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4-4

「俺はその時、誓ったんだ。俺の村と同じような悲劇だけはもう繰り替えさせたくないって。だから俺は冒険者になった。剣の腕をもっと磨いて、モンスターからみんなを守れるようになりたいんだ。

 村がモンスターに襲われた時、俺はその場にいなかったけれど、いてもきっと同じだったよ。でも今は違う、ファイターとしてみんなをきっと守ってみせる。そりゃ、レベルも1だけど、魔法をかけられたらどうにもできないかもしれないけど、このまま黙っていたら誰も守れないよな。リベルに言われて思い出したよ」

「ディール、おめーの気持ちはわかったよ。つってもさすがに無理あるだろって言ってんだよ。どうやって魔法使いなんかの相手をすんだよ」

 ジンの言うことはもっともなだけに俺は言葉をつまらせる。

「それなら心配いらないよ。あたしは体が悪いからここから動けないけどね、あんたらに魔法をかけてやるさね。直接的な、それこそ炎だの吹雪だのには効果はないけど、黒い蝶に囲まれたときみたいな精神攻撃は完全に防ぐことができる魔法さ。それにね」

 ゼンさんは言葉を区切って俺たちを見る。少しだけ表情が和らいだ気がした。

「本当の強さっていうのは、守りたいっていう気持ちなのさ。決して魔力や腕っぷしで測れるものじゃないんだよ。その点、あんたらならきっと大丈夫だとあたしは踏んでいるんだけどねぇ」

「守りたい気持ち、ですか……」

 クラッセが呟く。

「僕だって守りたい気持ちならあります。兄さんみたいにはすぐになれないけど、僕にもできることがあると思うんです」

「兄さん?」

「はい、勇敢な戦士でした。体の弱い僕をいつも守ってくれたんです。だから次は僕が誰かを守る番です」

 か細い少年の声だが、そこには固い決意が秘められていた。

「私、も」

「だーっ! おめーもかよ!」

 レミが口を開きかけたのを見てジンがわめく。

「冒険者、を続けるなら、避けて、通れない、ことだと思う、よ。モンスターだって、魔法を使う、のもいるしね。リベルの言うこと、に同感。私もブュッフェ、が襲われる、と思う」

 たどたどしいながらもレミは言葉を選ぶように言った。あの強い悪意を持つ者ならば、きっと俺たちだけでは飽き足らずブュッフェの街へといずれその魔手を延ばすだろう、と。

 ブュッフェには冒険者ギルドの支部があるが、俺たちが滞在している間に腕の立ちそうな冒険者、とりわけメイジやプリーストなど魔法を使えるような冒険者はいなかっただろうとレミは言った。

 冒険者ギルドの支部があると言ってもブュッフェは大陸全土に存在するギルドのある街と比べれば田舎の方だ。だからゼンさんがその魔力を測りかねるほどの強い魔法使いに襲われてしまっては、撃退できるような人材がいないのではないか、と。

「それなら俺らだってそうだろーが!」

 ジンはなおも食い下がった。

 一時のヒロイズムに酔いしれて自分たちの力量を考えずに自滅していった連中をたくさん知っていると俺たちに言い聞かせた。

「一時の感情なんかじゃないさ。俺はそう心に決めたんだ。しばらくそれを忘れていたけど、もう忘れたりなんかしない。それにジン、俺はお前のことも信じているからな。そうやって口うるさく言うのも俺たちを心配しているからなんだろう?」

