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5-4

「だけどジンたちにも経験値は入ってるんだろ? 俺たちはパーティー登録したんだから」

 そう言って光が消えつつあるリングを見る。冒険者になった時にもらったリングだ。これが与えられるのにはいくつか理由があって、パーティーを組む際にも重要な役割を果たすのだ。

 冒険者ギルドでは冒険者の登録をする他にも、俺たちが円滑に冒険をできるようにするための機能がある。

 そのひとつが冒険者に与えられるこのリングを使って冒険者同士でパーティーとしての登録をすることだ。パーティーの登録を済ませた冒険者たちは、モンスターを倒して得られる経験値を全員で分配することができる。ただ、モンスターにとどめを刺した者が一番多く経験値をもらえるので、俺が最初にレベルアップできたというわけだ。

 そして、そのレベルアップするための経験値を、モンスターを倒すたびに記録してくれるのがこのリングだ。モンスターを倒すと、カルマという目に見えないものが出てくるらしい。それを放っておいても特に害はないが、カルマを吸収して経験値という数値に置き換える方法を冒険者ギルドの前身たる自警戦士団が発見し、その発見が直接的ではないにしろ冒険者ギルド発足の理由のひとつになったというわけだ。

「僕、あまり役に立ってないのに経験値をもらえるなんて、なんだか悪い気がしますけどね」

 申し訳なさそうにクラッセが言った。

「それを言うならあたしが一番役に立ってないわよ……」

 そんなクラッセに、ため息を吐きつつリベル。

「魔法の呪文なんて、さっぱり浮かんでこないし」

 そう言う彼女は持っている杖をうらめしそうに見る。

「今は、まだ、必要な時じゃないから、じゃないかな?」

 するとレミがぽつりとつぶやき、俺たちは彼女を見た。

「モンスターがうじゃうじゃしてんのに必要じゃねーなら、いつ必要だってんだよ?」

 不服そうに言うのはジンだ。

「でも、倒せた」

 多少なり苦戦したモンスターがいたもののゼンさんからもらったブロードソードに助けられ、また協力して当たったことで、この街に突如として現れたモンスターはおそらく全て片付けることができただろう。 "闇に憑かれた者(パラサイトイビル)"本体が現れていないことは気がかりだが。

「ま〜、そうだけどよ。んでも、そりゃ結果論だろ。魔法がありゃーもっと楽に戦えたってもんだぜ」

 ジンの言う通りだが、レミの言う「必要な時」というのは少し違うようだ。

「これを、見て」

 そう言ってレミは手に持つ短い杖を見せる。モンスターに反応しているのだろうとジンが言ったその杖は、夕日を受けて真っ赤に染まる街の中において、微かな光を照らしていた。

「あんだ? まだモンスターがいるってのかよ?」

 ジンの言葉にレミは「ううん」とかぶりを振る。

「モンスターには、反応、してなかった、よ」

 読みがはずれたジンは「じゃー、なんだってんだよ」とバツが悪そうな顔をする。

「リベルの杖が、この杖と同じ、意味をもって、存在している、なら……魔法を使わないと倒せない、ような、なにか、と戦うために、魔力を温存、しているとしたら?」

 俺たちの顔を見ながら、レミは言葉を選ぶように一言ずつゆっくりと言った。

「なるほど。今、俺たちはゼンさんの言っていた"闇に憑かれた者"の近くにいる。普段ならリベルもモンスター相手に魔法を使えるかもしれないが、こと"闇に憑かれた者"をその杖が感知している場合に限っては、魔力を消費しないように温存している、と。そういう事だな?」

