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5.都、騒乱

 俺たちはゼンさんのいる部屋まで急ぎ足で戻った。ついさっきまでは黙っていても知らずと汗が出てくるほどの暑さだったが、今はその暑さも引いている。

 結局、俺はブロードソードを1本だけもらっていくことにした。皮鎧は冒険者になるために買ったばかりだったし、折れたソードの代わりが見つかっただけでも十分だ。迷いながら選んだ鎧だけあって愛着もあるのだ。クラッセはショートソードの他に俺と同じような鎧を装着していた。お兄さんの形見であるという戦斧以外には何ももっていなかった彼にとっては大きな収穫だろう。「冒険者になんのに使えねー斧1本だけでよく来たもんだぜ」、ジンは呆れながらクラッセに言っていた。

 レミは護身用に持っている杖が1本だけで、リベルはゼンさんから事象石のついた杖をもらっていたので、他には白いマントだけを羽織っていた。反対にジンはといえば、戦闘用のダガーが3本に、結局リベルとリンリンの攻撃を振り切ってもってきた豪華な装飾が施された儀礼用のダガー、魔法の効果を上げる指輪の他にも10本の指の全てに異なる指輪がはめられていた。

「あんた……よくあたしたちの目を盗んでそんなに持ってきたわね」

 がっくりと肩を落としそうにリベルが言ったのはゼンさんの部屋についた頃だ。

「おめーみてーな小娘に気付かれるようでシーフなんざやってられっかよ」

 ニヤリとするジンの頭をリンリンの小さなハンマーがポカリと叩く。

「それもひとつの才能かねぇ。まぁそんなに目くじら立てなくてもいいさ。誰にも使われずにひっそりと眠っているよりは、あんたみたいな坊やだとしても使ってもらえる方が幸せなのかもしれないからね」

 その様子を見ていたゼンさんがしわがれた声で言った。

「だろー? 話がわかるぜバーサン」

「調子にのらないの」

 ニヤニヤと笑うジンをキッと睨んでリベルが言った。

「お嬢ちゃん、名前はなんと言ったかねぇ」

 唐突に聞かれてリベルはジンから視線をゼンさんへと移す。

「リベルよ、おばあちゃん」

「彼女がどうかしたんですか? 魔道機構とかおっしゃいましたね、リベルが起こしたとかなんとか」

 俺はリベルに代わってゼンさんに尋ねる。その魔道機構とかいうものを起こすとどうなるのかはさっぱりだが、ゼンさんの口ぶりからするとただごとではなさそうだ。

「あたし、なにもしてないわ。なにかの間違いじゃないかしら」

 首を捻りながらリベルが言う。メイジでありながらついさっきまで魔法を使えるようになるのはまだまだ先だと思っていた彼女にとっては、まさに寝耳に水の話だろう。

「いいや、お嬢ちゃん……リベルだね、あんたがやったのさ。この感覚、懐かしいね。あたしの師匠がいなくなって以来だからね」

 ゼンさんは昔を懐かしむかのように目を細めて言った。

「おいおいバーサン、1人で懐かしんでいねーで俺らにもわかるように説明してくれよ」

 じれったそうにジンが言った。

「気の短い坊やだねぇ。まぁあまりのんびりとしてもいられないね。手短に話すと、ここはあたしの師匠が作った"小さき太陽(ティダリア)"と呼ばれていた場所なのさ」




「"小さき太陽"? なんだそりゃ」

 いまひとつピンとこないジンが言った。それは俺も同じで、隣を見るとクラッセも首を捻っている。

「待って……どこかで聞いたことがあるわ。どこだったかしら、最近聞いた名前だと思うんだけど」

 リベルが必死に思い出そうとする。そんな彼女を俺たち3人がじっと見つめると、

「ちょっと! そんなに揃って顔を見られたら思い出せるものも思い出せないわよ!」

 仕方なくゼンさんの言葉を待つことにする。すると、

「メイローズ・ウルヴァン」

 ポツリとレミが漏らす。

「え? なんですかレミさん」

 聞き取れなかったらしいクラッセがレミに尋ねる。

「ここの、本来の所有者。深紅の、魔道師。その弟子は、レンゼン・ファスタ」

「レミよぉ、俺らにもわかるように説明しろよ」

 またも話が見えずにジンがぼやく。

「やっと、繋がった、よ」

 レミの視線はまっすぐゼンさんを見ている。

「その名前ならあたしも知ってるわ。あのデュランドー・シギルと一緒に旅をしてたっていうメイジでしょ? デュランドーが有名になりすぎて知ってる人は少ないけど、メイジなら誰でも知ってるもの。えっ? もしかしてレンゼンって……ゼンおばあちゃんのことだったの?!」

