4-6
その時だ、弾かれたようにジンが顔を上げる。
「なんの音だ、これ」
じっと耳を澄ますジンを俺たちが凝視する。
「音、ですか?」
「ああ、これは……金属の音か? ガシャンガシャンてよ、おい、なにかが歩いてるような音がすんぜ!」
ジンの確信をもった言葉に俺はいやな予感がした。
「音なんて……するわね。それにこっちに向かってきてる?」
「ねぇ、こっち、からも、音がするよ」
レミが逆の方を指して言った。
ガシャン……ガシャン……
確かに彼らの言う通り、金属の擦れ合うような音がする。
「これって鎧の音じゃないか? 城の兵士たちが着てるような全身甲冑の。それもどの方向ってわけじゃない、全ての通路の先から聞こえてきてる!」
俺の言葉を合図に全員がそれぞれ通路を見渡す。
「どう考えたってこの状況じゃ友好的な相手ってわけにもいかねーだろうな。このまま来られても分が悪いぜ。ファイターはディールしかいねーってのに、ソードが折れちまってるんだからよ」
「この通路を行こう。囲まれる前に突破するんだ」
そう言って目の前の通路を指す。どこに進んでも一緒なら決断は早い方がいい。敵が1人だけならば今の俺たちでもなんとかできる可能性はある。
「一本道とは限らねーかんな、はぐれんじゃねーぞ、おまえら」
「わかってますよ」
「ジンこそね」
互いに確認し合う様子を宙に浮かんで見ていたリンリンが、レミの頭に腰を下ろす。
「近づいて、くる。急ごう」
話をまとめるようにレミが言った。
頷き合い、俺たちは9つに分かれた通路のうちのひとつを進む。走ることなどできない、互いを見失わないようにゆっくりと確実に歩みを進める。いつどこで通路が増えるかわからない、はぐれてしまえば、やつ、の思うつぼだ。なにせ、数歩も先を見れば深い霧で視界が遮られているのだ、焦って走ろうものなら俺たちはたちまち離ればなれになりかねない。
ガシャンッ……ガシャッ……
金属音が近づく。俺は役に立ちそうもない折れたソードの柄を強く握り締める。誰もが無言で霧の向こうの気配を窺っていた。と、
……!
妙な感じがしたかと思うと体の方が先に反応していた。とっさに近くにいたレミを抱き寄せて通路の端へと身をかわす。ジンが自分とは反対側へクラッセを蹴り飛ばすのが見えた。
ガッ!
霧を裂くようにして現れた巨大な斧が左右に分かれた俺たちの間の地面をえぐった。ジンは俺と同じようにリベルの手を引いて逃れていたようで、2人して壁に背をつけていた。
「な、なんだ?! いつの間にこんな近くに来ていやがったんだ!」
わけもわからずにジンが叫ぶ。霧のせいで感覚がおかしくなってでもいたのだろうか。きっと誰もがこんなに接近されていたとは思っていなかっただろう。金属音はまだ離れていたはずだ。
信じられない気分で地面をえぐった斧に目をやる。長い柄が白い霧の先へと伸びていた。
「ハルバード……」
斧を見たレミがつぶやく。
斧だと思ったのだが、これはハルバードという武器だった。突き刺すのに充分な槍の穂先と、断ち切るための斧の刃、そして相手を殴るための鉄状の柄と、用途に合わせて戦法を変えられる武器だ。だが、その長さと重量のために素早い攻撃は難しい代物だ。
「うわっ、見てください!」
クラッセが甲高い声を柄の伸びる霧の向こうへ向ける。そこには2メートル半はありそうな大男のようなシルエットが浮かんでいた。
ガシャン
そのシルエットが揺れたかと思うと、振り上げられたハルバードが再び目の前に叩きつけられる。
「くっ!」
レミを背後に逃がして俺は折れたソードを構える。攻撃するにはなんの役にも立たなさそうだが、いざというときにはこれで攻撃を受けるしかない。とはいえ、重量のあるハルバードの一撃を受けようものならゾッとしないことになりそうだ。
「うおっと! な、なんだこいつの動き!」
後ろに跳んだジンが悲鳴を上げた。彼の目の前をかすめたハルバードが横の壁に突き刺さる。
「動作は鈍いんだよっ、それなのに気が付いたときにはすぐ目の前に武器が迫ってきていやがる!」
すぐにジンの叫んだことの意味がわかった。壁に突き刺さっていたはずのハルバードなのだが、そこから抜けたかと思うと次の瞬間、気配を感じてかわした俺のいた場所の地面にハルバードの刃がめりこんでいた。
ジンは隙をついて後ろに回りこもうと考えていたようだが、全く出どころの見えない攻撃に動きあぐねているようだ。
「このまま戻ったら追い詰められちゃうわ! どうするの?!」
リベルが悲痛の声を上げる。