「ばっかじゃねーの! あ〜あ、おめーみたいな正義感に溢れたやつなんかパーティに誘うんじゃなかったぜ。おもしれーやつだと思ったからつい声かけちまったんだよな」

 そう言ってジンは俺が冒険者ギルドに向かっているときに見かけたことを話した。

 ブュッフェに着いて食事をしているときに店の主人がゴロツキにからまれているのを俺が間に入って止めたのだと彼は言った。

 そういえばそんなこともあったかもしれない。ジンが俺を誘ったことの理由など考えたこともない俺には寝耳に水の話だった。

「どいつもこいつも黙って見てんのに、おめーだけが席を立ったんだよな。ま、結果はボロクソにやられたわけだけどよ、見ていて少しばかりうらやましかったぜ」

 思い出した。

 ようやくブュッフェに着いて一息つこうと食事を取ることにしたのだが、箸を口に運んでいると怒鳴るような声が聞こえたのだ。

 その声の元を追うと3人のいかにもゴロツキ風の男が店主を取り囲んでいた。

 どうしたものかと見ていると、彼らは食事に虫が入っていたのだと文句を言っていた。

 俺はこっそりと彼らのテーブルを見ると、食事は綺麗にたいらげられていて、何枚も重ねられた皿がそこにあった。どう考えても食事代をちょろまかそうとしているのが目に見て取れた。

 席を立ったのはいいが、さすがに3対1では勝ち目はなかった。相手は筋骨隆々の大男たちなのだ。案の定、俺は無様にやられて代金も踏み倒されてしまったのだが、店主は何度も「ありがとう」と頭を垂れてくるので困ってしまったほどだ。

「そんなことがあったのね。ディールらしいって言えばらしいけど」

 へぇ、というようにリベルが俺とジンを見る。

「リーダーはディールさんですから、ディールさんに決めてもらいましょうよ。ジンさんもそれでいいですよね?」

 ふてくされ顔のジンにクラッセが念を押す。ジンは諦めたように「もうどーにでもしやがれ」と投げやりに答える。

 それを見てリベルとクラッセ、それに宙に浮かんでいたリンリンが俺の頭の上に降りて笑った。

「無理しなくていいんだぞジン。俺は俺の信念に従って行動する。だからジンもわざわざ危険だとわかっていることに従わなくてもいいと俺は思ってる」

「おいおい、ここまできて俺だけ除け者にするっつーのかよ。へんっ、おいバーサン、それで俺らはどーすりゃいいんだよ」

 とんでもない、というようにジンは大げさに拳を握り締めて宙を叩く仕草をみせる。

「話はまとまったようだねぇ。実はね、この2〜3日魔力の出どこを探っていて、魔力が特に強く感じられる場所がわかったんだよ。とはいっても、大まかなあたりしかわからないんだけどね。そこに行ってもらおうと思ってるのさ。だけど、守りたい気持ちが本当の強さだと言ったけどね、このまま行かせたんじゃぁ、さすがに目覚めの悪いことになりそうだからね」

 そう言うとゼンさんは「リンリン」と俺の頭の上に視線を向ける。

「なぁに? バァバ」

 首をかしげてリンリンが返事をする。

「宝物庫に案内しておやり。あそこには魔法のかかった装備もいくつかはあるだろうよ。あたしはそんなものは嫌いだけどね、魔力を道具の中に留めておくなんて不自然過ぎるったらありゃしない代物だしね。でもそんなこと言ってもいられないだろうよ」

「魔法の武器だと?! そりゃすげぇ!」

 宝の山を目の前にしたかのようにジンが飛び上がる。

「そんなにすごいものはないよ。せいぜいが切れ味の良くなった剣だとか、防御の魔法が付与された防具程度だね。ないよりはマシって程度さ」

 浮かれたジンは釘を刺されて「つまんねぇ」、その言葉通りの顔になった。

「でも防御の魔法がかかった防具だったらもらっていった方がいいわ、きっと。そうでしょう? おばあちゃん」

「そうだね。それに、それらをあんたらに持たせるのは、あたしの魔法の効果を上げるのが目的のようなもんさ。魔法の効果をさらに持続させる指輪が宝物庫にあったはずだからね、それを取りにいっておいで。それ以外にも欲しいものがあったら自由に持ってお行き。あたしには必要のないものばかりだから」

「ちょうどダガーが1本なくなっちまったんだよ。そりゃ助かるぜ!」

 自由に持っていっていいと言われ、ジンは、しめしめ、といった表情になる。

「ちょっと! もらうのは必要最低限のものだけよ! あなた、持てるだけ持っていこうとか思っているでしょ?! もうっ、ばかジンね」

 ジンの考えを見透かすようにリベルがたしなめる。

 そういえば、随分と顔色も良くなったようだ。欲望丸出しのジンと口喧嘩を始めた。

「これでようやくいつもの調子になりましたね、ははは……」

 苦笑するクラッセに俺も苦笑を返す。

「そうと決まったらさっさと行こうぜ。リベルはまだ本調子じゃねーんだからここで待って休んでいてもいいんだぜ。ぶっちゃけ、半病人がついてきても邪魔だしな。おら、チビスケ、とっとと案内しやがれ」

