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四卿伝  作者: 風見 新
第一章 商都フーデル
9/43

第八話 旅の道連れ

本編開始です。

プロローグは話メインなので

いらないという方はここからどうぞ。

 


 



閑静な林を抜け、開けた視界の先には平坦な草地が広がっていた。


ここはホメロスから東に臨むノイマン帝国の領地…の一端に位置する更地。

二人はその草地に肩を並べて歩いていた。

 

「エド君、そういえば最後にドイル様とアン様から何を頂いたのですか?」

 

初めて身に着けるマントを翻しながら、ウキウキ顔で歩くエドガーにメルリーゼ

は今しがた気が付いたことを尋ねた。

 

「ああ、そういえば」

 そう言っておもむろにエドガーは肩の荷物を下げ、先ほど両親から貰った品々

を紐解く。

 

まず、母アンネリーゼからの小脇に抱える程の小さな小包を開く。

包んでいる布を取り去り、その中身を見ると一冊の本が出てきた。

 

「なんだこれ?」

 

パラパラとページをめくってみると、どうやら手書きで書かれた日記のように

見えるが、よく見ると所々で赤だったり、青だったりと高価な色付きインクで

綴られた文字が目についた。

 どうも日記にしては派手すぎる。

 

「これは・・・手帳でしょうか?」

そういわれると、文字の他にも絵や表が散見される。

文字も丁寧に書かれている所もあれば、流し書きされたような所もあった。

 

「あれ?エド君、最初のページに何かはさんでありますよ。」

 メルリーゼは本から一枚の紙を抜き出し、エドガーに手渡した。

 「ホントだ、ありがとう。」

 

さっそく、手紙を広げ中身を見てみるとそれはアンネリーゼから二人への

メッセージだった。


 

『エドとメリルちゃんへ


 二人がこの手紙を読んでいる時は、おそらくもうあなたたちは街を出ている

ことでしょう。


 私は二人にそれほど手の込んだ物を送ることは出来ません。

私はぁ所詮、領主婦人なのでコネも金品も大して持っていません。

 でも知識はあります。

だから、あなた達二人には、私のこれまで集めた知識を授けたいと思います。


 この手帳には私が屋敷の書蔵庫にいる時に、色々な本からの知識や伝聞を書き記しています。


 その中には、二人が知らないこともたくさん入っていると思います。

是非活用してください。ただし決して万能なものではないので過信はしないでください。


 それとこの手帳には後ろの方に白紙のページが幾つかあります。

そこには、この本に記されていない二人が初めて知ったことをどんどん書いていってください。


 そうすれば、いずれこの本はあなた達にとっての偉大な先生になるはずです。


知識は時に剣に勝ることもあります。これからもいっぱい勉強していって下さい。


 二人の幸せと安全を祈って

                         二人の母  アンより』


 「すごいです!こんな辞書みたいな物を下さるなんて!」

 

珍しく声を上げて喜ぶメルリーゼにエドガーは少し思案して切り出した。

 

「だったら、その本メリルに預けるよ。」

 「ええ!?」


メルリーゼは目を見開いて驚く。

 

「どうせなら、俺よりも色々知ってるメリルが持っていた方がいいだろうし、それにほら、この本は俺達二人への物だから、預けるってことで。」

 「うぅ…」

 

エドガーの意見には目立った問題点がないため、メルリーゼは返答に困った。

 確かに本を率先して読めるのは嬉しいが、ここに来ても遠慮がちなメルリーゼ

はやはり躊躇ってしまう。


「メリルは、もっと自分に自信を持ちなよ。

 折角、頭がいいのに勿体ないよ。俺もそっちの方が助かるし。」

 

そう言って白い歯を見せて笑うエドガーについにメルリーゼは反論出来なかった。

 

 「さて、もう一つはと・・・」

 アンからの手帳の件を終えたエドガーは次にもう一つの包みを取り出した。

 

 「これは・・・」

 エドガーの手には小さな首飾りが握られていた。

 それは小指の爪ほどの小さな鎖で結ばれたネックレスだった。


 ネックレスとしては珍しく宝石や貴金属などの装飾は一切ついておらず、ただ鎖だけがあるだけだった。

 エドガーはよくそれを見分するも本当に何もなく困り顔でメルリーゼを見つめた。

 