 信じられないといったような顔でリベルが言った。

「ん〜? そんな名前だったかな、バァバ。なになに? バァバってもしかして有名人?! すごい人なの?」

 リンリンがパッと顔を輝かせる。レミやリベルの口ぶりからするとそうなのだろう。だが、俺たちにはいまいちピンと来ない。確かにデュランドー・シギルは有名だが、妖精を連れているということの他には彼は常に1人で旅を続けていると伝記には書かれているのだ。

「すごい魔法使いに出会っていたのね、あたしたち……。深紅の魔道師っていったら今でも最高峰に数えられている魔道師の1人だもの! おばあちゃんだってすごいのよ、デュランドーやメイローズと一緒にたくさんモンスターを倒して、デュランドーたちがいた時代はモンスターに脅える必要なんてなかったそうだから!」

 興奮するリベルにジンが「そいつぁすげぇ」と感嘆の声を上げる。モンスターのいない平和な時代があっただなんて、それもゼンさんがその平和に一役買っていたというのだ。そんな人物に俺たちが出会ったというのはすごいことではないか?

「"小さき太陽"は、深紅の魔道師、が造った、魔力増大システムにして」

「魔族を打ち滅ぼすための要塞さ。若いのにそんなことまで知っているなんて大したもんだねぇ。だけど、主を失ってから眠りに入ったまま、今の今までこんなことなんてなかったのにね。まさか今になって眠りから覚めるなんてね」

 レミに続けてゼンさんが言った。その言い様は今でもこの要塞が目覚めたことが信じられないといった様子だった。

「それが目覚めるとどうなるんですか?」

 クラッセが尋ねる。

「さてね」

 短くゼンさんが返す。

「さてね、ってバーサンもメイローズってのと一緒にモンスター退治してたんじゃねーのかよ! 知らねーってこたねーだろが」

 とぼけた表情のゼンさんにジンが言い返す。彼の言うことももっともだ。彼女が知らなくて誰が知っているというのだろう。だがゼンさんは大きくかぶりを振る。

「本当に知らないのさ。師匠やデュランたちがモンスター退治の旅に出ていて、それにあたしもついていってたというのは本当さ。だけど、あたしはその頃まだ子供でね。弟子といっても実際には何の役にも立たない小娘だったのさ。事実は大きく捻じ曲げられて伝わっているようだけどね。モンスターの少ない時代になったというのは本当だけれど、全てが退治されたわけじゃないよ、影を潜めて隠れていただけなのさ、デュランたちの脅威からね」

 ゼンさんはそう説明すると、「ほら、その証拠に今でも街を出ればモンスターがいるじゃないか」と言った。

「大勢いる弟子の中からあたしが選ばれてこの要塞を継いだのはいいけれど、師匠がいなくなった途端に眠りについちまったのさ。デュランもいなくなって、多くの戦士たちも散り散りとなってね。今さら目覚められても、あたしに"小さき太陽(こいつ)"を扱う術なんてないんだよ」

 そう言うゼンさんの表情はなぜだか寂しげなように見えた。

「ちょっと待てって。なんか話が飛びすぎじゃねーか? この要塞がどうとか俺にはなんのことやらわかんねーけどよ、今一番大事なのは、"あいつ"だろ、森で俺らを襲ったやつ。人に歴史あり、ってのもいいけど、このまんまじゃーブュッフェが襲われるかもしんねーんだろ?」

 思い出したようにジンが言った。めまぐるしく事態が転々としてつい忘れてしまいそうになるが、こんなところでゆっくり昔話をしている場合ではなかった。

「この要塞の扱いはわからないけどね、"小さき太陽"が目覚めたってことには特別な意味があるってことだけは知っているよ」

「特別な意味?」

 神妙な顔つきになったゼンさん。俺は思わず聞き返す。

「あんたらを襲ったのは"闇に憑かれた者(パラサイトイビル)"だろうね」

 そう言ったゼンさんの顔が曇る。

「どうかしたんですか?」

 ゼンさんの様子にクラッセが尋ねる。

「思ったよりも早いね。禍々しい魔力がこのあたりから離れていっているよ。向かう先は」

「まさか、ブュッフェ?!」

 危惧していたことがその通りになってしまった。脳裏には黒い蝶が街中を覆い尽くしている光景が広がる。ぞっとしない光景だ。

「バーサン、ここがどのへんなのか教えてくれよ」

 素早く地図を開いたジンが言った。リンリンが俺たちを移動させた時のような魔法をゼンさんが使えれば話は早かったのだが、彼女はそんな魔法は使えないと言った。リンリンが持っている魔法のアイテムはゼンさんの師匠であるメイローズにしか作れない特別な代物らしく、他の誰にも作れないのだとゼンさんは言った。