 リベルを気遣っているのだろうが、その横柄な言い方に言われた本人はカチンときたようだ。

「半病人ってなによ! あたしも行くわ、あなたを放っておいたらおばあちゃんの物が全部持っていかれちゃうもの!」

「ばかジンジン! バァバの物はあたしが守るの! それにチビスケじゃないって何度も言ってるでしょ!」

 まるでリベルが2人になったようだ。2人同時に怒鳴られてさすがのジンも耳を塞ぐ。

 ジンに文句を言ったリベルとリンリンは顔を見合わせると、一瞬キョトンとした表情になるが、すぐに意気投合してジンを攻撃することに決めたようだ。立ち上がり腰に手を当てて仁王立ちするリベルの上でリンリンも同じように立ち、顔をしかめるジンへと交互に文句を言っていた。

「女の人って怖いですね……」

 脅えた様子でクラッセが呟く。

「そ、そうだな……そんなつもりはないが、彼女たちをからかうのはよしておこうなクラッセ」

 俺の背後で震えるクラッセにではなく自分に言い聞かせるように返事をした。

「みんな、ばか、だね」

 1人離れたところにいるレミの独り言が聞こえて、俺はただ苦笑するしかなかった。




「あっ!」

 頭に火のついたロウソクとその上を飛ぶリンリンに先導されながら俺たちは廊下を歩いていた。

「どうしたの?」

 隣を歩くリベルが俺の手元を覗き込む。

「ソードがおしゃかになっていたよ」

 俺は刀身の半ばほどから折れているソードをリベルに見せた。

 魔法陣のある広間に移動する前に俺たちの前に立ちはだかった岩人形の攻撃をソードで受けたので大丈夫だろうかと見たところ、やはり折れていたのだ。

 ちなみにその岩人形は"ゴーレム"という魔法で作られた生命体なのだそうだ。作り手の命令を忠実に聞き、岩でできた体には生半可な攻撃など効かないらしい。

 ゼンさんが説明してくれ、レミも「話に聞いたことは、ある、けど」と感心していた。

「あの時、けっこう鈍い音がしたからな。くそー、買ってからあまり経っていないのに」

 意識せずに肩を落としてしまう。

 なんの変哲もないソードだが、田舎の村育ちの俺に取っては大枚をはたいて買ったソードなのだ。それがたいして使ってもいないうちに折れてしまうとは。

「代わりの武器が宝物庫にあるといいですね。僕も斧をなくしてしまいましたし……大事なものだったんですが」

 俺が持つ折れたソードに気付いたクラッセが自分も戦斧をなくしたことを思い出して悲しそうな顔をした。

「そーいえば前にも言ってたよな。なんだ、使えない斧なんか持ってても仕方ねーだろうに、不思議に思ってたんだよ。大事なもんって、ありゃーなんかいわくつきの斧なのかよ坊主」

「兄さんの形見でして。でもっ、確かにジンさんの言う通りですよね。僕には重すぎて扱うことなんてできませんし。だから諦めることにしますよ」

 沈んだ表情を無理矢理払うように顔を上げたクラッセがぎこちない表情で笑う。

「そいつぁーわりぃことしちまったな」

 ジンも、俺だって、そうと知っていれば引き返していたのに、なぜ言ってくれなかったのだろう。

 形見なら今からでも取りにいった方がいいのではないか。俺がそう言うと、

「いいんですよ、皆さんのお荷物になることを兄さんだって望んでいないはずです。それよりもリベルさん、よかったですよね。すごいです、それ。大きな宝石がついていて」

「さすが魔法使いのバーサンだよな。それがありゃー魔法が使えんだろ? いいもん貰ったじゃねーか。それってなんてぇ代物なんだ?」

 言われてリベルは両手でしっかりと握り締めていた杖を俺たちに見せる。先端には握りこぶし大の丸い碧の宝玉がついていた。

「これが事象石(じしょうせき)って言うの。魔法の媒体として使われるんだけど、でもこれだけじゃ使えないわ。だって呪文だって知らなきゃいけないし、契約だってしていないもの」

