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5-3

 受け止めた兵士がうめき声をもらす。見ると、鎧のない腕の部分がなにか刃物で切られたように血で染まっている。

「レミっ、薬草はあるか」

「ある、よ。ちょっと、待って」

 薬草を取り出したレミが兵士の手当てをする。

「ウォーラーがいるぜ!」

 ジンが叫ぶ。兵士をレミに任せると俺はブロードソードを鞘から引き抜く。それを見たクラッセも慌ててショートソードを構える。

 悲鳴の上がった方を見ると、1匹のウォーラーが爪についた血を赤黒い舌でベロリとやっていた。その目が俺たちを捕らえると獰猛そうな光を帯びる。

 俺はブロードソードを構えて走り出す。それに呼応するようにウォーラーも腕を振り上げて応戦しようとする。

「はぁっ!」

 腕に力を込めてブロードソードを振り下ろす。獣の反射神経を持つウォーラーは身をひねってそれをかわす。しかし、それも予想済みだ。

「クラッセ!」

「はい!」

 体勢を崩した俺に鋭い爪を向けて襲いかかろうとしたウォーラーは、俺の後ろから現れたクラッセにギョッとした、ように見えた。

 クラッセの振るうショートソードがウォーラーの剛毛に覆われた腕を斬りつける。彼の技量では一刀両断というわけにはいかないが、それでも予想外の攻撃にウォーラーは一瞬だけたじろいだ。

 その隙を逃すはずもない。俺は思い切り力を込めてブロードソードを振り上げる。

 それで決着はついた。仰向けに倒れたウォーラーは息絶えたようだった。

「腕上げたじゃねーかよディール」

 今回はなにもする必要のなかったジンが駆け寄る。俺はクラッセを見て、

「いや、クラッセもよくやってくれたよ。それに……すごい切れ味だ」

 手に持つブロードソードを見る。いかにウォーラー1匹だけで、そのうえ森の中ではなく有利な足場のある街中での戦闘だったとはいえ、ウォーラーの肉体は強靭である。首などの急所を狙ったわけではないただの一斬りで倒せる相手ではない。やはり魔法のかかった武器だからということなのだろう。

「これなら、いけるかもしれない」

 そう呟くと、レミたちの元へと駆け足で戻る。

「ねぇ、他にもモンスターがいるかもしれないわ」

「いきなりだ。いきなり現れたんだ」

 辺りを見渡してリベルが言うと、レミに手当てをしてもらっていた兵士が青ざめた顔を上げて言った。

「いきなりってどうゆー意味だよ。まさか何もないところから出てくるなんてこともねーだろ」

 兵士の言葉に半信半疑な様子でジンが言うと、

「いや、そのまさかだ。空に集まっている黒い蝶がいるだろう? それがそこに集まっていたから何かと思って見ていたら、急にその中からウォーラーが現れたんだ。あぁ! 向こうからも悲鳴が聞こえるぞ。なんで俺たちの街に急にこんな……」

 見るとその兵士は俺たちとそう歳も変わらなさそうだった。突然の事態にわけもわからないように身を震わせている。街からはずれた村ならまだしも、ブュッフェのような冒険者ギルドのある街の中にまでモンスターが入り込んでくることはそうそうあることではない。平和だと信じていた日常が突然崩れ去ったショックでうずくまって震える彼の肩に俺は手を置いた。

「俺たちに任せてくれ。こう見えても冒険者なんだ」

 笑顔を向ける。少し気が落ち着いたのか兵士の青年はよろよろと立ち上がる。怯えてしまうのは、きっと戦うことには向かないような優しい青年だからなのだろう。兵士になったのは俺たちと同じように何か"守りたい"ものがあってのことなのかもしれない。

「他にも襲われている人がいると思う。俺たちは助けに行く」

「もうでーじょーぶだろ? なんたって、クラッセの坊主ですら戦えたんだからな。こーんなヒヨっ子がよ」

 ジンが憎まれ口を叩くと、

「どうせヒヨっ子ですよ! でも坊主はよしてくださ……あれ?」

 ポカンとしたクラッセに、ジンは背を向けてピーピーと口笛を鳴らす。

「今、僕の名前を言いましたよね?」

 クラッセは隣のレミに聞いていた。パーティーを組んでからというもの、ジンから「坊主」としか呼ばれなかったクラッセだ。初めて名前で呼ばれたことが嬉しかったのか、口の端が少しだけ上がっているのが見えた。

「みなさん、いい仲間ですね。さぁ、他の人を助けに向かってください。私も他の兵士たちと合流してモンスターの討伐に加わります」

 笑顔を取り戻した青年が言った。口調も正して、この様子ならもう大丈夫そうだ。

「よし、行こう。みんなで協力して街をモンスターから守るんだ」

 4人と視線を交し合うと俺は走り出す。

「そういえばリンちゃんがいないわ」

 リベルがキョロキョロしながら言った。

「なんだあのチビスケ、迷子かよ」

「もしかしてついてこなかったんですかね?」

 ジンとクラッセも息を粗くしながら言った。

「うーん、どうしたんだろう。しかし、探している余裕はないぞ。またウォーラーだ!」

 俺が指した先には黒と灰色のウォーラーがいた。

「ハッ! 今度はブラックウォーラーにジャックウォーラーかよ。まぁあのチビスケなら姿も消せるようだし問題ねーだろ。しっかし、ウォーラーのオンパレードかよこりゃ」

 唾を飛ばしてジンが言った。

 灰色のウォーラーはジャックウォーラーといい、大柄で腕力も強い。黒いのはブラックウォーラーといって、普通のウォーラーよりも小さく俊敏な動きをする、ウォーラーの亜種として知られているモンスターだ。

