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「つーか、逃げたほうがよくね?」

 口を開いたのはジンだ。

「そういえばさぁ、あの子って足遅いわよね」

 リベルがそれに続く。

 それにしても"巨大サボテン"を「あの子」呼ばわりするとは。

 確かに逃げたほうがよさそうだった。

 リベルの言う通り、よくよく考えるとやつの足は鈍い。

 突然襲われたものだからパニックに陥ってしまっていたが、現にこうして相談をする余裕があるくらいだ。触手の届く範囲にいなければ、至ってどうってこともないようだ。

「そうだな……逃げよう」

 2人にそう言って、倒れたままの金髪の少年を見る。

 すると、黒フードの少女が足首を掴んでひっぱろうとしているところだった。

「レミ。クラッセは俺が担いでいく。おいジン、先導を頼む」

 そう言って振り返るとジンは「ほいよ。とっとと逃げるぜ」と辺りを見渡す。

 そして、ほんの前に俺たちが通ってきた小道を見つけると「こっちだ! 遅れんなよ」と叫ぶ。

 俺は金髪のクラッセの肩をゆすってみる。

 だめだ、完全に気を失っている。打ち所が悪かったのだろうか。

 とりあえずクラッセが持っていた戦斧はさすがに邪魔になるので置いていくことにした。

 後でほとぼりが冷めた頃にでも取りにくればいいだろう。持っていてもクラッセには扱うことのできない代物だ。

 とてもすぐに目覚めそうにないクラッセの体を起こす。

 すごく軽い。

 意外とずっしりくるのかと思っていたが、見た目通りの軽さだった。15、6歳といえばそろそろ体も出来てきてそれなりに筋肉もついているはずだと思うのだが。

「よし行こう」

 俺の言葉に黒フードのレミは小さく頷く。そうしてジンとリベルのいる方へと駆け出す。

「おらっ、こっちだこっちだ!」

 ジンが手招きをする。

 だがすぐに、その表情がみるみるうちに歪んだ。

「うげ! なんだありゃぁ!」

 ジンの後を走っていたリベルも「きゃぁ! やだもう!」と悲鳴を上げた。

「追いかける気、まんまん、だね」

 すぐ前を走るレミが振り返って言った。

 レミの言葉に俺は嫌な予感を覚えた。

 クラッセの頭がもたれている肩とは反対の方に首を曲げて後ろを見る。俺は開いた口が塞がらなくなった。

 "巨大サボテン"の無数にあった触手が、ちょうど縄を作るときのように交差しはじめ、またたく間にそれは2本の"前足"へと変化を遂げていくではないか!

 その代わりというか、本体は最初の半分ほどの大きさになっていて、"前足"がその分大きく、もともとあった足もすっかりと立派な"後足"になっていった。

「でたらめだぜありゃぁ! なーにが『手頃な仕事がある』だよ、酒場のくそ親父がっ!」

 ジンは「けー!」と毒づく。

「帰ったらぎったんぎったんにしてやらぁ!」

「その前にあんたをぎったんぎったんにしたいわよ! ばかジンのせいで、あたしの華々しい冒険者デビューが台無しじゃない!」

「どこが華々しいんだよ! なんにもできねぇお荷物のくせしやがって!」

 リベルの文句に、ジンが即座に言い返す。

「うっさいわね! だいたい誰もお金がないなんて、どういうことなのよ! ばかジンのせいでなんにもできないのよ!」

 逃げながらもよく喧嘩できるものだと呆れてしまう。

 ジンのせいという訳ではないが、リベルの気持ちも理解できなくはない。

 俺を始め、ジンもリベルもレミも、そして気を失っているクラッセも、全員が冒険者なりたてほやほやの新米も新米なのだ。当然、冒険にかかる費用、とりわけ武器や防具の値段といったものなんかは一般の人間には関わりあいのないものだから、どれくらい値が張るものだなんて冒険者になってみるまで考えたこともなかった。

