3-5
床を見ると部屋いっぱいに円陣が輝いていた。ちょうど池の周りに描かれていたのと同じようなやつだ。
「魔法陣?」
レミが呟く。その途端、景色が変わった。
俺はリベルを背負い直す。
身軽になったジンは辺りを調べていた。
足元の魔法陣は同じだが廃墟じみた小屋の中ではなく、儀式かなにかを行うために用意されたかのように円状の小広い空間が目の前に広がった。
その空間の中で俺たちは中心の一段盛り上がった場所におり、そこからまっすぐ前にひとつだけ扉が見下ろせた。
「なんだここ? さっきの小屋の地下にでも移動したって感じかよ」
ジンが言った。
その声が反響して俺たちの耳に届く。
「まぁね、そんな感じみたい。あたしもよく知らないんだけどねぇ〜、あはは」
リンリンが無邪気に笑う。
クラッセも「すごいですね」と呆気に取られていた。
「ここは、何かの、儀式でもするところ、なのかな?」
興味津々にレミが尋ねる。
パーソンのレミとしては知識欲を刺激されるところなのだろうか。
俺としては一刻も早くリベルを診てもらいたいところだ。
「うーん。よくわかんない。あたしもそんなに長くここにいるわけじゃないしね〜。でもここの全ての魔力を司るチュウスウブだってバァバが言ってたかな?」
首を捻りながらリンリンが答える。
「中枢部ねぇ。ま、んなことどーだっていいっつの。それよりとっとと案内しろよチビスケ」
リンリンが二の口を開く前にジンが割り込む。これ以上長話をされてたまるかといった表情だ。
「まーいっか。じゃぁ案内するからついてきて。ゆっとくけど、はぐれたら絶対迷うから離れないでよ? すっごく広いんだからココ」
人差し指を立てて真剣な顔のリンリンにジンが「わーたっつの」と急かすと、彼女は小さな頬を膨らましながらも扉の前へと進んだ。
すると扉は、ぎぃぃ、とひとりでにゆっくりと開く。
「わっ」
驚いたクラッセは尻餅をついた。
それを見たジンは不敵な笑みを浮かべる。
「こんくれーでびびってんじゃねーよ。これから会うのはかくも恐ろしい大魔法使いのババアだぜ? 年がら年中、不気味な薬を作ってるようなババアだかんな。
おい、どんな恐ろしい目に遭わされるかわかったもんじゃねぇ。もしかすっと、おめーなんかはヒキガエルに姿を変えられちまうかもな? へへ」
ジンは指で自分の目尻を吊り上げてクラッセを脅かしてみせる。
さも恐ろしげに声をかすれさせて唇の端を上げるジンにクラッセの顔は引きつる。
ぱかんっ
「んでっ! あにすんだよディール」
ソードの収められている鞘をベルトに装着し直す。
「意味もなくクラッセを脅かしてくれるなよジン。あることないこと語ったりして」
「俺はだなぁ、緊張した空気を和ませようとだなぁ」
頭を押さえたままジンが言い訳するが、
「全然、和まない」
「てゆーか笑えないし。バァバのことを悪く言わないでくれる? ほんとにヒキガエルにしてもらうからっ、ジンジンのこと!」
女の子2人からの顰蹙を買い「冗談の通じねぇやつら」とぼやいていた。
扉をくぐると真っ暗な通路がどこまでも伸びていた。
と思ったのだが、暗闇の中から2つ、3つと灯りが現れるとゆらゆら揺れながらこちらへ近づいてくる。
それは近づくにつれ揺れているというよりも小さく飛び跳ねているように見える。
やがて真っ暗だった通路の床が照らされて見えると、灯りが闇のカーテンをめくるようにその正体を俺たちの前に現した。
小さなロウソクだった。
ただ、それが普通でないのは手足が生えていることだ。
ぴょんぴょんと小さくジャンプする彼ら(?)は俺たちの目の前までくると、ぴたっと止まって整列し、ひとつお辞儀をした。
「出迎え、ご苦労さま!」
レミの頭から立ち上がったリンリンが言うと、ロウソクが1つだけ遅れて走ってくる。
手にはとても小さなクシを持っており、頭の炎を髪でもとかすような仕草をしながら俺たちの前に着いたそのロウソクは、よほど慌てていたのか何もない足元に躓く。
転びそうになり手をバタバタさせてバランスを取ると、なんとか立ち直ることができるが、頭の炎が今にも消えそうだ。
これは危ないとばかり、先にきていた他の3つのロウソクから炎を灯してもらうと、ようやくそのロウソクは胸を撫で下ろすような仕草をした。
「なんだこいつら、生意気じゃねーか?」
ジンが同意を求めるように俺を見る。
おまえがそれを言うか?