 俺が聞くとレミは「そう」と頷く。

「それってまだどこかに敵が潜んでいるってことですか? 僕もうヘトヘトですよ」

 クラッセを見ると相当にまいっているようだ。

「できるならどこかで少しくらい休みたいな」

 さすがにクラッセのことを考えると、これ以上は無理をさせたくはない。

「んなこったからレベル0なんだよ」

「うぅ……」

 ジンの毒舌を受けてクラッセが言葉を詰まらす。

「仕方がないじゃないの。適正検査に受からないとなりたいクラスになれないんだから。でもクラッセも自分に合うクラスになればよかったのにねぇ」

 フォローをする気があるのかないのか、リベルにも言われてクラッセはさらに大きく肩を落とす。

「でも僕はファイターになりたかったんですよ。兄さんみたいなファイターになりたいんです。それ以外のクラスなんて考えられません」

 彼は亡き兄を思い出しているのか、うつむいていた顔を上げて言った。俺はそんなクラッセを見ながら、彼とはじめて会った時のことを思い出していた。




「まずは腹ごしらえでもしながらパーティー組めそうなやつでも探そうぜ。おっ、あのねぇちゃんなんかいいんじゃね? たまんねーなー」

 席に着くなりジンが言った。両手を胸のあたりを掴むような仕草で揺らしている。

「おいおい、そんな理由で選んでいいのか? それにあの人は連れがいるみたいだぞ」

 見ると仲間らしいファイター風の男が2人、ジンが目をつけた女性冒険者に近づいて話かけていた。

「ちぇー、あんな野郎のどこがいいんだか」

 テーブルに肘をついてジンが舌打ちをする。

「それに俺たちみたいな成りたての冒険者とパーティーを組めそうなレベルじゃないんじゃないか?」

 俺が言うとジンは「まーな」と気のない返事をする。

「とりあえず俺はファイターでジンはシーフだ。できることならメイジとかクレリックが仲間になってくれると心強いな」

「そんなん、こんな街にいるかぁ? でもまー、いたら即ゲットだよな」

 頼んだ料理が運ばれてくると、骨付きの肉をがぶりとやりながらジンが言った。

「クレリックっつったら怪我を治す魔法が使えるらしいかんな」

 ジンがそう言ってまた肉にかぶりつこうとした時だ。

「てめぇ! 俺の女を口説こうなんざ、なめた真似しやがって!」

 怒声が酒場を揺らした。

 俺とジンが声のほうを見ると、ついさっきジンが仲間にしたいと言っていた女性冒険者に話しかけていたファイター風の男2人がギョッとした顔になっていた。

「あらら。あいつら連れじゃなかったわけね。んで、あの大男が本物の連れってことかい」

 面白そうだと言わんばかりの表情でジンが言った。大男は筋骨隆々の体を揺らし大股で詰め寄っていく。ファイター風の男たち2人がかりでも敵いそうには見えない。

「人が(かわや)から帰ってきたと思ったら、調子くれてんじゃねーぞカスがっ!」

「その割にゃ、あのねぇちゃんも楽しそうに話してたけどな」

 大男に聞こえないような小声でジンが言う。当の女性冒険者は楽しげな表情だ。なんともタチの悪い……。

「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 知らなかったんだ!」

 ファイター風の男の1人が弁解しようと手の平を前に出す。だが、大男は聞く耳を持たない。

「ギッタンギッタンにしてやらぁ!」

 叫ぶなり大男がファイター風の男冒険者たちに殴りかかった。慌てて身をかわす2人。酒場はざわめき席を立つものも出てきたが、多くは野次馬根性で見物している。娯楽とは無縁の生活をしている冒険者たちが多いのだ、こういったイベントは見逃せないらしい。

「ちょこまかと!」

 大男がテーブルを盛大に蹴り上げる。上にあった料理皿がずり落ち、飲み物の入ったコップが宙を舞った。

「あうっ」

「きゃぁ」

 コップが運悪く居合わせた少年の頭を直撃する。ズデンと後ろに倒れた少年を見て近くにいた女性の冒険者が声を上げる。俺はすぐさま立ち上がり少年に駆け寄った。

「おい、大丈夫か?」

「は、はぁ……。クラクラします」

 大男は少年が倒れたことにも気がついていないようで、逃げ回る2人の冒険者を追い回している。

「あーらら。まったく迷惑なやつだな。ま、返事ができるようなら問題ねーだろ」

 やれやれといった様子でジンも駆け寄る。

「いい加減にするんだ! 他の人たちが迷惑しているのがわからないのか!」

 あまりの大暴れぶりにたまらず叫ぶ。ちらりとこちらを見る大男。その一瞬の隙をついて2人の冒険者たちは一目散に外へと逃げ出す。

「あっ、てめーら! こ、このっ、てめーらのせいで逃がしちまったじゃねーか!」

 怒りのぶつけ場所を失った大男が叫ぶ。

「おっさんよぉー、みっともねーと思わねーのかよ? たかが女がナンパされたくらいでよ。おら、男ならこまけーことグチグチ言ってんじゃねーよ」

 そう言って仁王立ちするジン。大男も言い返すが、そこは口から生まれたようなジンだ。口喧嘩で男相手には負けない。連れの女性冒険者もいい加減飽きてしまったのか、鶴の一声がかかり大男はしぶしぶといった様子で騒ぎは収まることとなった。