 俺のソードなどは比較的値段が高いものではなかったのだが、リベルにとっての必要なものは大変高価だと聞く。

 もとは普通の村娘だというリベルにはすぐに手を出せるものではなかったのだろう。

 残念なことに俺たちにもなんとか寝泊りするくらいしか手持ちがなかったので、全員でお金を出し合って購入するということすら出来なかった。

 リベルは状況も手伝って、つい鬱憤をジンにぶつけてしまったのだ。

 ジンとリベルの口喧嘩にうんざりしながらもひたすら走る。

 とにかく来た道を引き返せば街に辿り着くわけなのだが、

「ジン! どこに向かうつもりなんだ?!」

 粗い呼吸をできるだけ整えながらジンに向かって叫ぶ。

 リベルと口喧嘩をしていたジンは唐突に問いかけられて「はぁ?」と間の抜けた声をもらす。

「どこって街に戻るに決まってんだろ。さすがにあのとっつあんも街までは追ってこねーだろ」

 なにを当たり前の事を、というようにジンが答える。それにしても"とっつぁん"はないだろう"とっつぁん"は。

「それはだめだ! あいつが街まで追ってこないなんて保障はないだろ。俺たちで別の場所に誘導してからまくんだ!」

「別の場所っつってもよ、どこに行きゃーいいんだよ。俺ら、この森に来たの初めてなんだぜ?」

 それもそうだ。

 誘導すると言っても、これといっていい場所などは思いつかない。

「とにかく、森の中に入ってみよう。このまま走ったら街にやつを連れていってしまう」

 俺の提案にリベルが嫌そうな顔になる。

「森のなかぁ?! もうっ、冒険者ってそんなことまでしなきゃなんないの? 街に行って他の冒険者に退治してもらえばいいじゃない」

 全く無責任な言いようだ。

 だが、あんなモンスターを退治できるような人間なんているのか? そんな人間がいるなんて全く想像できない。それに、

「街に連れていったりなんかしたら、下手すると冒険者の資格を剥奪されてしまうぞ」

 俺は少々強めにリベルに言い聞かせる。

 その言葉にリベルは、うっ、と言葉をつまらせる。

 そうなのだ。

 一口に冒険者といっても、その資格を得るにはそれなりの条件があったりするのだ。それが"冒険者規定"というやつである。

 冒険者規定を守れない者は冒険者ギルドから冒険者として認めてもらえなくなるだけでなく、場合によっては重い罪に問われることもある。

 冒険者規定の説明の前に、まずは冒険者ギルドというものについて語らねばなるまい。

 そもそも冒険者ギルドが正式に設立されたのはおよそ50年ほど前の事だ。

 それまではそれぞれの自治体が腕に自信のある者を独自に雇ってモンスターの退治などに充てさせていたらしい。

 古い話では、現在の冒険者の前身たる当時の戦士たちの扱いは、今と比べればあまり良いものではなかったそうだ。

 もちろん依頼を一度受けてしまえば、その報酬はやはり高いものだったそうだが、依頼がなければそもそも食べていくことすら叶わない。

 もともと戦う術に長けた者たちはそれ以外の仕事ではからっきしだったことが多かったようで、モンスターが現れなければ、その腕力を生かして短期の土木作業などでなんとか食い繋いでいたようだ。

 そうなると、いざ凶悪なモンスターが襲ってきたときにはあまり具合が良くない。

 日ごろから大した訓練をしていない者が多くなっていったものだから、今の冒険者に比べると、当時の戦士たちの質は決して高いものではない。

 あえて厳しい言い方をするのならば、そこらの村人に毛の生えた程度だったのだろう。

 そうなると彼らを雇う村や町としては、1匹のモンスターに数人がかりで対処させなければならなくなる。

 質よりも数で、となると1人の戦士にそれほど多くの報酬を支払うことはできなくなってくる。

 凶悪なモンスターが年々増加の一途を辿るのとは裏腹に戦士たちの質は下がる一方になるわけだ。

 それでは困るとばかりにいくつかの町村が協賛して設立されたのが、現在の冒険者ギルドの前身たる自警戦士団であった。

 当時としては異例の登録制度の形を取り、各医療施設や宿泊施設を格安で利用できることを条件に、有能な戦士たちを募ったのだ。

 格安で諸々の施設を利用できるとなると、それを目当てに入団しておいて、いざモンスターが現れるとなると逃げ出すような不届き者も当然現れてくる。

 その防止の為に立案されたのが今で言う"冒険者規定"である。

 冒険者規定には細部にわたって、冒険者として成さなければならないことが記されているが、今の俺たちにとって重要なのは『冒険者たるもの、冒険者ギルドに加入している町村及びその周辺における立地またはそれ以外の町村であっても重大な被害を与えるような事があってはならない。そうならぬように尽力すべし』という文言である。

 文言には『但し、やむを得ない場合に限り、刑罰の縮小は検討されるものとする』と続いているが、どちらにせよ、なんらかの罪には問われることは免れないのだ。

 もちろん冒険者の資格を剥奪されることは十分にありえる事だろう。

 今の俺たちの状況を考えれば、街へと逃げてしまって、運良く他の冒険者たちが"巨大サボテン"を退治してくれたとしても、他に方法がなかったのかと問われる事になりかねない。

 そうでなくても、街にはモンスターの脅威に手も足も出せない人間が大勢いるのだ。

 なんとしてもここで対処しなくてはならない。

 そこまで考えると背後から、どしんどしん、と大きな音が聞こえてきた。

「げげっ、あのとっつぁん、もう追いかけてきやがったぜ! 少し準備体操でもしてればいいのによ!」

 ジンが走りながら後ろを仰ぎ見る。

 俺もつられて振り返ると、道を挟んで左右に分かれ立っている木々の間からその姿が見える。うまいこと"追走形態"へと移行し終わった"巨大サボテン"が大股で歩き始めたところだった。

