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3.深淵の魔女

 冒険者ギルドはいくつかの街に支部をもっている。

 この街にもギルドの支部があった。

 俺は担いだ荷物を床に下ろすと部屋を見渡した。

 内部は簡素な造りで無駄なものはなく、受付のギルド員が坦々と業務をこなしていた。

「はい、ファイター志望ですねー」

 俺がファイターになりたいと告げると、彼はいたって平坦な表情のまま書類を手渡す。

「では、ここに名前と年齢と本籍、それと今までの経歴や志望の動機を記入してお待ちくださいね」

  言われた通りに書類の空白を埋めて提出し、待つことしばし。

「ディールさん、ディールさん。奥の部屋へどうぞ」

 椅子から立ち上がる。

 俺は若干拍子抜けしていた。

 こんなにも事務的な手続きで冒険者になるものなのか。冒険者たちの集う場所というからには剣や甲冑を纏った像などが飾られているかと勝手に想像していたのだが。

「これではまるでただの事務所だな」

 苦笑まじりに漏らす。

 通された部屋にはギルド員が3人ほどいて、俺はいくつかの質問に答えた。

 すぐに適正検査だということでさらに部屋を出ると、そこには俺の生まれ故郷の村があった。

 俺はソードを構えると指示されるままに素振りをする。

「よし止め」

 ぴたりとソードを振る腕を止めるとギルド員の顔を見上げる。

「肩に力が入りすぎている。闇に心を惑わされたか? そんなことではこの先、生き抜いていくことは難しいぞ」

「しかし父さん、俺は仲間たちを守れなかったのかもしれないんです。とても憎くて仕方がありませんでした。きっと俺は自分が許せなかったんです。あの時、どうして俺は村にいなかったのか……」

 俺はソードを持つ手をじっと見つめる。

 もし俺がもっと強い力を持っていればジンやリベル、クラッセにレミ、4人の仲間を危険にさらすことにはならなかったのかもしれない。

 そう考えると自分が情けなくなってしまう。

「強さとは敵を倒す力のことではない。本物の強さならおまえはすでに持っているはずだ」

 肩を落とす俺に父は力強く言った。

 その声はどこか懐かしく、滲んだ涙を俺は袖で拭った。

 不思議だ。

 なぜいつもの日常がこんなにも懐かしく、また感傷的になってしまうのだろうか。

 俺は畑仕事の合間によく父に稽古をつけてもらっている。

 大きな街から離れたこの村ではモンスターが出没することも少なくないのだ。

 そういったモンスターの襲撃に備えて村の若い者は折りを見て鍛錬を行っている。

 この日もいつも通りに稽古をつけてもらっているだけなのに、なぜか今日はおかしい。

「忘れるな。大切なものを守ろうとする心こそが本当の強さだ」

 そうして俺はその場を後にした。

 長い通路を抜けると待合室に戻る。

「ディールさん、ファイター、レベル1です。おめでとうございます」

 俺は頭を下げてリングを受け取った。

 次は早速依頼を受けるために酒場へと向かわなくてはならない。

 冒険者ギルドでも依頼を受けることができるのだが、酒場には多くの冒険者が集うのでギルド経由ではない依頼も酒場のの方に頻繁に入ってくるらしい。

 それになによりパーティを組むためには手始めに寄っておかなければならないのだ。

 リングを受け取るやいなや、待合室を後にしようとする。

 すると不意に背後からかかった聞き覚えのある声に俺は振り向いた。

「やぁ、ディールじゃないか。きみも冒険者に?」

「ペスタ」

 そこには幼馴染の顔があった。

 彼はにこやかな顔を向けて立っていた。

 およそこれから冒険者になろうとするには似つかわしくない普段着で笑顔を浮かべて俺を見るペスタは、村で最も親しかった友人であり、彼の2つ年下だった俺の兄のような存在でもあった。