 「さすがに、俺が着けるのは・・・」

 「・・・はい。」

 こればかりは女性が身に着けることが当たり前の首飾りをエドガーに貰ってほしいと言えなかったメルリーゼは渋々それも手に取った。

 

 ドイルはあの時何も言わなかったが、これは確実になんらかの意味があると察したメルリーゼは黙ってネックレスを首に身に着けた。

 

 ひやりと首を刺す金属の冷たさが伝わる。

 ネックレス自体は飾りが付いてないためか、思った以上に軽く、むしろ肩が軽く

なったようにすら感じる。

 さすがは領主から一品と感心しながらメルリーゼはそれ以上特に考えることはなかった。


 


 しばらく歩き続けると目の前に川が流れていた。

流れは緩やかで川幅も子供の足で五歩程の小さな川だ。


 清流で川の底が見える程濁りがなく、エドガーは鼻を近づけるも特に変な臭いはしなかった。

 

 「ここで休もうか。」

 まだ歩き出してそれほど時間は経っていないが、旅慣れてないメルリーゼの事を考慮して休み休みで進軍を行う。

 「はい。」

と軽く額の汗を拭ってメルリーゼは川の淵にゴロゴロと転がっている石の一つに腰をかけた。

 

 エドガーはそれを見てもう一度、水面に顔を寄せる。

ほのかに草の匂いを漂わせながら流れていく水にやはり混じり気はほとんどない。

 

 視覚と嗅覚で水の安全を確認し、いよいよ口に付けてみる。

手で掬い飲んでみると口の中に心地よい清涼感が広がり、同時に溜まっていた疲れが吹き飛ぶような爽やかな味わいが喉を潤した。

 

 さっそく、メルリーゼにも勧めようとエドガーは振り返ると彼女は腰かけた石の上で先ほどの手帳を熱心に読んでいた。

 その姿にエドガーは開きかけた口を閉じて、その様子を静かに見ていた。

 


 照っていた太陽が雲に隠れ、辺り一面を日陰が覆う。

そんな中、手帳を読みふけっていたメルリーゼはパタンと本を閉じて一息ついた。


 そして目の前でスーと鼻息を立ててうたた寝をしている少年に気が付く。

 どうやら自分が手帳に熱中するあまり、エドガーのことにも気がつかなくなっていたらしい。

 メルリーゼはすぐに石から立ち上がり、目をつむっているエドガーの肩を軽く

ゆすって起こしにかかる。

 

 「エド君、ごめんなさい。つい読みふけってしまいました。」


自分のせいで行軍が遅れてしまったことに、罪悪感を感じた彼女は謝罪を入れる。

 

 「・・ん・・う・・・ああ、メリル、どう何か分かった?」


 しかしエドガーはそんな事を意に介すこともなく、顔を上げた。

 

 「はい!そのことなんですけどちょうど今分かったことがあったので・・・」

 「ああ、ちょっと待ってメリル。長くなりそうだから、まずは水を飲んだ方がい

いよ。」

 

 興奮気味ではやし立てるメルリーゼを静止し、エドガーはそう言って後ろを流れる川を指さした。

 喉を潤し、はやる気持ちを落ち着かせたメルリーゼは居住まいを正しエドガーと

向き合う。 

 

 「それでどうしたの?」

 「はい、手帳を読んでみたら色々と分かったことがありまして、それで今後の目的地が決まりました。」

 

 メルリーゼの最終目的地は、大陸の最北にある剣国ガウス。

 かつての『帝位の十剣』の中でも最強と謳われた剣士の名を冠したその国は文字通り剣の国で、剣の最高権威『剣議会』や、大陸の守備たる『竜紋騎士団』の総本部、また他にも大陸中の教会を総括する『大聖堂』といった様々な重要な施設が集まる地域だ。

 

 メルリーゼはその中の大聖堂で自分の身を預けようと考え旅に出た。

 

 「目的地って?」

 勿論ガウスまでどこにもよらずに行けるわけはないので、地点地点で寝泊りすることもエドガーは認識していた。

 

 「今ここは、スネル帝国の西に位置するウール平原という場所です。そしてここから東に進むとフーデルという街があります。そこへ向かいたいと思います。」

 「そこに何かあるの?」

 「はい、会ってみたい人がいます。その方は私がまだ幼い頃によく宮殿に来られていた商人の方で何度か物品を買ったこともあります。」

 

 それを聞いたエドガーは顔をしかめた。

 「それって、大丈夫?メリルの素性を知っているんじゃ?」

 