「ここ、ここっ! あっ、印までついてる!」

 リンリンが地図の一点を指して言った。

「げぇ、なんだよー! お宝の在り処じゃなかったのかよ!」

 大仰な仕草で悔しがるジンの様子に横から地図を覗き込むと、リンリンが指しているのは、最初にジンが見つけて「宝が埋まってる」と大騒ぎしていた場所だった。

「すぐには着かない距離ですよ」

 困ったようにクラッセが言った。

「2時間はかかるな。しかし、行かないわけにはいかない」

 とはいうものの、ここに来るまでに遭遇したウォーラーやブレスなどのモンスターのことを考えるとげんなりする。あれだけ苦労してきたのにまた遭遇するかもしれないのだ。街にたどり着いたときにはヘトヘトになって動けないのでは笑い話にもならない。

「それなら心配いらないよ。あたしには移動の魔法は使えないと言ったけどね、街の近くに移動する方法ならあるからね」

「それを早く言ってくれよ!」

 鶴の一声がかかり俺たちはゼンさんを見る。ジンだけはムッツリとした表情だ。よほど財宝の在り処でなかったことが残念でならないらしい。

「この要塞には街へ行き来できる転送装置があるのさ。それも"小さき太陽"が目覚めたからこそ使えるようになったわけだけどね。あたしも移動できる場所の全てを把握しているわけじゃないけど、5番の部屋から移動できたはずだったかねぇ」

 ゼンさんはそう言うと1枚の古い地図のようなものを取り出す。見てみるとこの要塞の見取り図のようだった。

「すごいわね……この広さ。森の中にこんなに広い要塞があったなんて」

 リベルは驚きのあまり、二の句を継げずに地図を眺める。

「ちょっとした街くらいのでかさはあるよな。っと、その5番の部屋ってのはこれか?」

「それだな。よし行こう」

 そう言って立ち上がる。

「あっ、待って」

 リベルの制止に足を止める。

「魔法のこと、だね」

 レミの言葉にリベルが頷く。

「いっけね、忘れてたぜ。なぁバーサン、リベルのやつ、急に魔法を使えるようになったんだけどよ、どうしてなんだ? 魔法ってやつぁ、呪文とか覚えてないと使えないもんなんだろ?」

「それに契約だって済ましていないわ。それなのに魔法が使えたのはどうして? この杖のおかげなの?」

 リベルが杖を見せて言った。そうだ、まだリベルが魔法を使えたことに関しては何も解決していない。ここではっきりさせておきたいところだ。

「それはあたしが昔使っていたものでね、師匠からもらったものさ。必要なときに必要な魔法の呪文が脳裏に浮かんでくる。リベルもそうだったろう? そうやって自分に扱える魔法のコントロールを覚えていける杖なのさ」

「必要な魔法、か。じゃあ、それだとリベルの意思で自由に魔法が使えるってわけではないんですね」

 少し残念に思いながら尋ねる。そうなると、さっきみたいにピンチにならなければ魔法が使えないということになるのだろうか。だが、魔法を使えなかった時よりはずっといい。

「さて、話は終わりだよ。最後にあんたらに魔法をかけてやるよ。祝福の魔法さ」

 そう言ってゼンさんは呪文を唱えた。一瞬だが俺たちの体が光った気がした。

「これで精神攻撃は効かなくなるはずさ。くれぐれも気をつけるんだよ」

 俺たちはゼンさんに礼を言うと部屋を後にした。最後にゼンさんは急ぐ俺たちに"闇に憑かれた者"について語った。

 闇に憑かれた者、それは時代の節目に現れてはこうやって人々を襲う魔物だという。そんな魔物を冒険者になりたての俺たちにどうにかできるのだろうか、不安に駆られそうになる俺たちにゼンさんは「大丈夫」と言った。本当の強さとは腕力の強さや魔力の大きさではないのだと。守りたいと願う心こそが本当の強さなのだと。今思えば、ゼンさん以外にも遠い昔に誰かに言われたような言葉だ。それが誰に言われた言葉なのかは思い出せないが、今はそれを信じるしかない。俺たちはブュッフェにいる人々を守りたい。村がモンスターに襲われて、俺は何もできなかった自分が悔しかった。悔しくて悔しくて、今度こそは守れるようになろうと誓った。だからこそ俺は冒険者になったのだ。


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