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「くっ」
出どころの見えない攻撃をなんとかかわす。少しずつだがジリジリと追い詰められていくのがわかった。
「リンリン、ゼンさんと話はできないか?」
後ろに下がると、レミの頭の上で黙っているリンリンに尋ねる。魔法陣のある広間では離れた場所にいるゼンさんの声が聞こえたのだ。そういう魔法なのだろうが、今の状況でゼンさんと話ができれば突破の手立てになるかもしれない。
「今やってる。だけどね、ダメみたい。この中でバァバと話ができないなんて、今までなかったのに……」
目を閉じたままリンリンが何度も首を横に振る。
「やべーぜ、もうさっきんとこまで戻ってきちまった」
刃の短いダガーでは攻撃をかわしつつ反撃するのは難しい。どこから来るかわからないハルバードを間一髪かわしたジンが叫んだ。
「うわぁ!」
振り向くとクラッセが悲鳴を上げて尻餅をついた。後ろに下がっていたクラッセは九差路のところまで戻っていたようだった。霧の先には目の前にいるのと同じような大男のシルエットが見えた。
「もう逃げ場がねーぜ! ちっくしょぉ!」
ハルバードの一撃を後ろに跳んでかわす。横に並んだジンの顔が歪む。
「もう無理よ!」
リベルがその場にうずくまる。固く握り締めている杖は、うんともすんとも言わない。主人の命令がなければ強力な魔法を生み出す杖もただの棒きれだ。魔法も使えずにただ涙を拭う少女は今ほど自分の無力さを痛感することはないだろう。
ぐるっと周りを見渡すとすでにどの通路にも大男のシルエットが仁王立ちしているのが見えた。クラッセが尻餅をついた体勢のまま後ろに退いていた。じとりと頬を汗が流れ落ちる。
「こうなりゃやけだ」
俺はソードの納まっていた鞘を左手に握り締める。
「お、おいっ! そいつでどーしよーってんだよディール」
俺の様子に気付いたジンが叫ぶ。
「俺が囮になる! その隙にみんなを連れて逃げろ!」
覚悟を決めるしかない。俺やジンはともかく、リベルとクラッセ、レミは武器すらもっていないのだ、ファイターの自分が行かずしてどうするのか。
「いくら攻撃の出どころが見えないといっても、何人も同時には攻撃できないはずだ! ジン! みんなを頼むぞ!」
「そりゃ無茶だぜ! おめーはどうすんだよっ、おい!」
背中からジンの叫び声が届いたが、もう止まるわけにはいかない。制止する声を振り切るように走りながら鞘を大きく振りかぶる。ハルバードの間合いの外にいたときには見えなかった大男の姿が見えた。思った通りの全身甲冑で立っている大男、その兜の隙間からはまるで生気が感じられず、真っ暗闇だった。
(人間ですらない?! やはり魔法で造られた兵士か!)
だからこその不可解な動きなのか。人間ではあり得ない動きだとは思ったが、そのせいなのか? そうだとしてもそれが攻撃の出どころが見えない理由になるのだろうか。もっと別の理由が……。
だが、そんな事を考えている場合ではない。目前に迫った鎧の兵士がハルバードを振り上げる。俺は鞘を振り下ろそうと腕に力を込めた。
ザシュッ
霧が朱に染まった。遠くからなにごとか叫ぶ声が聞こえた。俺は振りかぶった格好のままだった。なにが起きたのか一瞬わからなかったが、後ろに倒れ込んでしまった自分になにが起きたかすぐに理解できた。来ていた皮鎧は真ん中を鋭くえぐられている。鎧の兵士が持つハルバードは俺の血を吸い、刃先からは赤い血がしたたり落ちていた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
悲鳴がやけに頭に響いた。それにしてもどういうことなのか。すでに鞘を振り上げていて振り下ろすだけの俺より、鎧の兵士の方が遅れてハルバードを振りかぶっていたはずだ。鞘で一太刀浴びせてから後ろに跳ぶ余裕くらいはあったはずなのだ。それがなぜ、俺はここで倒れているんだ? 湧き上がる疑問にかぶせるように肩をぐっと掴まれた。
「言わんこっちゃねぇ! ディール、しっかりしろ! 死ぬんじゃねぇぞ!」
「うわぁぁぁぁ! ぼ、僕が相手だ!」
俺の肩をゆさぶるジン、その俺の手からこぼれ落ちた鞘を握り締めたクラッセが俺たちをかばうように立ちはだかる。
「すぐに、薬草の、用意する、から」
傍にしゃがみこんだレミが言った。
(俺のことはいいから逃げてくれ!)