 その問いにメリルはフルフルと首を横に振った。

 「いえ、それはないと思います。

 その方は宮殿では、主にメイドの人たちを対象に商いをしていまして、私もメイドの格好をして取引をしていたので身分バレてないと思います。

 それにその方は何でも、世界中を旅している商人のようなのでこの辺りの情勢や治安などが聞けるかも知れないと思いまして。」

 

 自信ありげにそう言うメルリーゼに、エドガーは少し黙ってそして了承した。

 

 「うん、分かった。メリルがそう言うなら俺は付いていくよ。」

 「ありがとうございます。」


 そう言って笑顔でペコリと頭を下げるメルリーゼにエドガーは、ただ頷くのだった。

 束の間の休息は雲が途切れるまで続いた。


 

 日が大分傾き、徐々に赤みがかかり始めると、陽気な温かみは肌寒さへと変わり始める。

 休息を経て、それからはフーデルへの道を歩いていた二人は、そろそろ野営できそうな場所を探していた。

 

 アンネローゼからの手帳によると、広い草原や荒地には夜になると時折山から狼や野良犬といった野生の獣たちが下山をして狩りを行うことがあるため、旅人たちは日が暮れると草の開けた場所で集団で固まり、炎を焚いて一夜を明かすのが常識という。

 そのため日没前に、どうにか一夜を過ごせる場所はないかと気を巡らせているエドガーの耳にある物音が届いた。

 

 「メリル、止まって。」

 絞った声量で隣を歩くメルリーゼを引き止め、気配を殺す。

動物の探索能力は人よりもはるかに高いことをエドガーは弁えていたため、音の

正体が生き物である事を考えて見通しの良い街道を抜け、草の中に入り音を立てないようにゆっくりと進む。

 

 視界を邪魔する草木を払いのけながら、エドガーはいつでも抜けるようにと剣の柄に手をかける。

 そのまま歩を進めるとやがて視界の先に、街道の上で形やら大きなものが立ち往生していた。

 

 音源の正体はそこにいた。

 「

 くそっ、このポンコツ!」

 街道には一人の男と一匹の馬がおり、馬は大きな荷馬車を引いているはずなのだが、今は動き出す気配がない。

 

 見たところ、荷馬車の前輪が道に開いた穴にはまっているようだ。

男の方はそれを見て、苛立ちと焦りを感じているようだ。腰に短剣を帯びているが服装は商人のように見える。

 

 エドガーは草の中にメルリーゼを残し、その男に近づく。

剣を帯びている以上は商人でも油断はできない。


 一応、メルリーゼを後方に置いておくにした。

 草から出ると男はその音に反応し、右手に赤い玉のようなもの構え立つが、

しかし人間と知ってすぐに安堵した。

 

 「なんだ、人間か。」

 「なんだってなんだ、おっさん。」

 「おっさんって呼ばれる程、年は喰ってねえよ。」

 

 男はそう言いながら右手に握った赤い玉を腰の巾着にもどす。

髪を短く切り揃え、髭をまばらに伸ばした粗野な雰囲気の男は軽く髭を弄って自己紹介を始めた。

 

 「俺はここから離れた村から来たヤンだ、見ての通りちょいと街まで行こうと思ったらこの様だよ。」

 

 おどけた調子で手を差し出すヤンにエドガーは少し警戒しながらも手を出した。

 

 「・・・俺は剣を究めるために旅の修行をしているエドガーだ。みんなはエドって呼んでいる。」

 

 一瞬、なんと言おうか迷うがここは、簡単に自己紹介をしておく。

 「おう、エドか。そんなに警戒しなくても俺は人を襲える度胸も力もねえよ。

見ての通り荷馬車も一人で動かせないしな。」

 

 そう言ってヤンは人懐っこい笑顔を向けるヤンにエドガーは少しだけ、警戒を緩めた。

 

 「そういうわけだ、こんな非力な俺に将来有望な剣士様のお手を貸してくれない

でしょうか?」

 

 恭しく頼むヤンにエドガーは仕方なく手伝うことにした。

 「よし、位置に着いたか?押すぞ!せーの・・」


 ガタン


 「うおおう」

 荷馬車はエドが後ろから押し上げるとすんなりと穴から出てきた。

 これにヤンは素直に驚く。

 