 歩いているといってもその歩幅は俺たちの1歩よりも遥かに距離を稼ぐ。

 ゆっくり歩いているようでもどんどんと俺たちとの距離が詰まってきていた。

「冒険者規定とか関係なく、こんのまんまじゃ追いつかれちまうぜ! どっちにしても横道に逸れたほうが得策ってもんだ」

 ジンは言うなり後方の俺たちから確認の合図を待つ。

「わかったわ。こうなったら贅沢は言ってられないしね!」

 リベルが言い、レミが頷く。俺も「そうしよう」と言って大きく頷いた。




 ジンの「1、2の3!」の掛け声で左手の木々の中へと飛び込む。

 丈の低い木々の頭を垂れた枝が頬をひっかくが、かまっている暇はない。

 一拍おいて"巨大サボテン"の元は触手だった前足がさっきまで俺たちのいた場所の地面を揺らした。

「おいおい、もう追いついてきたのかよ!」

 先頭でジンが叫ぶ。

「しっ! 静かに!」

 思わず叫んでしまったジンにリベルが釘を刺す。

 ジンを先頭に、リベル、レミの順で、しんがりにクラッセを背負った俺が続く。

 クラッセの着ている服の袖が枝かなにかに引っかかって、びりびり、と音を立てる。彼には気の毒だが、この状況では仕方がない。

 少しの間は全員が無言で、粗い息遣いと雑草や枝から伸びる葉の擦れ合う音だけが続いた。

 皮鎧の中がじっとりと汗ばんでいるのがわかる。

 足元の石や木の根を避けるためにジャンプする度、クラッセの足のつま先がふくらはぎに何度かぶつかった。

 そろそろ目を覚ましてもいいような気もするが、今の状況で起きてられても説明をするのが面倒なので、それはそれで今のまま静かに気を失っていてくれた方がいい。

「ねぇ……足音聞こえなくなったんじゃない?」

 しばらくしてリベルが立ち止まると、ジンが「そういやそうだな」と振り返った。

 逃げるのに夢中だったせいで今頃気がついたが、あの巨体だ、森の中に隠れてしまえば俺たちの姿を見失うのも当然かもしれない。

「なんだよ! びびることなかったんじゃねーか!」

 近くの木にもたれかかってジンが軽口を叩く。

「なによ、一番怖がってたの、もしかしてジンだったんじゃないの?」

 ここぞとばかりにリベルがジンを攻撃する。

 もしかしたら"リベルの髪の色に染まる"をまだ根に持っているのだろうか。

「もう、気配は、ないね」

 ひとり慎重に辺りの気配を窺っていたレミが小声で漏らす。

 その言葉に俺たちは、はぁ〜、と息を吐いた。

 リベルはその場に座り込むと「なんなのよ、もう。なんなのよ」とぐちぐち言っていた。

「とにかくいいじゃないか。みんな無事でなによりだ」

 そう言って笑いかける。

 そうだ、突然現れた"巨大サボテン"の前に俺はなにひとつできなかったが、誰1人として欠けることなく逃げ切れたことが1番大事なことなのだ。

「リベルじゃねーけどよ、なんなのよアレ、って感じだよな」

 木にもたれたままにジンが唇をとがらせる。

「確かにな。街からそう遠くないこんな森の中にあんな恐ろしいモンスターがいるなんて……。世界にはあんなのがごろごろしているんだろうか」

 最後の方は独白気味に言うと、ジンは人差し指をチッチッと振って、

「そーじゃねーよディール。おめーも聞いてたろ、酒場の親父の話。あのおっさん、この森にはそう恐ろしいモンスターなんていねーから俺らみたいな新米冒険者にはうってつけだって言ってたじゃねーか」

 ジンはその時のことを思い出したのか「けっ」と吐き捨てる。

 言われてみれば、そんなことを言っていた。

 レミも横で「そうだね」と頷いた。

 俺はクラッセをゆっくりと背中から下ろすと、木の根元にもたれかからせてやった。

「とにかくよ、ほれ。こいつでも食って今後の事でも考えようぜ」

 ジンは背負っていたリュックサックの口を開けて、おもむろに中の荷物をこちらへと放った。

「えー?! これ、さっきの林檎じゃない! なんで持ってんのよ!」

 林檎を受け取ったリベルが驚いた声を上げる。

 俺は放られた林檎を右手でキャッチする。

 それはリベルの言う通り、ジンが"巨大サボテン"から横取りした赤々しい大玉の林檎だった。

「俺様の手際の良さをなめちゃいけねーよ? どうせ襲われるんなら貰えるもんも貰っとかねーとな」

 ジンは白い歯をみせて林檎にかぶりついた。

 レミはどうやって食べようか思案していたようだったが、すぐに諦めたらしく小さな口を開いて林檎をカプリとやっていた。

 フードに隠れて口元しか見えなかったが、思っていたより良い味だったらしく、続けて二口三口と口をつけていた。

「シーフって手際だけはいいのね。ばかジンでも意外なところで役に立ったわ」

 むくれながらリベルも林檎を口に運ぶ。

 もとはといえばジンが林檎を取ったことで散々な目に遭ったものだから、素直には美味しいと言えないのだろう。

 そんなリベルの心情を察したか、ジンが「可愛くねーやつ」と笑っていた。


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