1-3
こんなところでみんなして林檎をほおばっている冒険者たちなんているのだろうか……。
少なくともこの辺りでは俺たちだけだろうと苦笑する。
俺の林檎が芯だけになる頃合を見計らって、ジンがこちらも見ずにまた林檎を放る。
それを受け取ると、ジンはおもむろに話し出した。
「まぁ食ってるままでいいから聞けよ。さっきも言ったけどよ、この森にはこえぇモンスターなんていねーって酒場の親父も言ってたよな。んだけど、森に入ってほんの20分足らずしか経ってねぇのに、あんなへんてこりんなモンスターがいるときたもんだ。
んでな、俺は思うんだけどよ、実は今この森ではとんでもねーことが起きているとか、そんなことってねぇかな? あのおっさんが嘘をついて俺たちを危険な場所に案内したってか? そんなわけねーよな。だってよ、酒場の親父がなんでそんな嘘をつくんだよ。わざわざ嘘をつく理由なんてねーだろ?」
俺たちは話を黙って聞く。
ジンはさらに続けた。
「これって俺の考え過ぎか? ただな、シーフってのはどんな時でもあらゆる可能性を考えろってよ、短い講習だったけど教わってな。ああ、講習ってのはあれだ。シーフって職業は冒険者の資格を得る前に、ちょっとした話を聞かなきゃならねーんだと。
そんで3日程度だけど色んな話を聞かされてな。例えば罠とかよ、隠れ潜んでいるようなモンスターから仲間を守るのもシーフの大事な仕事なんだとよ。とにかくあれだ、考え過ぎだとしても用心しとくにこしたこたぁねーってことだ」
いい終えるとジンは水筒を傾けて一気に水を飲む。
「ま、そんだけだ。一応、最悪の事態も視野に入れとけ」
そしてそっぽを向いて再び林檎にかじりつく。
俺はリベルを見る。さっきまでの喧嘩相手が真剣な顔をして言うものだから、少し面食らっているようだった。
ジンは初めてパーティを組んだときからいつもふざけた事ばかりを口にしていたが、本当はすごく真面目な男なのかもしれない。俺はそんなジンにどことない心強さを感じた。
俺たち5人は全員が冒険者になりたてだ。
それゆえなのだろう、リベルも実のところ、少しでもジンと軽口を叩き合って緊張をほぐそうとしていたのではないか。
そしてジンも同じ気持ちだっただろうし、俺もそんな彼らに少なからず救われていたと思う。
きっとジンは、そうした心の甘えに気がつき、"冒険"というものに潜む危険を改めて認識させようとしたのかもしれない。
「そう、だね」
レミが呟く。
フードを指でほんのわずかだけ押し上げる。青い瞳がしっかりと他の3人を見つめる。
「あんなのは、少し、異常」
「確かにね」
リベルがレミの言葉を引き継ぐ。
「普通……って言ったら変だけど、あたしたちまだなんにも知らないから、でも、普通に考えてあんなモンスターが現れたってことになったら街でもきっと噂になるわよね。それで討伐隊とか組んだりしてさ。酒場のマスターだってあたしたちみたいな駆け出しに行かせるなんてことないと思うの。ジンはばかジンだけど、きっと言ってることは正しいと思うわ」
真剣な表情で言うリベルに、ジンはもたれていた木から、ずるっ、と滑る。
「おめーなぁー。こーゆー話のときに"ばかジン"は余計だろーがよ」
呆れたような声を上げる。
「あははっ、珍しくまともなことを言うからよっ」
口元に手の平をあてがってリベルが笑う。
ジンは座り込んだままで「けっ」と吐き捨てる。
「とにかく! この話はこれでおしまい! それよりこれからすべき事を考えましょ。仕事をこなさないとお金はもらえないんだから! だいたいさぁ、こんな寄り道をする羽目になったのはジンのせいなんだからね! そこんとこわかってるの?!」
いきなり話題を転換されて「わーった、わーってるって」とジンは投げやりに返事をする。
"話を蒸し返しやがって"と、それ以上に物言わぬジンの表情が代わりに語っていた。
「起きない、ね」
元のようにフードを目深にかぶったレミがクラッセに顔を向ける。
「王子様はキスしてあげないと目覚めないんじゃない?」
クスクスと笑うのはリベルだ。
「なら、してやりゃーいいじゃねーか」
「ばかね! もう男って本当にスケベ!」
ニヤニヤしながらジンは言ってリベルの背中に手を回そうとする。クラッセの方に押そうとするつもりだったようだ。
その手をリベルにぴしゃりとはたき落とされる。
「なんだよ、自分からふっといてよ」
そう言いつつもリベルの反応を楽しんでいるようだった。
「2人ともそこまでにしておいて。クラッセが気が付いたらまた出発することにしよう。ジン、その前にもう一度地図を確認しておこう。レミ、目当ての薬草はどんな感じのやつだったかな?」
またも言い争いを始めそうな2人に先手を打って切り出す。
そうそう、俺たちはなにも、目的もなしにこんな森に出向いてきているわけじゃない。
冒険者としての経験を積むために酒場のマスターに手頃なモンスターのいる場所を教えてもらったわけでもない。