そう言おうとしたが声が出ない。鎧の兵士が無言でハルバードを振り上げる。このままではクラッセも同じようにやられてしまう! 固く瞼をつむったその時だ。
「えっ、なに?! 誰よ!」
リベルの戸惑ったような声にうっすらと瞼を開ける。
「わかったわ! 続けて呪文を唱えればいいのね?! やってみる!」
誰と話しているのか、リベルはひとつ頷くとなにか呟きはじめた。
「ばかっ、どけ!」
ジンがクラッセの襟首を掴んで引っ張る。その目の前を強烈なハルバードの一撃がかすめる。
「なにごちゃごちゃ言ってんだよリベル! おいレミ、薬草はまだかよ! うろちょろすんな坊主、おめーが敵う相手じゃねぇ!」
3人に叫ぶジンの表情には焦りが見てとれた。キラキラと光を舞い散らせながらリンリンは鎧の兵士の周りを飛び回っている。陽動のつもりなのだろうが、鎧の兵士は全く意に介した様子がない。
「ちょっとやめてよ! ディールの近くに行かないでったら!」
懸命に気を引こうとしてリンリンがわめく。
ガシャン、ガシャン、ガシャン
「囲まれた! くそっ」
「リベルさん、そこで突っ立っていたら危険です! 逃げてください!」
クラッセが目を閉じてぶつぶつ言っているリベルに叫ぶ。
「……暁より黄昏へ向かいしもの、万物を照らせしものよ」
リベルの声が徐々に大きくなる。うっすらと彼女の全身を赤いオーラのようなものが包み込みはじめた。
「えっ? リベル……」
宙に浮かんだままリンリンが呟く。俺たちを囲んだ鎧の兵士たちが一斉にハルバードを振り上げた。
「おいっ! 逃げろリベル!」
ジンが叫ぶ。その時、一陣の風が吹いた。熱風が俺たちの顔を撫でていく。
「邪悪なる意思を焼き払え!」
力強くリベルが杖を掲げる。その先端が彼女の言葉に応えるように真っ赤な光輪を描いて光輝いた。
突き出した杖から炎が噴き出す。熱気に押されて霧がさっと引いていった。リベルが生み出した炎は、まるで意思でも持っているかのように霧から姿を現した鎧の兵士へと向かうとその身を焼いた。ぐにゃりと飴細工のように鎧が溶ける。次々と鎧の兵士を炎が飲み込み、そのたびに鎧の兵士たちは悲鳴すら上げずに溶けていった。
「魔法はまだ使えねーんじゃなかったのかよ?! いや、にしてもすげぇ!」
ジンが感嘆の声を上げる。
「炎が敵をやっつけていきますよ! あれが最後の一体です!」
クラッセが叫ぶのと、炎が鎧の兵士を飲み込むのは同時だった。
「よっしゃぁ!」
「リベル、えらい!」
ガッツポーズをとるジン。リンリンはリベルの周りをぐるぐると飛び回る。
「魔法使えたのかよ! それならそうと、さっさとやってくれよな。ディールなんて死にかけて……って、おいディール!」
「あっ……」
現在多忙のため、更新が遅れがちになっております。連載当初のペースでいけば6ヶ月で終わらせられると思っていたのですが……。暇が出来次第、遅れを取り戻すつもりで書いていきます。(青秋)