「ああ、ペスタこそどうしてここにいるんだ?」

 普通に考えれば彼も冒険者としての登録をしに来たのだろうということがわかるものだが、俺はなぜかそんな質問をした。

「ディールを送りにきたんだよ。これからきみにはとても険しい道が待っているだろうからね。でも安心したよ。きみにはいい仲間がいるからね。ディール、きみはその仲間たちをしっかりと守っていかなければならないよ。それがファイターとしての勤めなんだろう?」

 ペスタは俺の反応を待ちながら笑った。

 よく笑う人だった。

 俺とは違って畑仕事には向かず、読書を楽しむ人だった。

 小さい頃は、いずれ大きな街に出て学者になるという彼に、俺は大きな城で騎士団に入ると冗談まじりで夢を語りあったものだ。

「わかっているさ。今度こそはきっと守ってみせるから」

 俺はそう言って一体なにが"今度こそ"なのだろうと心の奥で思った。

 そういえばなんだか奇妙な違和感がある。

「なぁペスタ……」

「ずいぶん背が伸びたね。もう抜かされてしまったな。本当に早いものだよ」

 俺の言葉を遮り、ペスタは俺の背中を押した。

「ジンは口調は悪いけど根はいいやつだよね、機転も利くし、きっときみの旅路を助けてくれる良き友になってくれると思うよ」

 俺は「ああ、わかっているさ」と答えた。

「クラッセは少しおっちょこちょいで弱虫なところもあるけど、いつか強くなるよ。その転機は意外とすぐに訪れるかもしれないな。レミは美人だよ。顔をよく見たかい? それにあの子は大きな秘密を持っているね。その時になったらディールが助けてあげるんだよ。リベルは……」

 そう言ってペスタは言葉を区切った。

 俺は何も言わずにペスタの言葉を待った。

 彼の優しげな表情が揺れた。

「きっとすぐにわかるね。さぁその扉をくぐったらもう時間は待ってはくれないよ。もうお行き」

 ペスタが言うと扉の向こう側から光が漏れる。

 俺はあまりの眩しさに手で目を覆った。

 背中が、ぐい、と押される。

「ぺ、ペスタ?!」

 振り向こうとする俺に彼は微笑む。

「ディール、きみはどうして冒険者になったんだい?」

「待ってくれ! もっと話したいことがたくさんあるんだ!」

 声を張り上げるが抗えない力に押されてしまう。

 扉の先へと押し出された俺は空中にいた。

 空に浮かんでいる俺の眼下には村が一望できた。

 そこには豆粒のような村人がたくさんいて、何人か見知った顔がいた。

 パン屋のメグおばさんに、長老のトム爺、走り回っている子供たちも見えた。

 俺がそれらを眺めていると、突如として現れた炎が膨れ上がり村を飲み込んでいった。

「───!」

 声にならない声を上げる。逃げ惑っている人々が見えた。

 炎は容赦なく人を焼き、木々や田畑までも喰らい尽くす。

 モンスターの軍勢がそこへ押し寄せて死を撒き散らしていった。

 ウォーラー、ブレス、さらには"巨大サボテン"までもがその中にいて、おおいに暴れまわっていた。

 瞼の反対側が赤い。

 すでに俺はこれが夢なのだと気付いている。

 けれども辛い。

 手も足も出ない俺は早く覚めて欲しいと願った。

「ディール、あたしたちがいるわ!」

「ディールさん、早く逃げましょう!」

「ディール、大丈夫、だよ」

 遥か上空から声がした。

 白い手が俺の前に4つ差し伸べられていた。

 俺は無我夢中でその手を掴む。

 4つの手がしっかりと握り返す。

「おい! 起きろよ! おい、ディール!」

 深い霧が晴れたような気がした。

「ったくよー。坊主もとっとと起きやがれ! ほんと呑気な連中だぜ」

 俺は瞼を開ける。

 そこには仏頂面のジンがいた。

「おいおいおい、ようやくお目覚めかよ」

 俺が目覚めるなり口をとがらせたジンが言った。

 痛む頭をさすりながらジンを見る。

「なぁジン、ここはどこなんだ?」

「知るかよ! 俺の方が聞きてぇくらいだぜ。気がついたらここにいたんだかんなっ」


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