねー。さっさと探そうぜ」
この状況を作り出したのが"闇に憑かれた者"なのか、それともジグザールという魔道師なのかはわからないが、さすがに武器がなくては戦うこともできない。
ジンに促されて俺たちは武器が保管されていそうな場所を探す。すると、
「やべ! 誰か来るぜ!」
廊下の曲がり角から聞こえる足音に緊張が走る。隠れられそうな場所はない。