甘い悪戯と苦い菓子。
今日は祭りの日だそうだ。
ガキ共が闊歩してるのがうるせえ。ホントにうるせえ。
何がトリック・オア・トリートだ。英語使ってんじゃねえよ、日本語使え、日本語。ここは日本だろ。大体キリスト教信者でもないのに何で祝ってんだよ。つかそもそもケルトの祭だぞ。ドゥルイド教信者かお前たちは。そうだったら謝るよ。ごめん。
つうか他人の家に菓子を貰いに行くっていうのが俺には信じらんねえな。休日には家に引きこもっててえ。そんなにお菓子がほしいなら自分で買えよ。お菓子欲しさに人を脅迫するっつー隣人愛から程遠い行為を制度として残すなんてどうかしてるぜ。経済が回ればなんでもいいのか。脅迫することに味をしめた子どもたちはロクな大人になんねー。なんて言ってる自分が情けねえ。
昔からそんなスタンスだった気がする。手に持った幼稚な論理を振りかざして他人を高所から見下ろし攻撃する。役に立った場面も確かに存在したけれど、それで俺に残ったのは何だ。今が幸せなんて口が裂けても言えない。この俺には悪魔でさえ同情するだろう。
さみーな。こんな日に一日中外で居なきゃなんねーなんてババアもどうかしてるぜ。ガキは勝手に人んちに上がり込んで行くしよ。子ども達をちゃんと見てなさいなんざ勝手なこと言いやがって。まったく面倒くさい事この上ありゃしねえ。ガキのお守りなんて親がやれ親が。
何人かが家の中に入っては、手持ちの入れ物(大体はビニール袋)にチョコやらアメやらをたっぷり詰め込んで帰っていく。門の前で明かりを持ってる俺には目もくれやしねえ。ちったあ年上を敬え。社会でやってけねえぞ。幸せそうな顔しやがって、まったくよ。
お、凝ってんな。小悪魔の仮装か。遠くから近づいてくる女の子の格好を見て思う。なかなかどうして立派じゃないか。本物に見劣りしねえ程のリアリティだ。見立てでは羽だけで確実に二万円はかかるだろうな。そこそこのお嬢様らしい。そう思うとなんつうか、オーラみたいなものが出ている気がする。有名人かよ。そう思っていると、塀の上に座ってる俺に一礼して入って行きやがった。礼儀が良すぎて逆に気持ちわりい。肩がけしているバックからはお菓子が溢れんばかりに覗いている。あれだけ貰っといてさらに貰おうなんざ、強欲だねい。
戻ってきた時、彼女のバックの中身は確実に減っていた。きっと三割ぐらい減っていただろう。なんだコイツは。お菓子を貰いに来たんじゃねえのか?それとも金持ちの道楽的な考えで、貧乏な彼氏の財布に金持ちの彼女が万札をこっそり挟むような行為か。施しか?それにしてもやっぱりおかしいだろう。俺の家だってそこそこの資産を囲っている。施しならもっと適切な家があったんじゃないか。俺が混乱していると、いつの間にか俺の横に座っていた彼女は鞄から馬鹿みたいにデカい飴玉を二つ取り出した。一つを俺に渡して、一つを自分で舐め始めた。本当に意味がわかんねえ。
「やあジャック。最近調子はどうだい?」
その声を聞いた途端にコイツの正体に気づく。
生意気にも俺に同情しやがった悪魔だ。
俺はその昔、ざっと二千年以上は前に死んだ。脊髄反射のように口に出した悪口が元で死んだ。なかなか俺らしい死に方だ。人にあった死に方っていうのはやはり、必要なもんだよな。けれどその時俺は何を間違ったか天国の門へ連れて行かれちまった。天国なんて俺には合わねえだろう、なんつって。俺が剣で貫かれる時に俺を庇って(庇いき切れていなかったが)死んだ娘が居たらしく、そいつが俺が地獄に行くと知った時に、また俺を庇って自分が地獄へ落ちたらしい。そんな結末なんざ受け入れない。俺は当時門番だったペテロを口先八丁手八丁死に物狂いでだまくらかし、元の世界に戻った。まだ死んで間も無かったらしく、俺の横にはまだ娘が横たわっていた。俺は彼女を蘇生させた後、その村を去った。その後はなんやかんや有ったが、またおっ死んで、ペテロを怒らせて。天国にも地獄にも行けなくなった。その後あっちこっちをウロウロしていた時に、コイツに出会ったのだ。