「おら、いつまでもかしこまってねーで、さっさと行きやがれ」
踏み潰さんとばかりに足を上げるジンに、ロウソクたちは蜘蛛の子を散らすかのように闇雲に逃げ回る。
「ちょっとぉー、いじめないでよねっ、ばかジンジン!」
逃げるロウソクを追いかけるジンに、リンリンは両手を振り上げて追いすがる。
そうなると灯りが遠ざかっていってしまうので、俺たちも仕方なく小走りで追いかけた。
ジンに追いかけられているロウソクたちはジグザグの道をちょこまかと走り抜ける。灯りに照らされていくつもの枝道が生えているのがわかったが、必死で追いすがる俺たちはそれを気に留める余裕はない。
しばらく走っていると道の先で灯りがぴたっと止まった。
「ぐわ!」
なにかにぶつかったジンが声を上げる。
ロウソクたちは間一髪ジンに捕まらずに左右に身をかわしていた。
その灯りが微かにジンがぶつかった"なにか"を照らした。
そこにはまた扉があった。
真正面から思い切り扉にぶつかったジンが前のめりに倒れる。
勢いよく扉が開かれると、眩い光が俺たちの視力を数秒ばかり奪った。
すぐに目が慣れると、光の向こうには煌々と炎が燈る暖炉が見えた。
「なんだい、騒がしいねぇ……。あんたたち、よく来たね。まぁ入っておいで」
しわがれた声が聞こえた。
ロウソクたちはジンが立ち上がる前に逃げようとばかりに、ぴゅー、と走ってその声の元へと急ぐ。
暖炉からは柔らかい炎が部屋いっぱいに広がっている。
その前には背を向けたまま赤茶色の椅子に深々と座る人物がいた。
振り返ったその人物は老婆だった。
人の良さそうなしわくちゃの顔で黒くつぶらな瞳が俺たちを見つめている。
紺色のローブの袖からは顔と同じようにしわがいくつも刻まれた細い腕が見えた。
橙色の灯りに照らされた部屋は俺が想像していた魔法使いがいるような場所とは違っていた。
魔法使いといえばグツグツと煮立った釜をかき混ぜている傍らには、魔法の本やらがたくさん積み上げられていて、棚には怪しげな薬が並べられているものだと思っていたのだが、俺たちの目の前にはやけに整頓されてチリひとつ落ちておらず、老婆の座っている椅子の隣にあるテーブルには紅茶が入っているのだろうか、カップが6つ置かれていて、いい香りが部屋中に広がっている。
「ただいまバァバ!」
レミの頭の上からふわりと飛んだリンリンが老婆に元気よく手を上げる。
「ってーなぁ! おい、ばあさん! なんなんだよそのロウソクはよ!」
顔を押さえながらジンが立ち上がる。
「落ち着けジン。それより、はじめまして。俺はディールといいます。リンリンに案内してもらいお邪魔させていただきました。こいつはジン、あとクラッセとレミです。あと俺が背負っているこの子はリベルというんですが」
一歩前に出て会釈する。
ジンは何か言いたそうだが口をつぐむ。
「そうそう、リベルが大変なの! バァバ、診てあげて?」
レミの頭の上からふわりと浮かんだリンリンが俺の前にきて言った。
「おい、とりあえず中に入ろうぜ。ばあさん、座らせてもらうぜ」
言うが早いか、老婆の返事を待たずにジンは近くにあった椅子に座る。
「ジンさん……少しは遠慮したほうが」
クラッセが困ったように言うが、ジンは物ともせずに足を組むなり俺たちを促した。
「そこの坊やの言う通りにねぇ、まずは全員中に入ったら話を聞こうかね」
ジンは一瞬頷きかけるが、自分のことを言ったのだとわかると「坊やって俺のことかよ!」と不満そうに口をとがらせる。