4-2
バタンッ
ゼンさんが言い終えるやいなや扉が開く。
「きゃはっ、ジンジンが戻ってきたよ」
汗だくになったジンが部屋へと入る。
「てっめぇ……ババア、熱くもなんともねーじゃねーか! よくも騙しやがったな!」
息を切らしながらも部屋へ入ったジンがうめく。
しばらく逃げ回っていたが、疲れで足がもつれて転んだときにドラゴンに触れたらしい。すると霧散するようにドラゴンが消えたのだ。
「いい運動になっただろう?」
なおも口を開いて文句を言おうとするジンにゼンさんは飄々として返す。
「てめーら! ディール、坊主、知ってやがったな?! 後で覚えてやがれっ! あーっ、疲れた! 今日は逃げ回ってばっかだぜ」
「悪い悪い。でも俺たちだって知らなかったんだ。いやぁ、ジンが無事でなによりだよ」
とぼけたふりして答える。
「うそこけ!」
ジンは心底だるそうに床に座り込む。
「怪我もなくてよかったじゃないですか。リベルさんもジンさんのおかげでほら、顔色も良くなってきましたよ」
ジンは「けっ」と毒づくが、確かに言われる通りリベルの表情がだいぶ楽になってきたようだった。これもゼンさんが言う通り、魔力を解放したおかげなのだろうか。
「あんたみたいに逃げ足が速いのを追いかけさせると、魔力を消費させやすいからねぇ。ともあれご苦労さんだったよ」
「最初から説明しろってんだ」
ジンは不満顔だ。
「そう目くじら立てるなよジン。それより今日はここで泊まらせてもらうことになったんだ。リベルの体調が回復するまでな。それと……お世話になっていて、さらにお願いをするのはおこがましいんですが、リベルに魔力の扱い方を教えてやってもらえませんか? 今回はゼンさんに会えて助かりましたけど、魔力をコントロールできないとこれからも同じようなことが起きるんじゃないかと思うんです」
「ここに泊まるだぁ?!」
信じられないというような声が上がる。とんだ目にあったジンとしてはすぐにでもここを離れたいらしい。
「リベルの、ため、だよ」
レミが言った。俺とクラッセは深く頷く。
本来ならギルドでお金を払ったりして魔力のコントロールを学ぶのだろうが、コントロールできないと体調を崩してしまうのだと知った今となっては、すぐに魔力をコントロールできるようになってもらわなくてはリベルの体が持たないのではないだろうか。
「おいおいおい、つーかよ、もう依頼の陽還り草とかいうのは採ったんだしよ、こんなとこに用はねーんじゃねーのか? 魔力のコントロールってなんのことだよ、リベルのためって?!」
「あ、実はですね」
怪訝な表情を浮かべるジンにクラッセが説明を始める。
「ふーん、ってこたぁ、リベルが魔力をコントロールできるようにならなけりゃ、またぶっ倒れるかもしんねーってことか」
一通り話しを聞いたジンが腕を組んで唸る。
「だめでしょうか? 代わりにお礼できるようなものはないんですけど……」
「そうだねぇ……」
ゼンさんは何事か思案するように虚空を見つめる。すると、
「あ」
言葉を待っていたレミが小さく声を上げる。俺はその視線の先を追った。
「リベル、大丈夫か?!」
長椅子に寝たまま焦点が定まらないまま瞳を向けているリベルがいた。
「おっ、もう起きても大丈夫なのかよ。しっかし気絶するやつの多いパーティだぜ。世話が焼けらぁ」
リベルが起きるなりの軽口だ。だが口調はいつもより柔らかい。
「よかった、でも、もう少し寝ていたほうが、いいよ」
「熱はだいぶ引いたんじゃないですか? 一時はどうなることかと思いましたよ」
気遣うレミとクラッセにリベルは弱弱しい笑顔を向ける。
「ありがと……なんか夢を見てたみたい」
言いながらもリベルはまだ夢の中にいるような様子だ。
ただ、クラッセが言う通り、もう熱はほとんど引いたようだった。紅潮していた顔がほんのりと赤みがかっている程度までに落ち着いている。
「ここは……?」
自分が見知らぬ場所にいることに気付いてリベルが呟く。
俺は「ゼンさんという方の家だ。危ないところをこのリンリンに助けてもらってな、リベルを診てくれたのもゼンさんなんだ」と説明する。
「え、なに……?」
寝ているリベルの上でキラキラと光が舞う。
力なくそれを見ているリベルに光が舞い落ちたかと思うと空中で浮かんだまま止まったリンリンにリベルはぽかんと小さく口を開けて言葉を詰まらせる。
「はじめましてリベル! あたしリンリン。あーん、よかったぁ〜。やっぱりバァバに見てもらってよかったぁ〜」
胸の前で両手を握り合わせてうるうるとした瞳を向けているリンリンに、リベルは小さく「妖精……?」と驚きを隠せないようだ。
「そりゃびっくりしますよねぇ、僕だっていまだに信じられませんよ」
リベルが驚くのも無理ないというようにクラッセが言う。
「その妖精、をいきなり、潰そうとする、のも、信じられない、よね」
こちらもいまだに根に持っているようにレミがジンをフードの奥から睨む。
「わーった、わーったって! 俺が全面的に悪かったっつーの! 今は、んなこと言ってる場合じゃねーだろっ」
バツが悪そうにジンが頭を掻く。
リベルとの口喧嘩のようにポンポンと文句を言い合う時は全く動じないジンだが、レミのように口少なに咎められるのはどうも苦手のようだ。彼の新たな一面に俺は思わず笑いそうになった。
「気持ちわりーな。なに笑ってんだよディール」
半眼でジンが俺を見る。
「ははっ、ジンさんの仕草が面白くってですよ。なかなか見られるものじゃないですからね、ジンさんの困った表情なんて」
笑うクラッセがジンにぽかりと殴られて涙目になる。
「そのへんでいいかい。話しを続けたいんだけどねぇ。あんたらの仲がいいのは、ようくわかったよ。その真面目そうな坊やが言ってたね、"お礼できるものはない"ってさ。でもね、あんたらに頼みたいことがひとつだけあったよ」
真っ直ぐに顔を見つめられて俺はどきっとした。ゼンさんの顔は笑っていたが、目の奥は至って真剣なのがわかったからだ。
「ここ2、3日のことだよ。あたしが妙な気配を感じるようになったのはね」