ここまでの話を聞いて俺に同情しやがったコイツは俺に明かりを与えてくれた。それは有難かったけれど、これからも付き纏うと言い出した。俺は正直とても嬉しかったが、彼女が寝ている間に闇に紛れた。同じ過ちを繰り返すほど老い耄れていねーんだ。
そんなこんなで今はこの家のババアにとっつかまり、ジャック・オ・ランタンという概念として世界に刻まれた。ハロウィーンとセットになったその概念は一般常識に相成り、俺はカボチャなんかに固定された。フザケンナ。そしてまたコイツに出会ってしまった。泣きっ面に蜂だ。寝耳に水だ。
「……どうもこうもねーよ」
「ふーん」にやにやと笑う。
「謝りもしないんだねぇお姉さんびっくりしたよぅびっくりしたよぅ」
相変わらず面倒くせえ。俺に好意をまだ持っていて追ってきたにしろ面倒くせえ。
「取り敢えず君を連れて行くから」
俺の両側をがっしりと掴む。
「は、お前ちょっとまてマジでやめろ本当にやめて下さいやだやだやだぁああああ!!!!」
高く放り投げられた。最近のガキは何をするかマジでわかんねえよな。奴は塀からひょいと降りて、地面に向かってダイブしている俺を寸前の所で受け止めた。壊れたらどうする。
「壊れたらどうする!」
「まあ大丈夫でしょうよぉ。そんなに怒らなくてもいいじゃない」
俺は憤慨しながら彼女のバックの中に押し込まれる。バックに押し込まれるというのも十分憤慨に値する行為なのではあるけれど。
「ちょっと待てよ」
「何よ。言っとくけどあなたに拒否権なんてあると思うの、ねぇ」
「……なんで追ってきたんだよ。はっきり言って迷惑だ、とても迷惑だ。面倒くせえしとっとと帰れガキ」
「なんでって、そんなの決まってるじゃない」
「あなたの事が好きだもの。自分の心臓なんて好きでもない人にあげられるかしら」
髪を掻き上げる。
「それに、あなたが言っているババアって、私の手下よ。本当はとっても可愛いい女の子なのよ?それにぃ、あの時もわざと逃がしたの」
「あなたがひと吹きで消えるような蝋燭の炎のように乏しい存在だったから」
「私が世界に刻んであげたのよ。永遠に一緒に暮らせるように」
なんだか分からないが俺の為に色々してくれていたようだ。もう感謝するしか無いよな、ここまでやってくれて、愛してくれていて、感謝しない人間ってそんなものはもう人間ではないよなぁ。
「リアルに怖えよ! アレか、最近流行りのヤンデレ女子ってヤツかお前は!」
人間じゃないもの、というのは冗談だけれど。普通に引いてしまう。ドン引きだぜ。というのは冗談で、本当はちょっと嬉しい。確かにあの時この娘を捨ておいて流浪している時に、どれだけ彼女がいたら良かったかと思ったことがあった。俺は彼女が好きだった。認めたくねーけど。なんで彼女を選ばなかったんだろう。俺は怖かったのだろうか。臆病だったのだろうか。愛したかったのか。それとも格好つけていたのか。それが彼女の為になると思ったのか。多分、その全てだったのだろう。
「今度ぐらいはあなたを攫うわ、もう失いたくないもの」
「だから私に攫わさせて。君に攫われたいと言って。あなたの口からあなたの意思から言って」
「……俺をさらブッ!?!?」
盛大に噛んでしまった。奴が話し終える前にスキップし始めたからだ。まったく、忌々しい。舌を思いっ切りかんだのですごく痛え。痛えし、そもそもこんな展開は甘すぎる。甘々だ。
でも。
今日ぐらいは甘いのを我慢しよう。俺は屁理屈を捨てて、彼女を選んだのだから。