当然だが、仕事としてこの森に来たのだ。
「"ヒガエリグサ"ね」
1人だけすることのないリベルが言う。
正確に言うのであれば、することがないのはクラッセと2人だが。
「そう、"陽還り草"」
それにレミが返事を返す。
「教会からの依頼なんだっけ?」
ジンが地図の用意をしているのでちょっとだけ退屈そうだ。
「ああ、なにかの材料にするって言っていたな。俺たちみたいなまだ冒険に慣れていないような冒険者が経験を積むためには手頃な仕事なんだとさ。教会側もあまりお金をかけたくないから、『早く冒険に出たい、だけどまずは手堅くいきたい』ってあたりの新米冒険者によく紹介しているらしい」
マスターの話を聞く限りでは、冒険というよりは"おつかい"だ。
だが、俺たちの財布の中身を考えたら、受けられる仕事は受けておこうという事になったのだった。
どのみち俺たちのような新米に難易度の高い仕事など任せるわけにはいかないだろう。
それに、少しでも経験を稼げれば、金銭以外にも手に入るものは大きいはずだ。
「俺たちはとにかく場数を踏んでいかないとな」
リベルは「うんうん」と頷き、
「1人100Gってのは少なすぎだけどねぇ。でも材料採取じゃ仕方ないかぁ」
リベルはやはり残念そうだった。
100G程度の報酬では2〜3日は少し贅沢な食事ができるというくらいだ。あとは宿代に消えゆくのみだろう。
一応、冒険者の資格を使うことで宿も割引はしてもらえるのだが、このあたりが困ったところで、成りたての冒険者では割引率も決して良いものではないのだ。
それもそうだ、冒険者になってすぐになんでも安くなるのなら、しばらくはモンスター退治や酒場で依頼を請け負ってこなくとも、ちょっとした旅の間に利用することもできてしまうからだ。必要なのは冒険者ギルドでの簡単な手続きと適正検査くらいだけなのだから。
そういったこともあって、俺たちは今、とてつもなく金欠なのである。
「レベルが上がるまでは辛いわねぇ〜」
しみじみとリベルが呟く。まったくだ。
「それで、その陽還り草っていうのは、どんな特徴をしているんだ? 葉の形は? なにか香りでもあるのか?」
俺はレミに尋ねる。
実のところ、レミ以外の4人は依頼の品である薬草について深くは教えてもらってはいない。
酒場のマスターからその薬草の話を聞いて、レミがそれを知っているというので、あくまで大まかな話しか聞いていないのだ。
「香りは、ないね。無味無臭だよ。丸い葉、で、色は冬から秋、にかけてが黄。春から、夏までが橙になるよ。今は春、だから……」
「橙ね!」
リベルが言うと、レミは数秒だけおいて「そうとは、限らない」と言って続ける。
「気候や、その地域にも左右、される草だから。特に日が照って、いない時、見つけるのは、大変だよ」
レミはそう言うと懐から手帳を出して羽ペンを握りだした。
スラスラと絵を描いているようだ。
その様子を俺とリベルは固唾を呑んで見守る。
すぐに描き終えて俺たちの前に差し出された手帳をリベルと2人で覗き込む。
さっと描いたわりによく描けている。なるほど確かにまんまるの葉だ。
ようく見てみると、輪郭がギザギザになっている。この形に黄か橙の色になっている草を探せばいいということか。
ただレミが言うには、陽還り草は太陽の光を浴びていないときは普通の緑色になるんだそうだ。表面が太陽の光を返して色が変わる特殊な層で覆われているらしい。
「うーん……ちょっと曇っているわね」
リベルが天を仰ぐ。
「でもそのうち晴れるかもしれないし、きっと大丈夫よ。それよりそんな草を教会は何の材料にするのかしら?」
楽観して俺たちに笑いかけると、思い出したように疑問を投げかける。
俺もレミを見た。
「ああ、変わった薬草だっていうことはわかったが、どんなものなのかは俺も知りたい。何かの薬になるのか? まぁ薬草っていうくらいだからな」
「ディール、そりゃそうだろ。んじゃなきゃ誰も採取の依頼なんてしねーって」
地図とにらめっこしていたジンが離れたところから口を挟む。
「いいから黙って地図の確認でもしてなさいよ。だいたいあんたが最初から地図をちゃんと見ていればこんなことにはならなかったのよ!」
全くの言いがかりだが、ジンはリベルに「へいへい」とだけ答えた。
「おいおい、ちょっと言いすぎだぞリベル。俺たちだってもっとしっかり確認するべきだったろう? 今さら言っても仕方のないことはやめておこう。それよりレミ、どうなんだ?」
俺の弁護に「そりゃそうだけどさぁ」とふくれっ面になる。
だが、さすがに今のところなんの役にも立っていないのを申し訳なく思っているようで、リベルは「ごめん」とだけ小さな声で謝る。
リベル本人はジンに聞こえないような声で言ったつもりだったのだろうが、ジンの耳に届いていたようで、彼は地図から目を離さずにひらひらと片手を挙げて振っていた。