 残念そうにリベルは言う。

 そうなのだ。

 俺たちが宝物庫へと行きかけたとき、ゼンさんは「ちょっと待ちな」、そう言ってゆっくりと立ち上がると部屋の奥から戻ってきたときに、今リベルが手にしている杖を持ってくると彼女に手渡したのだった。

「あんたにはこれが必要だろう? 見たところ持っていないようだからね」

 それはメイジであるリベルにとっては必須アイテムである事象石のついた杖だった。

 とても高価な為に購入するのを先延ばしにしていたのだが、思わぬところで手に入り俺たちは喜んでいた。しかし、リベルが言うにはそれだけではどうにもならないらしい。

「魔法を使うには3つ必要なものがあるわ。ひとつはこの事象石。魔力を注ぎ込んだこれを媒体にして魔法を使うんだけど、魔法を使うには呪文を覚えなきゃいけないのよ。でも、まだまだ買えるわけないって思ってたから魔術書だって買っていないし、契約だって全くしていないわ」

 魔法に関して無知な俺たちにリベルはそう切り出して説明した。

 魔法を使うためには万物の事象を司る精霊たちと契約をしなければならないのだそうだ。その契約はどこでもできるわけではなく、通常は冒険者ギルド内にある魔法使い専門の別塔の契約の間というところで契約をするのだという。

 そうして契約した精霊と呪文の取り決めをする。それは契約者本人が提示するのだが、あまりに荒唐無稽(こうとうむけい)な呪文にしようとすると契約自体も拒否されてしまうらしい。

 それに魔法を使うたびに呪文を唱えるわけなので、適切な呪文を選ばなければならないのだ。だからリベルはまだ魔法を使えないと言った。

「便利そうで色々と大変なんだな、メイジってやつも。んだけどよぉ、あのバーサン、呪文も言わないで椅子を出したりしてたじゃねーか。ありゃーどーいうことなんだ?」

 ジンの疑問ももっともだ。

 首をひねる彼にリンリンが俺の頭から言った。

「あのね、ここってバァバのシショウって人が造ったところなんだって。なんかあたしにはむつかしくてよくわからないけど、この中にいるとバァバは呪文を唱えなくても簡単な魔法なら使えるって言ってたよ。マドウキコウが働いているんだって」

 リンリンは「すごいでしょ?」と胸を張ったが、当のジンは「よくわかんねぇ〜」と興味をなくしたように呟く。

「ゼンさん」

 再び歩きだそうとしたとき、レミが呟いた。

「ん? なにか気になることでもあるのか?」

 俺が聞くと、しばらく考えていたレミが「もしかして……」、そう言いかけた時だ。

「ちょっと! なに?!」

 慌てたリベルの声に俺は彼女の方を見た。

「今度はなんだ?! おいチビスケ、一体俺らはどこに向かってんだよ!」

 たまらずジンが叫ぶ。俺はめまいのような感覚を覚えた。

「なんですかこれっ、通路が増えましたよ! みっつ、よっつ……どんどん増えていきます!」

 視界が歪み、よろけそうになる。ジンが何度も首を振って辺りを見ている。

 俺が後ろを振り返ると通ってきた通路を確認すると、そこにも3つに分かれた通路があった。

 さらに霧のようなものが次第にたちこめてきて、俺たちはリンリンを見る。

「あたしも知らないし! こんなこと今までなかったもん!」

 リンリンが慌てて手を振る。

 みるみるうちに白い霧でお互いの顔がやっと見える程度になった通路は、9方向に分かれて分裂が収まる。

 俺たちは途方に暮れた。道案内のリンリンがわからないと言うのなら俺たちにどうにかできるわけもない。

 足元で慌てふためいているロウソクたちは頭の火が消えないように時折互いに火をつけ直し合っていた。


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