 そこで俺は首をひねった。ブラックウォーラーは夜行性のはずで、普通なら昼間に現れることなどないはずなのだ。

「ブラックウォーラーがそろそろ日も暮れてくる頃とはいえ、こんな日の出ている時間に現れることなんてあるのか?」

 うっすらと赤い色を帯びてきた西の空を見てレミに問いかけると、

「昼間だと、目が見えない、はずだよ。夜行性、というより、夜にしか、活動できない。それが、ブラックウォーラー、だけど」

 レミは戸惑いがちに答える。

「それって自然なことじゃないってことよね。誰かに操られているってことかしら?」

「多分、そう」

 そうだとすると、その操っている何者かというのは"闇に憑かれた者(パラサイトイビル)"に他ないだろう。あちらこちらから悲鳴が聞こえていることから考えると、かなりのモンスターを操ることができる相当の魔力をもっているのだろうということは、魔法を使えない俺にだってわかる。そんな者が一体どんな恨みをもってブュッフェにいる人々を傷つけようとしているのだろう。

「くるぜ!」

 ジンが叫ぶ。俺たちに気付いた2匹のウォーラーが咆哮を上げながら腕を振り上げる。

「こいつでも喰らいな!」

 先手必勝、ジンがダガーを投げつける。それがジャックウォーラーの目に突き刺さる。そこへ続いて俺はブロードソードを振るった。クラッセも必死にショートソードで援護する。

 宝物庫で見つけたブロードソードの切れ味は絶大だった。俺がブロードソードで斬りかかれば、ジンがウォーラーの気を逸らすべく動き、クラッセが手傷を負わせる。体勢が崩れたところに俺が最後のとどめを刺す。

 多少はヒヤッとした反撃も受けたが、さほど時間もかけずに2匹のウォーラーを倒せたことに俺は驚きを覚えていた。

「またモンスターが現れたわ! あっちよ!」

 リベルが叫ぶ。

「あれは、ハグシェル。甲羅には、剣は効かない、けど、その隙間を狙えば、いいよ。ただ、近づきすぎると、甲羅にはさまれるから、気を、つけて」

 茶色のふさふさとしている毛並みで一見すると熊のようだが、腕の部分に2枚の貝のような甲羅がついているモンスターだ。甲羅の内側には遅効性の毒がある針が仕込まれてあるのだとレミは言った。

「ふん、とろいぜ!」

 その動きはウォーラーと比べると鈍く、俺たちはレミのアドバイスもあって倒すのはさほど苦にならなかった。

「次はどこだ!」

「あっちよ!」

「どんどん行きましょう!」

「あれは、シャドーバット」

「よしきた! レミ、弱点はどこだ?!」

 パーソンであるレミの知識を頼りに、俺とクラッセは刃を振るい、ジンがダガーを投げつけてはモンスターたちの気を引いてそれを倒していった。リベルだけはまだ魔法をうまく使えないのか戦闘には加わらなかったが、新たに現れたモンスターの場所を俺たちに伝えて、そこへと誘導した。

 途中、さきほど助けた兵士の青年と遠目で目が合い、拳を上げてエールを送った。彼も兵士の仲間たちとウォーラーと戦っていた。

 ようやく一息つけるようになったのは、西の空がすでに真っ赤に染まっていた頃だ。見上げれば、空を覆いつくさんばかりにいた黒い蝶の群れは、跡形もなく消え去っていた。

「これで……全部ですかね」

 全身泥まみれになったクラッセが地面に座り込んで言った。

「そうだといいけどな。いや、しかし疲れた」

 額の汗をぬぐって答える。

「もう悲鳴も聞こえてこないわ。それに黒い蝶もいなくなっているみたい。これで打ち止めだといいわね」

 戦闘に参加していないとはいえ、リベルも散々走り回ってようやく息をなでおろしたように地面に腰を下ろす。

「もう今日は動きたくないわね」

 本当にそうだ。まさか冒険者になって初めての依頼を受けたばかりだというのに、こんなにもモンスターの相手をしなければならなくなるとは思ってもみなかった。

「ゆっくりと休みたいですよね」

「美味しいご飯も食べたいわ」

 クラッセとリベルが笑い合っていると、ジンが「あっ、おめぇ、ディール!」、俺の手元を指して声を上げた。

 リベルが「あら?」と口元に手をあてがい、クラッセも「ああ、ディールさん、やりましたね!」と手を叩いた。

「やったって? なにが?」

 なにがそんなに喜ばしいことなのかわからずに首を傾げると、レミが「レベルアップ、してるよ」と教えてくれた。

 言われて急ぎ指にはめてあるリングを見る。冒険者ギルドから冒険者になったときに貰ったリングだ。それが微かに光っており、そこに刻まれていた文字が最初にあったものとは変わっていた。そこには"2"を記す古代文字があり、それを見てようやく自分のレベルが上がったのだと実感する。

「ちぇー、ディールが一番乗りかよ」

 残念そうな口ぶりだが、ジンは白い歯を見せて笑った。

「おめでとう! これで本当の冒険者の資格を得たことになるわね!」

 リベルが自分のことのように手を叩いて喜んだ。

「宿も、半額。それに武器だって、安く、買えるように、なるね」

 レミが言い、クラッセはうんうんと頷いた。

「ま〜、あんだけモンスター倒してりゃーな。とどめはほとんどディールだったしよ」


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