 「すげえな、俺一人じゃビクともしなかったのに、こんなあっさりと」

 「そんなにか?それほど重くはなかったけど。」

 「さすが剣士様は違うな。」

 「からかうんじゃねえよ。」

 

 軽口を叩きあうとヤンは急に真面目な顔になり謝辞も述べた。

 

 「すまない、本当に助かった。このあたりは狼の被害が多いから、かなり焦って

いたんだ。」

 「別に構わねえよ。大した事でもねえし。」

 

 そう言ってその場から立ち去ろうするエドガーをヤンは呼び止める。

 

 「エド!お前これからどこへ行くんだ?なんなら後ろに乗せるぜ。」

 

 その誘いにエドガーは足を止める。

 

 「フーデルには行くか?」

 その問いにヤンはニヤリと笑う。

 

 「奇遇だな、俺もフーデルを目指している。」

 「そうか、なら頼む。」

 「おう」

 

 ヤンは荷馬車に上り、積んであった干し草を端に寄せる。

 「なあ、ヤン!もう一人乗れるか?」

 「ああ、大丈夫だ。」

 

 頭を上げずに答える荷馬車を整理するヤンを尻目にエドガーは、メルリーゼのいる草村に走る。

 

 「メリル、ごめん、時間がかかった。なんでもあそこのヤンって奴が後ろに乗

せてくれるらしいよ」

 「そうですか。さすがです、エド君!」

 

 メリルの手を引き二人は草村を出る。

 「おーい、連れて来たぜ!」

 

 大きな声で呼びかけるエドガーにヤンはやっと面を上げた。

 「おっ、連れてきたか。って女の子じゃねえか!」

 「どうも、メリルと申します。どうぞよろしくお願いします。」

 

 丁寧な所作で頭を下げるメルリーゼにヤンはあたふたと答える。

 「い、いえこちらこそ。俺・・・じゃなくて私はヤンと申します。」

 ぎこちない仕草のヤンにメリルはクスリと笑い、エドガーは呆れる。

 「面白い方ですね。」

 「いや、誰だよ。」

 

 急なヤンの態度の変わり様に二人はそれぞれ別の反応を示した。

そのヤンは近くに立っていたエドガーの襟首をつかみ引き寄せる。

 

 「おい、なんだあのべっぴんな娘は?

 まさか二人で旅してるって言うのか!」

 

 「うっせな、一度に聞くんじゃねえよ」

 嫌そうな顔をして顔を引くエドガーに横からメルリーゼが提案する。

 

 「あの・・・、そろそろ日が暮れるのでは・・・」

 見ると周囲はすでに暗くなり始めている。いずれ本格的に暗闇に包まれこと

だろう。

 

 「そ、そうですね!すぐに行きましょう、今すぐ行きましょう!

ほらエド、早く乗れ!俺は気が短いんだ!」

 

 メルリーゼの呼びかけにヤンは馬に飛び乗る。

 それを見て癖癖としながらも、エドガーはメルリーゼの手を引っ張り上げるのだった。


 

 荷馬車が開けた荒地に着いたのは日がとっぷり暮れての頃だった。

着いてすぐに馬から降り、火を起こし始めるヤンを眺めながらエドガーも周囲を警戒する。

 

 「おい、エドお前耳はいいか?」

 「そこそこは。」

 「なら、良く耳を澄ませておけ、生憎今ここには俺ら以外に人はいない。

 狼は狡猾だから、人が少ない時の方が注意が必要だ。」

 「んなこと、分かってるよ!」

 

 大森林に狼などの凶暴な獣は少なかったが、それでもエドガーは野獣の対処法は

心得ていた。

 

 干し草に寄りかかり手帳を読むメルリーゼを他所にエドガーも手際よく野営の準備を始めた。

 まずはバックの中から今日の昼に貰ったサンドイッチをメリルと分ける。


 少し量は多めだが、生野菜も入っているため今日中に食べきらなければいけない。三つ程を素早く食べ、余った分はヤンに渡す。

 

 すまねえと言って受け取るヤンにエドガーが近づくと、すぐに横にメルリーゼが立ち並ぶ。

 

 「メリルは荷馬車にいた方がいいんじゃない?」

 「いえ、エド君の隣にいる方が安全そうなので。」

 「そっか」

 「はい!」

 「・・・」

 


 二人のやり取りを心底嫌そうな顔をしながら、ヤンは黙々と夜の準備を済ますのだった。


 

2015年6月18日 更新

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