「本当に大丈夫なのか? 頭をぶつけたんだからな、無理はするなよ」

 座り込んだままの少年に声をかける。幸い、割れたガラスの破片で目を切ったりということもなかったようだが、念のために医者の元へ行こうかという俺に、

「いえ、本当に大丈夫ですから」

 と、まだ痛そうな表情で少年が言った。

「おもしれー坊主だぜ」

 近くの席に座りなおしたジンが言った。口元にはニヤニヤと笑いを貼り付けている。

「なにが面白いんだジン?」

 彼の言っている意味がわからずにジンを見る。

「おめー、わざと避けなかっただろ? そこに女が座ってたからか?」

 ジンと同じく椅子に座った少年は驚いた顔をした。ジンの指した席にはもう誰も座ってはいなかった。どうやら逃げ出してしまったらしい。なんとも薄情な。

「女性を守るのが男の務めだと……兄さんから教わりましたから。でも避けなかったんじゃなくて避けれなかったんです。僕じゃ、さっきのは避けれませんよ」

 そう言って少年ははにかんだ。ジンは「ふーん、まーいーや」とあくびをひとつだけした。

「ところで、あなたたちも冒険者なんですよね? 僕はクラッセって言います。実はどこかパーティーに入れてもらえないかと思ってここに来てみたんです。おふたりはもうパーティーを組まれているんですよね。僕を仲間にしていただけませんか?」

 クラッセと名乗る少年の突然の申し出に、俺はジンと顔を見合わせる。

「おめー、クラスは?」

 単刀直入に切り出したジンに、クラッセは言いにくそうにもぐもぐと口を動かした後に、

「実は……トラベラーなんです」

 俺とジンはもう一度顔を見合わせることになったのだった。




「そのためにはまずトラベラーを卒業しなきゃね。シャンとしなさい」

 クラッセの背中を叩いてリベルが笑った。

「ファイターになれずにトラベラーのまんまっつーやつがいるとはよ」

 呆れ顔のジンが言った。

「すぐにファイターになってみせますよ」

 決意を表すように拳を握ってクラッセが言う。そんなクラッセをジンは冷やかしていたが、俺はクラッセならすぐになれるだろうと思う。弱弱しく見える少年だが、芯は強く持っているのだ。彼を見ていれば、彼のお兄さんもきっと立派な人物だったのだろうと思える。

 クラッセのクラスであるトラベラーだが、実は俺もジンもリベルやレミだって、元はトラベラーなのだ。というのも、冒険者ギルドで受付をして適正検査を終えた時点でトラベラーというクラスがもれなく与えられるのだ。そこから検査の結果を受けて、なりたいクラスの要望と共に実技試験をパスすることができれば晴れて正規のクラスに就くことができる。いわば、冒険者の仮資格のようなものがトラベラーというクラスだ。

 残念ながらクラッセでは適正検査のところで適正がないと判断され、実技試験を受けることすらできなかった。どうしてもファイターになりたいというクラッセはトラベラーからクラスを変えることができない。本来であればトラベラーのままでは冒険者としては名乗れないのだが、そこはクラッセの熱意に打たれて特例として認められたのだそうだ。その代わり、レベルが0からスタートというかなり変わった状況で冒険者となったのがクラッセというわけだった。 "トラベラー(ファイター見習い)"ということで、レベルが1に上がった場合にようやくファイターとして認められるという運びになったのだ。

「きみたちは冒険者か?」

 クラッセと会った時のことを思い出していた俺は、はっと顔を上げた。

 いきなり声がかけられ、クラッセをからかっていたジンが振り返る。

「あ? そうだけどなに?」

 話しかけてきた男はこの街の兵士のようだった。だが、モンスター掃討に加わっていた様子ではない。つけている鎧も真新しいものだ。


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